九十一話 即位
御前試合後のパーティーはつつがなく終了した。
シロツメは大変だったみたいでも、僕は懐かしい友人と話せて嬉しかった。
気になることがあるとすればカッツャ君だ。彼はパーティーにいなかった。
犯罪者だから出席しなかったのか、別の理由があるのか。
あえて首を突っ込む必要もないと思ったし、聞かなかったけど。
聞いたら、ラナーテルマちゃんの時みたいに関わらなきゃいけなくなりそうだ。
あの時はなんとかなる問題で、僕にも利益があるから助けた。カッツャ君も同じようにうまくいくとは限らない。
そもそも、犯罪者を釈放させる権利なんて僕にはないし。
御前試合も終わり、これまで通りの学校生活に戻って、マルネとの関係も良好。
そんな折に、二通の手紙が届いた。おじいちゃんとラナーテルマちゃんからだ。
おじいちゃんには、ケノトゥムを名乗ることを手紙で伝えてた。その返事が書かれてて、「自分の責任で好きにしろ」だってさ。
僕がケノトゥムを名乗って問題を起こしても、おじいちゃんは庇ってくれないし関与もしないって意味だ。
同時に、僕を信用してくれたってことでもあるんだろう。
そして、ラナーテルマちゃんの手紙は、「スタニド王国に帰るつもりはない」だった。
「シロツメ、これ読んでくささい」
「ラナーテルマさんのお手紙ですか?」
シロツメにも見せれば、小さく「まあ」って漏らした。
スタニド王国に帰るつもりがないのは、ヴェノム皇国で元気にやってるし、好きな人もできたからって書かれてたんだ。
「好きな人ですか。素敵ですわね」
「はい。幸せそうでよかったです」
手紙を読むだけでも伝わってくる。
好きな人ができたのに、なかなか気持ちを言えない。相手は自分を妹のように見ている気がする。もどかしいけど、でも振り向いてもらえるように頑張る。
ラナーテルマちゃんの素直な気持ちが書き連ねられていた。
「相手の男性のお名前が書かれていないのが残念ですわね。わたくしたちの知り合いでしょうか?」
「どうでしょう。『妹のように見ている』なので年上、つまり中等学校の知り合いではなさそうです。コミス君やワード君は、僕と同い年ですし」
「ハンターの方では? ロイサリス様がお世話になった男性がいらっしゃいましたわよね?」
「コロアドさんとジンフウさんですか? まさか」
コロアドさんはメルさんと結婚したし、ラナーテルマちゃんには手を出さないだろう。
ジンフウさんは独身だけど、年齢が離れ過ぎてる。
いやでも、案外あるのか?
「卒業したら会いに行ってみませんか? わたくし、ハンターのお三方にはお会いしたことがありませんし」
「そうです……ね?」
だ、大丈夫かな? 大丈夫だよね?
僕が何を心配してるかっていうと、ヴェノムオオヘビの時にシロツメを「マッドサイエンティスト」って言っちゃったことだ。
シロツメの名前は出さなかったけど、バレないよね?
「ロイサリス様、何かを隠していますね?」
「隠してません!」
「嘘をついても無駄です」
じーって、澄んだ瞳で僕の心を見透かそうとしてくる。
「わたくしの……悪口?」
「僕の心が! 心の中に入ってこないでください!」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
知られたくないから隠そうとしても、こういう時って逆に思い浮かべてしまうものだ。
頭の中に自然と「マッドサイエンティスト」の単語が並んでしまう。
「ロイサリス様は、わたくしをそのように……悲しゅうございます」
「ごめんなさい!」
「ふふふ、冗談です」
「へ? じょ、冗談?」
「いくらなんでも、完璧に見通せるわけではありません。悪口を吹き込んだのは確かでしょうが、具体的な内容まではさっぱり」
「それでも怖いですよ!」
悪口を吹き込んだのは確かだって言い切れるのが、そもそもおかしい。
シロツメなら、そのうち完璧な読心術でも身に着けそうだ。僕限定で。
「まあ、ロイサリス様をいじめるのはこのくらいにしておきましょうか。それで、こちらはどうされます?」
「そっちは……どうしようもなくありません?」
いきなり話が変わったけど、ラナーテルマちゃんの手紙の続きだ。
僕は、「レッド君の奥さんたちが、まるで洗脳でもされているみたいだ」って書いた。
その返事が、「以前からそうだった」なんだ。王女様までレッド君の言いなりなのも、絶対に否定しないのも。
そして。
「わたくしが感じた通りでした。正直、レイドレッド様を軽蔑します」
言いなりのはずの奥さんたちが、レッド君の意にそぐわない発言をした。
カッツャ君の釈放の件を知ってたのに、ナモジア君が勝った時。奥さんたちが、口々にナモジア君を悪く言ったのがそれだ。
レッド君がたしなめて、奥さんたちの失言を夫として謝罪するって流れだった。
「レイドレッド様ご自身が言えば、角が立ちますからね。自分の言いたいことを女性に言わせたのです。そこでレイドレッド様がたしなめれば、彼の評判は落ちません。茶番もいいところですわね」
シロツメにしては厳しい物言いをしてる。
実は、僕も同意見だ。
人間なんだし、自分の意思は持ってる。普通に考えれば、奥さんたちの言葉は奥さんたちの意思であるはずだ。
言いなりのお人形じゃなかったらね。
シロツメが聞いてるのに、ヴェノム皇国の人を悪く言うと、レッド君の立場が悪くなりかねない。
夫を絶対視する奥さんたちが、そんなことをするか?
しないとは言い切れないけど、軽率な行動だと思う。貴族令嬢なら、ああいった場面での立ち回り方も身に着けてるだろうに。
一人くらいならまだしも、妾の四人が同時に発言したのは明らかに不自然だ。
「奥さんたちが発言する前に、レッド君も言ってましたよね。『ヴェノム皇国の人間は薄情』みたいに。すぐに撤回はしましたけど、あれで奥さんたちがレッド君の気持ちを察したとすれば」
「夫のために、夫の意見を代弁した。ロイサリス様もそう感じましたか?」
「はい」
僕をいじめる時もそうだったんだ。
レッド君は僕をいじめない。でも敵視する。
すると、レッド君の気持ちを察した他の子供たちが僕をいじめて、レッド君は正義として振る舞う。
前科があるんだし、今回も同じと思っちゃう。
「……わたくし、少し調べてみます」
「何をですか?」
「レイドレッド様と絶対神についてです。申し訳ありませんが、調査が終わるまでは内緒にさせてください。ロイサリス様に先入観を与えたくありませんので」
「分かりました。危険な真似はしないんですよね?」
「ロイサリス様がおっしゃいますか? わたくしがお願いしても、何度も大怪我をされたロイサリス様が。お怪我をされるたびに、わたくしがどれほど心配したか」
あ、藪蛇になった。シロツメのお説教が始まったよ。
「聞いていますか?」
「聞いてます! ちゃんと聞いてます!」
シロツメに頭が上がらないのは、今日に限ったことじゃない。
これもまた、いつも通り。平和な証だね。
こんな感じで日々を過ごし、卒業も近付いてきたなって時。
飛び切りのビッグニュースが飛び込んできた。
新しい国王が即位するっていうニュースが。




