七十五話 初恋の相手は
僕が決意を固めた時だ。部屋のドアがノックされた。
誰だろ? リリ? シロツメ?
「はい、どうぞ」
僕が許可を出すと、入ってきたのはリリだった。
「坊ちゃま……あの、マルネさんとユキノさんがいらっしゃってるんですが……」
「マルネちゃん? ユキも?」
帰ったばかりなのに、なんの用事だろ?
まあ、ちょうどいいや。僕は諦めないって、マルネちゃんに宣言させてもらう。
「入ってもらって」
「かしこまりました」
リリが二人を呼びに行って、すぐに戻ってきた。
なぜか怒ってるユキと、ユキに腕を引っ張られてるマルネちゃん。
野次馬として、リリとシロツメもいる。
僕の部屋に五人が集まってから、最初に切り出したのはユキだ。
「ロイ、ごめん。この子バカだから」
この子ってのは、マルネちゃんだ。バカってどういう意味だろ。
「マルネを嫌いにならないで。お願い」
「意味はよく分かんないけど、嫌いになんてならないよ。ちょうどいいから、マルネちゃんに聞いて欲しいことがあるんだ」
僕の気持ちを伝えようと思った。
ユキに腕をつかまれたマルネちゃんは、力なくうつむいてる。
告白を断ったばかりの相手だし、目も合わせにくいか。だけど、言わなきゃ。
「僕は、マルネちゃんの事情を知らない。レッド君と何があったのかも知らない。僕が入り込める余地なんか残されてないかもしれないけど……僕は諦めないよ」
僕の宣言に、マルネちゃんはうつむいたままで肩を震わせ始めた。
カーペットの上には、涙の雫がこぼれ落ちる。
「マルネちゃんに選んでもらえるように、自分を磨くつもりだ。未練がましいし、しつこいし、迷惑だろうけど、これだけは言っておきたかった」
自分の行いを正当化する気はない。
ストーカーと言いたければ言えばいいし、自己中と言いたければ言えばいい。
僕自身、その通りだと思う。否定はしない。
僕は間違ってる。告白を断られたなら、潔く身を引かなきゃいけない。
自分を磨く、なんて言いつつ食い下がってれば、軽蔑され否定され、マルネちゃんだけじゃなく他の人からの信用も失う可能性がある。
覚悟の上だ。なんと思われようとも、諦めたくないんだ。
昔、レッド君に啖呵を切った時のセリフを思い出す。
やりたいから、やる。
僕はマルネちゃんに振り向いてもらいたい。だから行動する。より残酷で惨めな結果が待ち受けてるとしても、それは自分の責任だ。
「マルネちゃんが悪いわけじゃないし、レッド君が悪いわけでもない。僕がやりたいからやるんだ。立派な男になってみせる。だから僕を選んで、とは言わない。拒絶してくれても構わない。ただ、限界まで足掻かせて」
言いたいことを言い切れたけど、マルネちゃんは余計に泣いてる。
言葉を発せないマルネちゃんに代わって、ユキが話す。
「違うの。マルネは誤解してただけで……」
「誤解?」
「あたしたちが、酒場で働いてるって話はしたよね。マルネはさ、お客さんから変な知識を吹き込まれてたみたいで……ほら、あなたが言いなさいよ。あたしに言わせずに」
ユキは、マルネちゃんを無理矢理僕の前に押し出した。
マルネちゃんの涙は、まだ止まらない。
大声で泣き叫んではないけど、小さく嗚咽を漏らしてる。その姿が、感情をこらえてるみたいで痛ましい。
僕のせいで、こうなってるのか。好きな子を不幸にしちゃった……
「マルネ、ロイにここまで言わせといて、自分はだんまり?」
「あ……ぅ……」
「ユキ、急かさなくていいよ。マルネちゃんも、焦らなくていいから」
初等学校時代もやってたことだ。オドオド、ビクビクしてて、うまく話せないマルネちゃんは、急かしたらいけない。
長い沈黙があってから、マルネちゃんが口を開く。
「わたし……ロイ君が好き。大好き。ロイ君も好きって言ってくれたけど、わたしの方が好きだもん。ずっとずっと、ずーっと好き」
「う、嘘……?」
なんで? レッド君が好きだから、僕の告白を断ったんじゃないの?
「でも……初等学校の入学初日、わたしが好きになったのは、ロイ君じゃなかった。レッド君だったの。素敵な人だな、格好いいな、って。王子様みたいな人で、こんな男性とお付き合いできたら、わたしもお姫様みたいになれるかも……とか」
そういえば、クラスの女子がレッド君に見惚れた時、マルネちゃんも同じだったっけ。
嫉妬するけど仕方ないと思う。見た目は、まさしく王子様そのものだ。
女の子なら、一目惚れするのも不思議じゃない。
って、まさか……
「レッド君が好きって言ったの、入学直後の話?」
「う、うん……レッド君の本性はすぐに分かったから、気持ちは冷めたんだけど、一度でも好きになっちゃったしロイ君にはふさわしくないって……酒場のお客さんが、そう言ってたから……」
「具体的には、なんて?」
「男の人は独占欲が強いから、自分以外の男を見る女は嫌いだって」
う……ちょっと、胸にグサッと……
「ロイ君以外は、誰も見ちゃいけないの。好きになっちゃいけないの。初恋がロイ君で、それ以降もロイ君を想い続けた女性じゃないとダメなの。一途な女性じゃないと、ロイ君と付き合う資格はなくて……」
グサグサッと。
マルネちゃんにその気はないんだろうけど、言葉の刃が僕に突き刺さる。
すっごく、耳が痛い。
全員とは言わなくても、そういう男は多い。僕も似たようなものだ。
自分だけを見て欲しい。他の男には目もくれて欲しくない。今も昔も未来も、ずっと。
少しでも他の男になびく素振りがあれば、尻軽とかビッチとか。
マルネちゃんが言うように、初恋が自分で、他の男の影なんて欠片もなくて、純情で一途でもちろん処女で。
そんな女性が好まれる。
明らかに行き過ぎなんだけどね。独占欲も、ここまでになると気持ち悪い。
「ユ、ユキがね、ユキも、実はロイ君が好きで……」
「あたしは関係ないでしょ!」
「だ、だって……ユキ、初恋がロイ君だって言ってた」
「確かに言ったけどさ……」
え? ユキって、そうなの?
懐かれてはいたけど、ライバルみたいに思われてるものだとばかり。
第一、ユキと一緒にいた期間は短い。一ヶ月ちょっとだった。
好きになってもらえるほどの時間を過ごしたわけじゃない。
「もう……この際、白状しちゃうと、あたしもロイが好きだよ。昔は自覚なかったんだけどね。でも、ロイがいなくなってから、心にぽっかりと穴が開いたようになって気付いたんだ。ロイが好きって」
まさか、ユキに告白されるとは思ってなかった。
「どさくさにまぎれて、ずるいですよ! 私だって、坊ちゃまが好きです! 好きになった時期でしたら、マルネさんにもユキノさんにも負けません!」
「リリまで!?」
「私は、昔から坊ちゃま一筋です!」
な、何、これ? とんでもない状況になってきた。
「わたくしも、ロイサリス様が初恋ですわね。お慕い申し上げております」
シロツメまで乗っかってきた!
いや、ありがたいよ。魅力的な女性陣に好かれて、ありがたいとは思うけど……
僕が好きなのは、あくまでもマルネちゃんなのに。
「ほ、ほらぁ……わたしだけなの。わたしだけが、ロイ君じゃなくて、レッド君が初恋で……な、なんでわたし、レッド君を好きになっちゃったの……」
ああっ、マルネちゃんがまた泣きそう!
何か、何か言葉をかけないと。でも、なんて言えば?
どこの誰が吹き込んだか知らないけど、余計なことを言ってくれたもんだ。
どうやって収拾つけるのさ、これ!




