これじゃ顔を上げらんないですよ
結論からいくと、緊張していても料理は美味しかった。
お祝いだということが正しく伝わっていたらしいお店側からの心遣いで、ご飯は俵型に形作られたお赤飯だった。
色も綺麗だし、モチモチ食感だし、さすがプロ仕様。家で炊いたのも美味しいけど、完成度が違うんだよね~。
全部美味しかったんだけど、個人的に感動したのは煮物として出された海老芋饅頭の白味噌仕立て。
まったりした海老芋の饅頭の中に、丁寧に煮てほぐした繊維状の牛肉とか百合根とかが入っていて、トロッとしたお汁まで美味しくて、お代わりって叫ばなかった自分を褒めてあげたいぐらい美味しかった。
ねっとりした里芋系のお芋と白味噌の組み合わせは、罪深いって糾弾したくなるレベルで美味しいと思う。
和食、ホント最強だね。
それにしても焼物もお魚とお肉と両方だったし、母上、ずいぶん奮発したんじゃないかと思ったり。
それだけ喜んでくれたっていうことで、嬉しいやら申し訳ないやら、だいぶフワフワしどおしだった。
うちの親の反応としては、非常に好意的だった。
母はもちろん、父も如才なく受け答えをし、その全てにどことなく知識の豊富さとか、思慮深さが滲む原嶋さんに感銘を受けている感じがした。
もう、ホントに!
なんて素敵なイケメンなのかしら!!
にやけそうになる表情筋を抑えるために、私は無駄にお茶を飲む羽目になった。
それもこれも、原嶋さんが無駄にハイスペックすぎるから悪いのだ!
もう、ナニコレどういう罰ゲームなのよ、ヤバイ尊い!!
脳内でひとしきり悶えましたが何か?
で、今。
早い時間のお夕飯だったから、両親は先に帰ってもらって原嶋さんと夜のお散歩中。
良い歳の大人が、非常に健全にご飯の後に夜景を楽しんでいる状態です。
イルミネーションが綺麗だなぁ。
このロマンチックを楽しめる日が来るとは、隣にロマンスを共有できる相手がいるっていう事実が私をタフにするぜ!
「優さん、大丈夫? 寒くない?」
コートの上からショールでグルグル巻きになっている私の姿に、原嶋さんがツボにはまったらしく笑いながら問い掛けて来る。
どうしてこの人は、私の行動がいちいちツボにはまるんだろう。
寒波が来ていて風が多少なりと吹いていればそれなりに寒いと思うんだけど、原嶋さんはコートは着ているしマフラーもしているけど、それほど寒そうじゃない。
保温機能が高いのは、筋肉か? 筋肉なのか?
それともスーツなのか? 紳士服って地厚だし、目も詰まってて裏地までついてるから防寒にはもってこいだよね?
「スカートだし、襟元開いてるから寒いんですよ。ここ、運河沿いでそうじゃなくても風が抜けるし」
うぅ~寒いと呻き声を上げて首をすくめる私の様子を見守っていた原嶋さんが、何かを思いついたらしいイイ笑顔で、私の手を引く。
風よけにでもなってくれるのかという期待は、斜め上の方向に裏切られた。
上着を広げた内側に、包まれる。
マントとかみたいに布地がたっぷりしていないから、もちろん背中側までは回らない。
それでもいたずらが成功した悪ガキみたいな笑みを浮かべて、けしからんイケメン様が私を引き寄せる。
「こうすると、意外と暖かいんだって」
どこでこんな暴挙を身に着けて来たのかは知らないが、まるで手馴れているかのような不意打ちに言葉が出て来なくなる。
冷え切った頭に、吐息が掛かる。
少し硬い冬物のスーツの布地に触りながら、開き直ることにしてギュッと抱き着いた。
「うん、温かい」
気の利いた言葉一つ出てこない自分自身に、ちょっぴりがっかりする。
「今日は、髪の毛下ろしてるんだね」
半分は物珍しさからなのだろう。私の髪の毛を弄ぶ手の感触が、不思議と心地よい。
何だったら撫でられたがりのペットのように、骨抜きになってしまいそうだ。
何のために人目につかない場所に連れて来たのかと思えば、こうしてちょっと傍から見たらよくわかんない感じのスキンシップを求めてだったのかと、妙に納得。
いつもと違う風に響く声も、布越しに染み込んで来る体温も、なんか中毒性があるらしいから困る。
私を全力で甘やかすことにご執心な感じの原嶋さんに、心からズルいと思う。
こんな風にされたら、もっとダメダメになっちゃうじゃないか。
「下ろさない方が好きですか?」
世の中には、うなじフェチなる人たちも存在するらしい。
「どっちでもいいかな。でも、いつも上げてるから新鮮だなって思って」
「ああ、仕事中は邪魔なことも多いので」
「そういうもの?」
「気にならない人もいるみたいですけど、私は仕事中は髪の毛をちゃんと留めてある方が集中できますね」
「ふーん。なるほどね」
私の髪飾りを興味深そうに眺める原嶋さんと私の間に、少しだけ隙間が空く。
それを切っ掛けに、私はもぞもぞと動いて原嶋さんのコートから脱出した。
「ありがとうございました。大分温まったので」
そのままでいたら、なんだかずっとそうしていられそうな気がしたから、思い切って距離を取る。
途端に吹く風に熱が奪われて、前よりも更に寒く感じる気がするけれど、私は気合で微笑んだ。
甘やかされて、温かくて、不安になる。
本当にずっと続くのかと疑いたくなる弱気に蓋をして、笑みを浮かべていればあなたも微笑んでくれるから。
穏やかで温かな時間を損ないたくないから、不安は片隅に片付けておこうと思う。
どこかいびつな私の笑顔に気付いたのか気付いていないのか、どちらとも取れる微妙な間の後、不意に強めの力で引き寄せられて抱き締められる。
「だめ、俺の方が足りないから」
そのまま頭の上に顎を乗せられて、離れたくても離れられないように、その上原嶋さんの表情さえうかがえないように固定される。
ちょっとかすれている声が、すねた子供のような響きを乗せていて妙におかしくなる。
「ちょっと、柾志さん。これじゃ顔を上げらんないですよ」
「うん、分かってる」
全然動く様子もつもりもなさそうな背中を、トントンと軽く叩いてみる。
もぞもぞと少しだけ動いて、余計にしっかり抱き着かれる結果に苦笑が零れる。
「重いです」
「うん。優さん専用子泣き爺だと思って」
理不尽を通り越してただの屁理屈のような返しに、あきらめて目を閉じる。
落ち着いた呼吸音と、少しだけ早い心音が聞こえる。
このまま世界が終わればいいとさえ思うほど、満たされた気分だ。
「このまま離したら失くしそうだから、ずっとこうしてたい」
零れ落ちた言葉に、目を見開く。
そして、ズルい私は思わず泣きたいぐらいに安堵した。
完璧そうなこの人の心にある傷がこうしてこの人が私に縋る理由になるならば、その傷が決して癒えなければ良いとさえ願った。
この人の唯一の弱点になりたかった。
私の痛みと、この人の抱える痛みが溶け合って決して離れなければ良いと思った。
だけどそう思っただけで、私はそれを言葉にしたりしない。
そんな言葉は多分、間違っているから。
「……酔ってますね」
「うん、かなり」
「大丈夫ですよ、私は消えないですし明日は今日の続きですから。もしも明日雪が降っても、何も起こったりしません」
「うん、そうだね」
強く回された腕のかすかな震えを、寒さのせいにして気付かないふりでトントンとあやすように背を叩く。
幸せだと、それが消える不安に震える。
抱えた痛みが良く似たものであることに、納得とも安堵とも言えない感情が浮かぶ。
この人の中で、まだ絶ち切られた日常が生々しい傷だということを確認して、私は笑みを浮かべる。
私は、聖女じゃない。
その傷を消したいとも、癒したいとも願わない。
そんなことは私の手に余る。願ったところでどうにもならないことは、私自身が嫌というほどに知っているのだから。
だけどその痛みを分かち合いたいと、その痛みを抱えたまま生きようとするこの人のことがたまらなく愛しくなる。
傷だらけで、完璧じゃないことに安堵する。
同じ場所にいても良いのだと、泣きたいほど安堵する。
「あなたの弱さや脆さも、全部私のものです」
力の弱まった腕をするりと抜けて、その顔を見る。
少しだけ目が赤い以外は何ということもなくて、その様子に却って拍子抜けする。
笑いを漏らして、私は少しだけ背伸びして原嶋さんの額に口づける。
ちょっとだけついてしまった口紅をぬぐって、笑い掛ける。
ポカンとした表情の原嶋さんが、不意に堪えきれない様子でくしゃりと笑う。
「ヤバイ、本気で惚れる。優さんがマジでカッコいい」
冷え切った頬を、大きな掌がするりと撫でる。
「ありがとう。今夜は悪い夢なんか見ないでぐっすり眠れそうだよ」
じっと見つめる瞳が、触れた掌が、優しく輪郭をなぞる指先が温かな感情に満たされていて、その温かさに間違っても涙が零れたりしないように、私は掌に頬を摺り寄せてそっと目を閉じた。




