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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第一章 魔導科学園篇
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第01話 出来損ない少女と秀才魔法使い

始めての作品になります。よろしくお願いいたします。





世界には、色々な事がある。

その多くは、人と人とのトラブル。

意見が衝突し、喧嘩になり、最終的に戦に発展する。

何気ない事だったり、政治に関してだったり、国と国との事だったり。

何故そんな事で?

そう思っても、人の衝突というものは未だ発生する事を防げないのが現状だ。

昔も。

………そして、現在も…




「………って、考えても仕方ない事をまた考えてるわね…」


ポツリとつぶやいたのは、この世界では珍しい髪色、紫の髪を持つ少女。

後ろ髪の長さは肩につくぐらい。

横髪は胸の辺りまである。

前髪はきちんと目の上で揃えられ、視界が遮られることはない。

瞳の色は髪の色と同じ紫色。

一般人と同じくらいの大きさで二重瞼。

鼻や顎のラインも整っていて、綺麗と言えば綺麗。

普通と言われれば普通といった、いわばよくある顔。

服はこの学園の指定学生服。

シルクの生地で作られた、着心地の良い白いシャツ。

ブレザーが上着で、スカートはプリーツスカート膝上5㎝。

上下ともに緑色の生地で赤いチェックが入っているデザイン。

ネクタイはブレザーと同じ緑色の赤いチェック。

靴下は黒で膝下。

靴は黒の編み上げのブーツ。

ブレザーの胸ポケットには学園のエンブレム。

そしてそれはそのまま王家の由来にも関係しているもの。

剣と杖が交差し、その中央に鎖が巻き付いている。

この世界には、魔法と呼ばれる不思議な力が存在している。

それが杖の意味するもの。

その力を持っている者が魔導士と呼ばれ、重宝される。

だが魔導士はその力を利用するが故、腕力を鍛える事をせず、魔力と呼ばれる魔法を扱う力の源を鍛え、王をお守りする。

この説明をすれば、誰もが悟るだろう。

エンブレムの剣を意味するものは、剣闘士。

魔力を持って生まれなかった者が行き着く先。

腕を磨き、剣や弓など、直接的な武器を持って戦う者。

その最たるものたちが王のお傍でお守りする。

選ばれなかった者は、城の周りや街、辺境の国境を守る者になる。

魔導士も、選ばれなかった者は同じ境遇になる。

どちらの立場が上か。

それは関係があまりない。

………はずなのだが…

どちらがより安全に王家を守れるかで争いがあるのもまた事実。

そしてその二つの力を自在に扱えるのが王家。

従って、絶対的権限を持つ王が鎖の位置。

つまりこの国を支配しているということだ。


〈バシャ!〉


考え事をしていた少女の頭上から突然、水が落ちてきた。

いや、落ちてきたと言うのは語弊があるだろう。

バケツの水を一気に誰かが少女に向かって上から掻けたのだ。

上には人が立つスペースがない事から、魔法でバケツを浮かしていたのだろう。


「………」


だが彼女はそうされたのにも関わらず、無表情で一度自分の姿を見下ろした後、ぴちゃぴちゃと足音を鳴らしながら、その場を後にしようとする。


「おい! 無視するな!!」


怒鳴るように言われ、少女はため息を隠さずつき、そっと顔だけ後ろに向けた。

そこに居たのは、数人の男子生徒。

よく見知った、クラスメイトだった。

彼らは少女を指さし、口を開く。


「なぜ未だこの学園にいる!」

「早くここから居なくなれよ出来損ない!!」

「魔法を扱えないお前が、魔導科に居るなんておかしいだろ!」


少女を非難する彼らの理由は、彼女が魔法を発動させられないから。

この一点だ。

魔力はあるのだ。

この学園に入るときの条件として、魔力探知機で己の体の中に魔力があるかないかの検査がある。

その為、少女が魔導科にいるのは魔力があると判断されたから。

けれど少女は魔法を発動させることができない。

これがこの男子生徒たちに嫌われる原因である。


『………だって、発動しないものはしないんだし…』


心の中で返答するものの、声には出さない。

少女もただ遊んでいたわけではない。

魔導書を読み、詠唱文を覚え、魔法の練習は毎日している。

なのに少女の魔法は発動しない。

必然的に魔導試験は落ちこぼれ以下の最下位だ。

落ちこぼれとも呼ばれない。


「マグダリア・フィフティ! さっさとこの学園から出ていけ!」


男子生徒に呼ばれた名前。

それがこの少女の名前だった。

フィフティ家は代々、王族の分家に当たる。

身分は相当上だ。

ちなみに男子生徒達は貴族。

本来ならマグダリアに対してこんな口をきけば、即打ち首である。

が、マグダリアは養子だ。

従って王家の血は継いでない。

それどころか、マグダリア本人はほぼ確実に平民だろうと思っている。

貴族から王族への養子ではない。

王族の家系に貴族ならまだしも、平民風情が入り込むのが可笑しい。

さらにそんな彼女が魔法を扱うことができない。

王族はこの国の貴族よりも高い魔力、または身体能力を遺伝としてその身に宿して生まれてくる。

だから王国の重要職務につくことを必然的に保証されている。

フィフティ家も同様だ。

しかしフィフティ家に子が産まれず、施設にいた孤児みなしごであるマグダリアを養子として引き取り、育て、この学園に入学させてくれたのだ。

そんな彼女を許せないのが貴族の習性とも言える。

なんの努力もせずに、王族に媚を売って養子に入ったのだろうと思っている。

マグダリアからしてみれば、お前達こそなんの努力もせずに貴族の家に産まれただけで、態度が大きいのは可笑しいだろう、といった感じなのだが。


「………」


思ってても口に出さずに、マグダリアは男子生徒の言葉を聞き流していた。

こういう者達は相手にしていたら付け上がる。

それをよく知っている。


「聞いているのか!?」


聞き流しているマグダリアに対して苛立ち、手を振り上げた男子生徒。

女に手をあげるなんて。

マグダリアはそれでも口を開かなかった。

振り上げられた手を見つめ、ただボーッと動きを見ていた。

マグダリアにその手が振り下ろされ接触する直前に、マグダリアは歯を食い縛り、瞼を閉じた。

時間にしてわずか数秒。

一向に接触し痛みが来ないことを不思議に思ったマグダリアは、そっと瞼を上げ視界に前方の様子をうつす。

すると


「…こんなところで何をしている」


低音ボイスがマグダリアの耳に入ってくる。

その声はマグダリアが今まで耳にしたことがない。

従って知り合いではない。

そもそもマグダリアを庇ってくれる人はこの学園にいない。

教師にさえ見捨てられているマグダリアなのだから。

一体誰だろうと首を少し傾げる。

目の前にはこの学園の制服であるブレザーの背中部分。

それだけ見れば誰かがマグダリアを庇ってくれたのは明らか。

視界に今まで見ていた男子生徒がうつらないのだから。


「き、キリュウ様…」

「!?」


マグダリアは男子生徒の言葉に目を見開く。

この学園で、いや、この国の者は誰でも耳にする名前。


キリュウ・アシュトラル


貴族の一番上の位を持つというアシュトラル家。

王族に劣らぬ手腕を持ち、アシュトラル家は代々宰相の地位を授かる者を多く出している家だ。

また宰相の地位に就かなかった者は剣闘士の最上位に君臨する総司令官になるものも多い。

だからこそ貴族はもちろんのこと、王家も無視しておけない存在だ。

キリュウはアシュトラル家の次男だが、長男のリュウイより遥かに優秀だと聞いている。

学生の身でありながら、次の宰相の候補に一番に名前が上がっていると聞く。

そんな彼がなぜ落ちこぼれとも呼ばれない脱落組のマグダリアを助けてくれたのか。

マグダリアの頭には?だらけだ。


「こんなところで女に手を上げている暇があるのなら、勉強しろ」

「す、すみませんでした!」


意気がっていた男子生徒が一目散に逃げていく様は滑稽に見えた。

そっと息をついたマグダリアは、今の今まで息をしていなかったことに気づく。

息苦しさを感じたマグダリアはその場に座り込んでしまいそうだった。

けれどアシュトラル家の血族を前にして、それは不敬だ。

いくらマグダリアがフィフティの名を名乗っているとはいえ、出自はただの平民だと思われている。

本当の暮らしを今もしていれば、その存在さえ目にすることも許されない雲の上の存在なのだ。

貴族は好きじゃないとはいえ、キリュウはこの学園一の秀才生だ。

魔法を使えないマグダリアにとって、憧れに近い想いを抱いているのは当然と言えば当然。

ふらついた体をその場に留めるように足に力を入れる。

そして、そっと気づかれないように視線を上げたつもりだった。

が、マグダリアの視線は、キリュウの視線と合わさってしまう。

キリュウもまた、マグダリアに視線を向けていたのだ。

マグダリアは先程の息をつく所も見られてしまったことに気づく。

ふらついた事も。

キリュウに見られたマグダリアはその場に硬直してしまった。

綺麗なストレートの黒髪。

うなじにまるで寄り添うように流れている後髪。

切れ目から覗く瞳は、金色。

鼻筋、輪郭ともに整っている。

百人が百人全員、その美しい顔を見れば、もう忘れることはできないだろうと思うほど、美形であるキリュウ。

その人に見つめられればマグダリアでなくとも、固まってしまうだろう。

マグダリアは止まってしまった思考をなんとか動かし、頭を下げる。


「あ、ありがとうございました」


お礼だけはなんとか口にした。

人として、最低限の礼儀はしないとと思った。

彼にそんな気は無かったとしても、結果的に助かったのは事実。

あのまま頬を打たれたとしたら、頬が腫れてしまう。

何度も経験していた為、授業が終わって屋敷に帰ったときに、義父と義母に酷く心配をかけてしまうのだ。

魔法の練習で失敗したと言っても、信じてはいないようで。

それもそうだろう。

学園の友人と仲良くしていると言っても、友人を屋敷に連れて行ったことがない。

魔法の上達ぶりを見せて欲しいと言われても見せたことがない。

まだ練習中で学園以外で魔法を使うことは禁止されているからと。

義両親も学園に通っていたので、そんな禁止されていることも無かっただろう。

フィフティ家の直系だったなら、こんな嘘つかなくて良いのに………

そんなことを何度マグダリアは思っただろう。

頭を下げたまま、考え事をしていると上から声をかけられる。


「名は」

「まっ、マグダリア……と……申します……」


短い言葉だけでも威圧感があった。

本人にそのつもりはなくても、マグダリアにはそう感じ取れた。

キリュウに対して、むしろ恐縮しない人はこの学園の生徒の中に居るだろうか?


「家名は」

「っ………」


マグダリアは口を開きかけて止まった。

言うのは簡単だ。

幼い頃に引き取られてから使っていた家名だ。

十年以上も使っていれば慣れる。

だがこの家名をキリュウに言って、彼からも蔑まれるのだろうか?

そんな考えが一瞬頭に浮かんだからだ。

マグダリアの評価は学園中に広がっているはずだ。

フィフティ家の出来損ないだと。

ファーストネームを知らなくても、家名を名乗れば嫌でも評価は頭に浮かぶはず。

腕に抱いていた魔導書を持つ手に力が入る。


「家名がないのか?」

「………し、失礼………いたし、ました……フィフティ…です」


一段階低い声で再度問いかけられた。

怒っている。

そう感じたマグダリアは言葉に詰まりながらも家名を口にした。


「ああ、フィフティ家の御息女か」

「………」


次に出てくるだろう言葉に怯え、マグダリアは固く目を閉じた。


「魔法が発動できないらしいな」

「っ……」


やはり知っていた。

マグダリアは唇を噛み、蔑まれるだろう言葉に対しての心の準備をした。


「貸してみろ」

「え…? あ……」


キリュウに抱えていた魔導書を取られた。

予想していた言葉が発せられず、マグダリアはキョトンとし、頭を恐々上げる。


「………」


キリュウはマグダリアの魔導書を開き、静かに見ている。

何故そんなことになっているのか。

マグダリアには分からなかった。


「………魔導書の理解はいいようだな」

「え……」


確かにマグダリアの魔導書には書き込みが沢山あり、これで勉強していないとは誰も思わないだろう。

印字されている言葉と言葉の間にびっしりとマグダリアの字で書きこまれ、余白はどこだ?と思わず言ってしまうほど、インク字で真っ黒だ。

今まで言われたことのない言葉を言われ、マグダリアはどう反応していいか分からなかった。


「何故魔法を発動できないのか。それが問題だな……」


どうやらマグダリアに言っているのではなく、考えてた言葉をそのまま口にしていただけのよう。

しかし何故キリュウのような人がマグダリアの魔法未発動の原因を考えているのか。

それが分からなかった。


「ここで魔法を発動させてみろ」

「………え!?」


急に視線を向けてきたと思えば、魔法を使ってみろと言う。

マグダリアにとっては、魔法を発動できない事がコンプレックスなのだ。

さらに学園一の秀才に情けない所を見られたくない。

蔑まれている所を見られて、これ以上情けない所はないと言われそうだが、マグダリアにとっては、それより魔法が使えない事が一番嫌なのだ。


「早くしろ」


鋭い目で見下ろせれば、断れない。

マグダリアは息を飲み、諦めた。

石造りの廊下は吹き抜けになっていて、柱の間から学園の広い芝生の校庭に直接出られるようになっている。

そこからマグダリアは校庭に出て、腕を前に出した。


「この世界に存在する自然よ。炎の形を司り、我の助けとなれ。炎攻撃魔法ファイアーボール!」


マグダリアが詠唱を唱える。

けれどマグダリアの手の平からは何も出ず、さわさわと自然に発生した風がマグダリアとキリュウの髪を揺らしただけ。


「………」


マグダリアは溢れ出そうになる涙をこらえる為、目に力を入れる。

魔法の不発なんて初めてじゃない。

絶対に泣かないと決意した。

次泣くときは、魔法が成功してから。

そう決めている。


「………魔法の詠唱は出来ている。魔導書を見る限り、魔法発動条件である頭に魔法のイメージを描く事も出来ているだろう」


キリュウの言葉を背中越しに聞きながら、マグダリアは歯を噛みしめる。

次に出る言葉はきっと“才能がない”だろうから。


「    」

「………ぇ?」


次に発したキリュウの言葉は、マグダリアの耳には届かなかった。

反射的に聞き返そうとして、マグダリアが振り返ると、目の前に魔導書が差し出されている。

思わず手に取ると、キリュウが踵を返してその場から去って行った。

マグダリアはそれを引き留めることができない。

初対面の相手。

そして出来損ないであるマグダリアに彼を呼び止められるはずもない。

校舎にその姿が消えるまで、唖然とその場に立ち尽くしていた。

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