言ってる内容が残念過ぎる
勝手に緩みそうになる涙腺を、意識して締める。
目を伏せて想像してみる。
今、目の前にいる人が原嶋さんじゃなかったら。
それこそ、少し前にお別れした、元カレの、研究三課の光岡さんだった場合――まずい、拒絶反応で吐き気がしてくる。
その前に、先輩から紹介されて付き合う前にお断りした人事部の宇田川さん……駄目だ、間が持たない想像しか出来ない。
視線を上げると、不思議そうに首を傾げる原嶋さん。
「決まった? なんか、悩んでるの?」
「はい。ケーキを食べるべきかどうかで結構真剣に悩んでました」
ドヤ顔で、嘘をつく。
言えないし、言う必要などないだろう。
他の関わりがあった人と比べてたなんて。
「ふぅん。……今食べて、夕飯入るの?」
「うーん。美味しくお夕飯を食べるなら、控えるべきかなって思ってるんですが、ピスタチオとベリーとチョコレート+キャラメルっていう絶対美味しい組み合わせの、実にけしからんケーキが私に食べろと要求してくるんですよねぇ。悩ましいです」
頬に手を当て、首を傾げて上目遣いに見上げてみる。
「優さん? 仕草は可愛いけど、言ってる内容が残念過ぎるっていう自覚はあるよね?」
これ見よがしにフゥとため息をついた原嶋さんが、苦笑する。
ほんの1週間ぐらい前まで、ただの元上司だったはずなのに。
なんかもう、一緒にいないことを想像出来ない。
「提供期間を確認して、それが終了する前に再来店することを俺としては推奨するけど?」
「それってデートのお誘いですか?」
「うん。ご名答」
あっさり肯定されて、その言葉の甘さに痺れる。
私を甘やかす名人の腹黒紳士とか、素敵過ぎる。
こんな残念な女が相手とか、一生分の運を使い切ったような気分がする。
「優さんさ、まだ、納得出来ないの?」
「え?」
「俺がさ、優さんが良いって言った言葉に嘘偽りがないこと」
まっすぐに見つめて来る目は真剣そのものだから、逸らすことなんて出来なかった。
「君だけが、あの時俺が自力で立ち上がれないほど弱っていることに気づいてくれたんだよ。俺は、どっちかと言うと色々と他の奴よりも器用に熟すらしくて、あの時まで大きな挫折とか、失敗とか、そういうものを経験したことがなくってさ。どうしたら良いかとか、全然分からなくて多分途方に暮れてたんだと思う」
過去を思い出して小さく笑いを漏らす原嶋さんは、笑みを浮かべたまま言葉を重ねる。
「俺は、完璧じゃない俺に気付いてくれて、そんな俺を受け入れて補ってくれる人が良いって思った。そんな単純な話だよ」
「私が、補うなんて」
「いやいや、俺全然万能じゃないからね? それについては、多分追々わかると思うけど。あんまりハードル上げられると無理だよ?」
笑いながら手を振る原嶋さんに、思わず笑みがこぼれる。
「カッコつけたってどうせバレるから言っとくけど、俺はあんまり酒が強くないし、スポーツは器用に熟すけどソコソコって感じで、炎天下でスポーツしたり作業したりすると、熱中症になるわ、日焼けして皮膚がボロボロになるわで酷いんで、あまりアウトドア派じゃない。自発的に山登りもキャンプもしないし、どちらかと言うと休日は図書館とか映画館に行く感じで、思いっきりインドア派なんでサバイバル術とかチョロッと知識で知ってるぐらいだから」
なんか一生懸命説明される内容に、思わず首が傾いでいく。
どういうこと?
なんでそんな説明になった?
「原嶋さんって、一般的にそういうイメージなんですか? アウトドア派で、無人島でも生き残りそうでスポーツ万能な感じ?……そういう人って、もうちょっと頑丈で暑苦しくて大雑把な感じじゃないかと。勝手な印象ですけど」
「ああ、うん。俺って割と頭脳派だから、テントの設営とか火起こしとか当然のごとく技能習得済みの前提でキャンプとか誘われることがあって、ちょっと閉口したことがあるんだよね。……受験戦争を掻い潜り、その後は就職戦線を戦い抜いた都会人相手に、無茶ぶりが過ぎると思う。俺はコンクリートジャングルの住人であって、森の人ではない」
うんうんと、ひとりで納得する原嶋さんに心の中でツッコミを入れる。
森の人ってあなた。オランウータンじゃないよね、当然だけど。
どう見たって人類だよね、知ってる。
これってさ、どういう状況なの?
唇よ熱くインドア派と語れって状況ですかそうですか。
私も一緒だよ、シンパシー。
「私は見た目的に完全なるインドア派なので、体のために~とか、ダイエットのために~とか、外に出て活動しろっていう苦言を呈されることが多いですね。熱中症になりやすいんでちょっと難しいんですけど」
「じゃあ、次の予定は博物館で良いかな? 行きたい展示があるから、問題なければチケット用意しておくよ。来週の土日のどっちかなら平気?」
「良いですね! お願いしても良いですか?」
「うん。予約出来たらQRコード送っとくから」
サクサクと次のデートの予定まで決めて来る、この手腕、リサーチ力。痺れるなぁ。
この感じだと、多分私の好みまで把握済みなのだろうか。
ワクテカしちゃいそうですよ、奥さん!
「楽しみだなぁ。展示物、焼物と水墨画だけど大丈夫?」
「むしろ大好物です!」
力強く肯定した私に、原嶋さんはニンマリとイイ笑顔を浮かべる。
「うん、知ってた。だって優さん、会社では茶道部で、趣味は書道?」
「流石ですね。間違いありません」
お互いに、んふふと含み笑いを交わし合う。
何だろう、この空気感楽しい。
「原嶋さん、その内容見に行って楽しいんですか?」
正直、40代男子でそのラインナップは、特別に何か他の切っ掛けがなければ渋好み過ぎるっていう意見もあると思うんだけど。
「俺も勉強はするのよー。で、興味持つと凝る方なんだよね」
「え、まさか、切っ掛けは私ですか?」
「んー。どうだろうね? それより、注文決まった?」
思いっきりはぐらかされるけれど、もちろん喫茶スペースにいるのだから注文は必須だ。
あまり注文そっちのけでしゃべっているのも、社会人としてどうかと思う。
だけどさ。
どうしよう。
この人、本当に無駄にイケメンなんだけど!
これで全部ドッキリだったりしたら、私ショック過ぎて引きこもりになれるかも。
「……オレンジクリームティーでお願いします」
注文を絞り出せた私を、誰か全力で褒めて欲しい。
別の意味で、この後両親に会うのが不安になってきた。
私の平常心、それまでに戻って来るかなぁ。
そしてそんな私を、ニヤニヤしながら楽しそうに見守っている原嶋さんのことが、ちょっぴり憎ったらしいと思ったのはご愛敬ってものだよね。
この間、5分程度しか経過してないとか。
読んでいる人も信じられないかもしれませんが、私も信じられない。
もうちょっと話を進めて?




