八話 意外にも優秀?
本日二話目です。
父さんとの稽古を終えて、いつのまにか寝てしまった僕は、そのまま翌日の昼まで眠りこけた。稽古したのが夕方だったから、ざっと二十時間は寝てたみたいだ。
起きた僕は、母様が作ってくれたご飯をお腹いっぱい食べた。
現金なもので、昨日ほど心が乱れてはいない。
全力で暴れて、たっぷり泣いてぐっすり眠って、今日はお腹いっぱい母様のご飯を食べたから、なんだかんだ落ち着いてる。
父さんへの憎しみの気持ちも霧散した。逆恨みだったね。
「父さん、ごめんなさい。昨日、大嫌いなんて言っちゃって……」
僕が謝れば、父さんも謝ってくれた。
僕があそこまで苦しんでるとは思わなかった、すまん、って。
仲直りしたのはいいんだけど、その後、父さんから変なことを聞かれた。
「ロイ、この国の名前は?」
国の名前? なんでそんなことを聞くんだろ?
疑問はあったけど、とりあえず答える。
「スタニド王国」
父さんは、正解不正解を言わず、次々に質問を飛ばす。
「王都の名前は?」
「そのまんま、スタニド」
「王様の名前は?」
「ニューボル・ドン・タンレー・スタニド」
「王様の名前に込められた意味は?」
「ニューボルは個人名。スタニドは家名。スタニド王国を治めるって意味で、国と同じ名前でもある。ドンは、王様にだけ許された特別な称号。タンレーは、最高位の神様の名前。王様は神の血を引くとされてるから、神様の名前を名乗ってる」
「貴族の爵位を、上から順に答えろ」
「公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵。あとは、一代限りで与えられる爵位に、雄爵がある。あまり貴族としては扱われなくて、半貴族みたいな感じ」
「キルブレオ家はどれにあたる?」
「上から二番目の侯爵。でも、権力は下手したら公爵以上」
それからも、父さんは色々と問題を出してきた。
スタニド王国と友好を結んでいる国、敵対している国。
主要都市の位置や産業。
過去に起きた戦争の経緯や、その結果。活躍した英雄の名前とかも。
僕が勉強してるかどうか、試してるのかな?
基礎的な知識だから、全部初等学校で習う。
なんか、社会の授業みたいだ。社会の次は、一般常識の授業になる。
「俺たち人間にご加護を与えてくださる神様は?」
「五柱いて、強い順に……」
誇り高き絶対神、イリ・カテネンジャ・グランドナ。
朽ち果てし賢神、ツァイ・ラピスフォリア・カールベルン。
穢れ知らぬ武神、ザン・ティアリズルート・オストダイン。
忘れ去られし農神、シア・クルナミア・シャヴィ。
慈悲深き低神、コウ・ナレタ・ボダズナトズ。
さらに言うと、スタニド王国限定で、最上神タンレーって神様が信じられてる。
王様の名前になってる神様だ。他の神様と違って、ご加護を授けてはくれない。神話の中にだけ登場する、偶像みたいな存在だ。
僕が答えれば、最後は算数。
「王国で用いられている貨幣を答えろ」
「王金貨、金貨、銀貨、銅貨、石貨」
「お前は、金貨を一枚持って、買い物に行った。銀貨四十枚の剣と、銀貨三十枚の盾を買い、合計から一割値引きしてもらった。その後、もう一本剣を買おうとし、銀貨四十二枚だった。こちらも一割値引きしてもらうとすれば、いくら残る?」
「……残るっていうか、足りないよね」
下位の貨幣が百枚で、上位の貨幣一枚分になる。
剣と盾で銀貨七十枚。一割値引きで、銀貨六十三枚。
銀貨四十二枚の一割引きが分かりにくいけど、値引きしてもらえるのは、銀貨四枚と銅貨二十枚。値引き後の値段は、銀貨三十七枚と銅貨八十枚だ。
結局、合計は銀貨百枚と銅貨八十枚になって、銀貨百枚は金貨一枚なんだから、銅貨八十枚分不足する。
僕の答えに、父さんは満足そうに頷いた。
「なんだ、一般常識、歴史、地理、算術、全部できるじゃないか」
「そりゃあ、学校に通ってるんだし」
「だが、教科書は持っていないのだろう? どうやって勉強したんだ?」
「学校には図書室があったから、そこで」
黒板とかホワイトボードがないから、先生は板書をしない。単に教科書を読み上げてく授業になる。
金持ち学校だと、板書用の道具もあるみたいだけど、僕の通う学校にはない。
教科書がない僕は、そのままだと先生が何を言ってるかさっぱりだ。
事前に図書室で授業内容を予習しておけば、なんとかついていけた。
板書をしないから、ノートの必要性も低い。覚えるために書きたければ、ノートじゃなくて、地面に指でなぞるだけでも事足りる。
そっちの方が効率いいかもね。鉛筆もシャープペンもなくて、筆とインクだから、書くのが大変なんだ。ノートも、品質のいい紙じゃないから書きにくい。
僕が説明すると、父さんは感心したようにうなっていた。
「泣き言を漏らすから腑抜けと思ったが、なかなかどうして、たくましいじゃないか。では、この評価表は間違っているんだな? 請求書も間違いなんだろう?」
父さんが持ち出したのは、僕の学校生活や成績が記載されてる評価表だ。
僕が学校からもらって、父さんに渡した。
内容は見てないけど、見なくても最低評価なのは分かる。
それと、僕が学生証を使って買い物をした請求書。
「なんて書いてあるの?」
「見れば早い」
父さんから手渡されたんで、読んでみる。
まずは請求書だけど、酷いね。
「お、王金貨……三枚……?」
王金貨一枚で、日本円換算で一千万円くらいかな。
どれだけ散財したって、三千万円分も使えないよ。ぼったくりだ。
ぼったくりは認められてないのに、まさかこれもレッド君の嫌がらせ?
「僕、こんなに使ってないよ」
「分かっている。そっちは俺が問い合わせておくから、評価表も読んでみろ」
評価表は、概ね予想通りだった。いい点は一つも書いてなくて、悪い点ばかりが列挙されてる。
授業態度は極めて不真面目。まともに授業を受けようとしない。
友達とも仲よくせず、協調性皆無。秩序を乱す行為ばかり。学校にいるだけで他の子供に悪影響を及ぼす、害悪でしかない。
筆記試験は全て0点。留年制度がないため進級はできるが、退学を勧める。
よくもまあ、ここまで悪口ばかり書けるよね。あながち間違ってないけど。
「見方によっては正しいよ。教科書がないから、授業を真面目に受けてないって言える。友達がいないのも事実で、協調性があるとも思ってない。他の子供に悪影響を及ぼすのも、七歳くらいなら悪いって思わずにいじめてる子もいるだろうし、間違ってない。試験は、筆記用具がないから何も書けなくて、全部0点だしね」
「意外に冷静だな。理不尽な評価だとは思わないのか?」
「思うけど、先生には一切期待してない。一人でもまともな先生がいれば、僕を助けてくれる。貴族に逆らえないのは仕方ないし、あんまり責める気にもなれない」
悪いのは、ほとんどレッド君だ。
だからって、僕をいじめる人や助けてくれない先生を許すわけじゃないけど、僕だって逆の立場ならレッド君に逆らえないと思うし、どっちもどっち。
僕が達観したように言えば、父さんは肩をすくめた。
「よくも悪くも、考えが大人びているな。一年でここまで変わるものなのか」
変わったのは、いじめもあるけど、前世の記憶を取り戻したおかげでもある。
八歳の子供の考えじゃないとは、自分でも思う。
転生したなんて言えないから、色んな経験をして変わったことにしておこう。
昔の、快活だった僕じゃないんだ。今の僕は、多分、死んだような目をしてる。
父さんは、僕をじっと見つめてくる。内面を見透かそうとするような視線だ。
「ふむ……俺が確認した限り、お前は我が子ながら驚くほど優秀だぞ。決して親バカな意見ではなく、客観的に見てな」
そうなの? いじめられて泣いてるだけなのに?
「まずは、剣術。正直、あそこまでやるとは思わなかった。この一年、サボらずに自主訓練をしていたのだろう?」
「図書室で勉強か、訓練場で剣の訓練しかやることなかったし」
「同年代の子供でお前に勝てる奴は、そうはいない。間違いなく最強レベルだ」
父さんは褒めてくれるけど、自分が強いって実感は全然ない。
いじめっ子をぶっ飛ばせるように訓練したのに、全部無駄だった。
いじめられてると、体がすくむんだよ。めまいや吐き気がして、抵抗できない。
これは、努力や根性で克服できる問題じゃない。
日本なら、精神的な病だって診断されると思う。心療内科にかかって、じっくりと向き合いながら治療していかなきゃいけない病気だ。
この世界だと、単なる怠け者か軟弱者って判断されるだろうけど。
「いいか、お前には力がある。それに、頭もいい。俺の問いにスラスラ答えていた。まともに試験を受ければ、高得点を取れる自信があるのではないか?」
「ある……かな。勉強の内容自体は、そんなに難しくないし」
「しかもだ。勉強ができても、バカな人間はいる。思慮の浅い人間がな。お前は、物事を客観視できる能力がある。いささか自己評価が低過ぎるきらいはあるが、年齢以上に賢いと言って間違いない」
そりゃあね。前世と合わせて二十年以上生きていて、八歳レベルの精神性だったら、逆にまずい。
これは別に、誇れる話じゃない。アドバンテージがあるから当たり前なんだ。
「人付き合いは苦手のようだが、これも剣や勉強と同じで訓練あるのみだ。友達は、一人もいないのか?」
「……一応、一人いるにはいるよ。相手はどう思ってるか知らないけどね」
「ほう、誰だ?」
「えっと……マルネちゃんって女の子」
友達として挙げるのが、女の子の名前っていうのが恥ずかしい。
案の定、父さんはにんまりといやらしい笑みを浮かべて、大笑いする。
「ガハハ! 女の子か! お前も隅に置けないな! 可愛い子か!?」
「か、可愛いけど……ミカゲさんの娘さんだよ」
「ミカゲの娘? だから、仲よくしているのか?」
「マルネちゃんは優しい子だから、ミカゲさん抜きでも仲よくしたい……かな?」
僕の返事は、父さんのお気に召す内容だったみたいで、しきりに頷いてた。
「男はそうでなくちゃな。誰かに言われたから、頼まれたからではなく、自分自身の意思で女を幸せにしてやろうという気概が必要だ。さすがは、俺の息子だ!」
ワッシャワッシャって、いつも以上に力強く、父さんは僕の頭を撫でた。
何か勘違いしてる気もする。僕とマルネちゃんは、別に変な関係じゃないのに。
そもそも、僕はマルネちゃんに酷いことをしたし、恨まれてると思う。
「父さんに聞かせてくれないか? いや、ハナとリリも呼ぼう。昨日は、胸糞悪くなるいじめの話ばかりだった。ロイのガールフレンドの話を、ぜひ聞かせてくれ」
「え、ええっ!?」
家族に女の子の話を聞かせるなんて羞恥プレイは嫌だったけど、父さんに押し切られてしまった。
母様とリリもやってきて、みんなの前で話すことになった。
固有名詞がやたらと登場しましたが、無理に覚える必要はありません。
再登場の際に、都度説明しますので。
頭の片隅に置いておいていただければと思います。