八十一話 出世すべきか
僕は初等学校の先生になって、いじめられてる子供がいれば先生として力になりたい。いじめっ子には、道を間違えないように教えたい。
初等学校に入学するのは、ほとんどが一桁の年齢の子供だ。
間違った教育を施せば間違ったまま育つし、いずれ大問題を引き起こしかねない。カッツャ君が人殺しをしてしまったみたいに。
今の僕たちくらいの年齢になると、分別のつく年頃だから自己責任の割合が大きいけど、初等学校なら親や先生の教育が重要な割合を占めるんだ。
だから僕は、初等学校の先生になりたいと思ってる。
上級学校の先生じゃなくて、初等学校の先生に。
「ロイ君の夢は素敵だと思う。どこに悩んでるの?」
「初等学校の先生になっても、あまり意味がないんじゃないかって」
全く意味がないとは言わない。いじめ問題は色んなところで起きてるはずだ。
日本だって、いじめで自殺とかしょっちゅうニュースになってた。
この世界にはテレビもインターネットもないから情報が伝わりにくいだけで、似たような問題は起きてると思う。
僕が先生になることで、ほんの少しは力になれるだろう。
でも、本当に少しだ。全体から見れば誤差のようなもの。
「僕の生涯を先生の仕事に捧げるとして、果たしてどれだけ力になれる? そうやって考えると、別の道も見えてくるんだ」
スタニド王国の学校制度は、改善点が多いと思ってる。
お金さえ支払えば、十二歳以下なら誰でも初等学校通える代わりに、教育って意味が薄い。
だって、テストが全部0点でも留年にならないし、よっぽど大きな問題を起こさなければ退学にもならないんだ。
神様のご加護を授かるために必要だから、とりあえず通ってるだけ。
当初は、「学のない人間にご加護を授けるとトラブルになる。最低限の教育を受けさせよう」って考えだったはずなのに、いつの間にか形骸化してる。
あえて悪く言わせてもらうと、初等学校の入学金や授業料っていうお金で、ご加護を買ってるようなものだ。
これを教育とは言わない。
勉強ができなくても常識を知らなくても、三年間通いさえすればいいんだから。
だから余計なことは教えないし、教わらない。
「リリが先生になった時は、独自の方針でやってたよね? 本来なら教えないことも教えてて、ためになる授業だった。あれは、リリの立場だからできたんだよ。ずっと先生を続ける気はなかったから」
普通の先生には、あの真似はできない。
教育方針は国で定められてるし、従う必要がある。下手なことしたらクビになりかねない。
「私は、クビ上等って考えてましたね。坊ちゃまをお守りするための期間限定のつもりでしたし、最長でも二年です」
「だよね。僕の場合は、ずっと先生を続けたいならどうしても限界がある。リリみたいにはできない」
やりたいことがあるのに、クビがかかってるせいでできない。
マルネもいるし、子供が産まれれば養う必要があるからね。
家族の幸せを考えて、仕事で手を抜かなきゃいけなくなる。
「先生になっていじめ問題に取り組むのもいいけど、どうせなら学校制度を改革した方がいいんじゃないかなって思い始めてるんだ」
「いじめを一つ一つ潰していくのではなく、根絶させようと?」
シロツメが言ったのが理想ではある。
ただ、僕もそこまで夢想家じゃない。
「根絶までは望みませんが、多少なりともよくなればいいと思ってます」
日本での道徳みたいな授業を導入するとかね。
武術の授業にしたって、体力作りをしてる一年生の時に心構えも教えておけばいい。力に溺れるな、力に酔うなって。
そして、これを成すには初等学校の先生じゃ無理なんだ。
教育制度を改革できる立場にならなきゃいけない。
つまり、スタニド王国で出世する必要があり、そのためには。
「僕は、貴族になる必要があります」
「平民じゃ出世できないもんね。ロイなら貴族にもなれそうだけど……」
「坊ちゃまでも、せいぜい雄爵が限界ではないでしょうか? 手柄を立てるのは、言葉にするほど簡単ではありませんよ」
スウダ君が雄爵になった時みたいな事件は、頻繁にあるものじゃない。
貴族になるために手柄を立てたくても、簡単にいかないのは僕でも理解できる。
運よく貴族になれればいいけど、失敗した時のリスクが大きいんだ。
初等学校の先生にはなれても、貴族はそうはいかない。
先生になってもできることには限界がある。
出世しようとしても限界があるし、うまくいくか分からない。どれだけの時間がかかるかも分からない。
僕はどっちを選ぶ? ローリスクローリターンの先生を選ぶか、ハイリスクハイリターンの出世を選ぶか。
「最近、こんな感じで悩んでてさ。どうすればいいか、マルネの意見も聞いてみたいなって」
「簡単だよ」
僕は頭を悩ませてるのに、マルネは「簡単」って言い切った。
「全部やればいいの。初等学校の先生も出世も、全部」
マルネの言葉に、僕たちの目が点になった。
ユキなんか、かわいそうな子を見る目つきになってる。
「マルネ……ロイと恋人になれて嬉しいのは分かるけど、そのせいで頭が……」
「違うよ! 残念な子扱いしないで!」
「しかし、マルネさん。坊ちゃまとのあれやこれやを見ている方からすれば、思いもしますよ。頭がお花畑にでもなったのかと」
「師匠まで!? わたし、お花畑じゃありません! 普通です!」
「うんうん、僕とマルネは普通にしてる。何も問題ない」
僕がマルネの援護をすれば、他の三人から「こいつら、ダメだ」みたいに見られた。解せぬ。
さておき、マルネの発言の真意は気になる。全部やるってどういうことだろ。
「マルネ、全部ってのは?」
「言葉通り。全部やるの。まずは初等学校の先生になって、現場を知る。生徒の立場だと見えないことも、先生になれば見えるだろうし。ロイ君が考える改善点も、今の時点だと机上の空論になりかねない。先生をやってみた上での意見なら、説得力を持つよね」
「先生になってから、出世する?」
「うん。それと、わたしも先生になってロイ君を助けたいの。一人の意見より二人だよ。わたし、将来の夢ってなかった。ロイ君にふさわしくなりたくて、上級学校に進学した。今は、ロイ君の夢がわたしの夢。一緒に頑張らせてくれないかな?」
なんて素晴らしい恋人だ! もう大好き!
「ありがとう。マルネの言う通りだよね。現場を知らないであれこれ言っても、説得力なんかない。僕、決めたよ。初等学校の先生になってから出世する。出世は厳しいだろうけど、マルネがいてくれればやれる」
「ロイ君ならできるよ。ロイ君だもん」
凄くスッキリした気分だ。マルネに相談してよかった。
「よいお考えだと思います。ロイサリス様は、どんどん出世なさってください。ええ、どんどん」
シロツメも応援してくれるみたいだ。
よし、やるぞ!




