八十八話 元同級生の二人
御前試合は順調に進行してる。始まる前にも思ったけど、達人同士の試合なだけあって見ごたえがあるし面白い。
リリも興味深そうに解説してくれる。
「今負けた人は、力を発揮できなかったようですね」
「そうなの? 普通にいい勝負だったように見えたけど」
「終盤はそうですね。序盤の動きとはまるで違いましたので、最初は緊張していたのでしょう。そこで負ったダメージが、最後まで響きました」
全然分からない。僕の目には、最初から大熱戦が繰り広げられたようにしか見えないよ。
あれで動きが悪いんだ。僕が戦えば秒殺されそうなのに。
「リリなら勝てる?」
「半々、でしょうか。勝てそうな人もいれば、勝てない人もいます」
半分には勝てるリリが凄いのか、リリでも半分しか勝てない参加者が凄いのか。
世の中には強い人が多い。僕なんかじゃ想像も及ばない境地だ。
「爺、あなたは勝てますか?」
「私は三割ほどでしょう。全盛期であれば、八割方勝てるかと」
シロツメの執事のシャルフさんは、ご高齢でありながら三割勝てるんだ。
どれだけ強いんだろ。気になる。
「シャルフさん、今度僕と戦ってもらっても?」
「老骨に無茶をおっしゃらないでください。ユキノ様にも勝負を挑まれるのですが、一度やって懲りました」
「勝負の翌日、爺は珍しく休暇を取りましたからね」
ユキは、そんなことしてたんだ。
シャルフさんが休まなきゃいけないほどの戦いって……おっかない。
うん、僕はやめておこう。こっちが数日間寝込みそうだ。
「シロツユメンナ様もロイサリス殿も、心強い護衛をお持ちですね。しかし、ワタシの護衛も負けておりませんよ。この者たちは、護衛の中でも腕利きです」
レッド君が自分の護衛を褒めた。
三人の美女は、レッド君に褒められて凄く嬉しそうだ。
ただ主に褒められたからって感じじゃない。きっと、レッド君が好きなのかな。
モテるなあ。ラナーテルマちゃんどころか、もっと妻が増えそうな勢いだ。
リリのお父さんであるアーガヒラム家の当主が、数十人の奥さんを持ってるって話だっけ。それを超えるかもね。
そんな話をしてると、次の試合が始まってた。
これもいい試合だった。シャルフさんと同い年くらいの老騎士と、レッド君くらいの若手騎士の戦いで、老騎士が勝利した。
まだまだ若いもんには負けんわい、みたいな強い気持ちが伝わってきたね。
「次で最後ですね。ロイサリス殿、次は面白い対戦になりますよ」
レッド君は、何を指して「面白い」って言ってるんだろ?
僕が疑問に思ってたら、シロツメも疑問を持ってた。僕とは異なる疑問を。
「レイドレッド様、今の試合が最後ではなかったのですか? わたくしはそう聞き及んでおりましたけれど」
「その予定だったのですが、とある人材を見つけましてね。特別に試合を組み込んだのです」
特別に組み込まれた試合か。
誰が出てくるのかと思って、闘技場に注目する。
登場したのは、僕の知ってる人だった。
ナモジア君だ。ヴェノム皇国の中等学校の同級生で、僕は彼にお世話になった。武術の授業でよく相手をしてもらって、ナモジア君のおかげで強くなれたんだ。
修行の旅をするために、途中で学校をやめて以来、会ってなかった。
あちこち旅をして、スタニド王国にやってきたんだろう。
「彼は、シロツユメンナ様と同じヴェノム皇国の者です」
「存じております。同級生でしたので」
「元同級生の実力をお見せしたく、この試合を組みました」
三年ぶりに見るナモジア君は、遠目でも分かるほどに強者の空気をまとってる。
体も大きくなってて、身長は百八十センチほどありそうだ。
中等学校時代は、僕は勝てないまでもいい勝負ができてたのに、今だと相手にならないかな。もちろん、僕が負けるって意味で。
ナモジア君の試合。これは、ぜひとも拝見したい。
でも、相手が出てこないな。
相手がいないことに、他の観客も気付いてざわめいてる。
どうなってるんだって思ってると、出てきた。出てきたけど……本当に人間?
体が恐ろしくでかい。縦にも横にもでかい。
百八十センチはありそうなナモジア君が、子供みたいに見える。
相手の体格はどれだけあるんだろ? 身長は二メートルを超えてそうだし、体重は二百キロとか?
前世でたとえるなら、力士みたいな人だ。
力士は、脂肪の塊じゃなくて、常人を遥かに上回る筋肉があるって聞いた。
体脂肪率なんかも、一般人が思ってるほど高くないんだそうだ。
ナモジア君の対戦相手の男性は、本当にそんな感じ。
僕が今まで見た中で、群を抜いて大きい。
「これは……すさまじいですわね」
シロツメも呆れ半分、感心半分で呟いた。リリやシャルフさんも驚いてる
レッド君たちは、あらかじめ知ってたのか特に驚いてない。
「彼もまた、元同級生ですよ」
「わたくしの同級生に、あのような人はいませんでしたが?」
「失礼、シロツユメンナ様の同級生ではありません。ワタシとロイサリス殿の同級生です」
僕とレッド君の同級生?
てことは、スタニド王国の初等学校だ。あんな人、いた?
同級生全員を知ってるわけじゃないから、知らない人なのかもしれない。
「ロイサリス殿は覚えておいでですか?」
「私の知っている人ですか?」
「カッツャ・カーダです」
「カ、カッツャ君!?」
あれがカッツャ君だって!? そんなバカな!
元クラスメイトでいじめっ子だった人だ。人を殺したせいで罪に問われたけど、それからどうなったのかは知らなかった。
僕よりも年上だったから、今は十六歳。
十六歳の見た目じゃない。それよりも十歳は老けて見える。
何より、変わり過ぎだ。昔のカッツャ君は普通の体型だった。
正体を教えてもらった今でも、カッツャ君とは思えない。
面影だって全然残ってないし、同級生で気付く人はいないだろう。
「リリ……分かった?」
「い、いいえ、私も全然……あれがカッツャ君……」
「ロイサリス殿やリリ殿はご存知でしょうが、カッツャ・カーダは殺人を犯しました。不幸な事故でしたが、罪は罪。強制労働となり、これまでずっと働いていたのです。ワタシも全ての事情を把握しているわけではありませんが、変わり果てるほど苦労したのだと思います」
レッド君は簡単に言ってるけど、こんな風に変わるものなの?
成長期を迎えて体が大きくなるのはいい。強制労働は厳しいだろうし、ある意味訓練になってた可能性はある。
でも、大きくなり過ぎだ。普通はあそこまでにならない。
カッツャ君の外見を力士にたとえたけど、力士はあの体を易々と維持してるわけじゃない。十分な食事と稽古があって、初めて維持できるんだ。
筋肉をつけようと思ったら、訓練だけじゃダメだ。食事も取らなきゃ。
無から有は生まれない。栄養がなきゃ筋肉だって作られない。
あれだけ大きくなれるほどの食事を犯罪者に与えてるわけがないし、どう考えてもおかしいよ。
「一体、何があれば……」
「ロイサリス殿には想像が及ばないでしょうね。ワタシも同様ですが、普通に生活をしていたのでは味わえない苦労です。なお、カッツャ・カーダがこの試合に勝てば、釈放されることになっています。どん底から這い上がろうとしている男の力を、ぜひご覧ください」
レッド君は楽しげに語ってる。
その神経が、僕には理解できない。
「悪趣味ではありませんか?」
「どこがです? ワタシは、カッツャ・カーダに機会を与えました。元同級生ですので、特別に。対戦相手にもカッツャ・カーダの事情は伝えてあります。彼に人の心があれば、きっと負けてくれるでしょう」
余計に悪趣味だよ。ナモジア君にわざわざ伝えるなんて。
試合を楽しむどころじゃなくなった。




