六話 いじめっ子よりも恐ろしいモノ
本日二話目です。
どうにか自分のクラスにたどり着いた。
日本の学校と同じような感じ。一部屋に木製の机と椅子があって、子供たちは各々適当に座ってる。
三十人くらいかな。パッとみた限り、知った顔はいない。
ルームメイトは、あえてクラスを別にしてあるって聞いてる。
ルームメイトとクラスまで一緒だと、そのメンバーだけでつるんでしまうから。
僕も空いてる席に座って、先生がくるのを待つ。
鼻血は止まったけど、顔が痛いし、蹴られたお腹も痛い。
体格からして、僕よりも年上だろうに、年下を本気で蹴りやがって。
僕に暴力をふるった少年とは、同じクラスになりたくないな。
どうか、同じじゃありませんように。
神様に祈るが、神様は意地悪だから、同じクラスになるだろうなって思ってた。
なのに、予想に反して、あの少年の姿はなかった。
先生がきても、少年はいない。よかった、別のクラスになったんだ。
あとは、できる限り会わないように心がけて、細々と学校生活を送ろう。
先生が教科書やノートを配ってから、全員が自己紹介をすることになった。
一人ずつ立って、名前や出身地なんかを述べていく。
自己紹介にも性格が表れるね。ハキハキと名乗る子、趣味や特技なんかを長々と話す子、緊張しながら最低限の紹介だけで済ませる子。
僕は三つ目だ。緊張してどもりつつ、名前だけを告げた。
他の子供は、全員の名前なんて覚え切れない。気になった人は何人かいたけど。
「マ……マルネ・クナ……です……」
うつむきながら、ボソボソと小声で自己紹介したのは、可愛らしい女の子だ。
クナってことは、あの子がミカゲさんの娘さんかな。
顔立ちがミカゲさんに似てる。将来は、美人に育つだろう。
残念なのは、せっかく可愛いのに、表情が暗い点だ。
僕も人を悪く言えないけど、マルネちゃんは僕よりも暗いかもしれない。
服も、お世辞にも綺麗とは言えない。初日だから、どの子供も一張羅を着てるのに、マルネちゃんの服はほつれてたり繕った跡があったりする。
ミカゲさんは未亡人って言ってたっけ。母子家庭だから貧乏なのかも。
貧乏でも学校に通えるのは、いいのか悪いのか。
タダならいいけど、安くてもそこそこのお金はいるし、生活費だってかかる。
ミカゲさんに言われたから、マルネちゃんのことを少し気にしておくかな。
マルネちゃん以外に気になったのは、一人の少年だ。
こっちは、僕だけじゃなくて、みんなが注目してた。
「レイドレッド・オザ・フォス・キルブレオ。気軽にレッドと呼んでくれ」
レッド君が名乗ると、教室がざわざわし出した。
キルブレオは、僕みたいな田舎者でも知ってる大貴族だ。
レッド君の父親で、現キルブレオ家の当主は、国の英雄。
その影響力は、ともすれば王家に匹敵するとまで言われてる。
レッド君も、親譲りの才能豊かな少年。王子様や王女様とも、本物の兄弟みたいに親しくしてて、将来を有望視されてる。
王様は、レッド君を息子に欲しいとまで公言してるとか。
王女様を嫁がせて、レッド君を義理の息子にって言ってるも同然だ。
そんな子が、なんでここにいるんだ? もっといい学校はいくらでもあるのに。
僕やクラスメイトの動揺をよそに、レッド君は自己紹介を続ける。
「キルブレオ家は気にしなくてよい。学校にいる間のワタシは、一人のレッド。皆も、そのつもりで接してもらいたい。諸事情あり、十歳という年齢になってから学校に通うこととなったが、年齢も抜きで仲よくできればと思う」
十歳だったのか。道理でしっかりしてるはずだ。
体つきも、僕らと比べて大きい。僕に暴力をふるった少年と同程度の身長だ。
子供ながらに鍛えてるって分かるし、言葉遣いも態度も堂々としたもの。
しかも美少年。金髪碧眼で鼻梁の通った、貴公子然とした顔立ちだ。
チャラチャラした優男風味の美少年じゃなくて、力強さと美しさを兼ね備えた魅力を持つ。
クラスの女の子たちも、頬を上気させてぽーっと眺めてる。
子供でも女の子なんだな。女の子の方が早熟だって聞くけど、納得だ。
マルネちゃんも、やっぱりレッド君に見惚れてる。
これは、僕の出る幕はないかも。
物語の王子様のような少年がいるんだ。マルネちゃんは美少女だし、貧乏な少女が王子様に見初められて幸せになるのは、典型的なシンデレラストーリー。
ちょっと残念かも。可愛い女の子とお近づきにって考えたのに。
レッド君の自己紹介による興奮が冷めやらぬ中、一通り紹介が終わった。
ここからは、いよいよ授業だ。もらったばかりの教科書を開く。
ゴワゴワした紙の束を紐で閉じてあり、日本人がイメージする教科書じゃないけど、勉強する分にはこれで十分だ。
習うのは、まず文字の読み書き。読み書きができないと、他の勉強もできない。
習得済みの子供もいて、僕もその口なんだけど、できない子に合わせる授業だ。
他は、算数や国の歴史なんかを学ぶ。体育代わりに、武術の授業もある。
これも、できる子供にとっては退屈そうだ。レッド君がいる意味が、ますます分からない。
初日の授業が終わり、子供たちは寮に帰って行った。
僕も帰ろうと思ったんだけど、先生に呼び止められた。なぜか、レッド君も。
先生は、非常に言いにくそうにしながら、口を開く。
「えー……レイドレッド様」
「先生、ワタシを特別扱いするのはやめてください。学校に通う間は、貴族ではなく、ただの一生徒です。貴族の権力を用いるつもりもありません」
ご立派。貴族のお坊ちゃんじゃなく、生徒の一人として振る舞うのか。
いくら本人が望んでも、先生からすれば雲上人だから、困惑してる。
貧乏くじを引かされたって顔なのは、僕の邪推かな。
若い男の先生だし、あながち間違ってないかもしれない。
目上の先生たちに押し付けられた可能性はある。
先生は迷った末に、様付けをやめるみたいだ。
「レイドレッド君とロイサリス君。二人を呼び止めたのは、サザザ君の件です」
サザザ君って誰? クラスにはいなかった名前だし、ルームメイトでもない。
僕の疑問を見抜いたのか、レッド君が説明を補ってくれる。
「今朝、ロイサリスに暴力を働いた少年だよ」
ああ、あいつか。サザザって名前なんだ。
あいつの名前よりも、レッド君に見られてたのが驚いた。
「み、見てたんですか?」
「助けられず、すまないね。だが、お仕置きはしておいた。安心してくれたまえ」
お仕置き? って思ってると、今度は先生が話す。
「サザザ君は……先ほど亡くなりました」
「…………は?」
間の抜けた声を漏らした僕だけど、仕方ない。予想外の言葉が出たんだし。
亡くなった? 死んだってことだよね? 別の意味だったりするのかな?
疑問符が浮かんでる僕とは対照的に、レッド君は泰然とした態度で言う。
「死にましたか。暴力に訴えるしか能のないクズでしたし、構わないのでは?」
「そ、そういうわけにはいきません。学校で人死にとなると……」
「何か問題でも? ワタシは、少し小突いただけですよ? 不幸な事故です。まさか先生は、ワタシに非があると?」
あっけらかんと話すレッド君に、背筋が寒くなった。何を言ってるんだ?
「レ、レイドレッド君にとっては小突いただけだとしても、一般人にとっては致命の攻撃だったのです。レイドレッド君が才能にあふれ、非常に強いとは聞いていますが、だからこそ他の子供相手には手加減してもらわないと……」
「しましたよ、手加減。ワタシが本気で殴っていたら、即死です。先生は、『先ほど亡くなった』とおっしゃいました。しばらく生きていたのは、ワタシが死なないように手加減した何よりの証拠になります」
「し、死なないようにって……実際、死んだんでしょ?」
僕は、思わず口を挟んでた。
だって、これ、殺人だよね。手加減したとかしないとかの問題じゃない。
サザザ君は死んだ。レッド君に殺された。
この結果が全てだ。許されることじゃない。
「死んでしまったのは、サザザが弱かったからだ。第一、ワタシは悪人を成敗しただけに過ぎない。サザザは無秩序に暴力をふるう悪であり、ワタシは秩序を守るために成敗した。先生、もう一度お聞きします。何か問題でも?」
レッド君は、言い逃れようとしてるんじゃない。
自分の正義を信じて疑わないんだ。
先生は、苦い顔をしながらも声を絞り出す。
「……いいえ、問題ありません」
先生!? 本気ですか!?
サザザ君は、確かに悪かった。僕自身が被害を受けたんだし、憎いって思った。
だからって、殺されてもいい人間じゃない。ちょっと暴力をふるっただけだ。
意味もなく人を殺せば、この世界でも罪に問われる。貴族だって関係ない。
なのに、先生は注意すら諦めて、教室を出て行った。
残されたのは、僕とレッド君。
レッド君は、貴公子にふさわしい笑みを浮かべながら、僕の肩を軽く叩く。
「よかったね、ロイサリス。君に暴力をふるった悪は倒された。だが、君も悪いのだよ。世の中は、善人ばかりとは限らない。話し合いに応じない野蛮人は、残念ながら存在するのだ。時にはやり返すことも必要になる」
それは、正論だ。
僕だって、全部が全部、話し合いで解決するなんて盲信はしてない。
でも……
「た、助けてくれたのは嬉しいけど……人殺しはやり過ぎですよ。サザザ君がかわいそうだし、家族も悲しみます。レ、レッド君は、サザザ君の家族に、どうやって謝罪するの? どうやって罪を償うの?」
僕としては、至極真っ当な発言をしたつもりだった。
レッド君が、正義感に満ちた少年なのは理解するけど、殺人はやり過ぎ。
他の人も同意してくれるんじゃないかな。
誤算だったのは、レッド君が僕の言葉を聞き入れてくれる人間じゃないことだ。
「ふむ」
レッド君が言ったのは、ただそれだけの短い言葉。
僕には、それが非常に恐ろしかった。
逆らってはいけない人に逆らってしまったような。
触れてはならないものに触れてしまったような。
いじめっ子は、もちろん怖い。いじめをするような人間は大嫌いだ。
ただし、いじめっ子よりも怖いのは、正義に見せかけた独善じゃないかって。
この時初めて、そう思った。