八十三話 レイドレッドとの交渉
ラナーテルマちゃんの話を聞けば、後戻りできなくなる。
その予感は正しく、僕とスウダ君は面倒事に巻き込まれた。
突き放してもよかったけど、さすがにかわいそうだ。
それに、僕にもメリットがあるから引き受けた。
僕はスタニド王国で出世したいと思ってる。貴族になって、教育制度を改革できる立場になりたいんだ。
この時、侯爵家の人間で英雄のレッド君は、避けては通れない相手だ。
味方になってくれるか敵になるか、どちらにしろ絶対に関わる。
今のレッド君がどんな人間になってるのかを、僕自身の目で確かめておきたい。
いい噂も聞くし、迂愚女みたいな悪い噂もある。
噂だけで判断するんじゃなく、僕も確かめたい。
僕とスウダ君だけで対処できる問題じゃないし、申し訳ないけどみんなに協力してもらう。
まずは、レッド君と交渉するためにシロツメの力を借りた。
平民が貴族のレッド君に面会しようと思っても、まず受理されない。
ヴェノム皇国の皇女様なら、レッド君だって無下にできないだろう。
いくら英雄だとしても、侯爵家の息子と皇女だ。身分はシロツメの方が上。
狙い通り、面会してもらえることになった。
シロツメ以外に、僕とリリも一緒に向かう。
三人で、王都スタニドにあるレッド君の御殿に。
十七歳で自分の家を、それもでかい御殿を持ってるんだから凄いね。
豪華な応接室へと通されて、レッド君の到着を待つ。
しばらくすればレッド君が姿を見せた。立派に成長し、美青年になってる。
「ワタシは、レイドレッド・ソリュート・フォス・ドラグスドラグ・タンレー・キルブレオ。お会いできて光栄です、シロツユメンナ様」
「シロツユメンナ・ヴェノムと申します。こちらこそ、スタニド王国の若き英雄レイドレッド様とお会いでき、光栄に存じますわ」
シロツメとレッド君が名乗り、握手を交わした。
ところで、レッド君の名前が変わってる。
初等学校時代は、レイドレッド・オザ・フォス・キルブレオだった。
今は、レイドレッド・ソリュート・フォス・ドラグスドラグ・タンレー・キルブレオって長ったらしい名前。一発じゃ絶対に覚えられないよ。
ソリュートは、絶対神のご加護を授かった人につけられる名前だ。
フォスは、以前からあったように侯爵家の人間であることを示してる。
ドラグスドラグは、レッド君のお父さんの称号だったドラグのさらに上。レッド君のためだけに用意された、本物の英雄の証らしい。
タンレーは、王様についてるのと同じだ。最高位の神様の名前。レッド君は王女様を娶ったから、タンレーの名前をもらえたんだって。
突っ込みどころは多いけど、一つだけ。
ドラグスドラグは本物の英雄の証。じゃあ、レッド君のお父さんは偽物なの? って聞きたい。
僕があれこれ考えてるうちに、レッド君とシロツメは会話を終えた。
元より、たいした話があったわけじゃない。レッド君の結婚に対し、シロツメが個人的に祝福の言葉を贈りたいってだけだ。
皇女様としてじゃなく、あくまでもシロツユメンナという個人として。
いくらなんでも、勝手に皇女の身分を振りかざせないからね。下手したら国同士の問題に発展する。
シロツメは個人的に赴いてるだけで、公務じゃない。
レッド君も承知の上だけど、個人だからってヴェノムの名前は無視できない。
だから面会も認められたんだ。大人の世界って怖い。
まあ、それはいいとして、僕にとってはここからが本番だ。
レッド君との交渉を開始する。
「シロツユメンナ様、よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんわ」
最初にシロツメの許可を取った。
今日の面会の主役は、シロツメってことになってる。
僕とリリは随伴者だから、形だけでも主に許可を取らないといけない。
許可ももらえたし、レッド君に話しかける。
「お久しぶりです……それとも、はじめましての方がふさわしいでしょうか。ロイサリス・ケノトゥムです」
「リリ・アーガヒラムと申します」
僕とリリが名乗れば、レッド君はわずかに怪訝な顔をした。
「ケノトゥムに、アーガヒラム? それは、ヴェノム皇国の……」
博識だね。皇族の分家のこと、知ってるんだ。説明の手間が省けて助かる。
今日の僕は、産まれて初めてケノトゥムを名乗ってる。
リリも、アーガヒラムを名乗るのは十数年ぶりって言ってた。
グレンガーとリローじゃ、レッド君と面会するには役者不足だ。シロツメの随伴者としても不適格だし、潜り込めない。
この場にスウダ君がいないのは、雄爵の彼じゃ厳しかったからだ。
だからこそ、ケノトゥムの僕と、アーガヒラムのリリ。
「僕……いえ、私自身も知らなかったのですが、母がケノトゥム家当主の娘だったのです」
レッド君は、ちらりとシロツメを見た。
シロツメが頷いたんで、嘘じゃないって分かったみたいだ。
「なるほど……過去の知り合いが、実は皇族の分家筋とは驚きました。名前を聞くまでは、てっきり似ているだけで赤の他人かと」
「本人ですよ。初等学校時代のクラスメイト、ロイサリスです」
「同じく、教師をしていたリリです」
「ふむ……それで、本日は何を? 旧交を温めにきたわけではないのでしょう?」
「ラナーテルマ・クォンカルさんについてです」
ラナーテルマちゃんの名前を出しても、レッド君は表情を変えなかった。
僕らの正体を知った時も反応は小さかったし、ポーカーフェイスがうまくなってる。貴族社会で暮らしてると、嫌でも成長するのかな。
「ラナが何か?」
「ラナーテルマさんは、レイドレッド様の傍にいるとうかがいました。私に譲っていただけませんか?」
回りくどい言い方をしても意味ないし、直球で用件を告げた。
これが僕の作戦だ。作戦って言えるほどご大層なものじゃないけど。
「譲る? 女性を物のように譲渡する言い方は、どうかと思いますよ」
「失礼しました。ケノトゥムになってから日が浅く、礼儀も知らないのです」
「まあ、言い方はよいでしょう。しかし、譲るとはどういう意味ですか?」
「私は、ラナーテルマさんが欲しくなりました。昔から可愛らしい人でしたしね。今では、さぞ美しく成長しているでしょう。レイドレッド様とご結婚されているなら諦めますが、五人の奥様の中にラナーテルマさんの名前はなかったと記憶しております。ですので、彼女が欲しいのですよ」
レッド君が昔のままの性格だと仮定すれば、この作戦が通用する。
レッド君が迂愚女を持ってることを糾弾しても、聞き入れてもらえない。「ラナーテルマちゃんを解放しろ」なんて言っても同じ。
昔のままなら、プライドがバカみたいに高いからね。レッド君を否定する発言はNGだ。
僕がラナーテルマちゃんを欲しくなった。だから譲ってもらいたい。
これならプライドは傷つかない。
なにせ、レッド君はラナーテルマちゃんを迂愚女にしてるんだ。
ただの所有物でしかない女性で、レッド君にとっては取るに足らない相手を、僕が欲しがってる。
迂愚女の一人や二人失ったところで、レッド君には痛くもかゆくもない。
そのくせ、僕に恩を売れる。
グレンガーに恩を売っても意味ないけど、今の僕はケノトゥムだ。
シロツメもいるし、証人になってくれる。チャンスだよ。
外見と同じように内面も立派に成長してるなら、僕には譲らない。レッド君自身が言ってたように、女性を物のように譲渡するなんてあり得ない。
迂愚女にしてることも、何かしらの事情があるんだろう。
ラナーテルマちゃんは泣いてたけど、すれ違ってるだけかもしれない。
これならこれで、作戦は考えてある。
どっちに転ぶかな。




