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六十九話 想い人は今

「坊ちゃま、あの女には気を許さないでください」


 宿場町に到着して、宿で休もうと馬車を降りた途端、リリからそう言われた。


「あの女は要注意人物です。そこらに捨てて、魔物の餌にでもしてしまう方がいいかもしれません。坊ちゃまとマルネさんの幸せのためにも……私のためにも」

「物騒なこと言わない。シロツメに失礼だよ」

「あの女の何がいいんですか? 胸? 胸なんですか? 坊ちゃまは、ユキノさんではなくマルネさんを好きになったところから、小さい方がお好きかとばかり」


「ロイサリス様がお好きな方は、マルネさんとおっしゃるのですね。ユキノさんとは?」


 僕に続いて馬車から降りたシロツメまで話に割り込んできたし、頭が痛い。


「こんな場所で立ち話もなんだし、宿の中でお話しします。それと、リリ。シロツメを『あの女』呼ばわりは、さすがにどうかと思うよ」

「ですわね。シロツユメンナ様、は大仰ですので、ロイサリス様のようにシロツメとお呼びください。わたくしも、リリと呼ばせていただきます」

「あなたと馴れ合うつもりは……」

「わたくしたちは、似た者同士だと思いませんか? 協力してもよいのでは?」


 シロツメが手を差し出せば、リリはしばし悩んでから握り返してた。


「同盟成立ですね、リリ」

「癪ですが、致し方ありません……シロツメ」


 仲よくなった……のかな? 僕にとっては、状況が悪くなった気もする。

 頭を抱えたくなりながら、宿に入る。男女別に二部屋取って、一晩休む。

 心配事はあるけど、自分で思ってるよりも図太いのか、僕はぐっすり眠った。


 翌日からは、また馬車で移動だ。スタニド王国に着くまでは、いくつもの宿場町を経由しながら、結構な長旅になる。


 最短距離で突き進めば短縮できるけど、そうすると野宿になるんだよ。

 盗賊の類に襲われる危険もあるし、多少遠回りになっても安全を優先する。

 ヴェノム皇国内を馬車でひた走り、国境を超えてスタニド王国へ。


「帰って……きたんだな」


 国境を超えた僕は、感慨深げに呟いた。

 両国は陸続きで隣り合ってるし、国境を超えたって何も変わらない。

 目に見える光景も、肌で感じる風も、匂いも、違いは一つとてないのに、「帰ってきた」って強く感じる。


「ロイサリス様は、やはり祖国がお好きですか?」

「どうでしょうね。嫌いじゃないですけど、特別に好きでもないです」


 苦い思い出も多くある国だ。マルネちゃんやユキとの約束がなければ、ずっとヴェノム皇国で暮らしてたかもしれない。


「将来もスタニド王国で暮らすのですか?」

「留学が終われば、一度は父さんたちのところに帰って……以降はスタニド王国で暮らすと思います。やりたい仕事はどっちの国でもできるので、ヴェノム皇国でもいいんですけど」

「やりたいお仕事とは何か、うかがっても?」

「初等学校の先生です」


 隠す内容でもないんで、僕は素直に告げた。


「先生ですか? それも、初等学校の?」

「変でしょうか?」

「変とは申しませんけれど、ロイサリス様ほどの能力があるのに、とは思います。出世の野心はないのですか? せめて、上級学校の先生になるなどは?」

「上級学校じゃ、意味ないんですよ。初等学校がいいです。まあ、まだ先の話ですし、他の道を選ぶかもしれませんけどね」


 僕は十三歳だ。未来の可能性は無限大。頑張り次第で、色んな道がある。

 留学だって、可能性を広げるのに役立つ。二つの国の学校に通えば、片方だけじゃ見えない面も見えてくるだろう。


 マルネちゃんと再会するだけが目的じゃないんだよ。

 僕だって、ちゃんと考えてるんだ。





 スタニド王国にある町。僕が初等学校に通ってたそこに、やっと帰ってきた。

 ここで過ごしたのは、一年半ちょいだったな。

 上級学校がある王都に直接向かわなかったのは、マルネちゃんに会うためだ。

 マルネちゃん、どうしてるかな。


 宿に馬車を預けて、マルネちゃんの家に向かう。僕の気持ちを伝えるために。

 贈り物もちゃんと持った。小さなケースに入った、大事な物だ。

 ドキドキしながらマルネちゃんの家に到着。ミカゲさんかマルネちゃんがいてくれればいいけど。


 ノックしながら声をかけると、中から間延びした女性の声が聞こえた。

 懐かしい。ミカゲさんのしゃべり方は、相変わらずなんだ。


「はぁい、どちら様ですかぁ?」

「ご無沙汰してます、ミカゲさん」

「……あらぁ、えっとぉ、どこかでぇ、お会いしましたぁ?」


 え? 僕のこと忘れてる?


「ちょ、ちょっと、僕ですよ、僕。ロイサリスです。ロイサリス・グレンガー」

「ロイサリス……ロイ君? ええぇ、本当ぉ? うわぁ、久しぶりねぇ」


「あ、覚えててくれたんですね」

「忘れるわけぇ、ないわよぉ。大きくなったからぁ、分からなかったのぉ」


「ミカゲさんは、変わってないですね。若くて綺麗なままです」

「いやぁん、ロイ君ってばぁ、女をぉ、喜ばせるようにぃ、なったのねぇ」

「そ、その言い方は、ちょっと……」


 発言が怪しいのも変わってない。昔「母娘(おやこ)丼」って言われたの、覚えてるよ。


「ロイ君はぁ、一人なのぉ? ゴウちゃんはぁ?」

「父さんと母様は、ヴェノム皇国です」

「ゴウちゃんにもぉ、会いたかったなぁ……あぁ、家に入って入ってぇ。ゆぅっくりとぉ、お話聞かせてねぇ」

「じゃあ、お邪魔します」


 ミカゲさんが招き入れてくれたんで、お言葉に甘える。

 リビングに通されて、お茶を飲みつつこれまでの話を。

 話題はいくらでもあって、一向に尽きない。

 父さんが二人目の奥さんを娶って、娘が産まれた話になれば、ミカゲさんはほぞを噛んでいた。


「第二夫人の座はぁ、わたしがぁ、狙ってたのにぃ。いいえぇ、今からでもぉ、遅くないわよねぇ。二人もぉ、三人もぉ、一緒だものぉ」

「うちの家族を、これ以上ややこしくしないでください」


 母様とアミさんに加えて、ミカゲさんまで嫁になると、父さんが心労で倒れる。二人でも持て余し気味なのに。


「とゆぅかぁ、女の子ならぁ、マルネがいるのにねぇ。ロイ君もぉ、思わないぃ? わたしとぉ、ゴウちゃんがぁ、結婚すればぁ、マルネが娘よぉ」


 その場合、僕とマルネちゃんは義理の兄弟になるのか。

 マルネちゃんの方が年上だから、義理の姉だね。


 義理の姉と弟って、結婚できたっけ?

 日本なら認められてるけど、こっちじゃどうなのか知らない。

 マルネちゃんを好きな僕としては、困る事態になる。


「そういえば、マルネちゃんはいないんですか? 仕事に行ってるとか?」


 ミカゲさんと話すのもいいけど、僕はマルネちゃんに会いにきたんだ。

 質問したら、ミカゲさんは予想外の答えを返す。


「マルネはぁ、いないわよぉ。家をぉ、出て行ったのぉ」

「で、出てった!? まさか、け、結婚!?」

「あははぁ、違うわよぉ。今はぁ、王都の学校にぃ、通ってるのぉ」

「学校? マルネちゃん、進学したんですか?」


 結婚じゃなかったのは安心したけど、まさか進学してたなんて。


「あの子ぉ、ロイ君にぃ、ふさわしくぅ、なるんだってぇ。わたしがぁ、言うのもぉ、親バカみたいだけどぉ、頑張ったのよぉ」

「僕の……ために?」

「そぉよぉ、初等学校をぉ、首席でぇ、卒業したのぉ」


 マルネちゃんが首席。僕と出会った一年生の頃じゃ、考えられない成果だ。

 しかも、僕のためって聞くと、なおさら嬉しい。

 マルネちゃんへの贈り物が無駄にならずに済んだ。


「ミ、ミカゲさん! お話があります!」

「改まってぇ、なぁにぃ?」

「マルネちゃんにはまだ言っていませんが、お母さんのミカゲさんにご許可を、と思いまして……ぼ、僕は、マルネちゃんと……」


 僕が言いかけた言葉を、ミカゲさんは手で制した。


「それはぁ、わたしがぁ、先にぃ、聞いていいのぉ? 違うわよねぇ? 真っ先にぃ、言うべき相手はぁ、マルネでしょぉ?」


 う……た、確かに、先走り過ぎた。

 マルネちゃんに渡すつもりで用意した物も取り出したんだけど、見せるならミカゲさんじゃなくてマルネちゃんだよね。


「あぁ、ひょっとしてぇ、それはぁ、指輪なのぉ?」


 ミカゲさん、目ざとい。ちゃっかり見られてた。

 贈り物ってのは、指輪なんだ。指輪が持つ意味は日本と同じ。

 マルネちゃんのサイズを知らないから、平均的なサイズで作ってもらった。

 子供の僕が買う物じゃない気もするけど、それだけ本気ってこと。


「そっかぁ、マルネとぉ、ロイ君がねぇ」

「ま、まだ、受け取ってもらえるかどうかは……」

「大丈夫よぉ。わたしがぁ、保証するわぁ。ロイ君もぉ、王都にぃ、行くのよねぇ? マルネのことぉ、よろしくねぇ」

「はい」


 ミカゲさんにも大丈夫って言われたし、自信を持とう。

 ここでは会えなかったけど、王都に行ってマルネちゃんに会って、告白する。

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