八十話 おばあちゃんになるまで
僕の将来の夢は、初等学校の先生になること。
上級学校を卒業したらマルネと結婚して、先生として働きながら幸せな家庭を築く。
って思ってたんだけど、最近ちょっと悩んでる。
悩みを聞いてもらいたくて、マルネに相談した。
「ロ、ロイ君……わたしを捨てちゃうの……?」
「違うよ! ごめん、誤解を与える言い方だった! 僕が悩んでるのは、先生になるって夢の方!」
「そうなんだ……よかった」
マルネは、僕の腕を取って抱きついてきた。
僕に体重を預け、甘えるように。
「マルネ」
「ロイ君」
僕たちは見つめ合い、二人きりの世界を作る。
ずっとこのままでいたい。マルネの顔なら、何時間見てても飽きない。
五十年後、おばあちゃんになっても飽きない自信がある。
「マルネなら、年老いても魅力的だろうね」
おばあちゃんになるまで、いつまでも僕の傍にいて。
そういう意味を込めて告げた。
「嬉しいけど、やっぱり若い子の方がよくない?」
「そんなことない。もちろん、今の僕がおばあさんと付き合えるかっていうと無理だけど」
感覚なんて、年齢と共に変化していくものだと思ってる。
今の僕が六十歳の女性を好きになるのはあり得ないし、五十年後の僕が十代の女の子を異性として見るのも難しい。
「おばあちゃんになったマルネは、きっと素敵だと思うよ。外見的な美しさは衰えたとしても、長い年月を積み重ねてきた人だけが持ち得る雰囲気はある」
「どんな風になってるかな?」
「大樹のように落ち着いて、満月のように柔らかで、清流のように清らかで」
「ロイ君、詩人だね」
「キザだったかな?」
「そんなロイ君も好き」
「僕も、マルネが大好きだよ」
「わたしは大大大好き」
「僕は大大大大大大……」
脳みそがとろけるような、幸せいっぱいの恋人時空を満喫していると。
「ごほん! ごっほん!」
わざとらしい咳払いが聞こえた。
僕たちの幸せな時間を邪魔したのは誰だ?
「リリか……ノックしてよ」
「しましたよ! 何度もしました! 坊ちゃまが気付いてくれなかったんです!」
「それはごめん」
マルネに夢中になるあまり、ノックの音すら耳に入らなかったのか。
「坊ちゃまは、いくら自室だからといって……す、少し距離が近くありませんか? 今にも口づけをしそうな……」
「こんなものでしょ。ね、マルネ」
「うん、普通だよね」
「こ、この二人は……」
リリが、かける言葉すらないって感じになったけど、僕たちは普通だよ。
人目がある中でイチャイチャするのはまずいって反省した。
特に、リリたちの前だとなおさらだ。告白を断った三人の目の前で、見せつけるようにマルネとイチャイチャするのは、いくらなんでも性格が悪い。
逆に言うと、人目がなければいいってことになる。
今は自室で二人きりだったんだし、距離が近くたっていいじゃないか。
リリに見られてる以上は、くっついたままじゃいられないのが残念だ。
断腸の思いで少し離れよう。
「で、リリはなんの用事?」
「お茶とお菓子をお持ちしました」
「……ありがと」
いまいち素直にお礼を言いにくい。
マルネが僕の部屋にいると、リリはしょっちゅう邪魔をしにくる。
あれこれ理由をつけてはいるけど、監視が目的だと思う。
僕たちが不健全な行為に及ばないか、見張ってるんだ。
「何度か言ってると思うけど、監視しないでよ。何もしないからさ」
「すみませんが、坊ちゃまの言葉でも信用できません。いつマルネさんの嬌声が聞こえてくるか、私は気が気ではないのです」
「きょ、嬌……!?」
マルネが顔を真っ赤にして照れた。
初心で純真で可愛い。シロツメが女神様なら、マルネは天使だ。
これだけ可愛い彼女がいるんだし、僕も当然狙ってはいる。
ただ、マルネに嫌われたくないんだよ。一歩を踏み出すのが怖い。
だから我慢してる。
「僕は、マルネとこうして一緒にいられるだけで幸せだよ。エッチなことなんかしなくていいんだ」
したいけど我慢してます、なんて言うとダサいからね。見栄を張った。
「ロイ君、優しい。素敵」
「マルネも素敵だよ」
「ロイ君の方が」
「マルネが」
「ぐうぉっっほんっ!」
またしてもリリに邪魔された。なんなのさ、もう。
今の僕たち、そこまで変なことした? さっきまでと違ってくっついてないし、お互いを「素敵」って褒めただけだよね。
これも許されないのか。人前でも恥ずかしくない恋人同士の距離感って難しい。
リリがいなければ、思う存分イチャイチャできるのに。
ところが、リリどころか新たな人物までやってくる始末。
「ロイサリス様、嘘はいけません」
シロツメまで登場して、いきなり僕を嘘つき呼ばわりした。
濡れ衣だよ。マルネへの僕の愛情が嘘だっていうの?
「シロツメ、僕はマルネが好きですよ。嘘じゃありません」
「そちらは疑っておりません。マルネさんがお好きなのは事実でしょう。わたくしが言っているのは、『エッチなことなんかしなくていい』の部分です」
そっちか! 確かにそっちは嘘だけど!
「以前にもお伝えしましたわよね? わたくしに、ロイサリス様の嘘は通じません。今のロイサリス様の頭にあるのは……淑女として口にはできません……」
「しなくていいです! しないでくださいお願いします!」
この皇女様、怖いよ! 隠し事もできなくて、全部筒抜けになってる!
僕の妄想をマルネに知られたら……絶対に嫌われる!
「なるほど、その手がありましたか。ロイサリス様のお考えをマルネさんに全てお伝えし、関係を悪化させて、その隙にわたくしが」
「シロツメ!?」
「冗談です。わたくしも、そこまでしようとは思いません……現時点では」
「いずれするんですか!?」
「お嫌であれば、わたくしの殺意が湧き上がる真似はお控えください」
心優しい皇女様様が、暗黒面に堕ち始めてる……
冗談で言ってるんだとは思うけど、こと恋愛になると人はおかしくなる。
僕だって、マルネがレッド君を好きだって聞いておかしくなったんだ。
恋ってのは、よくも悪くも人を変える。善人でも皇女でも変わってしまう。
シロツメが変質してしまい、手段を選ばなくなれば、僕とマルネを引き裂くなんて簡単だ。
「少しは信用してください。引き裂こうとは思っておりませんので」
「なら、僕の心を読むのもやめてください」
「それは無理な相談です」
改める気皆無なシロツメは、そのまま僕の部屋に腰を落ち着けてしまった。
リリもいつの間にか自分のポジションを確保してくつろいでるし、さらにはユキまでやってきた。
マルネとの時間が……
「わたしは、みんなと一緒でもいいよ。それで、ロイ君のお話ってなんだったの? 夢に悩んでるって言ってたけど」
そうだった。ドタバタしてて、本題に入れなかった。
今度こそ、僕の悩みを聞いてもらおう。




