七十三話 フラれました
授業が終われば、僕はすぐさまマルネちゃんに会いに行く。
四年五組だったよね。五組は一番下のクラスだ。
成績が悪いってことになるけど、平民でありながら四年生まで進級してるだけでも偉業だよ。
教室の中から人が出てきてる。放課後になって、みんな帰るんだ。
マルネちゃんは、まだ残ってるかな。
教室をのぞき込んで、愛する人の姿を探す。
「……いた」
ずっと会いたかった人が、そこにはいた。
あんまり変わってないな。背は少し伸びたみたいだけど、十四歳にしては子供っぽい。一目でマルネちゃんだって分かった。
ど、どうやって声をかけよう……
ええい、根性出せ、僕。
廊下でマルネちゃんが出てくるのを待つ。そして、出てきたところで。
「マ、マルネちゃん」
勇気を振り絞って、声をかけた。
マルネちゃん、僕のこと分かってくれるかな。
「……え、ええ? あの、もしかして、ロイ……君?」
分かってくれた! さすがマルネちゃんだ!
「うん、久しぶり」
「え? え? ど、どうして、ロイ君が?」
「ヴェノム皇国からの交換留学生として、四年生に編入したんだ」
「こ、交換留学生の噂は聞いてたけど、ロイ君だったの?」
「約束したよね。いつか、戻ってくるって。マルネちゃんに会えて嬉しいよ」
「わ、わたしも……」
できればもう一声。「ロイ君に会えて嬉しい」ってところまで言って欲しいな。
っと、いけない、いけない。マルネちゃんに会えて、テンションがおかしくなってる。
それにしても……可愛いなあ。リリとかシロツメとか、可愛かったり綺麗だったりする人は傍にいるけど、僕にとってはマルネちゃんが一番だ。
ああ、まただ。なかなか冷静になれない。
えっと、大丈夫。僕ならやれる。ちゃんとシミュレートはしてたんだ。
こんな場所で告白なんかできないから、僕が住んでる留学生用の屋敷にきてもらおう。
「マルネちゃん、今日は時間ある? ヴェノム皇国のお土産を渡したいんだよ。学校には持ってきてないし、時間があるなら家まで……」
「マルネから離れろ! ド変態!」
「どわっ!」
マルネちゃんを誘おうとしたところで、いきなり誰かに突き飛ばされた。
僕が小柄なことを差し引いても、凄い力だった。なんて馬鹿力……
初対面の人間を突き飛ばすなんて失礼な真似をするのは、どこのどいつだ?
「……って、あれ? まさか、ユキ?」
マルネちゃんを背中に庇い、守るように仁王立ちしてるのは、真っ白な髪の毛の女性だった。
こんなにも特徴的な髪を持つ人には、今まで一人しか会ったことがない。
「馴れ馴れしい! 変態男に『ユキ』なんて呼ばれる筋合いは、ないわよ!」
「ちょ、僕を忘れた? ロイサリス・グレンガー」
「ロイサリスなんて男は……」
「ユキ、ロイ君だよ、ロイ君」
マルネちゃんが助け舟を出してくれたら、ユキはようやく気付いたみたいだ。
「ロイ……ロイ!? 嘘、ロイなの!?」
「ロイです。酷いよ、ユキ。いきなり突き飛ばすなんて」
「ご、ごめん……てっきり、いつもみたいに、マルネをナンパしてる男かと」
いつもナンパされてるんだ。可愛いからね。
単に可愛い子なら他にもいるけど、マルネちゃんは隙がある。
昔からそうだった。気が弱く見えるせいで、押せば物にできそうっていうか。
そんなマルネちゃんを守ってたのが、ユキなんだ。
「ユキも上級学校にいたんだ。スウダ君は何も……あ、『同級生の中から二人』だった」
ユキは一学年上だから、同級生じゃない。
すっかり勘違いしてた。ユキは、ここにはいないものだとばかり。
思いがけず再会できて嬉しい。
「ね、ねえ、なんでロイがここに?」
「交換留学生なんだよ」
マルネちゃんにしたのと同じ説明を繰り返せば、ユキも納得してくれた。
「にしても、ユキ……大きくなったね」
「どこ見て言ってるの! ロイのエッチ!」
身長は、そこまでじゃない。僕よりも少し高くて、百六十センチくらいかな。
マルネちゃんは、百四十半ばってところ。
ユキの何が大きいかって、胸だ。
でかい。本気で、でかい。シロツメも大きいけど、ユキはそれすら上回る。
再会早々に注目するのが胸ってのもあれだけど、目立つんだよ。
学年は違っても、マルネちゃんと同い年、だったよね。つまり十四歳だ。
同じ十四歳でもマルネちゃんは小さいのに。
外見だって、マルネちゃんは美少女、ユキは美女だ。凄く大人っぽい。
四年の歳月って、女の子をここまで変えるんだ。
「ロ、ロイ君は、やっぱり……」
僕がユキの胸を見てたせいで、マルネちゃんが自分の小ぶりなそこをペタペタと。酷く物悲しげに。
まずい! 違うのに! 違わないけど違うんだ!
完膚なきまでに僕が悪いのはその通りでも、弁明させて!
「いやあの、僕はそうじゃなくて、大きかろうと小さかろうと……じゃなくて、と、とにかく、マルネちゃんにお土産を」
「お土産? ねえ、マルネにだけ? あたしには?」
「ユ、ユキの分は……」
お土産ってのは方便で、実際は告白のための指輪なんだし、ユキの分まで用意してるわけがない。
ていうか、ユキと再会したのすら予想外だったし。
ここは、変に言い訳を重ねるよりも、正直に言うべきだね。
「ユキの分はないんだ。ごめん。僕にとって、マルネちゃんが特別だから」
「……ふーん、へー」
ユキは、にんまりと笑ってた。
気付かれたかもしれない。昔は、恋愛感情も理解せず僕にくっついてたのに、成長したなあ。
「よかったね、マルネ。じゃあ、今日はロイと一緒にいれば? おやっさんには、あたしが言っといてあげるから」
「おやっさん?」
「あたしたち、王都の酒場で、住み込みで働いてるの。おやっさんは、酒場の店主でいい人だよ。ほら、上級学校って寮がないでしょ。酒場の仕事を手伝う条件で、タダで住ませてもらってるの。寝床も食事ももらえて、おまけにお給料まで」
寮がないのは、上級学校に通うのはほとんど貴族だからだ。
すると、困るのは平民の子供。王都に自宅があればいいけど、なければどこかに住まわせてもらうしかない。
しかし、マルネちゃんとユキがウェイトレスか。
看板娘が二人もいれば、繁盛するだろうね。
家賃を取らずに、給料を支払ったとしても、十分にお釣りがくる。
「で、でも、お仕事が……」
「何言ってんの。せっかく、ロイに会えたんだよ。今日くらいは、あたしがマルネの分まで働くって」
ユキの申し出はありがたい。
マルネちゃんは乗り気じゃないけど、強引にでも引っ張って行こう。
「今日は、マルネちゃんを借りてもいいかな? 渡す物を渡したら返すから」
「なんなら、一晩でもいいよ。うしし」
「……ユキ、しばらく会わないうちに、耳年増になったね」
「失礼な!」
僕とユキは軽口を叩き合う。
「うう……わたしの意見を聞いてもらえないよ……」
マルネちゃんはそう言ってるけど、嫌がってる感じじゃない。
こういう部分が、悪い男に付け入れられるんだな。
……僕もその一人?
マルネちゃんを連れて、僕は屋敷に戻った。
リリと再会したマルネちゃんは、凄く喜んでて……僕の時以上じゃない?
ま、まあ、師匠との再会だしね。しょうがないよね。
シロツメも紹介したいけど、それは今度だ。
リリには席を外してもらって、僕の部屋でマルネちゃんと二人きりになる。
よし、やるぞ。
僕は、指輪の入った箱を持って、マルネちゃんの目の前で開ける。
「あ、あの……お土産って……」
「この指輪なんだ」
「ゆ、指輪……?」
指輪の意味は、マルネちゃんも知ってるみたい。
女の子だしね。僕ですら知ってるのに、マルネちゃんが知らないわけがない。
「マルネちゃん……僕と、結婚を前提にお付き合いしてください! 昔から、ずっとずっと好きでした!」
言った。言っちゃったよ。
多分、うまくいくとは思ってるけど、告白ってドキドキする。
前世も含めて、初めての経験だ。
さあ、マルネちゃんの返答は?
「……ご、ごめんなさい!」
……………………え?
ごめんなさい?
それって、拒絶の言葉?
「わ、わたし……実は……レッド君が好きだったの! だから、ロイ君とは付き合えないの! ごめんなさい!」
マルネちゃんは、言うだけ言って、部屋を飛び出して行った。
僕は、追いかけることもできなくて……
ただ、マルネちゃんの言葉が、脳内でリフレインする。
レッド君が好きだったの。
まさか……まさかの結末だ。
これが俗に言う、NTR?
念のために補足。NTRではありません。
真実は二話後に明らかになります。




