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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第一章 魔導科学園篇
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第14話 出来損ない少女と仲違い




パチパチと薪が燃える音でマグダリアの意識が浮上する。

目を開けようとした時、声がした。


「やぁ、お疲れ」

「………」


ヘンリーの声と、サクサクと足音がする。

この魔力は…


「不機嫌だねぇ。ヤギョウちゃんは?」

「………置いてきた」

「ダメでしょそれ!」

「冗談だ。そこにいる」


ズリズリという足を引きずる音と、バタッとマグダリアの背後で誰かが倒れた音がする。

おそらくヤギョウだろうとマグダリアは思う。


「あ、死んだ。ダメだよアシュトラル。無理させちゃ。っていうか、真顔で冗談言われても冗談に聞こえないし、初めてじゃない? 冗談なんて口に出すの」

「お前が止まらないのが悪いんだろう。だからお前のせいだ」

「僕じゃなくてフィフティちゃんの行程で、フィフティちゃんが行きたいところに行くのがルールでしょうに」

「………」

「あ、フィフティちゃんに睨まれた事気にしてる?」

「っ……」


キリュウが息を飲んだ気がする。

マグダリアはどうしようかと考え、寝たふりを継続することにした。


「それはアシュトラルが考えなきゃだよ? 僕に聞かないでね? 僕に聞いて理由が分かったとしても、“分かること”と“理解すること”は違う。意味は分かるよね?」

「………」

「なんで分かったのかって顔だね? 分かるよ。何年友達やってると思ってるのさ。それと、僕の方が女性関係は上だからね。だからフィフティちゃんが何に怒ってたのかすぐに分かった。それだけだよ」

「………やはり、俺が怒らせたのか」

「え!? そこ!?」


ヘンリーの突っ込みと同じ言葉をマグダリアは心の中で突っ込んだ。


「いやいや、アシュトラルはフィフティちゃんに睨まれたでしょ!? その時点で気付きなよ!」

「………気のせいかもしれないと」

「どれだけ!?」


ヘンリーの苦労が今さらながらに分かった気がするマグダリア。

これが友達付き合いを初めて何年も経っているのなら、疲れるだろう。


「はぁ……じゃあなんで怒ってたのか…理由は何も考えてないって事だね…」

「………」


ヘンリーはガックリと項垂れた。

マグダリアも体の力が抜ける。

その時、マグダリアの魔法感知に引っかかるものがあった。

ゾワッと全身に悪寒が走り、血が冷たくなっていく感覚。

思わずガバッと起き上がる。


「うわっ!?」

「っ!?」


キリュウとヘンリーが驚くが、マグダリアは気にしない。

ジッと暗闇を睨み付けながら、スッと杖を音もなく出して握りしめる。

そのマグダリアの様子に、二人も魔力感知を展開させる。

が、二人の魔力感知には何も引っかからない。


「マグダリア」

「どうしたの?」

「煩い。黙ってて」


前方を睨み付けたまま気配を探っている時に話しかけられ、一瞬気が逸れそうだった。

思わず口が悪くなる。


「ちょっと、いくら何でも…」

「!!」


ハッとキリュウとヘンリーの方を見る。

彼らの足元から何かの気配がする。


「飛んで!」

「え…」

「早く!!」


マグダリアが叫ぶと同時に二人の足元に魔法陣が現れる。

ハッとした二人は飛び退き、マグダリアの側に寄った。

魔法陣は召喚の陣だった。

中から這い出てきたのは…


「オーク…」

「どうしていきなり魔物がここに出てくる!」

「分からないよそんな事! 僕に聞かないでよ!」


うぉぉおおお!!

人の三倍はあるだろう体に、手には棍棒を持ち、マグダリア達を睨みつけてくるオークの叫び声が響き渡る。


「ひっ!?」


マグダリアの後ろから声がする。

振り返って見るまでもなく、ヤギョウだ。

彼女の身長の倍もある棍棒が振り上げられる。


「い、いやぁあぁぁあああ!!」


ヤギョウの叫び声が響く。

ヘンリーが咄嗟に結界を張る。

ガツッ!! と棍棒が結界に振り下ろされた。

棍棒の形に結界が歪んでしまい、今にも壊れそうだ。


「くそっ。やっぱり詠唱破棄は効力が!」


オークが棍棒を再度振り上げたときに、ヘンリーの結界がパンッと割れるように拡散し、消えた。

マグダリアは反射的に三人から離れたところへ走り、動くものを追う習性がある魔物は、マグダリアの動きを追い三人から目を離した。


「結界を!」


マグダリアの言葉に、ヘンリーが結界の詠唱を始める。

マグダリアを追いかけて行こうとしたキリュウだが、その前にヘンリーの結界が完成。

キリュウが出てしまうと、せっかくのヘンリーの結界が壊れてしまう。

内から外に出るように出来ていない結界。

キリュウは悔しそうにその場に留まった。

空間魔法は使えるが、オークの体で開けた場所だった所が狭い。

木々が邪魔で移動できる範囲が見えない。

空間移動は目に見える場所で、ある程度の広さがないと使えない便利そうで不便な魔法なのだ。


「……さて…」


マグダリアは杖をオークに突きつけて見つめる。


『どうしようか……咄嗟に離れたものの…オークって、弱点なんだっけ…』


勉強したはずなのに、スコンと頭の中から抜けていた。

彼らが結界を張れるようにしたは良いが…


「マグダリア!」

「フィフティちゃんも結界を早く! そのオークは体の大きさからみて上級魔物だよ! 正面からは危険だ!」


オークのランク付けは、その体の大きさで決まる。

人と同じくらいが下級、二倍くらいが中級、三倍以上が上級とされており、弱点となる魔法属性も個体によって違う。

結界を張ったところで、倒せなかったら消耗戦。

こっちがやられる方が早い。

マグダリアは取りあえずホワイトタイガーが有効だった炎の柱を発生させ、ぶつけた。

だがオークは怯まず平然としていた。

更に風、雷と打ってみるも効かない。

どうしよう…と思っていると、


「マグダリア! 氷だ!」


キリュウの言葉にハッとする。

チラッとキリュウを見ると、キリュウも杖を掲げて詠唱に入っていた。


「氷攻撃魔法・アイスグリーミングソード!」


マグダリアは無詠唱でキリュウと同じ魔法を発生させた。

上空から氷の刃が無数に現れ、オークに突き刺さっていく。


「からの………追加っ」


マグダリアが杖を下から上に振り上げた。

オークの体が凍りづけになっていく。

ピキピキとオークが固まっていき完全に凍り付けになった後、マグダリアが雷を落とし、オークごと砕け散った。


「「「「………はぁ……」」」」


全員が同じタイミングで息を吐き、その場に座り込んだ。


「アシュトラル、フィフティちゃん、ありがとう」

「………いいえ」

「………」


ヘンリーにマグダリアは返事をしたが、キリュウは黙ったままマグダリアの傍に近づき手を上げた。

パンッという音がした。


「きゃっ」


声を上げたのはマグダリアではない。

ヤギョウだ。


「………」


マグダリアは無表情で、同じく無表情…いや、その目に怒りを宿しているキリュウを見返す。


「………結界を張れと言ったはずだ」

「………結界を張っても消耗戦は免れませんでした。だから攻撃魔法を使用したのです。魔力を無駄に消費しても勝ち目はありません」

「そういう問題ではない!」

「なら、どういう問題なんですか」


声を荒げるキリュウに全く怯まず、マグダリアは冷静に言葉を発していく。


「フィフティちゃん、アシュトラルはフィフティちゃんが心配なんだよ。だから、自分の身は守ってから攻撃に入って欲しかったんだよ」

「理解はしてます。けれど、それを了承するかは私の勝手ではありませんか? これは私の課外授業です。私がどう対応できるかで成績が決まります。フィフティ家の者として好成績を修めなければいけないことは先輩達がよく知っているはずではないですか」

「………ま、そうだけどねぇ…」


敬語で、無表情で話すマグダリアに、ヘンリーは肩を落とす。

怒っている。

ヘンリーにもマグダリアの怒りの原因がキリュウに叩かれたことに対してなのか、先ほどの嫉妬がまだあるのか、戦略に口を出されたことなのか、どれかは分からない。

けれど、間違いなくキリュウに対して怒っていることは間違いない。

キリュウはキリュウで、マグダリアに対して怒っている。

自分の身を危険に晒していたことを。

ヘンリーやヤギョウ、その他大勢がマグダリアと全く同じ事をしても、キリュウは何も思わないだろう。

けれど、マグダリアだけは違う。

初めて好いた相手。

初めて失いたくないと思った相手。

キリュウの心情が分かるから、ヘンリーはキリュウに何も言えない。

もう少し自分を大切にと思ってマグダリアに伝えた言葉は、正論で返された。

心情ではなく、これは授業なのだと。

確かに授業であり、課外授業であっても、例年命を落とす生徒がいなかったとは言えない。

マグダリアを見ていると、自分たちの考えが違うのではと思ってしまう。

感情より任務優先。

それは国の所属になった人間の定め。

何よりも王が優先なのだ。


「叩きたければどうぞ。ですが、私の行動が間違っているとは思えません。何より生き残るために最善を尽くすのが間違っているなんて、私は思いませんから」

「………そうか」


キリュウはそれだけ言い、その場から立ち去っていく。

慌ててヤギョウがそれを追いかけていった。


「………」

「………フィフティちゃん……っ!」


キリュウの気配が去って行ってから、ヘンリーがマグダリアを見ると目を見開き、それから目を伏せた。

マグダリアの両目から、透明な液体が流れていたから。


「………怒らせちゃった」

「………そうだね。でも、生徒としては優秀だよ。間違いなく。ありがとう、僕とアシュトラルは召喚の気配を感じなかったから」

「………そんなの、当たり前よ…キリュウ様はもちろん、ヘンリー先輩が死んだら嫌だから」


それは心からの本心だった。

からかわれても、不快な思いをさせられても、ヘンリーはマグダリアの友人なのだ。

そう思っていることは、伝えていないけれど。


「ふふっ。そっか、フィフティちゃんの中では、ちゃんと僕も大事に思ってくれてたんだ?」

「キリュウ様のお友達だからね……私の話もちゃんと聞いてくれるし……からかわれても」

「ありがとう」

「………でも、恋人としては失格だね……」

「どうだろうね? 喧嘩しないことが恋人円満ではないんじゃない?」


ヘンリーの言葉に、マグダリアは顔を向ける。

涙はそのままで。


「だって、互いが何に譲れないかって、遠慮してたら分からないじゃない。喧嘩して、譲れないものを知って、妥協点を探す。今回のはアシュトラルがフィフティちゃんの命を優先させた。フィフティちゃんは授業、大人なら“任務”を優先させた。それは今後ぶつかる問題なんじゃない? それが早くなっただけだよ」

「………そうなのよね……キリュウ様なら、授業優先するとなんの疑いもなく思っていたんだけど……」

「良くも悪くも、アシュトラルは出会っちゃったからね。フィフティちゃんっていう存在に。初めての感情に今頃戸惑ってると思うよ」

「………」


取りあえずマグダリアは涙を拭き、杖をしまった。


「僕は余り魔力を消費してないから、フィフティちゃんはゆっくりお休み」

「………でも……」

「体もだけど、心も疲れたでしょ? 大丈夫だよ。アシュトラルに会ったらまた話せば」

「………うん」


ヘンリーの言葉に頷いて元の場所に横になる。


「おやすみ」

「………おやすみなさい」


マグダリアは不安を胸に目を閉じた。

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