九十二話 新国王レイドレッド
スタニド王国の国王陛下は四十歳ほどだ。
まだまだご壮健でいらっしゃるし、退位するには早いのに、いきなりの退位。そして、新国王の即位。
御前試合のパーティーですら、どの貴族も噂してなかった。
隠してたんじゃなく、誰も知らなかったんだ。
あまりにも唐突な交代劇だけど、驚くのはそこじゃない。
新国王のご芳名は――
レイドレッド・ドン・ソリュート・ドラグスドラグ・タンレー・シンフォスキルブレオ・スタニド。
あのレッド君だった。
レイドレッド・ソリュート・フォス・ドラグスドラグ・タンレー・キルブレオから、さらに長ったらしくなった名前。
王様にだけ許される「ドン」の称号を授かり、家名も「スタニド」になってる。
そして、「キルブレオ」は「シンフォスキルブレオ」に。
侯爵家の人間である「フォス」から当主の「シンフォス」に変わり、「キルブレオ」とくっついてる。
国王として即位しただけじゃなく、キルブレオ家も手中にしてるからこうなったんだ。
無茶苦茶だ。退位も即位も、侯爵家の家督争いも、全てがレッド君に都合よく進むなんておかしい。
おかしいのに、実際に起きてしまった。
レッド君の戴冠式とか記念式典とか、国中を巻き込むイベントの準備が超特急で行われてる。
僕が通う上級学校も、無期限の休校になった。授業よりも新国王が優先ってことで。
貴族は親も子供も東奔西走してるし、平民は戸惑いつつも新国王を歓迎してる。
まあ、王様なんて雲上人が交代しようと、平民には関係ないしね。新国王が英雄レイドレッドなら、むしろ歓迎なんだ。
僕はやることがないから留学生用の屋敷にいるけど、シロツメはそうはいかない。ヴェノム皇国の皇女として、仕事に忙殺されてる。
新国王の即位ともなれば、同盟国のヴェノム皇国だって無関係じゃいられない。
一言、お祝いの言葉を贈るだけじゃ済まず、戴冠式にも記念式典にも出席する。
皇帝陛下だって暇じゃないのに、あまりにも急だから、スタニド王国にいるシロツメが調整に苦慮してるらしい。
皇女様一人に任せるわけにもいかず、ヴェノム皇国の偉い人もやってきてるし、他の同盟国も似たようなもの。
とにかくてんやわんやだ。
「大変なことになってるよね。あのレッド君が王様なんて」
僕の部屋にいるマルネが、感想を述べた。
マルネ以外に、リリとユキもいる。二人もレッド君を知ってるから、なんでこうなったのって反応だ。
「あたし、学年が違ったからよく知らないけど、レイドレッドってロイをいじめてた人なんでしょ? いじめっ子でも王様になれるの?」
「いやいや、さすがに僕のいじめと新国王の件は、規模が全然違うよ」
「私としては、元教え子が立派になって喜ぶべきでしょうが……急過ぎて……」
「まあ、心の整理はつかないよね。僕もだよ」
僕はレッド君が嫌いだから、嫌いな相手の出世を祝福できないって感情もある。
それだけじゃなくて、どうしても違和感がぬぐえないのも大きい。
何度考えても急な話なんだ。不自然な点は枚挙にいとまがない。
まず、ご壮健な国王陛下が譲位を決断されたこと。
譲位するにしても、新国王は王子殿下だろう。複数の王妃がいて、息子だって何人もいるんだ。レッド君を新国王にする意味がない。
百歩譲って、そこまではいいとしよう。急に話を進めたのはなんで?
他国まで巻き込んで混乱するのは目に見えてるのに、もっと時間をかけるものだろう。
お金の問題もある。レッド君の結婚式も王都全体を巻き込んだけど、あれには国庫からお金が出てたんだ。正妻が王女様だから、結婚式にも国のお金を使った。
あれから一年もたってないのに、結婚式以上にお金のかかる式典の数々を実施しようって言ってる。
国庫が逼迫して、必要な部分にお金が回らなくなったらどうするの?
増税とか徴収とかはしないって言ってるけど、足りるの?
王都の名前もじきに変わるって聞いてる。
王都スタニドから、王都レイドレッドへ。
バカでしょ。レイドレッドを王都の名前にしてどうするのさ。
「はあ……学校が再開するのはいつになるか分からないし、卒業も未定だし……王様になりたいならなればいいけど、迷惑だけはかけないで欲しいよ」
僕個人の事情は些細な問題でも、多方面に迷惑をかけっぱなしで即位するなんて、何を考えてるのか。
血みどろの争いには発展してないから、迷惑は迷惑でもマシなのかな。
王位継承者を次々と虐殺していった、とかじゃないだけ平和的だ。
「肝心の国王陛下のお言葉も支離滅裂なんでしょ? ロイ君は聞いてる?」
「レッド君は息子同然だってやつ?」
「それ。初等学校の頃から言われてはいたけど」
マルネが言ってるのは、王様がレッド君を息子に欲しいと公言してた話だね。
王女様を嫁がせて、レッド君は義理の息子になった。
昔から息子同然に可愛がっていた人が息子に。義理とはいえ息子なんだし、息子に譲位するのはおかしくない。
国王陛下はそうおっしゃってる。
平民の僕には、王族の実情なんて分からないし、正しいのか間違ってるのかも分からない。実の息子である王子様たちは納得してるのかとか。
ただし、急な交代劇の理由になってないのは分かる。
レッド君に王位を譲りたいなら譲ればいいよ。じっくりと調整した上でね。
国王陛下は、その辺の説明も「息子に譲位するのはおかしくない」で通してる。
僕たちがああだこうだって話してると、シロツメのメイドさんの一人が僕の部屋に顔を出した。
「グレンガー様、ご友人がいらっしゃっておりますが」
「友人? スウダ君ですか?」
「いいえ、ナモジア様と名乗っておられました」
「ナモジア君が? 今行きます」
なんの用事だろ? 遊びにきたわけじゃないだろうし。
玄関まで行くと、確かにナモジア君がいた。
「どうしたの?」
「すまんが、しばらく泊めてもらえないか?」
話を聞くと、王都がドタバタしてるせいで、行き場がなくなったらしい。
「旅にも出られんし、路銀も尽きた。俺のような奴を働かせてくれる場所もない」
「泊めるのはいいけど……働き口ないの? 今の王都は式典の準備をしてるし、いくらでもありそうなのに」
「新国王のための準備だから、ヴェノム皇国の怪しい人間の手を借りることはできないんだとさ。どこへ行っても門前払いだ」
「そんなことになってるんだ……」
見れば、ナモジア君の格好は汚れてるし、顔色も悪い。
路銀が尽きたせいで宿に泊まることもできなくなって、食事も満足に食べられてないのかな。
「分かった。しばらく泊まって」
「すまん。落ち着けば金は払う」
新国王の件は、あらゆるところに波及してる。
早く落ち着いて欲しいと思った。




