第13話 出来損ない少女の不安
それは突如として起こった。
ゾクッとマグダリアとヘンリーの体に悪寒が走る。
視線を一瞬合わせてすぐさま走り出した。
数十m走り続けた先には――
グルルルル…
「っ! またホワイトタイガー!?」
「………しかもこれって…」
周りには数十体ものホワイトタイガーと、その部下なのだろうかタイガーウルフという魔物が二つの班である四年と二年を囲んでいた。
二年は怯えて魔法など使える状態じゃない。
四年の一人はさっきまでヘンリーとの話に上がっていたキリュウ。
そしてもう一人はマグダリアの記憶にはなかった。
キリュウは何とか周りを結界で囲めたようだが、体当たりをする魔物が多すぎて不安定に歪む。
もう一人の四年が攻撃魔法を仕掛けようとするが、キリュウに止められるように腕を取られていた。
「どうして……」
「彼女は結界の外に魔法を発生させることができない近距離系。中距離系の魔法は不安定なんだ。魔法を結界内で発生させると、結界が壊れる」
四年なのに出来ないのかとマグダリアは思うが、以前のマグダリアはそれ以下だった。
人の事を言える資格はない。
「………ヘンリー先輩、キリュウ様の結界の中に行ける?」
「いけるけど、フィフティちゃんは?」
「………殲滅する」
ヘンリーの魔力より遥かに多いマグダリアの魔力なら、この事態を収めることができるだろう。
それにヘンリーの得意魔法は攻めより守り。
適材適所。
けれど四年の自分が逃げ込むなど、あってはならない。
「………遠慮してる場合? それに、私の魔法はまだ全力で出したことはないのよ。だから絶対巻き込むよ」
「………巻き込むかもしれない、じゃないんだ?」
「ええ。巻き込むわ。だから、キリュウ様と一緒に最大限に結界張ってね」
マグダリアはこれ以上キリュウの負担を増やさないように杖を構え、魔力を練り込んでいった。
ヘンリーは慌てて魔力を展開し、キリュウの結界の中に空間移動する。
「ヘンリー?」
「アシュトラル、最大魔力放出よろしく。結界魔法を強化する」
ヘンリーは杖を出してキリュウの杖に接触させ、キリュウの結界に自分の魔力を浸透させていき、強化した。
不安定な結界が、強固なものに変化する。
「どういうことだ。お前がいるなら攻撃して数を……」
「僕がいたら邪魔だからね~」
「邪魔だと…?」
ゴォォォォと辺り一帯が真っ赤に染まった。
キリュウがハッと前方を見ると、魔物たちが次々と炎に飲み込まれ、さらに空中へと体が浮いていく。
上級魔法の炎の柱。
こんな魔法を使う人物の心当たりは、キリュウにとって一人しか思いつかない。
慌てて周りを見渡すと、数m離れた場所から杖を突き出し、目を閉じて集中しているマグダリアが目に入る。
「っ! どうしてマグダリア一人にやらせた! あいつは!」
「落ち着いて。フィフティちゃんが全力で魔法を使えば、体当たりをくらって弱まってるアシュトラルの結界は、耐えられないかもしれないからってフィフティちゃんからの提案だよ」
「だったらお前が残るべきだろう! マグダリアがこっちで強化するべきだ!」
「僕の魔法でホワイトタイガー全て殺せるわけがないじゃないか。僕の得意魔法は君が良く知ってるでしょう」
「っ……なら今から俺が…」
「今から出たら炎に巻き込まれるでしょ! アシュトラルに何かあったらフィフティちゃんが悲しむよ!」
「くそっ」
悔しそうにキリュウがマグダリアを見ると、マグダリアは魔物の集団の行動を観察しており、キリュウと目は合わなかった。
ホワイトタイガー中心に魔法を放ったため、タイガーウルフ達は炎を逃れたのが沢山いた。
マグダリアが魔法を使っているのに気づき、飛びかかってくる。
「マグダリア!」
キリュウの声が耳をかすめた気がするが、マグダリアはタイガーウルフに杖を向ける。
すると杖から鋭い風の刃が大量に放たれ、タイガーウルフの体を切り刻んで行った。
飛びかからなかったタイガーウルフ達は、勝てないと分かれば身を翻して去って行く。
だが、ホワイトタイガーの生き残りはジリジリとマグダリアの周りを囲っていく。
それを感じながら、マグダリアの意識は別の所に向かっていた。
それは…
『………なんでキリュウ様は四年の女の腕を未だに掴んでるのよ!!』
と、嫉妬していた。
その怒りが炎の柱と鋭い風の刃となっていた。
冷静な判断が必要とされる魔法だが、心を乱せばあらゆる暴走を生む。
キリュウはマグダリアの力を強めるために、わざとやっているのだろうかとさえ思ってしまう。
『ってか、あの女も顔を染めてキリュウ様を見ているんじゃない!! なんで振り払わないのよ!!』
一斉に飛びついてきたホワイトタイガーに上から雷の柱を落とした。
全て一撃で打ち抜かれ、その場に落ちていく。
マグダリア一人で魔物の集団を片づけてしまった。
それに唖然とする四年の女と二年。
キリュウとヘンリーは当然という顔だが。
結界魔法を解いてマグダリアの元に行こうとしたキリュウだが、マグダリアの言葉に足を止めた。
「………行くよ、ヘンリー先輩。今日のノルマ分の距離稼いでないから」
「はいはい」
体を翻してその場から元の道へ戻っていくマグダリア。
マグダリアの隠された想いに瞬時に気付いたヘンリーは、固まっているキリュウと、いまだに掴んでいる腕を一瞥して、マグダリアを追った。
「待て! マグダリア!」
「………なんですか」
スッと不機嫌ですという顔を隠しもせずにキリュウを見返すマグダリア。
その表情にも固まってしまうキリュウ。
「何もないなら行かせてもらいますね。私は単位を落とせませんので」
ヘンリーと共に去って行ったマグダリアの真意が読めず、キリュウは暫く固まったままだった。
ざっざっと苛立ちを歩みに見せるマグダリアに、ヘンリーは楽しそうに見ている。
マグダリアの嫉妬を見るのは初めてだ。
あんな風に怒るのか、と。
そして新たな一面をキリュウに見せ、それによってキリュウが固まるなど、ヘンリーのお楽しみが増えた。
恐らく未だにキリュウはマグダリアに避けられた理由が分かっていないのだろう。
まだ課外授業一日目。
タイミングが合えばいいが、合わなければ後六日マグダリアには会えず、理由も分からずじまい。
さぁ、キリュウはどう行動するのか。
面白くなってきたと、ヘンリーは笑う。
「………随分、楽しそうね」
「うん。でも、アシュトラルにはいい薬なんじゃない?」
「他人事で楽しむなんて、あんたやっぱ嫌な性格してるわ」
睨み付けてくるマグダリアに、ヘンリーはさらに笑う。
「さらに口が悪くなってるね~」
「………誰のせいよ。こっちは幼少期を施設で育ったのよ。平民の虐めは貴族や王族よりタチが悪いのよ」
フイッと顔を背けて先に進む。
先程から魔物に襲われているのだが、ヘンリーが手を出す前にマグダリアの周りの魔力だけで焼け死んでいっていた。
相当怒ってるなぁ~と他人事なヘンリー。
「アシュトラルが後方から追って来てるみたいだけど?」
「………あの二年じゃ足引っ張るでしょ。追いつけないわよ」
「ああ、彼女確か…」
「前に一緒だったヤギョウ」
「あ、そうそうヤギョウちゃん。彼女、フィフティちゃんを前は睨んでたのに、今じゃフィフティちゃんに随分先越されてるねぇ」
「………睨んでいたのに気づいてたの?」
「うん。凄い分かりやすかったからね。アシュトラルは気付いてないみたいだけど」
「………鈍感というか他人に興味ないからね」
クスクス笑うヘンリーは、マグダリアの怒りを拡散させるのに充分だった。
「………はぁ。それより」
「ん?」
「………何故上級魔物のホワイトタイガーが出て来てるのか。前に出た時学園に報告したんだよね?」
「したよ。で、学園側が調査したけど、結界には何の異常もなかったって。その時にもこのエリアには下級魔物の気配しか感知できなかったって、フィフティちゃんにも報告したよね?」
この森には、下級魔物、中級魔物、上級魔物の住む境に、魔物が出入りできないようにそれぞれ強度が違う結界が張られており、二年が入れるところは下級魔物のみが生息するところのみ。
けれど前回と今回、二度も下級魔物の巣に上級魔物がいた。
マグダリアは顎に手を当て考える。
「………まさか、キリュウ様のいる場所に上級魔物が出現してるんじゃ……」
「え?」
「前回は私たちの班の所のみ。そして今回はキリュウ様がいる班の所」
「………そうなると、意図的な何かが動いているって事になるね……これも報告しておかないと、かな?」
「………急に出現してることから、犯人がいるとすればキリュウ様の近くにって事になる………ヘンリー先輩じゃないよね?」
「濡れ衣きせないで。アシュトラルを亡き者にして僕に何の得があるのさ。楽しみがなくなるじゃない」
ああ、こういう人だった……とマグダリアはため息をつく。
「………じゃあ、キリュウ様に恨みを持っている人物…?」
「そんなの学園内に何人いると思ってるの…? アシュトラルは女の子には受けが良くても男には嫉妬の対象だからね~」
「………今さら消してもって感じかな…」
「そうだね。召喚ならある程度の魔力があれば出来るから、二・三年の時にでも消した方が遥かにアシュトラルを消しやすかったと思うよ。今のアシュトラルより当然二年や三年の時のアシュトラルの方が魔力が少なかったからね」
「………」
簡単に消すという言葉が出るヘンリーも、相当な性格であり、マグダリアの事を言えない。
そう思うが、マグダリアは口に出さない。
それよりも、と今更ながらにキリュウと離れた事を悔やむマグダリア。
また襲われたらと思うと…
けれど、先程の嫉妬も心の中にあるわけで…
「………ああもう!」
ガシガシと頭を掻くマグダリア。
その姿はとても令嬢には見えず。
ヘンリーは苦笑する。
「フィフティちゃんに心配されるほどアシュトラルは弱くないよ」
「そんなの分かってるわ! でも、さっきは危なかったじゃない!」
「………ああ、確かに…」
マグダリアの言葉に素直に頷くヘンリー。
「一度にあんな大量に上級魔物を召喚できる人なんて、限りあるんじゃない?」
「ああ、そうだね。上級魔物単体なら誰でも出来そうだし、でもさっきのは二十体以上かな? なかなかいないね。フィフティちゃん位なら難なく出来そうだけど」
「ちょっと! 私を引き合いに出さないでよ! なんで私がキリュウ様を襲わなきゃいけないのよ!」
「誰もフィフティちゃんがやったとは言ってないじゃない。魔力量の比較だよ」
「………」
ジッと睨んでくるマグダリアに笑うヘンリー。
「となると、有力なのは……」
ヘンリーが考えている間に、今日の目的地に着いた。
周りに結界を張り、マグダリアは荷物を下ろす。
中に入れていた携帯食料を出し、地面に座る。
「って、令嬢が地べたに座らないでよ」
「課外授業でそういうのは関係ないでしょ」
「ダメだよ。僕がアシュトラルに怒られるじゃない」
ヘンリーが敷物を出して地面に敷く。
「はいこっち」
「………はぁ」
ポンポンと敷物を叩かれ呼ばれたマグダリアは、ため息をついて敷物の上に座り直す。
その上で携帯食料を口にする。
「候補は二人。リョウフウ家の三男、フキョウ。それとウィンブル家の次男、リョウ」
「………ウィンブル家って…」
「そう。王族。リョウフウ家は貴族」
「………じゃあ、一番の候補はウィンブル家ね」
「何故?」
「知らない? ウィンブル家は最近、王のお傍に居られる者を輩出してないの。王宮の周りの警護が精いっぱい。ウィンブル家が将来の宰相候補のキリュウ様を狙うとすれば、理由は」
「宰相の地位を頂かないように、か」
サクッとマグダリアが携帯食料を口にする。
ヘンリーも隣で携帯食料を食べ始める。
「リョウラン陛下はそんな野心がある人を近くに置くわけがないのに」
王の名は、ホウメイ・リョウラン。
王になる性別は関係なく、現在の王は女王。
彼女は現在四十歳。
若くして父と母を亡くして父の跡を継ぎ、ホウメイ・リョウランの治世は二十年続いている。
この国では実力重視。
王族の中から一番強い者が選ばれる。
世襲制ではない。
だが継承権にも一定のルールがある。
王が次の後継者を指名。
指名された人物は決して断ることは出来ない。
指名された時点で、この国の名“リョウラン”を家名に変更される。
そして、王になる人物は自分が信用できる人しか傍に置かない。
現在のホウメイ・リョウランの臣下達も、次の王が切れば今の地位を剥奪される。
世襲制ではない以上、簒奪者が出るのは必須。
自分の命を守る為にも、自分の信頼できる人を指名する。
現在の王は実父に指名された。
彼女がその時に一番力を持っていたから。
死の間際、震える声で指名されたという。
キリュウが最有力宰相候補というのは、このホウメイ・リョウランに実力を認められ、名前が上がったからと聞いていたマグダリア。
「あれ? フィフティちゃんって王と知り合いなの?」
「そんなわけないじゃない……陛下って、代々清廉潔白の人しか傍に置かない。裏切りがあるような野心家は傍に近付けさせようともしないって、知らない?」
「そうなんだ。やっぱりフィフティちゃんって王族の子なんだね」
うんうんと頷くヘンリーに、今までなんだと思っていたのだと、問いただしたいが口をつぐんだ。
「………あれ…」
ふと、声を上げたマグダリア。
「どうしたの?」
ヘンリーは首を傾げる。
「………まさか…」
「?」
「………陛下がけしかけたって事は……ないよね…」
「………え」
ポツリとマグダリアの言葉に、珍しくヘンリーが固まる。
「………そんなことあるの?」
ヘンリーに聞かれ、自分の中だけで呟いたと思っていた言葉が口から出ていたのだと気付いて、マグダリアは視線を逸らす。
物騒な憶測を言ってしまって気まずい。
「………いや、憶測だけど……陛下がキリュウ様を宰相候補に指名したのって、確か……」
「ああ、アシュトラルが二年の時だったかな?」
「………卒業間近って時に、キリュウ様の実力を知りたかった、とか……」
「………」
マグダリアの憶測に、ヘンリーは考え込む。
「………ない、とは言えないね……。となると、陛下が直接召喚を行っている可能性もあるね」
「………王宮からここに遠隔召喚したって事……?」
「陛下の魔力量なら有り得るかもね。だって、フィフティちゃんも陛下と同じくらい魔力あるんだし」
「………え!?」
聞き流す事は出来ない気になる言葉を言われ、マグダリアは数秒置いてヘンリーを凝視する。
今、何を言われたのかマグダリアはヘンリーの言葉を反芻する。
「あれ? そこで驚く?」
「ちょっ、私は陛下程の魔力はないでしょ!?」
「あるよ。だって魔力量査定受けたでしょ?」
「た、確かに受けたけど、結果は……」
「ああ、教師が実際に言えるわけがないよね。フィフティちゃんの魔力が女王と同じくらいだなんて」
「………なら、何故ヘンリー先輩は知ってるの」
「教師の内密の話を聞いちゃったから」
ニッコリと悪びれもなく言われ、ガックリと項垂れてしまう。
「アシュトラルと一緒にね」
「………そう…」
もう何も言うまい、とマグダリアはため息をついた。
「だから、フィフティちゃんは、次期女王候補になってるはずだよ」
「………まさか!?」
これ以上爆弾発言は止めてくれ! と叫びたくなった。
脳の許容範囲以上の話は聞きたくない。
「そんな恐れ多い憶測は止めて!」
「………フィフティちゃんが陛下の話題を出したんじゃない」
「私の魔力や恐れ多い女王候補だなんて過剰な憶測は言ってないし、考えたくもないわ!」
「なんで?」
「こんな問題児の私を王にだなんて、誰も思ってないわよ!」
「問題児って自分で言っちゃう?」
「自分が清廉潔白な女だなんて思ってないわよ」
「そうかな?」
首を傾げるヘンリーに、マグダリアはため息をつく。
「………まぁ、私の事はもういいわ………で、陛下がキリュウ様を試しているかもっていうのは、可能性があるのね?」
「ああ、うん。それはあり得るよ。それも考えとかないとね」
「………」
マグダリアは不安になる。
もしそうだったとして、陛下は本当にキリュウを試すだけであんな大量の上級魔物を召喚したのか、と。
やはり離れない方が良かった。
弱い人を守りながらの戦闘は、命にかかわる。
一緒にいれば、その負担を軽く出来たのに。
嫉妬に駆られて離れてしまった。
大丈夫だったか、と怪我を心配するのが普通なのに。
マグダリアははぁっとため息を落とす。
そんなマグダリアの背を、ヘンリーは優しく慰めるように叩いた。




