八十五話 第二の人生を歩む
レッド君との交渉を成功させ、ラナーテルマちゃんを解放してもらえた。
ラナーテルマちゃんは、その日のうちに身支度を整えてレッド君の家を出た。
僕が身元を引き受けることになってるから、留学生用の屋敷にしばらく滞在してもらう。出立の準備が終わればヴェノム皇国に行く流れだ。
「ありがとう……本当にありがとう……」
ラナーテルマちゃんは、泣きながら僕たちにお礼を言ってる。
留学生用の屋敷には、僕以外に今回の関係者も集まってる。
協力してくれたシロツメとリリ、スウダ君と恋人のサクミさん、もちろんマルネやユキもね。
「成功してよかったぜ。俺は一緒に行けなかったから、心配だったんだ。ロイサリス一人に押し付けて悪いな」
「その代わり、スウダ君は色々と準備をしてくれたじゃない」
ラナーテルマちゃんに必要な物を、サクミさんと二人で買いそろえてくれたんだ。
「ところで、ロイサリス様。わたくしは今でも不思議なのですが、なぜうまくいったのでしょうか? レイドレッド様は、ラナーテルマさんを手放すのを渋っていました。心変わりした理由がよく理解できません」
「それはもう、レッド君の性格だからとしか」
ラナーテルマちゃんが、「レッド君と一緒にいたくない」とか「ロイサリスと一緒がいい」とか言ってたら、絶対に認めなかったと思う。
僕の求婚を拒否してレッド君を選んだし、自尊心が満たされたからいいんだ。
「それだけですか? 理由としては、少々弱いのでは?」
「まだありますよ。ラナーテルマちゃんには悪いですけど、僕への嫌がらせも含んでると思います」
ラナーテルマちゃんは、さして優秀じゃない。
初等学校を卒業後は、進学もしなかったし自主的な勉強もしなかった。レッド君と結ばれる日を夢見て、花嫁修業をしてたんだ。
家事は得意な反面、勉強は苦手だ。僕がラナーテルマちゃんを有能だと誤解して引き受けたら、役に立つどころか足を引っ張る。
僕に恩を売れて足も引っ張れる。ラナーテルマちゃんのためって大義名分を得たことで、レッド君の名誉は傷つかなくなったし、渡す方が得だ。
損得を秤にかけて得が大きいなら、そりゃあ渡すさ。
「……ロイサリス様は、まるで全てを見透かすかのように話しておられますけれど、正しいのでしょうか?」
シロツメは、僕の言葉にまだ疑問を持ってる。
疑問にも思うか。僕だって、自分の考えが完璧とは思ってない。
超能力者じゃないんだし、レッド君の気持ちを見抜いてるわけじゃないんだ。
「僕の推測が全部正しいとは思っていませんよ。僕は彼が嫌いですし、公平な見方ができているとは言えません。ただ、レッド君がラナーテルマちゃんを大切にしているなら、行動がおかしいとは思いませんか?」
僕はゲス野郎を演じてた。いくら大義名分があって手を出さないって約束を取り付けたからって、大切な女性をゲス野郎に預ける?
大切に思ってなくて、自分のプライドや損得のために動いてるなら辻褄が合う。
「辻褄が合うからといって、それが正しいとは……言動がちぐはぐだとは、わたくしも思いましたが」
「ですから、僕が正しいとは言いませんよ。僕が間違ってて、レッド君が正しい可能性だってあります。一つ言えるとすれば、僕は彼を信用しないってことです」
「まあ、ロイサリスが正しいか間違ってるかは、ぶっちゃけどうでもいいだろ。ラナーテルマさんを助けられたって結果が全てだ」
スウダ君が綺麗にまとめてくれたんで、話はおしまいだ。
ラナーテルマちゃんには、ヴェノム皇国で頑張ってもらおう。皇都で新生活を始めるんだけど、僕にできるのは知り合いに手紙を書いておく程度だ。
コロアドさんたちや、僕がアルバイトしてた雑貨屋の店主。
彼らに頼んでおけば、寝床と働き口くらいなら確保してもらえる。
あとは、ラナーテルマちゃんの頑張り次第だ。
「新しい人生を歩むつもりで、頑張って。まだ若いんだし、幸せになれるよ」
「うん……あの、昔のこと、ごめんなさい。ロイサリスには酷いことしたのに、あたしを助けてくれて……」
泣きやんだラナーテルマちゃんは、僕に過去のいじめを謝罪してくれた。
「今回は、僕にも利益があるから助けたんだ。レッド君と同じで、損得を考えた上でね。次も助けられるとは限らないし、ラナーテルマちゃんが強くならなきゃ」
「分かってる……それと、お礼は本当にいらないの? スウダも?」
「いらない」
「いらん」
僕とスウダ君は、同時に言葉にした。
お礼ってのは、出会った時に言ってたやつだ。「なんでもします。あたしを好きにしてくれていいです」って。
僕たちには恋人がいるから、これは受け取れない。
いや、恋人がいないとしてもだ。
「あたしがあげるって言ってるんだし、受け取っておけばいいのに」
「それだと、レッド君と完全に同じになるし嫌だよ。欲しいなら欲しいって言う」
僕とレッド君に、大きな違いはない。案外、似た者同士だと思う。
僕が一番注意してるのは、自分で選び決断することだ。主体性を持つって言ってもいい。
抱いていいって言われたし、抱く。
抱いていいって言われたし、抱きたいと思ったから抱く。
これは、意味が全然違う。
前者は自分の行動を相手にゆだねてるし、責任も押し付けてる。「あいつがいいって言ったんだし、僕は悪くない」って言えてしまう。
後者は主体性を持ってて、責任も自分自身にある。自分で決めた以上、他人のせいにはできない。女性関係以外でも、全てに通じることだ。
「律儀だね。スウダも一緒?」
「まあ、女性を抱くのに『仕方ない』とは使わんな。抱きたいなら抱くし、嫌なら抱かない。たとえ、相手に何を言われたってな」
「スウダ君、スウダ君。その言い方だと、嫌がる女性でも抱きたいなら無理矢理手を出すって聞こえるよ」
「違っ! 俺はそんなつもりじゃ……つうか、お前もだろうが!」
僕が余計な発言をしたせいで。
「スウダ様? 今のお話は、本当でしょうか?」
ヤンデレ気味のサクミさんがお怒りになられた。
「俺がそんなことするはずないだろ!」
「ですわよね。スウダ様には色々と、それはもう色々として差し上げて……ポッ」
あ、この二人、一線を超えてるっぽいな。
羨ましい。僕とマルネは、キスすらまだなのに。
不意に、マルネと目が合った。
顔を赤くしてるし、僕と似たようなことを考えたのかな。
「……いいなあ」
ポツリと呟いたのはラナーテルマちゃんだ。
一度は泣きやんだのに、また涙をこぼしてる。
しゃくりあげて泣き続けるラナーテルマちゃんを、女性陣が慰める。
「ロイってば酷いよね。あたしの目の前で、いっつもマルネと乳繰り合うの。本人に自覚がないのが、もう最悪」
「そうです。坊ちゃまは、二十五歳にもなって独身の私をバカにしているのです」
「わたくしのことは、利用するだけしてポイ、ですからね。残酷な方です」
慰めてるのはいいんだけど、なぜか僕への悪口大会になってた。
ラナーテルマちゃんが笑ってるし、いい……のかな?




