七話 暗い学校生活
僕が入学してから、一年が経過した。長い地獄の日々が続いてる。
入学初日、サザザ君って少年に絡まれた僕は、転生してもいじめられるのかと不安だった。
でも、もっともっと恐ろしいモノが、待ち構えてたんだ。
僕に絡んだサザザ君は、貴族の少年レッド君に殺された。
レッド君は、殺すつもりはなかったって主張した。
ちゃんと手加減したし、結果的に死んだだけだって。
レッド君は自分の過ちを認めず、罪に問われもしなかった。
むしろ、称賛された。悪を成敗したレッド君はさすがだ。凄い。天才だって。
正当な理由なく人を殺せば、貴族であっても罪はまぬがれない。
じゃあ、レッド君のケースは? 正当性があるの?
なぜか、認められちゃったんだよ。正当性があるって。
サザザ君を殺したのが僕だったら、絶対に認められなかった。
そこらの平民でも、それどころか下手な貴族でも、多分認められない。
レッド君だから認められた。大貴族にして英雄の父を持つ天才。王家とのつながりも深く、将来を約束された貴公子レッド君だから。
信じられない横暴だけど、それで終わってくれればまだよかったんだ。
僕は、レッド君に対して否定的な発言をしたせいで、目をつけられた。
正義を信じない僕は、すなわち悪。悪は断罪すべし。
身勝手な独善を振りかざすレッド君と、彼に付き従う子供たちは、僕をいじめるようになった。
入学二日目。僕の机と椅子が、教室からなくなっていた。
周囲の子供は知らんぷり。先生に言っても解決しない。
僕は一日中、床に座って授業を受けた。見世物みたいだね。
三日目以降も改善せずに、床が僕の定位置になった。
様々ないじめを受けた。殴る蹴るは当たり前。私物を奪われたり壊されたり。
教科書とノート、筆記用具も、とっくになくなってる。
普通は、なくしたら代わりの物を買えるのに、僕だけは認められなかった。
なくした人間の自己責任だってさ。レッド君が手を回したんだろうね。
毎日、どこか怪我をしてる状態でも、みんな見て見ぬふり。
クラスで友達ができないのは言うまでもなく、ルームメイトも僕とは距離を置いてる。僕と仲よくすれば、レッド君に目をつけられるからだ。
レッド君の不興を買えば、人生が終わる。
サザザ君みたいに殺されたって、家族は泣き寝入りするしかない。
生徒も先生も、僕の味方は皆無だ。
日本でもスクールカースト最底辺だったけど、異世界に転生しても最底辺。いや、もっと酷くなったかも。
レッド君は、僕に直接手を出さず、取り巻きに指示すら出さない。
ただ、僕を敵視してるだけ。それでも、レッド君の気持ちを鋭く察した人たちが、僕をいじめる。
七歳の子供には、気持ちを察するなんてできないけど、十歳くらいならできる。
年上の子供が僕をいじめれば、年下の子供も同調していじめるようになる。
悪意なんてないんだろうね。身を守りたいのか、あるいは何も考えてないのか。
子供だから、遠慮がない。一歩間違えれば死にかねないことも、平気でやる。
正直、一年も耐えられたのが、自分でも不思議だ。
父さんに鍛えてもらったおかげかもしれない。案外、頑丈みたいだ。
体が頑丈だからって、心まで頑丈なわけじゃない。
僕の心は、とっくの昔に折れてる。いじめに抵抗しようって気力すら湧かない。
僕は、学校をやめる気でいた。
一年の区切りの時期である今は、学校が長期の休みに入る。
卒業する子供を送り出し、新しく入学する子供を迎え入れる必要があるから。
寮暮らしの子供たちも、この時期だけは実家に帰る人が多い。
一年ぶりに帰省した僕は、家族に再会して、思わず涙を流した。
父さんと母様は、単に寂しかったって思ったみたいだけど。
違うんだよ。そんなんじゃない。僕は、もっと辛いんだ。
僕は温かい家族に泣きつき、学校で受けてるいじめを洗いざらい話した。
父さんは、静かに聞いてくれた。母様は、僕をずっと抱き締めてくれた。
リリは、感情移入したみたいで、僕と一緒に泣いてくれた。
四歳のカイは、さすがに分からないから、きょとんとしていた。
少し前に産まれたばかりの三男のシイソロス、シイは、すやすやと眠っていた。
感情が高ぶってるせいで、うまく話せずに。
僕の話は、長時間続いて、やっと終わった。
「あなた、学校をやめさせましょう。こんなの、ロイがかわいそうです」
「私も賛成です。坊ちゃま、体中に傷ができて……ぐす」
母様とリリは、学校をやめたいっていう僕の意思を尊重してくれた。
父さんは、腕を組んで黙ってたけど、おもむろに立ち上がった。
「ロイ、少し稽古をするぞ」
「あ、あなた! 今はそれどころじゃ!」
「まあ、待て。俺も腹は立ってる。本音を言えば、今すぐ学校に乗り込みたい。子供を導くはずの教師までが、いじめを止めずに見て見ぬふりとはな。レイドレッドという貴族の少年も、十歳……そろそろ十一か? 分別のつく年齢だろうに」
父さんは、そこまで言ってから、「だが」と続ける。
「学校をやめて転校しても、俺が乗り込んでも、ロイは負け犬のまま終わるぞ。辛いのは分かる。が、できれば自力で解決して欲しい」
父さんのセリフは、前世でもたまに聞いたものだ。
逃げるな、立ち向かえ、って。
それは、強い人の意見だと思う。
父さんは強いから、弱い僕の気持ちなんか、根っこのところでは理解してないんだ。表面的に見て言ってるだけだ。
血のつながった家族も、所詮は他人ってこと? 僕を分かってくれないの?
父さんは、絶望する僕を強引に引っ張って、外に出た。
一年前に使ってた、稽古用の剣を取り出して、僕に渡す。
父さんも剣を持って構え、かかってこいって言う。
僕は、やけくそになった。父さんを憎んだ。
かかってこいって言うなら、やってやるさ……本気で。
「うわああああああああああああっ!」
大声で泣き叫びながら、父さんに斬りかかる。
八歳になったばかりの僕じゃ、父さんとの力量差は歴然だ。
腕力も体力も速さも、何もかもが劣る。
小柄な人間は、力で劣る分、手数やスピードで勝負、みたいな話を聞くと思う。
あれは間違いだって、今なら分かる。体を動かすのは筋肉なんだし、子供の僕よりも筋肉のある父さんの方が素早いに決まってるんだ。
隙を突いたと思っても、父さんは持ち前の筋肉で剣を切り返して、斬撃を防ぐ。
僕の攻撃は、文字通り子供の癇癪みたいなものだ。
がむしゃらに剣を振り回して、でも父さんには届かなくて。
「そんな剣術を教えた覚えはないぞ! 基本に立ち返れ! むやみに剣を振ればいいわけじゃない!」
父さんは、僕にアドバイスする余裕まである。
こっちは必死なのに! 真剣なのに!
やっぱり、強い父さんには、僕の気持ちは分からない!
「ああああああああああああああああああっっっ!」
剣を振れば振るほど、僕の動きは悪くなってゆく。
当然だ。無茶苦茶に振ってれば、それだけ体力の消耗も激しいし、剣を持つ手に力が入らなくなる。
ギブアップしようとも考えたけど、それはなんか嫌だ。
父さんなんか……父さんなんか……
「父さんなんか嫌いだ! 父さんには、僕の気持ちは分からないっ!」
勝ちたいんじゃない。僕の力を認めて欲しいわけでもない。
ただ、分かって欲しい。僕の辛さを、苦しみを、痛みを。
気持ちばかりが急いて、僕の攻撃は相変わらず子供の癇癪だ。
だけど……徐々に徐々に、変化してゆく。
体力は限界を超えてる。握力がなくなって、今にも剣を取り落しそうだ。
息せき切って、肺は酸素を求める。心臓は破裂しそう。
だからこそ、無茶な動きができなくなって、代わりに父さんから習った動きが顔を出す。
癇癪じゃない、れっきとした、剣術の動きが。
それでも、長くは続かなくて。
僕の動きが止まって、剣を落とし、倒れた。
父さんが抱き止めてくれたから、怪我はない。
僕は、父さんのお腹に顔をうずめながら、赤ん坊のように泣きじゃくる。
僕の頭を撫でる、父さんの手の感触があった。
一年ぶりに味わう、ごつくて大きな手。
剣だこができて硬くなった、でも温かな、父の手だ。
「最後の動きは悪くなかったぞ。油断すれば、俺も一撃入れられたかもしれん」
その言葉を聞きながら。
僕は、知らず知らずのうちに眠ってしまった。