八十四話 ロイサリスはゲス野郎
レッド君に、ラナーテルマちゃんを譲って欲しいって交渉中だ。
レッド君の性格を考慮に入れた上で作戦を立てた。昔のままなのか、真面目になってるのか。
色んなパターンをシミュレートしてあるし、僕の方が有利なはず。
「ロイサリス殿がラナを欲しているのは理解しました。ですが、なぜ彼女を? 美しい女性でしたら、ラナ以外にもいるでしょう?」
「昔の級友だからですよ。知っている相手が欲しいのです」
「ラナは、ワタシの妻ではありません。けれど、ワタシの補佐をしています」
「愛しているのですか?」
「愛しているかと聞かれると、どうでしょう。大切には思っていますが」
妻でもない女性を、「愛している」とは言いにくいか。
でも、「大切」の一言を引き出せた。その言葉は本心なの? 嘘なの?
「レイドレッド様が大切にされている女性を譲っていただくのは恐縮ですが、ご検討いただけませんか?」
「ですから、譲る譲らないといった、女性を物扱いするやり口が気に食わないのですよ。恥ずかしいとは思いませんか? その口ぶりからすると、妻に迎え入れる気もないのでしょう?」
凄く立派な発言だ。正論だし、間違ってるのは僕だ。
で、結局本心なのか嘘なのか。そこを引き出さないと意味がない。
僕を論破して、ご自慢の正義を満たしたいだけなのか。
本当に大切にしてる女性を守るために行動したいのか。
そのためにも、頑張って悪役を演じる。最低のゲス野郎をね。
「ラナーテルマさんが望めば、妻にしてもいいと思っていますよ。何不自由ない生活を約束します。私は、女性に縁がありませんでしたからね。せっかくケノトゥムになれたなら、楽しみたいんですよ。こんな風に」
僕はリリのお尻に手を伸ばして、ナデナデ、モミモミ、と。
リリ、ごめん。嫌な役目を押し付けて、本当にごめん。
僕はリリのお尻を触れて役得だと思っちゃって、ほんっとごめんなさい!
「ぼ、坊ちゃま……」
「坊ちゃま? 違うよね、リリ」
リリのお尻を叩いた。なるべく音が出るように、強く。
「申し訳ありません……ご主人様ぁ……」
あらかじめ許可を取ってあるとはいえ、やり過ぎだとは思う。
でも、僕が必要だと思うからやる。リリに嫌な役目を背負わせてでも、僕のために必要なんだ。謝罪はしても言い訳はしない。
リリは演技をしてるんだけど、妙に迫真の演技だ。僕も続けよう。
「今なら、アーガヒラムのご令嬢すらものにできます。女性だけではありません。僕に逆らったクアニム家のご子息も潰しました。なんでもできるんです。ヴェノム皇国からスタニド王国に帰ってきましたし、ラナーテルマさんをと思いまして」
自分で口にしてて気持ち悪い。なんてセリフだよ。
「……グレンガーは、随分とゲスに成り下がったものだ。いや、昔からそういう傾向はあったか。とにかく、お前のような奴にラナは渡せないな」
「そう言わずに、お願いします。ラナーテルマさんがどうしても欲しいんですよ」
レッド君が昔のままの性格だと仮定しよう。
彼にとっては取るに足らない存在のラナーテルマちゃんを、僕がここまで欲してる。さらに、僕を見下して論破できれば気分がいい。
自分がいい気分に浸りたいからやってることになる。
レッド君が本気で怒ってて、本気でラナーテルマちゃんを大切にしてるなら、僕のやり方は通じない。こんなゲスに、大切な女性は渡せないからね。
ゲス野郎がいれば見下して当然だし、論破もする。
同じ言動でも意味は全然違うんだ。
今のところは、ラナーテルマちゃんを渡せないって方向で進んでる。
このままいけば、レッド君とラナーテルマちゃんが和解できて、ハッピーエンドになるかもしれない。というか、なって欲しい。
「ラナーテルマさんを呼んでいただけませんか? 彼女を大切に思うなら、本人の自由意思に任せるべきでしょう?」
「……ラナに手を出せば殺す。シロツユメンナ様がいようと関係ないぞ」
会話の途中から敬語をやめたレッド君は、僕を脅してきた。
でも、なんとか呼んでもらえそうだ。
レッド君が呼び鈴を鳴らせば執事の男性が入室し、彼にラナーテルマちゃんを呼びに行かせた。
「レイドレッド様、わたくしをお呼びとうかがいましたが?」
ラナーテルマちゃんが登場した。
僕を一瞥し、すぐ興味なさげに視線を外す。
打ち合わせ通りだ。これからもお願いね。
「やあ、ラナーテルマちゃん、久しぶり。ロイサリスなんだけど、覚えてる?」
「ロイサリス……ロイサリス・グレンガー?」
「覚えててくれたんだね。ちなみに、今の僕はロイサリス・ケノトゥム」
「……レイドレッド様、彼は?」
やっぱり僕には興味なさそうにして、レッド君に寄り添った。
リリもだけど、ラナーテルマちゃんも演技うまいね。役者にでもなれそうだ。
「それがだね、なんでもラナを欲しているんだそうだ」
「考えてもらえないかな? 僕はケノトゥム……ヴェノム皇国では、スタニド王国の貴族に相当する家柄なんだよ。君が望むなら、妻にしてもいいと……」
「お断りします」
ラナーテルマちゃんは、食い気味に拒絶した。
「わたくしは、レイドレッド様のお傍にいたいのです。あなたの妻? 絶対に嫌ですね」
ゴミでも見るような目で、僕を睥睨したラナーテルマちゃん。
上出来だ。いじめられてた頃を思い出す目つきだった。
「ラナも嫌がっているようだし、話はここまでだな。ワタシはラナを大切に思っている。ゲスのお前には渡せん」
「では、私のところで働いてもらえないでしょうか? レイドレッド様の補佐ができるほどの人材、ぜひとも欲しい」
要求レベルを下げて、「女として欲しい」から「働いてもらいたい」に変えた。
詐欺師の常套手段だ。最初は無茶な要求をして、次にレベルを下げるって。
レッド君は貴族だし、頭も切れる。こんな手口には普通引っかからない。
ラナーテルマちゃんが大切ならね。
もしも違うなら……
「ラナーテルマさんには、ヴェノム皇国に行ってもらいたいと考えています。文化も考え方も異なるスタニド王国の人間で、さらに有能となると、これ以上の人材はいません。もちろん、私がラナーテルマさんに手を出すことはないとお約束しましょう。誓約書を書いても構いません」
「そのような言葉、信用できるわけが……」
「わたくしが証人となりますわ」
シロツメ、ナイス! 絶妙のタイミングでフォローしてくれた。
シロツメの言葉ともなれば、レッド君も信用しないとは言えない。
「皇女としてではなくシロツユメンナとしてになりますが、わたくしでは不足しているでしょうか?」
「不足とは言いませんが、シロツユメンナ様はこいつを許されるのですか?」
「性格と能力は別として考えるべき、というのがわたくしの持論ですので」
「シロツユメンナ様もこうおっしゃっていますし、悪い話ではないと思いますが? ラナーテルマさんにとっても勉強になりますよ。よりレイドレッド様のお力になれるかと」
僕が話を向ければ、ラナーテルマちゃんは考え込んでた。
これで、僕の話を受けてもそこまで変じゃなくなった。
「レイドレッド様……わたくしは……」
「ふむ、ラナは行きたいのかい?」
「レイドレッド様のお力になるために、自分を成長させたいです」
ここまでは、狙い通りの展開で進んでる。
レッド君はどう反応する?
「ラナには行ってもらいたくないが、ラナ自身が望んでいるのであれば認めざるを得ないか。ラナのためにもね」
……そうきちゃったかあ。
いや、ラナーテルマちゃんを救い出すって目的は達成できそうだけど、レッド君の本心がね。
認めたらダメだろ。ラナーテルマちゃんのためでも、ゲス野郎に渡したらダメ。
全力で抵抗しろよって思う。形だけの抵抗で、なんですぐに認めるのさ。
「私がお願いしておいてなんですが、ゲスと思っている人間に大切な女性を渡してもよろしいのですか?」
「ワタシはラナが大切だし、傍にいてもらいたい。ラナがいなくなるなど、本当は嫌なのだ。しかし、ラナのためならば仕方ない。それに、ラナには手を出させんぞ。ラナの身に何かあれば、ケノトゥムだろうと首が飛ぶと思え」
後半はいいんだよ。「ラナのため」は嘘だよね。
確かに、望んだのは僕とラナーテルマちゃんだ。
でも、レッド君が本気で嫌なら拒否すればいい。できる立場にあるんだから。
僕なんかじゃなくて、もっとまともな人をいくらでも探せる。その人に預ける方が、ラナーテルマちゃんのためになるよ。
なのに、なんでラナーテルマちゃんのためって使うの?
ラナーテルマちゃんのためなら、なんでもする気?
幼稚な反論になるけど、レッド君に対して「死んで」って言えば自殺するの?
「奥さんたちと離婚して、あたしだけを妻にして」って言えばするの?
しないはずだ。僕に渡すのは、レッド君自身がそれでいいと思ったから。
とはいえ、ゲス野郎の僕にラナーテルマちゃんを渡しただけだと、レッド君も悪者になってしまう。
だから、しきりに「ラナのため」って使う。
ラナーテルマちゃんのためを思い、手を出さない条件を呑ませた上で僕に預ける。自分は嫌だけど仕方なく。
これなら、レッド君の評判は落ちない。
ほとんど損はせず、得の方が大きいからラナーテルマちゃんを手放すんだ。
僕の邪推かな?
でも、今日見た限りだと、信用するに値しない人間だと思ったよ。




