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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第二章 王宮篇
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第21話 冷血の貴公子の想い




あれから襲撃はなく、通常の平穏を取り戻しつつあった。

壊してしまった壁は直すまでに時間がかかるので、マナとキリュウは客室を使わせてもらっている。

それでも女王の部屋は近かったが。

キリュウはマナの身を案じ、感知されないレベルの結界をマナの周りに張っていた。

大丈夫だと苦笑するマナだが、キリュウの好きなようにさせていた。

結界を張る事でキリュウの気持ちが落ち着くなら、と。

そして二人は襲撃前に話していた街に来ていた。

襲撃後は数日出かけるどころか部屋からも殆ど出なかった。


「あ、キリュウ。魔導書があるよ」


書店の前に差し掛かった時、書店の窓から見える書物が魔導書だと気付いて声をかける。


「あれは炎系だな」

「え? 題名見えるの?」


三・四m離れているので、マナには魔導書だとはわかるが題名までは見えなかった。


「ああ。闇系は……やはりないようだな」

「そっか」


なら用はないと通り過ぎ、暫く店を見ながらゆっくり歩いていく。


「………何か買いたいものがあったから街に来たんじゃないのか?」


目的も特に無さそうに歩いていくマナに、キリュウは問う。


「うん。まぁ、新しい刺繍用の布は見たいかなぁって思ってたけど、昨日侍女が数枚見繕って王宮にあった布を分けてくれたって持ってきてくれたから」

「なら何故街に来たのだ」

「え? 気分転換だよ」


キョトンとした顔でキリュウを見上げるマナに、キリュウは可愛いと心の中で思う。

本当はキリュウの誕生日の贈り物の物色なのだが、キリュウにそれは言えない。

それに王宮から出られなかった日数が長く、悩む時間がそんなにないのだ。

こうなったら今日見繕って隙を見て買うしかないと、マナは意気込んでいた。


「そうか」


マナの心に気付かずにキリュウは頷いた。

好きにさせてやろうと思い、マナがはぐれない様に繋いだ手に少し力を入れる。

するとマナは嬉しそうに握り返してくる。

それだけでキリュウは嬉しく思う。

今こうしてマナが自分の隣にいるだけで幸せだ。

そう思わせてくれたマナに感謝しかない。

他人に興味がなかった。

自分の魔法を極める事しか考えていなかった。

なのに学園で、剣闘科でなく魔導科にいた魔法が使えないマナに出会った。

何故魔力があるというのに魔法が使えないのか。

研究したかった。

本当に研究したかっただけなのだ。

なのに…

課外授業で魔法を使えないマナに守られた。

自分を犠牲にしてまでキリュウを守ったマナ。

衝撃だった。

今まで不本意ながら守る事はあっても、守られることは無かった。

キリュウが守って当たり前。

そんな目で周りが見ていたから。

そしてキリュウ自身がそれを当然だと思っていたから。

力があるのだから弱い物を守るのは当然。

教師も周りもそう言った。

キリュウはそれを疑問にも思っていなかった。

あの時の自分は何をおごっていたのだろうか。

他人は弱い、自分は強い、強いのだからもっと力が極められる。

勉学に溺れた、技術に溺れた。

自分しか見えなかった。


「あ、キリュウ! 装飾品があるよ! 見てみよ!」

「ああ」


楽しそうに笑うマナに、キリュウも微笑む。

あの頃では考えられない事。

マナに庇われ、大怪我をしたマナを抱きとめた時、なんて軽いのだろうと思った。

こんな自分より小さな体で、軽い体で、キリュウを守ってくれたのだ。

何かが、切れた。

自分は、守られた。

守る立場だったはずなのに。

魔法も使えないマナに守られた。

横たえたマナを、見張りをしながら眺めた。

今まで見えていた世界が壊れた。

自分は強い?

自分は他人を面倒だが守る存在?

自分は他人と違う?

何が違うんだ。

魔法を使えない非力な少女に守られたではないか。

これで強い?

………ふざけるな。

キリュウ・アシュトラル。

お前は――弱い。

他人を思うのが怖かった。

他人に指図されるのが嫌だった。

他人と話すのが億劫だった。

誰も自分を見ない。

自分の外見や魔法だけで周りは見る。

自分が何を思い、何を知り、何を望んでいるのか。

誰も分かりはしない。

ヘンリーだって、キリュウの心の闇を見ていない。

でも気付いた。

………見てくれていた。

見てくれていたのに、無視した。

表面だけで付き合い、ヘンリーの言葉など聞き流していた。

なんて自分は最低な男なのだろうか。


「あ、この髪飾り可愛い」

「………これは確か、遠い東の小さな島の花だったな」

「キリュウ知ってるの?」

「ああ書物で見た…サクラ…だったか…?」


小さな桃色の花を見て、古い記憶を呼び起こす。


「キリュウは何でも知ってるね」

「………そんな事は、ない」


マナの笑みに罪悪感がこみ上げる。

当時、本当に知らなかった。

自分の驕りを。

最初の課外授業の夜、キリュウはそっと寝ているマナの頬に触れた。

冷たかったマナの体に体温がある事を知り、ホッとする。

こんな自分を、体を張って守ってくれた小さな少女。

この少女を失う事になっていたら、自分を許せただろうか?

………いや、許せない。

今までなら見捨てていた。

けれど、今はこの少女を見捨てられない。

これからも。

自分は守られて当然という者たちは今でも見捨てるだろう。

でも、この少女だけは守りたい。

自分が守る。

魔法が使えないこの少女を――少女の命を守りたい。

マナの目が覚めた時、キリュウは自分が守ると言った。

何に変えても、この少女は失えない。

自分の中の常識を、身を張って変えてくれた少女は、これからも自分の中の何かを引き出してくれる。

自分を見てくれる気がした。

世間が見ている“冷血の貴公子”ではなく、“キリュウ・アシュトラル”を。


「買おうかな…」


悩んでいるマナの横顔を、キリュウは眺める。

首元にはキリュウがあげたペンダントが付けられている。

それを見て、前にマナが付けていたペンダントを思い出す。

課外授業の後、マナが大切にしていたペンダントを調べた。

禁止されている魔導具だった。

いつものように淡々とマナに語ってしまった。

マナは泣きそうな顔で去って行った。

いけない事を言ってしまったのだろうか。

マナにとっていい話だと思っていた。

これで魔法が使えるだろうと。

ヘンリーに言えば泣いて当然だと言った。

自分の両親に疎まれていると思ってしまったようで。

施設に居たのだから捨てられたことは明白で。

だが、それはマナの淡い期待を砕いた。

どうしたらいいか分からなくなった。

自分の言葉で傷つけた。

他人ならば気にならなかった。

だが、マナはそうじゃない。

マナに傍にいて欲しいから。

自分を見て欲しいから。

これが恋だと知った。

マナの笑顔が見たい。

笑って隣にいて欲しい。

自分の世界を変えたマナを手放したくない。

そう思って告白した。

拒否されるかもしれないとは思わなかった。

マナは自分にとって大事だから。

どうやっても手元に置くつもりでいた。

マナの望むことをしてやって、自分から離れないようにしようと。

だが、マナはキリュウを受け入れ、恋人となった。

こんな思い上がりの塊のキリュウを好きだと言った。

何を好きになってくれたのか今でもわからない。

けれど、どうでもいい。

マナは自分の中にいる。

そう思っていたのに、怒らせた。

何がマナを怒らせたのかはわからない。

課外授業ですれ違った。

そして別れの手紙が届いた。

マナは女王の子だった。

そして、兄妹疑惑が浮上した。

でも、それでもよかった。

キリュウはマナがいてくれれば他の事はどうでも良かった。

結果的に兄妹ではなく、マナがキリュウを守ろうとして嘘をついていたと分かった。

また、マナに守られようとしていた。

それが悔しかった。

そんなに信頼できない相手なのかと。

キリュウは守られる存在で居たくなかった。

マナに守られた命。

今度は守る為に使いたい。

自分の能力を使って、マナの役に立ちたい。

一緒に、居たい。

それだけでいい。


「う~ん」

「俺が買う」

「へ?」


悩んでいるマナの手から髪飾りを取って精算する。


「え、ちょ…」

「気に入ったから悩んでいたんだろ」


キリュウは有無を言わさずマナの髪に手を伸ばし、髪飾りを付けた。


「よく似合う」


その言葉にマナは顔を染め、照れたように笑う。


「ありがとう」

「ああ」


この笑顔があればいい。

それだけで、こんなにも心が温かい。

マナにしか与えられないこの温もりが、なにより大事なのだ。


「マナ」

「なに?」

「愛している」

「ふぁ!?」


かぁっと更に顔を染めるマナの額に口づける。

往来だが、人が見ている場所で唇には口づけない。

マナが嫌がることを知っているから。


「も、もう……」


額だからマナも強気には出られない。

それを計算してやってしまうキリュウ。

マナが愛しいと全身で表現してくるキリュウに、マナは恥ずかしいけれど嬉しい。

困った顔でキリュウの腕におずおずとくっついてくるマナを、可愛いと思わないはずがない。

だから――

暗殺者なんかに。

内通者なんかに。


――奪わせやしない――


「他にはないのか?」

「………ないよ」


キュッと腕にくっついてくるマナに笑みが零れる。


「恥ずかしいならくっつかない方がいいんじゃないか?」

「………意地悪…」


クッと笑ってしまうキリュウに、マナはむぅっと頬を膨らませる。

マナの本性を出させなければこれもなかった。

本当に、色んな顔を見せてくるマナは見ていて飽きる気がしない。

いや、一生飽きることは無い。

アシュトラルの血が、そして自分自身が望んでいる。

マナはキリュウの大事なものなのだ。

手放す事など、まして飽きる事などない。

一生をかけて守る。

そして死ぬ時は、一緒だ。

キリュウはそう思いながらマナをくっつけたまままた歩き出した。

この平穏がいつまでも続けばいい。

マナの笑顔が消えなければいい。

そう思いながら。


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