第10話 出来損ない少女と家族
「………ふふっ」
七日に一度の休日。
マグダリアは、滅多にしない刺繍をしていた。
勿論、贈る相手は一人しかいない。
幼いころからフィフティ家の令嬢にふさわしくという事で、一通り教養は身につけている。
マグダリアの得意な物の中に、この刺繍が含まれた。
使用していない布を引っ張り出してきて、ハンカチを作成することにした。
ペンダントのお礼だ。
今週も誘われるかと思ったが、四年生は今日から五日間、国境警備の実習に行っている。
その後二日間の連休になる。
なので、帰還して次の登校日までに仕上げられれば渡せるかも、と思いながら刺繍していた。
「お嬢様、今日は御気分が大変宜しいようですね?」
「………ぇ?」
「微笑んでいらっしゃいましたので」
「………」
無意識に笑っていたのだと、マグダリアは頬を少し染めた。
侍女は微笑ましくマグダリアを眺め、刺繍を覗いた。
「カンパニュラ、ですか? どなたかに感謝を?」
「………」
カンパニュラの花言葉は、感謝と誠実。
マグダリアはキリュウに感謝していた。
こんな自分を好きになって、喜びを与えてくれた。
本当の自分を見せても、決して嫌いにならないと言ってくれた。
かぁっと顔を赤く染めるマグダリアを見て、侍女は嬉しそうに笑う。
自分が仕えている主人が、やっと女の子らしい顔を見せてくれた。
今までのマグダリアは侍女にさえ遠慮し、命令など一切出さなかった。
今も命令は出さないが、お願いをされるようになった。
一月程前、一緒に服を選んで欲しいとお願いされたし、今日は贈り物用のハンカチの布はどれがいいかと相談を受けた。
好いた人が出来たのだとすぐに分かった。
それが、フィフティ家に釣り合う人物かどうかだけが侍女の心配だった。
いくらマグダリアの両親が温厚だったとしても、フィフティ家の跡継ぎ問題が浮上してくる。
王族は相当な相手を要求される。
マグダリアは養女で、権力のある家の次男以下を婿養子に貰わなければならなくなるのは必須。
それを聞こうとして口を開いた瞬間、マグダリアの部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
それが執事の声だと分かり、侍女はすぐに扉を開けた。
執事が一礼し、入室してくる。
「………何…?」
「旦那様と奥様がお呼びです」
「………分かったわ……」
刺繍していたハンカチを置いて、マグダリアは部屋を出た。
案内されたのは談話室。
両親はいつも談話室で話をしている。
今日も二人仲良く並んで座っていた。
「ああ、おいでマグダリア」
「………はい。お父様」
談話室に来たマグダリアを手招きする義父。
義父と義母が座っている前のソファーに腰掛けた。
「実はね、マグダリアと会ってみたいという殿方がいてね」
「………!」
ビクッとマグダリアが反応する。
いきなり本題を言われるのは多いが、この話題はもう少し先延ばしにしたかった。
「ローランド家の三男なんだが」
ローランド家は貴族の家だ。
ちなみに言えば、マグダリアを虐めていた男子生徒の家。
つまり彼の上の兄だ。
おそらく彼から家の者にマグダリアの魔力の話が漏れたのだろう。
彼らはマグダリアを虐めて処罰を受けた。
一月の謹慎処分である。
つまり、屋敷から出られない。
学園に行けなくなるという事で理由を話、マグダリアに興味を持った、という事。
両親とマグダリアの間にある机に、執事が絵姿を置いた。
マグダリアはそれを見れず、俯く。
マグダリアの様子に二人は首を傾げる。
両親の期待に応えようといつも二人の言う事を聞き入れてきたマグダリア。
二人はすぐに“分かりました”という言葉が出るのかと思っていた。
けれどマグダリアは俯いたまま両手を握りしめていた。
「どうしたんだい? マグダリア」
「何かあったの?」
優しく聞いてくる両親に、マグダリアは迷う。
キリュウはすぐにでも言いたいと言っていた。
でも、本当に言っていいのか分からない。
迷惑がかかるのでは、と。
マグダリアの侍女は共について来ていて、そんなマグダリアの様子を心配そうに見ていた。
けれど意を決してマグダリアは口を開いた。
「………あ、の………」
「うん」
「………っ……じ、実は………学園…で、………その……好きな人…が……」
“出来て”とまでは言えなかった。
喉が詰まって。
だが、かぁっと顔を真っ赤にするマグダリアに、両親は驚く。
「そうなのかい?」
「まぁ、誰なの?」
聞かれても、マグダリアはなかなか言い出せなかった。
「えっ…と……ぁの…」
可哀想なぐらいに真っ赤になって、涙目になってしまう。
両親に打ち明けるのは、すごく勇気がいることを改めて知った。
涙がこぼれそうになった時、スゥッと開いていた窓から鳥が入ってきてマグダリアの手に止まった。
驚く間もなく、鳥は手紙に変わった。
手紙の一番下にキリュウの名前があり、涙が引っ込み目を見開く。
内容を読むと、次の休みに家に行くという内容だった。
「………え!?」
思わず声を上げてしまった。
確かに今すぐにでも言いたいとは言っていたが、まさか本当に来る気だとは。
しかもキリュウが卒業次第、結婚したいと書いていた。
何がどうなってこうなっているのか。
これはヘンリーが一枚かんでいそうな気がする。
それよりも、これは両親に言わざるを得ない。
慌てて手紙を折りたたみ、マグダリアは口を開いた。
「あ、の……お付き合い…している人、は……」
「うん」
「………キリュウ・アシュトラル……様…です……」
「「え……!?」」
まさかマグダリアの口からキリュウの名前を聞くとは思わなかった。
同室にいる執事も侍女も目を見開く。
「こ、今度の、お休み…に……ここに、来る、そうです……」
「次の休みって……」
「何しにいらっしゃるの?」
「………わ、分かりません……」
マグダリアは目的までは話せなかった。
自分の口から、キリュウと結婚したいなんて言えない。
マグダリアにとっては、キリュウと一緒にいられるなら結婚でも良い。
けれど、マグダリアは両親に反対されれば反抗できない。
今まで育ててもらった恩がある。
それを踏みにじられない。
「………そうか」
義父の言葉にマグダリアは顔を上げる。
「マグダリアはもう、将来の相手を見つけていたんだね。月日が経つのは早いね」
「そうね。マグダリアが俯いて学園生活を送っていないならそれだけで嬉しいのに、こんなに早く恋人が出来ているなんて嬉しい驚きだわ」
笑い合う両親に、マグダリアは瞬きを繰り返す。
「実はね、護衛達から最近マグダリアが自分たちを撒いて、護衛させてもらえないと嘆いていてね」
「う……」
「魔法が使えるようになったの?」
「あ……」
言うのを忘れていたと、マグダリアは気付く。
そして、やはり魔法を使えない事を気付かれていた事を知る。
「は、はい。言い、そびれて、しまって…せ、先月、の休み…に、…キリュウ様…と、杖を作りに……」
「杖を? まぁ…貴女お金を持ってなかったでしょ?」
「ぁ、お小遣い、で……」
「ダメよ! そんな事にお小遣いを使うなんて」
義母が執事に合図を送る。
執事が頭を下げて出て行った。
「杖を買うためにお小遣いを渡していたわけじゃないのよ?」
「そうだよ。杖や学園で必要な物は家のお金を使って買いなさい。小遣いは、マグダリアが好きな本や刺繍とかの趣味に使うための物だよ? 第一、杖はマグダリアの小遣いでは足りないだろう」
「………は、い……実は…キリュウ様に、少し……出して、いただいて、しまって…」
「ああ、なら彼が来た時に返さなきゃいけないね」
「………すみ、ません……」
執事が戻ってきて、両親とマグダリアに持ってきたものを見せた。
それはマグダリアが受け取っていた小遣いと同額のお金だった。
確認した両親は頷く。
マグダリアの侍女に渡した。
「………お父様、お母様?」
首を傾げるマグダリアに両親は微笑む。
「今までマグダリアが小遣いを使ったことがない事も報告を受けているよ」
「………っ」
「勘違いしないでね? 私たちは、マグダリアを監視しているんじゃないのよ?」
「ぁ、それは……分かって、ます。すみません、ご迷惑、おかけして…」
「それだよ。マグダリアは遠慮しすぎる」
「もっと我儘を言って? あれが欲しい、これが欲しいって。それが私たちの望みで、楽しみなのだからね?」
「………は、い」
コクンと頷いたマグダリアに、両親はまた微笑む。
「………ぁ、の」
「なんだい?」
「………キリュウ、様、……との…交際…反対…されないの、ですか?」
「どうして?」
「………わ、たし……平民…の、出……ですし…キリュウ様、は……将来…宰相に……」
「そんなの関係ないわよ?」
「………ぇ」
驚いたマグダリアは、両親を凝視してしまう。
「マグダリアが好いた人と一緒になるのが一番だよ。ただ、うちの事情も事情だからね……アシュトラル家の方々がキリュウ殿を出してくれるか、そしてキリュウ殿が婿養子に来て下さるのが問題なければ、だけだよ」
「………そう、ですね……」
コクンとマグダリアは頷いた。
義父の言葉に違和感なく頷いたことに、言外に自分がキリュウと結婚したいと思っていることを肯定した事にマグダリアは気づいておらず、その事でマグダリアの本心を知った両親は微笑んだ。
「それよりも、マグダリアとキリュウ殿がどういう出会いをしたのか気になるね」
「そうね! 聞きたいわ」
「え……あ…の……」
また顔を赤くするマグダリアを微笑ましく見る両親。
誤魔化そうとするマグダリアをからかい、両親とのひと時を過ごした。
日付が変わる時間帯に、ドアがノックされる。
「失礼いたします。旦那様」
「うん。どうだった?」
「はい。ローランド家に旦那様の言葉をお伝えしたところ、青ざめておりました。また、お嬢様を虐めていた四男には、それ相応の処罰をするように伝えております」
「そうだよね。学園側の処分だけでは生ぬるい」
部下の方へようやく顔を向けたフィフティ家当主の顔は、マグダリアに接していたような穏やかな顔ではない。
無表情だった。
「でも良かったよ」
「………」
「マグダリアが拒んでくれて」
バサッと机に書類を放つ。
零れ落ちた書類は、マグダリアの学園生活の一部始終が書かれた報告書。
入学してから、今までに起こった事全て詳細に書かれている。
「キリュウ殿と付き合っているのにローランドと会うなんて言われたら、ローランドをマグダリアに会わせる前に殺すところだったよ」
「お嬢様に注意を促すのではなく、ですか」
「当たり前じゃないか。誰が可愛い娘をわざわざ過酷な状況になると分かっている家の者と会わせたいと思う」
報告書には、当然マグダリアとキリュウの関係が記載されている。
それをあえて言わなかったのは、マグダリアが自分の口から報告してくれるのを待っていたからだ。
フィフティ家に引き取ってからのマグダリアは本当に委縮し、いつの間にか俯いて生活するようになった。
学園では虐めを受け入れ、自分から何かを言う事が無くなった。
マグダリアをそんな風にする為に引き取ったのではない。
自分たちの本当の娘として、家族として生活したかった。
幸せになって欲しかった。
「ああ……マグダリアのあの赤くなった顔……可愛かったね」
昼間のマグダリアの顔を思い出し、恍惚な表情を浮かべる当主に部下も笑みを浮かべる。
「はい。ようございました」
「キリュウ殿が来られたら、失礼のないようにね。将来の息子になるかもしれない子だから」
「かしこまりました」
「下がっていいよ」
「失礼いたします」
部下が出て行き、当主は口元に笑みを浮かべた。
「マグダリア、これで君もようやく笑ってくれるようになるかな」
そう呟き、明かりを消して部屋から出て行った。




