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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第二章 王宮篇
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第17話 出来損ない少女と貴公子の覚悟




「………結婚出来なくとも、傍にいることは出来る」

「アシュトラル……」


ヘンリーは目を見開き、マナの資料の文字を追っていた視線が止まる。

マナの思考が自分を向いたと判断したキリュウは、言葉を続けた。


「俺が父の跡を継ぎ、お前を守れば良い。結婚できなくとも恋人としての関係だけでも俺はいい。父も実際そうしている。お前の母…女王と恋仲なのは知っているが、結婚はしていない。そんな傍にいる形もある。夫という立場でなくても良い。跡継ぎを産むというなら悔しいがその者も含めて俺が守る。お前が守れというのなら」


キリュウの言葉にマナは唖然とし、ゆっくりと顔を上げた。

視線が絡み合い、時間が止まったように思った。


「俺は生半可な気持ちでお前に言ったんじゃない。好きだと言ったのも、結婚したいと言ったのも、本心だ。俺はお前がいれば良い。お前が生きて俺の傍でいれば良い。抱きしめられて、キスできれば良い。たとえお前を抱けない立場だとしても。お前との子を抱けないとしても」

「………ど、して」

「元々アシュトラル家は兄が継ぐ者として、俺は一人で生きていくつもりだった。だが、お前に出会った。もう、お前なしでの世界で生きていくなど考えられない」


キリュウの表情は相変わらず無表情で、けれど瞳は揺れ動き不安を表しているのだとマナは知っている。


「俺はもうお前を知った。お前を知らなかった時間ときには、一人で生きていくと思っていた時間ときには戻れやしない。お前が隣にいない人生などいらない。それでも別れろというなら、俺は今ここで命を絶つ」

「「!!」」


杖を出して自分の頭に向かって突きつけたキリュウ。


「アシュトラル!」


ヘンリーが声を上げる前にマナは動いていた。

キリュウの右腕を握り、もう片方の手は左肩に。

机に乗り上げる形で止めた体制になったマナに、早さで勝てなかったヘンリーも、マナの行動に驚いたキリュウも目を見開く。

マナは俯いて髪で表情が隠れているのでどんな顔をしているのか分からない。

ゆっくりとキリュウの肩に額を付ける。


「………ど、して……どぉ…して……」


呟かれたマナの声色は震えていて…

カランとキリュウの手から杖が落ちた。

マナが必要以上に力を込めていた手の握力。

魔法強化したのか、キリュウの握力を失わせていた。


「………私といれば……父様みたいに…殺されるかもしれない、のに……」

「「………ぇ」」

「貴方が、殺されないようにって……別れようとしたのに……」

「………マナ?」


キリュウはマナの事を本名で呼んだ。

それにより、マナの目から涙が零れた。

キリュウがまた自分を呼んでくれる。

諦めていたのに。

二度とないと思っていたのに。


「貴方が死んだら……意味…ないじゃないっ……!」


マナの言葉をキリュウは考え、そして察した。


「………お前の父はもう死んでいて、俺とは兄妹じゃない。けれど、父と同じ様に死なないようにするためには傍にいさせてはいけないと、そう考えて嘘ついたのか」


キリュウはマナの手を外し、その華奢きゃしゃな体を抱きしめた。


「………なら、俺が死なないようにお前が傍にいろ。守るから。お前も、そして俺も。自分の命も守る。死なないと約束するから、俺の傍にいろ」

「っ……ぅ~」


マナはキリュウの腕の中で泣きじゃくった。

コクコクと何度も頷いて。

キリュウの背中に腕を回して。

それを見てキリュウもヘンリーもホッとする。

キリュウはマナを失わなくて良い安堵から。

ヘンリーは二人が元の関係に戻った安堵から。


バンッ!


「やっぱり僕の息子だねキリュウ! 僕は嬉しいよ! 君が愛する人を守る事を恐れず一緒に生きる道を選べるようになって!」


急に入ってきたシュウに、二人は固まる。

マナは外で待機していることを知っていたので、キリュウの胸に顔を埋めて目を閉じていた。

キリュウの心音を聞き、離れなくていい喜びをもっと感じていたいから。


「ちょっとシュウ! せっかく良いところだったのに!!」


女王は女王で楽しんでいたらしい。

定例会議は退室の口実なので勿論女王もいる。


「………何を盗み聞きしている父上」

「妹だと打ち明けられて、キリュウが離れていくならそれはそれ。それでも共にいることを選んだらマナ殿下は素直になる。その立案をしたのは僕だから、見届ける義務があるでしょ?」

「ややこしくしたのは父上か。これで別れることになったら一生恨んだ」

「元々、有無を言わさず殿下は別れようとしてたんだぞ? それを僕が引き留めてキリュウに決めさせてってお願いしたんだよ? 感謝されて良いはずだよ!」


シュウの言葉にピクリと反応し、キリュウがマナを見たのを気配で感じる。

マナは怒られるのを覚悟し、身構えた。


「………そうか」


キリュウはそれだけ言い、ゆっくりとマナの髪を撫でた。

恐る恐るマナがキリュウを見上げると、キリュウは少し笑いマナの涙を拭う。


「すまなかった。不安にさせて」


優しいキリュウの言葉にマナの涙腺がまた緩み、そっとキリュウはその瞳に唇を落とした。


「キキョウ君は、こちらで少し話そう」

「あ、はい」

「マナ、キリュウ殿を部屋に案内して差し上げなさい。今日は仕事しなくていいわよ」

「………ありがとうございます。お母様…」


マナはゆっくりとキリュウから離れ、キリュウの手を引いて女王の私室から出て行った。


「取りあえず、これで一件落着だね。後は無事にキリュウが卒業して結婚出来るかどうか」

「大丈夫よ。私がすから」

「無茶しないでよ?」

「任せて。さて、キキョウ殿、マナとキリュウ殿のお話、聞かせてくれる?」


自分を残したのはそういうことかとヘンリーは苦笑し、ソファーに座り直した。




「………ここ、です」


マナはキリュウを部屋に案内し、侍女にお茶を頼んで扉を閉めた。

直後、キリュウに腕を取られ扉に押しつけられたかと思うと、荒々しく唇を塞がれる。

まるで二月分だと言うように、長く深く。


「ふっ……ぁっ…」


深い口づけにマナの息が荒くなり、解放されたときには立っていられず、その場に座り込みそうになった。

キリュウに背と膝を掬い取られ、ソファーまで運ばれた。

キリュウの膝の上に座らされたマナは、またキリュウに唇を塞がれる。

今度は力が抜けても崩れ落ちることはなく、更に激しさを増した。

侍女が紅茶を持ってくる頃には、キリュウの補助がなければ動くこともままならなくなっていた。

マナの唇から零れた液体をキリュウが指で拭う。


「仕置きだ」

「…はぁ…はっ…」


息が整わず、キリュウを見つめることしか出来ないマナ。

それを良いことに、キリュウは好き勝手にマナの顔に唇を落とす。


「俺と別れようとしたこと。嘘をついたこと。俺にお前を守らせてくれなかったことに対して、な」


守らせてくれなかったこととはいつの話だろうかと、ボーッとする頭で考える。


「課外授業の時だ。俺はお前を守りたかった。お前が任務を優先することも分かっていた。分かっていたからこそ、近くで守らせてくれなかったことに怒った」


キリュウの言葉に目を見開く。

それでマナを叩いたのかと。

意見が違っても良い。

ただその代わりに守りをキリュウがしてくれようとした。

それに気づかず、マナは自分のことだけを考えていた。

キリュウが死んだら嫌、ヘンリーが死んだら嫌と、自分一人で抱え込もうとした。

それが分かったからこそ、キリュウは守ろうとしてくれていた。


「ばか、ですね……私…」

「そのために俺がいる。お前を……お前の後ろを守るために」

「………はい」

「………敬語」

「ぁ……うん……」

「それと、もう呼べないとは言わせない。キリュウ、だ」

「………キリュウ……」

「ああ。マナ、愛している」


今度はソッと口づけられる。

それにマナは嬉しそうに瞼を閉じた。

もう、何も恐れることはない。

自分にはこの人がいるのだと。

兄妹でも良いと言ってくれたこの人は、自信を持って信じて良いのだと。


「マナ……」


そのままキリュウにソファーに押し倒される。

マナは少し笑ってキリュウの首に腕を回した。




「ん………?」


マナは意識が浮上し、自分が今どこにいるかしばらく分からなかった。


「………起きたか」


柔らかく話しかけてくる声に、そちらを見る。

至近距離にキリュウの顔があり、優しく髪を撫でる手にまたウトウトしてしまいそうになるが、突如ハッとする。

今の自分の置かれている状況に思考が回る。

二人とも服を着ておらず、マナのベッドの中。

その状況を表すのはつまり……

一気にマナの脳に、昨晩の出来事が次々によみがえった。

カァッと真っ赤になったマナの顔を、キリュウは眺めている。

愛おしい者を見る目で。

婚前交渉は禁止されていないとはいえ、王家として不純だと言われないか。

そぉっとキリュウを見るマナに対し、キリュウは少し首を傾げるのみ。

キリュウが気にしないならまぁ良いかと、マナは落ち着く。

そもそも強引になっていたのはキリュウの方で。


「………マナ」


彼のかすれた低ボイスを聞くことになるとは思わなかった。

いや、それを諦めていた。

それなのに、彼が自分を求めてくれた。


「………何?」


そっとその体に抱きついてみるも、彼は抵抗なくむしろ歓迎といった感じでマナの背に腕を回し、抱きしめ返してきた。

互いのぬくもりを分かち合い、マナは幸せそうに目を閉じる。


「………俺の物だ」

「………」


キリュウの独占欲が、今の状態になっているのだと実感する。

マナが他の者の手の中となれば、キリュウはマナにその者を守るといったが、実際にそうなれば彼はその者を亡き者にしただろう。

キリュウの嫉妬心が頂点になり、最初は無理矢理マナの初めてを奪った。

マナは抵抗なく彼を受け入れたのだが、ずっとマナの名を呼び、何度も求めてきた。

そしてキリュウをそこまで追い詰めたのは自分だとマナは分かっていた。

だから抵抗しなかったのだが、キリュウはそれでも安心できなかったようで。

マナはふふっと笑い、キリュウの上に移動した。

サラリとキリュウの顔にマナの髪が落ちる。


「………マナ?」

「キリュウ様……早く私を名実共にキリュウ様の物にしてくださいね」


それはマナからの挑戦状。

本当に愛しているのなら早く卒業して結婚してみせろという。

キリュウの愛を疑っていないマナだからこそ、強気で挑発してみた。

それはマナの望みでもある。

彼しかいないと、そう思わされたから。

彼が自分をそうさせたから。

その責任を取る義務がある。

ここまで夢中にさせたのだ。

これ以上、待たせるな、と。

暫く唖然としたキリュウだったが、フッと笑って逆にマナを押し倒した。


「………キリュウ、だ。そんなに待ち遠しいなら毎日愛し、一刻も早く卒業してやる」


キリュウが卒業できるのは普通に過ごして三月後だ。

本気でやれば、すぐにでも卒業できるとキリュウは言う。


「………出来ますか? 貴方が」

「やってやる。お前に婚約者を宛がわれる前に」


キリュウは強引にマナの唇を奪う。

挑発したことを後悔させてやるという風に、早朝からキリュウに愛された。


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