どうぞ楽になさって
「初めまして、優子の母の慈子です」
「初めまして。父の啓です」
母と視線を交わした原嶋さんを見て、ピンと来た。
もしかしてとずっと思っていたけど。
この2人、初対面じゃない。
そう考えると色々と辻褄が合うのだ。
普通、広いターミナル駅の中で偶然出会うのなんて無理だ。
多少可能性が低めだとしても、偶然の出会いを仕組めるほど私の行動を把握しているのは、母だけだ。
実際に買い物の進捗状況を、大まかにやり取りした直後に、原嶋さんとは遭遇した。
やっぱり母が暗躍していたかと、妙に納得した気分になった。
仕組まれた出会いに、それでも不思議と反発心は覚えなかった。
あの時私を原嶋さんが呼び止めたのは、ただの切っ掛けに過ぎないと今の私なら言える。
その切っ掛けをくれた母に、是非とも感謝しなければならないと思う。
本当に、何から何まで手間の掛かる娘で申し訳ない。
「初めまして。原嶋柾志と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます。こちらは心ばかりの品ですが、ご笑納いただければ幸いです」
「まぁ。ご丁寧に、ありがとうございます。こちらこそ、急な招きに応じてくださりありがとうございます。外は寒かったでしょう? どうぞ楽になさってください」
椅子席の個室で、流石と言うべきか先に到着していた母が、席を立って原嶋さんに椅子を勧める。
原嶋さんはすかさず持っていた手土産を母に渡して、その様子を父が見守っている。
先日の質問のとおりなら、あの紙袋の中身は、母が好きな和菓子が入っているはずだ。
母が好むものは父も当然のように好んで食べるので、うちの場合は母の好みさえ押さえておけば大丈夫だから安心だ。
聞けば原嶋さんの家も同じようなものらしくて、基本的に母の機嫌が良ければ父も機嫌が良い。
原嶋さんの分析によると、妻にいかに機嫌良く過ごさせるかが夫婦円満の秘訣で、家庭平和のもとらしい。
色々な意見があると思うけれど、間違っていないと思う。
意味ありげな視線がチラリと私に向けられて、母は綺麗な笑みを浮かべた。
及第点らしいと胸を撫で下ろしながら、まぁ、原嶋さんだからねと納得する。
実の娘の私よりもよほど、原嶋さんの方が気が利いて、誠に遺憾ながらそういう意味では危うげがないのだ。
返す返すも、ポンコツな娘で申し訳ない。
だが、こんな優秀な義理の息子候補を一本釣りしてきたんだから、どうかご寛恕願いたい。
すかさず給仕の人がお茶を出してくれて、原嶋さんは自然な仕草で座った。
私がその隣に座ると、柔和な笑みを浮かべていた父が、口火を切った。
「原嶋さん、だったかな。こちらの都合で和食にさせてもらったけれど、若い人は鉄板焼とかの方が良かったかな」
「お心遣いありがとうございます。慌ただしくしていることが多いもので、こうしてゆっくりと和食をいただく機会もなかなかありませんので、むしろ有り難いです」
「それなら良かった」
満足そうにうなずく父に微笑み掛けて、母が口を開く。
「何か苦手なものがあったら、遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとうございます。私は特に苦手なものもありませんので、今日のお料理も今からとても楽しみです」
原嶋さんの言葉が終わるか終わらないかで、私のお腹が小さめに、くぅと鳴く。
全ての音が止まる。場が、凍り付いた。
視線が痛い。特に母の笑顔が怖い。
わ、わざとじゃないんだからね!
にわかツンデレ化するぐらいには動揺する私に免じてお許しください。
うん、控えめだったよね? なけなしの女子力が頑張ってみたんだよ、多分。
だから、どうか、ご容赦ください。
お願いだから、隣で小刻みに震えるのヤメテ。
ツボなの? ねぇ、間違いじゃなく明らかにツボなんだよね?
もちろんヤラカシタ感あるよ。
こんなはずじゃなかったのにって、私自身涙目になるぐらいには恥ずかしいんだよ。
でも、お腹鳴るのまでコントロール出来ない気がするのは、気のせいじゃないと思うよ。
「こんな娘で、ごめんなさいね」
苦笑する母に、私は自分自身が心持ち縮んだ感がある。
これは、もはや条件反射だ。
あれだ。母の背後に、般若とかメデューサの幻が見える気がするんだよね。
いや、どう考えても私がやらかし過ぎなんだけど。
「いえ。こういうところが良いんです」
真面目な表情を作って頷く原嶋さんに、より一層いたたまれなくなる。
でも、そんな原嶋さんの答えに、母の笑顔が柔らかくなる。父も満足そうに頷いた。
何にしても、私の粗忽さは一朝一夕に治る種類のものではないし、今更長い付き合いになる人の前で全力で自分を取り繕うような労力の必要なことをやり続けられるほど、私も若くない。
つまり、格好をつけるのは疲れるのだ。
家の中でくらい、ちょっとは大目に見てほしい。
こんな私を粗忽さも含めて気に入ったと言ってくれる、その上性格も頭も良くて安定収入までついて来るなんて超優良物件じゃないですか。逃す手はないですね。
うん、開き直るか。
そう、なかったことにするに限る。
……ん?
「優子、あなたからは何か言うことはないの?」
もしかしなくても、注目の的だった!
その場にいる私以外の全員の視線が集中している。
しかも、表情が三者三様だ。
原嶋さんは好青年モードで爽やかなほほえみを浮かべているし、母上はあきれを隠そうともせず、お父さんは何となく複雑そうな、ちょっと面白くなさそうな不本意そうな顔をしている。
お父さんの場合は、たぶん原嶋さんのことを認めたいけど認めたくない感じなのかなぁ。
それは置いといて。
多分、求められている回答はこれなんだろうな。
「私は、これ以上の良縁を求められても、この先見つからないと思っています」
ん?
なんか、言っちゃいけない方が例によって口から出た気がする?
……しかも、ドヤ顔つけちゃった。
「グッ」
隣で縦に高速バイブレーションしている、無駄に小器用な物体を無視しても良いですか?
うん、原因は私だよね。知ってる。
「原嶋さん」
「っ、はいっ」
私の再度のやらかしに、言葉が出て来なくなった母の代わりに父が口を開く。
原嶋さんは、どうにか笑いの発作を抑え込んで返事をした模様。
社会人スキル、めちゃ仕事してるなぁ。
流石無駄にイケメン!
現実逃避しかしていない私とは、雲泥の差よね~。
「こんな娘で、本当に良いんですか?」
心底疑わしそうに問う父に、原嶋さんはデキル社会人の顔になって背筋を伸ばした。
うん。ここが正念場だって、私でも分かるよ。
頑張って! 原嶋さん!!
「もちろんです」
きっぱりと答えた原嶋さんが、わずかに視線を下げて微笑む。
「優子さんといると、私は息の仕方を思い出すんです。無駄な力が抜けて、自然体に戻れる。とても、安らぎます。私にとって彼女は、必要不可欠な人なんです」
私の残念な恋愛脳には、原嶋さんが王子様みたいに見えたよ。
なんか、薔薇と光の乱舞のエフェクト見えた。
母の目がキラキラしていて、父の目は死んだ魚みたいになってるなぁ。
うん。
うん。
う…ん?
「失礼いたします。先付を、お持ちいたしました」
給仕のお姉さんが救世主みたいに見えたのは、きっと私の気のせいじゃないと思う。




