第16話 出来損ない少女と勘違いと決意
前話までの“第一章 魔導科学園篇”あらすじ
幼少の頃にフィフティ家に拾われたマグダリア。
平民に囲まれて過ごしていた彼女は、突然王族の養子になる事に戸惑う。
言葉使いが全く違う場所に行き、自分の立ち位置が分からず俯きながら過ごしていた。
学園高等部に入る際、魔力検査で一定値以上の魔力を持っていたマグダリアは、魔導科へ入る事になる。
だが、マグダリアは魔法が全く使えなかった。
それが原因で虐められていた。
二年になった時、四年のキリュウに出会う。
彼と組んだ課外授業でマグダリアは彼を庇い、負傷してしまう。
その時にペンダントが壊れ、そのペンダントが禁止されている魔導具だと判明。
魔力を吸ってしまうその魔導具が原因でマグダリアは魔法が使えなかった。
キリュウのおかげで原因も判明し、マグダリアは魔法が使えるようになり、さらにキリュウと恋人同士になった。
二人は幸せそうに時間を過ごしていたが、二度目の課外授業の後、マグダリアの出自が判明した。
それにより、マグダリアはキリュウの元から去らねばならなかった。
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第二章からも、よろしくお願いいたします。
「………聞いて、マナ」
マナの泣き声が落ち着いてきた頃を見計らい、ホウメイは優しく話しかけた。
「貴女の実父はシュウじゃない」
「………え……」
「私が結婚をしようとした矢先に命を落とした剣闘士総長、アルシェイラ・ゴーシェイよ」
マナは目を見開いた。
アルシェイラ・ゴーシェイといえば、歴代最強と言われた魔導士で、だが当時席が空いていたのは剣闘士長の地位だった為、剣闘士長として王宮に務めていた。
その事から、剣闘士としての腕も一流だったことが伺える。
貴族の中でも特に魔法剣闘士として、国民からの信頼が厚かった者。
若くして命を落としたという。
ホウメイ……女王を暗殺者から守ろうとして、その身を犠牲にした、と。
「まだ、王族や貴族、国民にも内密にしていた。私の最愛の人であったけれど、臣下から反対もされていてね。貴族といってもアルシェイラは底辺だったから」
「………」
「アルシェイラが暗殺者に殺されたと同時に、内密にしていたお腹の中の貴女の存在が暗殺者に知られ、当時は産めはしたけれど暗殺者にそのタイミングで貴女を奪われてしまったの」
「………ぇ、じゃあ……」
「私は貴女を捨ててはいない。ずっと探していたわ。気づいたのは貴女の魔法が初めて発動した時。課外授業での上級魔物が現れたと報告を受けたときにその前に感じた魔力。アルシェイラとそっくりな魔力を感じて急いで調べたわ」
ホウメイが書類を取って、マナに詳細を語る。
「暗殺者に連れ去られたけれど、魔法を常に発動していた貴女を持て余し、私を脅すために攫ったのだけれど手に負えなかった。禁止魔導具で魔力を吸い取られ、けれど幼児故に魔力をコントロールできずに魔法が放出され続けた。暗殺者達はその魔法に負傷させられ、貴女をその場に放置して去ったそうよ。疲れて魔法が途切れた時に偶然通りがかった人が施設に預け、そしてフィフティ家に…養女に迎えられた」
「………」
「貴女の存在を……私の娘だと確信した後、本当に貴女を王宮に連れ戻してまた命を狙われることになっても対応できるか心配で、悪いと思ったけど試させてもらったわ」
ヘンリーと予測していたことが当たってしまった。
あの上級魔物は女王の仕業だった。
でも女王を攻めることは出来ない。
自分が不甲斐なかったら、今後も誰かを守ることは出来ない。
受け入れられるのは簡単じゃない。
でもここに来てしまった以上、女王の子として国民を守る義務がある、
その国民を守れなければ、自分の居場所はどこにもなくなる。
………フィフティ家でもそれは同じ。
王族としての義務がある。
その義務をマナは受け入れた。
だからこれから女王の子として義務を受け入れ、実行すれば良いのだ。
フィフティ家から王家に変わっただけ。
責任は重い。
マナに耐えられるか分からない。
けれどフィフティ家に居場所がなくなった。
キリュウとも決別してしまった。
マナの早合点だったけれども、もう別れてしまった。
マナとしての味方は、女王しかいない。
マグダリアはもう何処にもいない。
「………わかり、ました。では、アシュトラル様との関係は疑惑は疑惑だったって事で宜しいのですか……?」
「いや、それは間違いじゃないよ。僕はホウメイを愛しているから」
「………ぇ」
「妻とは政略結婚だよ。愛はない。あちらも愛人はいるしね。息子達は妻との子で間違いはないけど」
「アルシェイラが死んでから支えてくれたのがシュウなの。だから…」
「………分かりました。お二人がそれで宜しいのでしたら」
「だからね、マナ殿下。キリュウとのこと考え直してはくれないかい?」
ハッとし、マナはシュウを見た。
「僕がキリュウに許可を出したのは、君の出自が確信になっていたから。知らない間に結婚を許してはいないんだ」
マナは目を見開く。
そうだ。
キリュウが結婚の許可を貰ったのは、マナが課外授業で魔法を使った後。
本当にマナがシュウの子だったとしたら、許可は出せない。
兄妹での結婚は御法度。
「僕とホウメイは婚姻できない。一夫多妻制でも、女王を家に引き入れることは出来ないからね。少なくとも、アシュトラル家の子供のどちらかが家を継いで、妻と離縁でき、僕が女王の姓になれない限り。だから、息子は好いた人と結婚して欲しいんだ。僕のエゴだけれど。でもキリュウはフィフティの名になることを一瞬も迷わなかった。リョウランの名になるのも抵抗はないだろう」
「………出来ません」
マナは考えたが、顔を俯かせ震える声で言った。
「何故? キリュウは君と兄妹ではないよ」
「分かってます。あ、いえ……分かりました。けれど、前と今じゃ、立場が違いますし、キリュウ様に国を背負わせてしまうことになります。重い責任を問われますし、女王が命を狙われ私が攫われて父が死んだとなると、キリュウ様も同じ事になるかもしれません。そんなこと……それにもう、お別れしました。なんの関係もなくなってしまったんです……」
「そうかな?」
首を傾げるシュウに、マナは恐る恐る顔を上げる。
「キリュウは君を捜し回っているそうだよ」
「………ぇ」
「家の者からそう聞いている」
シュウが飛んできた鳥を手に取り、手紙になったそれを読む。
「それに学園に忍ばせている者からは、キリュウは時空間魔法を習得しようとしているらしい」
ヒラヒラと手紙を揺らしながらシュウは言う。
なんてタイミングだ、とマナは思った。
逐一報告が来ているのか、またシュウの元に鳥が飛んでくる。
家の事だったり、キリュウの事だったり、国の事だったりと様々な情報だろう。
「僕はキリュウをそんな柔に育ててはいないし、今は魔法も発達している。キリュウが女性一人も守れないんだとしたら、僕はキリュウを破門する」
「………え!?」
あっけらかんと言ったシュウに驚く。
そんな簡単に息子を手放せられる人なのかと。
「アシュトラル家は王族に次ぐ貴族の家柄で、力が強い。その力を使いこなせないなら、王の傍にいる宰相や臣下にはなれないよ。遊びでやっているんじゃないんだから」
温厚な顔からは想像できないシュウの言葉に、マナはゾッと背筋が凍る。
これが、女王を守る臣下の一人……宰相。
キリュウが堅物に育ってしまったのも、案外この人の影響を受けているのではないか、と。
「ま、殿下にばっかりお願いするのもなんですし、こういうのはどうですか?」
シュウの提案に、マナは目を見開きそして頷いた。
良い方法だと。
そして作戦を練った後、早速と言わんばかりにマナの前に書類が突き出された。
ニッコリ笑ったホウメイの顔に、マナは冷や汗をかく。
「フィフティ家で教養は受けていると思うけど、王家と王族はまた違うから、覚え直してもらうわよ?」
さっきまでのしょんぼりした顔や困ったような顔はどこかに行ってしまっていた。
マナの前にいるのは、リョウラン国の女王ホウメイ・リョウラン。
「私以外に跪く相手がいなくなったマナには、それ相応の威厳を身につけてもらうわよ。今までのオドオドした態度や、平民の中で育ったからって腰が低くなっていては困るのはマナよ」
どれだけの情報を調べたのかは知らないが、施設生活や学園生活は完全に知られていると思った方が良さそうだった。
「へ、陛下が困るのではなく……ですか……?」
「プライベートではお母様と呼んでちょうだいよ? 当たり前じゃない。私は貴女が生きてくれていてくれたことでもう何も要らないもの。でも、臣下達はそう思わない。だからお披露目までの間に王女としての立ち振る舞いや教養をなんとしてでも習得なさい」
「………」
「期限は三月。それからは貴女の身の回りを整え、相応しい生活を送ってもらい、私が大丈夫だと思った時点でお披露目するからね」
「………三月…ですか」
短い、と思った。
フィフティ家としての立ち振る舞いは、拾われた時から教えられているから身についている。
けれど、もう癖になっている仕草を王女用に切り替えるのは、至難の業。
長年身についたものは、そう簡単に変えられるものではない。
これは、改めて大変な事になってしまったとマナは思った。
「さ、始めるわよ!」
とホウメイが言い、ホウメイとシュウが笑顔でドンッと目の前の机に書物を置く。
置かれた十数冊の分厚い書物に、マナの顔は引きつっていた。
マグダリアことマナが行方知れずになってから二月が経過した学園の一室。
キリュウは杖を掲げていた。
「この世界に存在する空間よ。我と彼の者を繋ぐ空間を繋げ、我の身を運べ。時空間魔法モーメントムーブ」
キリュウの足下に魔法陣が広がり、一瞬の間にキリュウが消える。
二月かかってようやく時空間移動を使用できるようになったらしい。
共にいたヘンリーは、キリュウを見失わないように魔力を追っていた。
「………ぇ、これって…」
キリュウの魔力が王宮から、それも比較的高い場所に移動していることを知り、ヘンリーの頭は混乱する。
敵国の血筋なら地下牢のはず。
仮説は外れたのかと、一先ず安堵しても良さそうだ。
だが、油断は禁物。
ヘンリーもキリュウの後を追ってその場から姿を消した。
ヘンリーが到着すると、キリュウが立ち尽くしているのが目に入った。
キリュウの視線を辿っていくと、そこには二月ぶりのマグダリアとキリュウの父シュウが立っているのが目に入った。
シュウの纏っている衣は宰相の物で、たまにアシュトラル家に行ったときに鉢合わせているので見覚えがある。
けれどマグダリアの服は見覚えあるどころの物ではない。
この国で王と王の身内にしか着ることが出来ない純白の生地をメインに作られているドレス。
それを着ていると言うことは……
「………フィフティちゃん……まさか…王の身内……だったの…?」
唖然と呟いたヘンリーと突然現れたキリュウの首筋に、一斉に刃物が向けられた。
当然だ。
ここは……
「………控えなさい。ここは私の私室。流血沙汰など、決して許しませんよ」
「はっ、失礼いたしました女王陛下」
この国一番の王の私室だった。
衛兵達が武器をおさめる。
囲んでいるのは女王の近衛兵。
女王直々に選んだ精鋭たちだ。
王宮魔導士、王宮剣闘士とはまた違う所属となり、世間では禁軍と呼ばれる者たち。
「彼らはマナの学友だった方達です。心配はいりません。内密な話があるので席を外しなさい」
「はっ」
衛兵達は敬礼をしてから部屋から立ち去った。
「やぁ、キリュウ。久しぶり」
シュウが話しかけたが、キリュウはマナを見ていて返事がない。
苦笑するシュウにマナが顔を向ける。
「………父様、可哀想に…」
「ああ、マナはそう思ってくれる!? 本当キリュウって我が道を行くって感じで、最近は会話もなく邪険にされて……」
「うん、でもウザいのは分かる」
泣き真似をするシュウにマナは容赦ない言葉をかける。
それにガンっとショックを受けるシュウ。
「父様、だと……」
「そうだよキリュウ。僕の娘だよマナは」
その言葉に、キリュウは固まった。
つまりマナはキリュウの妹ということになり……
ようやくマナが……マグダリアが別れを告げた意味が分かった。
「マナって……」
「ああ、今まではマグダリア・フィフティだったね。でも本名はマナ・リョウランだから、これからは膝をつきなよ? 公の場では」
スッとマナはキリュウとヘンリーに視線を向けた。
それは無表情で、出会った頃とも、キリュウと付き合ってからとも違う、見たこともない。
この二月で王の身内としての教養を身につけたのだろう。
相変わらずマナの適応力は高い。
本人は、そんな事はない、出来損ないだからこそ一番努力しないといけないと思っている。
「………お母様、もうそろそろ」
「ああ、いけないわ。定例会議。じゃあマナ、次はこれを読んでおいて」
渡されたのは十cmくらいの厚さがある政治関係の資料だった。
思わずゲッソリするマナ。
「鬼教官」
「泣き言は聞かなくてよ。シュウ、行くわよ」
「うん。じゃあマナ頑張ってね」
パタンと閉められたドア。
シュウの頑張っては、勉強の事ではない。
だが、それに気づいたのはマナのみ。
「………どうぞ」
マナはソファーへ促し、自分は向かいにあるソファーに座った。
そして資料を捲っていく。
「………何か、ご用ですか」
「………何故、黙っていた」
キリュウの言葉にマナは視線を資料に向けたまま話す。
「私の父についてですか。母についてですか」
「両方だ!」
「………言ったらアシュトラル殿から別れを切り出されるじゃありませんか。そんなのは嫌だと思ったからです。振るなら私から振る。ですから手紙でお伝えいたしました」
「っキリュウだ!」
「………何をムキになっておられるのですか。関係は終わったのです。父が同じなら兄妹です。兄妹では結婚できません。貴方にはアシュトラル家を背負って立たなくてはなりません。早くお相手も見つけなければなりませんでしょ」
「フィフティちゃん、ちょっと話を」
「マグダリア・フィフティは死にました」
「ぁっ、えっと……リョウラン殿下。アシュトラルの話を聞いてあげて」
「今更何を? 兄妹なのですから別れるのは必須です。そして、私は女王に引き取られました。アシュトラル家ではなく。従って、私は王家です。アシュトラル殿とお会い出来る事もなくなります」
「それは……」
ヘンリーはマナの言葉に返す言葉が浮かばず、キリュウを見る。
キリュウは無表情でマナを観察していた。
内心、居心地の悪さを感じながら、マナは資料の文字を見続けた。
頭に入って来ないのは分かりきっているけれど。
キリュウの顔を少しでも見てしまえば、決心が鈍ってしまう。
それでも、キリュウを自分の危険に巻き込むわけにはいかない。
自分を救ってくれた人。
自分を愛してくれた人。
短い間だった。
けど、確かにあの頃の幸せな時間は、マナの中にあり続けていて。
それだけで、マナはこれから生涯生きていけると確信している。
キリュウには幸せになって欲しい。
自分の為に、死なないで欲しい。
それがこの二月、変わらなかったマナの想い。
愛しています、と心の中でそう呟く。
その気持ちは決して消えることがない確かな気持ち。
この国が世襲制でなくて本当に良かったと思う。
跡継ぎ問題が王家といえどもないから。
無理に結婚する必要もない。
キリュウを想い、生涯独身でいられる。
マナは無意識に微笑んだ。
幸せそうに。
俯いていても少しはマナの顔が見える。
そんなマナの様子に、キリュウが眉を潜めた事に気付かず、マナは微笑み続ける。
次の王はキリュウの子でもいいかもしれない、とそんな思いがあったから。
キリュウは王になって欲しくない。
殺される危険がある王になんてなって欲しくないから。
けど、キリュウの子も魔力が多いかもしれない。
貴公子の子なのだから。
きっと立派な王になれるだろう。
マナが大事なのはキリュウであって、その他の人間は危険に遭おうがどうでもいい。
ただ、キリュウが生きていて、それを遠くから見られたらいい。
マナは再度自分の想いを確認し、大丈夫だと思った。
「………お話はそれで終わりですか? では、お帰り下さい」
マナは資料から視線を外し、ドアへ促すようにして手を動かした。
もうマナには話すことは何もない。
シュウとした賭けは、どうやらマナの勝ちのようだ。
これでいい、とマナはそっと瞼を閉じた。




