九十六話 戦争間近
新国王陛下は、新たな政策を打ち出した。
戦争をしようって言い出したんだ。ヴェノム皇国との戦争だ。
開戦の火蓋はまだ切って落とされてないけど、時間の問題だろう。
戦争が始まれば、上級学校の再開もなくなる。
生徒は貴族が多いし、戦争ともなればみんな軍を率いて戦うからね。
子供なんてお飾りの大将だけど、箔をつけるためには戦争はうってつけなんだ。
我こそは、ほにゃらら伯爵軍! それがしは、ごにょごにょ子爵軍!
手柄を立てれば、新国王陛下は要職に取り立ててくれる。陞爵も望め、降爵させられた貴族なんかは挽回のチャンスだと意気込んでる。
平民が成り上がることも可能だし、戦争を歓迎する人は多い。
留学生用の屋敷では、リビングに全員が集まってる。
僕やシロツメはもちろん、使用人の人たちも。
ここにいるのは、僕とリリを除いて全員がヴェノム皇国の人だ。
戦争となると、立場が悪くなるのは確実で、身の危険もある。
これからどうすべきか、話し合わなきゃいけない。
「まったく、言いがかりも甚だしいです。ヴェノム皇国がスタニド王国に戦争をしかけたとして、なんの得になるというのでしょう」
憤慨するように言ったのはシロツメだ。
ヴェノム皇国がスタニド王国に戦争をしかけようとしてる――と言われてる。
少なくとも、スタニド王国内では。
スタニド王国は、自衛のために戦争を受けて立つ。いや、攻め込まれるのを待っている必要もないので、こちらから攻め滅ぼしてやればいい。
ていう感じだ。
日本なら反戦ムードにでもなるんだろうけど、そんな気配は皆無だ。
純粋に国を守りたがってる人もいると思う。ヴェノム皇国が戦争をしかけてくるって言われてるから、そんなのは許さないって。
手柄を立てたい人もいるだろう。実力があれば、平民でも貴族になれるのが新国王陛下の方針だから。
ただ、ヴェノム皇国の皇女様がここにいるんだ。
シロツメは、ヴェノム皇国が戦争をしかけることはないって言い切る。
「念のために聞きますけど、ヴェノム皇国は関与してないんですよね?」
「ロイサリス様は、疑っておいでですか?」
「ですから、念のためです。ヴェノム皇国は関与してないと言い切るのは簡単ですけど、こういう時こそ冷静にならないと」
「関与しておりません。ヴェノム皇国皇女、シロツユメンナ・ヴェノムの名にかけて誓います」
「だったら、僕はシロツメを信じますよ」
元から疑ってなかった。ヴェノム皇国にとっては意味がないんだ。
ヴェノム皇国は安定してるし、同盟国であるスタニド王国に戦争をしかけて自国を混乱させる必要がない。
戦争をしたがってるのはスタニド王国だ。
最近のスタニド王国では、魔物による被害が増えてる。
で、新国王陛下はヴェノム皇国の仕業だって言い出した。スタニド王国に魔物をけしかけてるんだって。
「違いますよね。レッド君の戴冠式や祝祭のせいで、ハンターの仕事ができなくなってたせいです。魔物を放置しておけば、増えるに決まってます」
「レイドレッド様に言わせれば、それは関係ないのです。スウダ様は、魔物の群れが暴走した事件で功績を立て、雄爵をたまわりましたわよね? あれ以来、魔物の被害が頻発していたと主張しております。それがヴェノム皇国の仕業であると」
「レッド君がそう主張する根拠は?」
「ございません」
根拠がない意見なのに、前国王陛下のニューボル・スタニド様はレッド君を絶賛した。
やはり自分の判断は間違ってなかった。新国王陛下は、ヴェノム皇国の陰謀を見抜く慧眼を持っている。自分が王位についていた時は解決できなかった問題が、新国王陛下になった途端に原因を究明してしまった。
新旧の国王陛下の意見ともなれば、逆らえる人はいない。周囲もこぞって大絶賛だ。
結果、スタニド王国は戦争への道を突き進んでる。
「シロツメはどうしますか? ヴェノム皇国に帰ります?」
「帰るように言われております。スタニド王国にいれば危険だと。わたくし一人の命ならまだしも、ここにいる者たちを預かっておりますので」
シロツメは帰国するのか。当然の判断だ。
僕はどうしよう。
祖国のスタニド王国と、第二の祖国とも言えるヴェノム皇国。
どっちにも愛着があって、どっちにも大切な人がいる。
片方を選ぶのは……僕にはできない。
「……リリ」
「なんでしょう、坊ちゃま?」
「危険を承知でお願いしたいんだ。僕についてきてくれる?」
「言われるまでもありません。これまでもこれからも、私は坊ちゃまと一緒です」
「ありがとう」
リリがいてくれれば頼もしい。
僕一人の力でできることは限られてる。一人よりも二人、二人よりも三人。
三人寄れば文殊の知恵、なんて言葉も前世にあった。
こっちには、頼もしい味方が三人以上いる。リリ以外にも、マルネ、ユキ、スウダ君、サクミさんとかね。
「ロイサリス様、わたくしをお忘れなきよう」
「シロツメは帰国するんですよね。ここは危険ですし、帰国する方がいいですよ」
決して嫌味で言ってるんじゃなく、僕の本心だ。
敵国の皇女様がいれば、人質にでも使われるだろう。
「爺」
シロツメは、僕じゃなくてシャルフさんに声をかけた。
「使用人の中で、希望する者は帰国させるように手配を。幼い子供がいる者は、強制的に帰国させなさい」
「かしこまりました」
シロツメの言葉に、使用人の人たちがざわつき始めた。
自分が帰国するかどうかじゃなくて、心配してるのはシロツメのことだ。
「シロツメ……まさか、残るつもりですか?」
「もちろんです」
「もちろんじゃないですよ! みなさんも止めてください!」
僕が言えば、次々とシロツメを思いとどまらせようとする言葉が出た。
それでも、シロツメは意見を撤回しない。
「わたくしは残ります。そして、戦争を止められないか動いてみます。ロイサリス様も、そうお考えですわよね?」
それは確かに、僕が考えてたことだ。
なんとかして戦争を止められないかって。
この戦争もレッド君に都合のいい物語の一部だとすれば、そんなもの認めない。
「本来、わたくしが独断で動くのは褒められた行動ではありません。一歩間違えれば、両国の関係が悪化し、戦争につながってしまいますので。皇女とは、それだけの立場なのです」
「分かりますよ。だからこそ、ラナーテルマちゃんの時は、シロツユメンナという個人としてレッド君に会いに行ったわけですし」
「しかし、このままでは戦争が起きてしまいます。わたくしが動こうと、動くまいと。であれば、悪くなりようがないのですから、足掻いてみせましょう」
シロツメは決意を固めた顔をしてる。僕たちが何を言っても聞きそうにない。
とはいえ、受け入れられるかどうかは別問題だ。
「思いとどまってはくれないんですか?」
「わたくしは、シロツユメンナ・ヴェノム。皇国の皇女です」
「皇女だからこそ、逃げるべきだと……」
「わたくしが皇位継承権を持っていたり、数少ない皇族であったりすれば、この命は軽々しく投げ捨てられるものではないでしょう。ですが、皇族は大勢いますし、わたくしの替えもききます。少々の無茶をしてみるのも悪くありません」
頑として聞かないシロツメに困って、シャルフさんを見てみた。
好々爺然とした彼は、いつも通りの微笑を浮かべたままゆるりと首を横に振る。
「シロツユメンナ様は、これでなかなか頑固ですので」
「爺に言われたくありません。わたくしが帰国しろと言って、素直に帰国しますか?」
「この老いぼれめも、シロツユメンナ様と共に」
「ほら見なさい。というわけですので、ロイサリス様。わたくしたちで戦争を止めてみせましょう」
にっこりと。
聖母のような笑みで、シロツメはとんでもないことを言い切った。
まったく、頼りになる皇女様だよ。




