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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第一章 魔導科学園篇
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第11話 出来損ない少女と約束




そわそわと部屋の中をうろつくマグダリア。

その様子を見て、侍女は微笑む。


「お嬢様、落ち着いてくださいませ」

「で、でも……ぁぁ…もう少し、で、約束の、時間……ぁっ、髪、跳ねて、ない?」

「大丈夫でございます。ですが、その様にうろうろしておりますと、乱れてしまいますよ」


侍女の言葉にマグダリアはハッとし、恥ずかしそうに椅子に座った。


「アシュトラル様はどのようなお方なのですか?」

「え……っと…や、優しい、人……」

「お優しい方なのですね? 失礼ながら他の者が申すには、無表情で他人に容赦がなく、怖いお方だとお聞きしておりましたので、少々心配しておりました」

「う、うん……私も…最初、そう、思ったの……で、でもね…私の事、心配、してくれ、て。虐めも、止めて、くれたの…」

「まぁ。それは感謝しなくてはいけませんわ。わたくし達の大切なお嬢様を助けていただいたのですもの」


侍女の言葉にマグダリアは照れ笑いを向ける。


「……ぁ…!」


マグダリアの顔が突然パァッと明るくなり、小走りでドアに駆け寄る。


「お、お嬢様!?」


侍女が慌てて追っていくが、マグダリアは止まらず部屋から出て、玄関まで一直線に走って行った。

玄関に到着すると、丁度執事がドアを開け、来客を招き入れた所だった。

マグダリアは来客をいち早く知るために、魔力探知範囲を広げていたらしい。


「せ……キリュウ…様…っ!」


先輩、と言いそうになったが、マグダリアは慌てて言い直す。


「………マグダリア」


一週間ぶりの二人が出会い、必然的に抱き合う。

マグダリアが小走りのまま、キリュウの胸元に飛び込んだ。

あのマグダリア本性曝し事件から、キリュウとの約束で、少しずつマグダリアの本性を出すように言われていた。

1日1つは出すように言われ、四苦八苦した結果、キリュウに積極的に接する事になったのだ。

今日の1つはコレ。

胸に飛び込む、だった。

それもあって、部屋でのうろつきになってしまったのだが…


「……お、かえ…り、なさい。お怪我、は?」


遠征から帰って来て会ってないので、怪我を心配する。


「問題ない。一度危ない時があったが、ヘンリーを身代わりにした」

「そ、そう、なの? なら、大丈夫、かな?」


キリュウらしいと言えばキリュウらしいのだが、納得していいものかどうか分からなかったマグダリアは曖昧に頷く。


「お話し中失礼いたします。お嬢様、アシュトラル様を先にご案内差し上げたらいかがですか? 玄関先では失礼ですよ?」

「ぁ……」

「問題ない。マグダリアとの話の方が大切だ」


キリュウが侍女の言葉に手を上げ、遮る。

執事と侍女は来客を招き入れる時の体制のまま固まった。

随分印象が違う、と。

無表情なのだが、マグダリアが大事だと言うのは言葉で分かる。

ギュッとマグダリアを抱きしめてから、少し離れる。


「口づけしたいが、目があるから無理だな」


そう耳元で囁いてから。

かぁっと顔を赤くするマグダリアを見て、キリュウは満足そうに頷いた。


「ぁ、の……こっち…」


おずおずとキリュウの手を取り、両親が待つ談話室へ導く。

執事と侍女はその後ろを静かに追う。


「この一週間、問題なかったか?」

「う、うん……ぇっと…どうして、手紙に、その……」

「ああ。例の件か。国境実習中に、ウザい女どもが群がってきてな。で、ヘンリーが――」


“アシュトラルには卒業後に即結婚する婚約者がいるからもう群がらないでね~”


「と言った。それを聞き、その手があったと思いすぐに書いて出した」

「………」


マグダリアだけでなく、執事も侍女もポカンとキリュウを見てしまう。

ヘンリーが絡んでいるとは思ったが、まさかそんな嘘を大胆に言ったのか。


「そうすれば、お前も変な考えを持たないだろ」


キリュウの言葉に、ハッとする。

マグダリアは、キリュウが王から婚約者を紹介されたら、自分と別れると思って付き合っていた。

その件だろう。


「わ、たしの、為、に……」

「いや、大半は俺の為だ」

「………ぇ?」

「俺が卒業したらお前は二年、味方がいないまま過ごすことになる。誰も守ってやれないからな。俺の名が、お前を守る最大の防壁となればいい。本当は二年留年しようと思ったんだが」


それは無理でしょ。

三人の心が一つになった。

誰よりも教師に評価されているキリュウがどうやったら留年出来るというのか。


「俺がいないからといって、マグダリアにどんな理由であれ近付く男がいれば許せないからな」


どうしてこの人は自分をそんなに想ってくれるのだろうか。

どうして自分を喜ばせる言葉ばっかり言うのだろうか。

マグダリアは恥ずかしさで溶けてしまいそうだった。

内心悶えていると、ピタッとキリュウが急に足を止めた。

マグダリアは気付くのが遅くなり、二・三歩歩いて止まる。


「キリュウ、様?」

「………そういえば、ローランドから縁談が来たと聞いたが?」

「っ!? ………ど、して……」

「ヘンリーがそういう情報を持ってくる」


どんな情報網を持っているのだと、マグダリアは追及しに行きたくなった。

知られたくなかったことを、キリュウに吹き込むなんて、と。


「お前を虐めていた筆頭だろう。よく話を持ってきたものだ。もう一度絞めに行くべきか」


もう一度って何!? と突っ込みたかったが、辛うじて飲み込む。


「あ、あれ、は……お兄…様……だったと…」

「弟がしでかした事の落とし前も付けず、どういう頭をしているのだと言っている」

「そ、れは……思った…けど……」

「だろう? さっさと断れ。今の言葉も付けろよ」

「も、もう、両親、が、断りを…」

「チッ」


キリュウの舌打ちを聞いて、苦笑する。

恐らく今の言葉を言えなかったことが悔しかったのだろう。

キリュウを促して、談話室の前まで来る。

声をかけ執事がドアを開けて、キリュウが入って行く。

その後を慌ててマグダリアが追う。

他人の家でも変わりないキリュウに、マグダリアは苦笑する。


「ようこそおいで下さいました」


両親とあいさつを交わし、マグダリアはキリュウと共に腰を下ろした。


「本題に入る前に、先程と似たような言葉をローランド家には送らせてもらったから大丈夫だよ。今頃、ローランド家は絶望しているだろうけどね」


義父の言葉にマグダリアは首を傾げる。

というか、廊下での話が筒抜けだったことに驚く。

そんなに大きな声では話していなかったと思うが…


「王族の娘にした仕打ち、忘れてもらっては困ると。この落とし前は、君たちの命をもっても償えない事を覚えておけ、とね」

「………へ?」

「マグダリアは魔法が未熟で、そのままだったなら先の事件で命を落としていた。王族の娘が命を落とすような事になったなら、ローランド家は没落だけではすまない」


ニコニコ笑っている義父の表情と言葉の違いに、マグダリアはゾッとする。

優しい人ほど、怒らせたら怖い。

キリュウの無表情より、遥かに怖い。

怒りを表情に出していないのがさらに。


「マグダリアに感謝し、膝を折るべきだろう? マグダリアの魔法があったからこそ、その場は何事もなく周りを巻き込むことなく収束させた。他の同学年の生徒なら、死んでいただろうしね」

「………お、父様……そんな情報…どこから……」

「マグダリア。王族の情報網を甘く見てはいけないよ?」


………そうだった、とマグダリアは思い出す。

フィフティ家は王族で一番の情報屋。

フィフティ家以上の情報を持っている王家はいない。

両親が揃っていつも屋敷に居るのは、情報を売って収入を得ているから。

おおやけになっている情報から、裏の情報まで。

その本質を知っている者たちはフィフティ家には手を出さない。

マグダリアを虐めていたローランド家は知らなかったと思われる。

すなわち、今ローランド家は周りの貴族や王族から、容赦ない仕打ちを受けている事だろう。

そして、マグダリアは自分が学園の事を隠していても、全て両親に筒抜けだったという事を今知った。

しょんぼりと項垂うなだれてしまった。


「成程。聞いていた通りの方らしい」


キリュウの言葉に、マグダリアは彼を見上げる。


「単刀直入に申し上げる。マグダリア譲を私にください」

「え!?」

「お断りします」

「ぇ!?」


キリュウの言葉に真顔で即返答した義父。

マグダリアは双方を交互に見ながら驚く。

前置き無しで本題を切り出したキリュウにも。

義父が断った事にも。

反対しないのではなかったのか、と。


「差しあげることは出来ない」

「では、私がこの家に入ればいいと」


瞬時に理解したらしいキリュウが言うと、ニッコリと義父は笑った。


「それでよろしいのであれば」

「大丈夫です。では、私が卒業したら即マグダリア嬢と結婚しても?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「その様にアシュトラルの方にも伝えましょう」

「………」


とんとん拍子に話が進んでいく。

マグダリアにはついていけなかった。


「って、キリュウ様!? アシュトラル家の方に話して反対されるのでは!?」


焦っているのか、マグダリアの言葉はスムーズに出た。

それに口角だけを上げて笑うキリュウ。


「昨日の休みに家族には話してある。了承は得た。後は俺が婿養子になることを話すだけだな」

「だけって……」

「それに、様はいらん」

「無理です」

「取れ」

「無理ですってば!」


若い二人をニコニコ笑って眺めている両親。


「キリュウと呼べと何回言えば分かるんだ」

「何回言われても無理なものは無理なんです!」

「俺はお前より下の貴族だぞ。あと、敬語で話すな」

「あ、ごめんなさい……じゃなくて! 貴族でもなんでも、私より優秀な人を呼び捨てなんて出来ないわ! キリュウ様は私の憧れだ、し……」


そこまで言って、ハッとなる。

固まったマグダリアに首を少し傾げるキリュウ。

ギギッと首を回すと、ニコニコ笑っている両親に、必死に真顔を繕おうとしている執事に侍女。


「………す、みません……」


カァッと赤くなり、ソファーに腰を下ろす。

興奮していつの間にか立ち上がっていたようで。


「あれ? もう終わりかい?」

「もうちょっとマグダリアちゃんの本来の姿を見たかったわぁ……残念」


本来の姿と分かっていたらしい。

恐るべきフィフティ両親であった。


「れ、令嬢に、ふさわしくなくて、すみません……」


少し慣れたのか、前よりもスムーズに話すマグダリア。

ただ先程の余韻かもしれないが。


「そんな事気にする必要ないのに……母さんは昔、マグダリアより遥かに口が悪かったしね?」

「やだ、あなた……どうしてそういう恥ずかしい事を暴露するの?」

「ね? 本当の令嬢は“暴露”なんて言葉使わないよね?」

「あらやだ」


ほほほ、と口を手で覆う義母。

義母もそういう事があったのかと、少しホッとする。

そういえば義母は田舎の貴族の娘だったと聞いたことがあった、とマグダリアは思い出す。

向こうでは、マグダリアとそんなに変わらない言葉遣いだったのだろう。


「マグダリア、何度も言っているように、私たちはマグダリアが遠慮せずに自分を出して幸せに暮らしてくれればそれでいいんだ。勿論、出るところに出る場合は令嬢を作らなくてはいけないけれど、本音で話せる相手が見つかったのに、その相手にまで自分を作っては、気の休まる時がないだろう?」

「………」


義父は立ち上がってマグダリアの側に行き、膝をついた。

そして、そっとマグダリアの手を握る。


「父さんは、母さんという相手を見つけたから、この家を継ぐのも苦じゃなかった。そして母さんとの間に子供が出来なかった時に君が来てくれた。父さんはね、マグダリアが可愛くて仕方がない。ボロの服を着て、無表情で、皆と遊ばずにジッと施設の隅で座っていた君が。可愛くて可愛くて」

「………ど、して…」

「父さんと同じだったから」

「………ぇ」


目を見開いたマグダリア。

当時を思い出したのか、義母がくすりと笑う。


「あの時のお父さんは、本当に施設に居た時のマグダリアそっくりだったわ。誰もその目に映してない。まるで手負いの猫みたいに周りを威嚇して、一人になりたがって。そこを私が手を握って引っ張り出したのよ?」


信じられなくて、マグダリアは義父を見る。


「当時のフィフティ家は今よりもっと凄くてね。危険な情報にも闇雲に手を出して周りは暗殺者だらけ。僕もいつ殺されるか分からなかったから親しい人を巻き込みたくなかったし、死にたくもなかったからね…。僕達が学園を卒業してから今の魔力感知という術があみ出されて、周りを魔力で警戒できるようになった」

「それから穏やかになっていったわね。私のアピールもようやく受け入れてくれて」

「はははっ」


和やかに話しているが、当時はすごかったのだろう。

だからこそ、優しくなれる。


「マグダリア。約束して? 貴女の本当の姿を見せると。キリュウ殿に。そして私たちに」


義母の言葉に、マグダリアは頷いた。


「………出しても、引かないで下さいね…?」


マグダリアが言うと、両親だけでなくキリュウも笑った。

その後、数時間におよんで団欒し、談話室からマグダリアとキリュウは退室した。

マグダリアはキリュウがこれで帰ると言うので、慌てて玄関で待つように言い部屋に寄る。

目当ての物をもって、キリュウが待つ玄関先へ。


「お、お待たせ」


走り寄って、持っていたものを手渡す。


「これは?」

「あの、ペンダントのお礼……こんなものしか…あげられないけど………お、お小遣い貯まったら、また」


話の途中で引き寄せられ、掠めるような口づけを受けた。


「………あまり可愛い事をするなと言っただろう。さらいたくなる」

「え!?」

「それに、何もいらん」

「でもっ」

「俺が一番欲しいものは卒業後にすぐ手に入るからな」


キリュウの言葉にかぁっと顔が赤くなる。

自分の事だと分からないマグダリアではない。


「これは有りがたくもらっておくがな」


マグダリアが渡したハンカチに口づけを落としてキリュウは胸ポケットにしまった。

それにも赤くなってしまう。

マグダリアと付き合うようになってから、段々キザになっているのではないかと思う。


「ぁぁ、出来たぞ」

「?」


首を傾げると、キリュウは首元から何かを引っ張り出した。


「ぁっ」


マグダリアと揃いのペンダントが出てきた。

それを見て嬉しそうに笑うマグダリアに、キリュウも笑う。

そしてついて来ていた執事と侍女に手で合図する。

すると二人は背を向けた。

不思議に思っていると、キリュウにまた口づけられる。

今度は掠めず、しっかりと唇が重なった。

目を見開いて思わず離れようとしたが、キリュウがマグダリアの後頭部に手を当て、離れないようにする。

たっぷりとマグダリアの唇を堪能したキリュウはそっと離れていく。

恥ずかしくてキリュウの胸元で顔を隠すマグダリアを見て、キリュウは満足そうに笑う。


「そうだ。俺とも約束だ」

「………え?」

「俺が卒業するまでに、言葉をスムーズに話せるようになれ」

「………っ」

「結婚すれば、社交界にも呼ばれるようになるだろう。令嬢として言葉を交わす場面が増えるはずだ。今の時点では、作らう以前の問題だろう」

「………」


思わずグッとキリュウの服を握ってしまい、慌てて離れる。


「………が、んばり、ます……」


両手を握って不安そうにするが、こくんと頷いた。

そんなマグダリアの頭を撫で、キリュウはフィフティ家を後にした。

キリュウの後姿を見えなくなるまで、マグダリアはずっと見ていた。


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