九十話 意外と常識人
コロシアムの近くに王家が所有する屋敷があり、パーティーはそこで行われる。
パーティーの準備は整ってるから、あとは参加者の準備だ。
男性はそこまででもないけど、女性は色々と準備がいる。ドレスを着たり化粧をしたり。
シロツメとリリが更衣室に向かい、僕とシャルフさんは一足先に会場入りした。
いくら執事とはいえ、男性のシャルフさんがシロツメの着替えまでお世話するわけにはいかない。
だからリリが手伝ってる。リリ自身は護衛だから着飾らないって言ってた。
シャルフさんと一緒に待ってれば、ドレスに着替えたシロツメがやってきた。
「よく似合っていますよ」
「ありがとうございます。少々地味かと思いましたけれど」
「まあ、他の女性に比べれば、ドレス自体は地味でしょうね」
シロツメは、肌の露出を極力抑えたドレスを着てる。
他の女性を見ると、肩が完全に露出して胸の谷間が見えてたり、背中が大きく開いてたり、自分の魅力を訴えることに余念がない。
彼女たちに比べれば、シロツメの格好は大人しい。
「わたくしは、貴族の方々に挨拶をしに行こうと思います。ロイサリス様はどうされますか?」
「また挨拶するんですか? 御前試合の前にもしたのに?」
「パーティーは別です」
「そんなものですか。僕はやめておきますよ」
礼儀知らずと思われるかもしれないけど、ケノトゥムとして顔を売りたいわけじゃないし別にいい。
出世を目指してるのは、ロイサリス・グレンガーだ。
シロツメはシャルフさんを護衛に伴って、挨拶回りに向かった。
僕はナモジア君を探す。彼の性格上、パーティーなんかに出席しそうにないし、見つからないかと思った。
ところが、幸運にもいたんだ。会場の隅で壁を背に佇んでる。
僕はリリと一緒にナモジア君のところへ行く。
「ナモジア君、久しぶり」
「ん? ……お前、グレンガーか?」
「そうそう。ロイサリス・グレンガー」
僕を覚えててくれたみたいだ。ちょっと嬉しい。
「なんでここにいる? 御前試合には出場してなかったはずだが?」
「スタニド王国の貴族に招待されて、観戦してたんだよ」
「貴族に知り合いがいるのか?」
「いるんだけど……まあ、色々と事情があってね」
話すと長くなるし、適当に誤魔化した。リリの紹介もしなきゃいけないし。
「紹介するね。彼女はリリ……どっち?」
「坊ちゃまのご友人でしたら、本来の名前でいいでしょう。はじめまして、私はリリ・リローと申します。坊ちゃまのメイドを務めており、本日は護衛として」
「ああ」
ナモジア君はそっけなく答えた。
昔からなんだけど、年頃の男にしてはあんまり異性に興味なさそうなんだよね。
美女だろうと美少女だろうとこんな対応だ。
「今だけは、ロイサリスとリリって呼んで。スタニド王国だと個人名で呼ぶのが礼儀だから。僕もナモジア君を……あれ?」
そういえば、「ナモジア」って個人名だっけ? 家名だっけ?
「ごめん、ナモジア君の個人名ってなんだっけ? ナモジアが個人名?」
「家名だ」
「個人名は?」
「…………」
なんでか知らないけど、ギロって睨まれた。
体が大きくて強そうだから、睨まれると怖い。知り合いじゃなかったら逃げてた。
「俺はナモジアでいい」
「いや、それだと失礼になるからさ」
「ナモジアだ」
教えたくないのかな。自分の名前が好きじゃないとか?
嫌がるなら無理に聞き出す必要もない。ナモジア君が他の人を個人名で呼べば、あんまりトラブルにもならないと思う。
三年ぶりに会ったし、話はいくらでもある。
お互いにどうやって過ごしてたか報告してれば、あっという間に時間は過ぎた。
「挨拶しに行きたい人はいる? 僕の相手ばかりしてないで、顔と名前を売り込むとか」
「必要ない。面倒だ。そもそも、パーティーに参加したくてしたわけでもない。御前試合に出場させてもらった義理を果たすために参加しただけだ」
このチャンスを活かせば、出世の道はいくらでもありそうなのに蹴るんだ。
変わってないね。強くなるのが全てなところが。
また会話を続けてると、僕たちの元へ近付いてくる人がいた。
「やっと抜け出せました……」
「お疲れ様です。貴族の男性に大人気でしたね」
「あまり嬉しくありません」
挨拶回りをして、ダンスも何度か踊ってたシロツメは、疲れた表情をしてる。
モテるのも考えものだ。
「少し、ここで休憩させてください。それと……こうして言葉を交わすのは初めてですわね、モモ・ナモジア様」
「お前、なんで俺の名前を!?」
モ、モモ? ナモジア君の個人名って、モモなの?
腑に落ちた。頑なに隠そうとするわけだよ。完全に女性名だ。
武神のご加護を授かってて、戦いと強くなることにしか興味のない戦闘狂の男が、実はモモって名前。
格好がつかないし、言いにくいよね。
悪いとは言わないけど、似合ってないとは正直思う。
「ロイサリスもリリも忘れろ。俺はナモジアだ。いいな?」
「わ、分かった……分かったから凄まないで」
「お前も、俺をその名で呼ぶな」
「承知いたしました。ナモジア様、でよろしいでしょうか?」
「そうだ」
ナモジア君に凄まれて、僕ですらビビってるのに、シロツメは平然としてる。
皇女様なだけあって肝が据わってる。
「ったく……どこで俺の名を聞いたんだ?」
「元同級生でしたので、存じておりますわよ」
「同級生?」
さっきからの反応を見ると、ナモジア君はシロツメを知らないみたいだ。
同級生で一番の有名人だった皇女様を知らないのか。直接話したことはなくても、顔と名前くらいは知っててもおかしくないのに。
「自己紹介がまだでしたわね。わたくしは、シロツユメンナ・ヴェノム。中等学校では、ナモジア様やロイサリス様の同級生でした」
「ああ……そういや、皇女殿下がいるって話は聞いたことあったな。知らなかったこととはいえ、ご無礼をお許しください、シロツユメンナ様」
今のセリフは、僕にとっては未曽有の事件に等しいものだった。
「ナ、ナモジア君がシロツメに敬語を!?」
「お前は俺をなんだと思ってる? これでも、ヴェノム皇国の人間だぞ。皇族に敬語も使えないほどバカじゃない」
普通に考えればそうなんだけど、ナモジア君は誰に対してもタメ口だった。先輩にも学校の先生にも。
「てっきり、『敬語を使うなら死んだ方がマシだ』とか、『俺が認めた相手じゃなければ敬語は使わん』とかだと思ってた」
「だから、俺はそこまで常識知らずでもバカでもない」
「ごめん」
「ロイサリスこそ、皇女殿下を『シロツメ』と呼ぶのはなぜだ?」
「親しくさせてもらってるからね。昔は『皇女様』だったよ。あと、呼び方はともかく敬語はちゃんと使ってるし」
「……そうか、お前はケノトゥムだったな」
ナモジア君は納得してくれたようだ。
シロツメは、ナモジア君と少し会話をしてから、別の貴族のところへ行った。
ほんと、皇女様は大変だね。
「ふう……さすがに緊張したな」
「ナモジア君が緊張!?」
「おい、俺もそろそろキレるぞ。皇女殿下を相手にして、緊張しないはずがないだろうが。おまけにあの美貌だ」
「ナモジア君が異性に興味を!?」
「よし、ケンカを売ってるんだな。久しぶりに殺ってやろうか」
「ごめんなさい。僕はまだ死にたくありません」
「坊ちゃま、弱いですね」
しょうがないじゃないか。今のナモジア君と戦ったら大変なことになる。
「だけどさ、ナモジア君が異性に対して興味を持つような発言をしたのは、凄く意外なんだよ。シロツメを知らなかったってことは、中等学校時代は興味なかったんでしょ?」
「なんか勘違いしてるようだが、俺も女は好きだぞ。抱きたいと思う。恋愛が面倒なだけだ。性欲を発散させたければ娼館にでも行く」
ある意味、男らしい。
この場にはリリもいるのに、初対面の女性の前ですら堂々と言える辺りが特に。
「好きになった人とかいないの? 好みの女性とかは?」
「いないな。好みなら、当然美人で胸の大きな女が好きだ。しかし、男ならそんなものだろ。好みと言えるほどのものじゃない」
そりゃあ、巨乳美人が嫌いな男の方が少数派だろう。
ナモジア君の口から出たセリフなのが、めちゃくちゃ違和感ある。
「美人で胸の大きな女性と付き合わないの?」
「恋愛する気も結婚する気もない。娼婦の方が後腐れなく抱けて助かる。一生を添い遂げる気もないのに、普通の女に手を出すほど俺はバカじゃない」
マルネと恋人になってる僕からすれば、価値観が合わない。恋愛は素敵だって声を大にして叫びたい。
とはいえ、ナモジア君を否定するつもりもない。考え方は人それぞれだ。
ただ、ナモジア君に性欲があったのは驚いたけど。
昔はこういったプライベートの話をしなかったから、全然知らなかった。
「ナモジア君って、思ったよりも常識人だったんだ」
「とりあえず、お前はいっぺん死ね!」




