表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/125

六話 いじめっ子よりも恐ろしいモノ

本日二話目です。

 どうにか自分のクラスにたどり着いた。

 日本の学校と同じような感じ。一部屋に木製の机と椅子があって、子供たちは各々適当に座ってる。


 三十人くらいかな。パッとみた限り、知った顔はいない。

 ルームメイトは、あえてクラスを別にしてあるって聞いてる。

 ルームメイトとクラスまで一緒だと、そのメンバーだけでつるんでしまうから。


 僕も空いてる席に座って、先生がくるのを待つ。

 鼻血は止まったけど、顔が痛いし、蹴られたお腹も痛い。

 体格からして、僕よりも年上だろうに、年下を本気で蹴りやがって。


 僕に暴力をふるった少年とは、同じクラスになりたくないな。

 どうか、同じじゃありませんように。


 神様に祈るが、神様は意地悪だから、同じクラスになるだろうなって思ってた。

 なのに、予想に反して、あの少年の姿はなかった。

 先生がきても、少年はいない。よかった、別のクラスになったんだ。

 あとは、できる限り会わないように心がけて、細々と学校生活を送ろう。


 先生が教科書やノートを配ってから、全員が自己紹介をすることになった。

 一人ずつ立って、名前や出身地なんかを述べていく。


 自己紹介にも性格が表れるね。ハキハキと名乗る子、趣味や特技なんかを長々と話す子、緊張しながら最低限の紹介だけで済ませる子。

 僕は三つ目だ。緊張してどもりつつ、名前だけを告げた。

 他の子供は、全員の名前なんて覚え切れない。気になった人は何人かいたけど。


「マ……マルネ・クナ……です……」


 うつむきながら、ボソボソと小声で自己紹介したのは、可愛らしい女の子だ。

 クナってことは、あの子がミカゲさんの娘さんかな。

 顔立ちがミカゲさんに似てる。将来は、美人に育つだろう。


 残念なのは、せっかく可愛いのに、表情が暗い点だ。

 僕も人を悪く言えないけど、マルネちゃんは僕よりも暗いかもしれない。

 服も、お世辞にも綺麗とは言えない。初日だから、どの子供も一張羅を着てるのに、マルネちゃんの服はほつれてたり繕った跡があったりする。


 ミカゲさんは未亡人って言ってたっけ。母子家庭だから貧乏なのかも。

 貧乏でも学校に通えるのは、いいのか悪いのか。

 タダならいいけど、安くてもそこそこのお金はいるし、生活費だってかかる。

 ミカゲさんに言われたから、マルネちゃんのことを少し気にしておくかな。


 マルネちゃん以外に気になったのは、一人の少年だ。

 こっちは、僕だけじゃなくて、みんなが注目してた。


「レイドレッド・オザ・フォス・キルブレオ。気軽にレッドと呼んでくれ」


 レッド君が名乗ると、教室がざわざわし出した。

 キルブレオは、僕みたいな田舎者でも知ってる大貴族だ。

 レッド君の父親で、現キルブレオ家の当主は、国の英雄。

 その影響力は、ともすれば王家に匹敵するとまで言われてる。


 レッド君も、親譲りの才能豊かな少年。王子様や王女様とも、本物の兄弟みたいに親しくしてて、将来を有望視されてる。

 王様は、レッド君を息子に欲しいとまで公言してるとか。

 王女様を嫁がせて、レッド君を義理の息子にって言ってるも同然だ。


 そんな子が、なんでここにいるんだ? もっといい学校はいくらでもあるのに。

 僕やクラスメイトの動揺をよそに、レッド君は自己紹介を続ける。


「キルブレオ家は気にしなくてよい。学校にいる間のワタシは、一人のレッド。皆も、そのつもりで接してもらいたい。諸事情あり、十歳という年齢になってから学校に通うこととなったが、年齢も抜きで仲よくできればと思う」


 十歳だったのか。道理でしっかりしてるはずだ。

 体つきも、僕らと比べて大きい。僕に暴力をふるった少年と同程度の身長だ。

 子供ながらに鍛えてるって分かるし、言葉遣いも態度も堂々としたもの。


 しかも美少年。金髪碧眼で鼻梁の通った、貴公子然とした顔立ちだ。

 チャラチャラした優男風味の美少年じゃなくて、力強さと美しさを兼ね備えた魅力を持つ。

 クラスの女の子たちも、頬を上気させてぽーっと眺めてる。

 子供でも女の子なんだな。女の子の方が早熟だって聞くけど、納得だ。


 マルネちゃんも、やっぱりレッド君に見惚れてる。

 これは、僕の出る幕はないかも。

 物語の王子様のような少年がいるんだ。マルネちゃんは美少女だし、貧乏な少女が王子様に見初められて幸せになるのは、典型的なシンデレラストーリー。


 ちょっと残念かも。可愛い女の子とお近づきにって考えたのに。

 レッド君の自己紹介による興奮が冷めやらぬ中、一通り紹介が終わった。


 ここからは、いよいよ授業だ。もらったばかりの教科書を開く。

 ゴワゴワした紙の束を紐で閉じてあり、日本人がイメージする教科書じゃないけど、勉強する分にはこれで十分だ。


 習うのは、まず文字の読み書き。読み書きができないと、他の勉強もできない。

 習得済みの子供もいて、僕もその口なんだけど、できない子に合わせる授業だ。

 他は、算数や国の歴史なんかを学ぶ。体育代わりに、武術の授業もある。

 これも、できる子供にとっては退屈そうだ。レッド君がいる意味が、ますます分からない。





 初日の授業が終わり、子供たちは寮に帰って行った。

 僕も帰ろうと思ったんだけど、先生に呼び止められた。なぜか、レッド君も。

 先生は、非常に言いにくそうにしながら、口を開く。


「えー……レイドレッド様」

「先生、ワタシを特別扱いするのはやめてください。学校に通う間は、貴族ではなく、ただの一生徒です。貴族の権力を用いるつもりもありません」


 ご立派。貴族のお坊ちゃんじゃなく、生徒の一人として振る舞うのか。

 いくら本人が望んでも、先生からすれば雲上人だから、困惑してる。


 貧乏くじを引かされたって顔なのは、僕の邪推かな。

 若い男の先生だし、あながち間違ってないかもしれない。

 目上の先生たちに押し付けられた可能性はある。

 先生は迷った末に、様付けをやめるみたいだ。


「レイドレッド君とロイサリス君。二人を呼び止めたのは、サザザ君の件です」


 サザザ君って誰? クラスにはいなかった名前だし、ルームメイトでもない。

 僕の疑問を見抜いたのか、レッド君が説明を補ってくれる。


「今朝、ロイサリスに暴力を働いた少年だよ」


 ああ、あいつか。サザザって名前なんだ。

 あいつの名前よりも、レッド君に見られてたのが驚いた。


「み、見てたんですか?」

「助けられず、すまないね。だが、お仕置きはしておいた。安心してくれたまえ」


 お仕置き? って思ってると、今度は先生が話す。


「サザザ君は……先ほど亡くなりました」

「…………は?」


 間の抜けた声を漏らした僕だけど、仕方ない。予想外の言葉が出たんだし。


 亡くなった? 死んだってことだよね? 別の意味だったりするのかな?

 疑問符が浮かんでる僕とは対照的に、レッド君は泰然とした態度で言う。


「死にましたか。暴力に訴えるしか能のないクズでしたし、構わないのでは?」

「そ、そういうわけにはいきません。学校で人死にとなると……」

「何か問題でも? ワタシは、少し小突いただけですよ? 不幸な事故です。まさか先生は、ワタシに非があると?」


 あっけらかんと話すレッド君に、背筋が寒くなった。何を言ってるんだ?


「レ、レイドレッド君にとっては小突いただけだとしても、一般人にとっては致命の攻撃だったのです。レイドレッド君が才能にあふれ、非常に強いとは聞いていますが、だからこそ他の子供相手には手加減してもらわないと……」


「しましたよ、手加減。ワタシが本気で殴っていたら、即死です。先生は、『先ほど亡くなった』とおっしゃいました。しばらく生きていたのは、ワタシが死なないように手加減した何よりの証拠になります」


「し、死なないようにって……実際、死んだんでしょ?」


 僕は、思わず口を挟んでた。

 だって、これ、殺人だよね。手加減したとかしないとかの問題じゃない。


 サザザ君は死んだ。レッド君に殺された。

 この結果が全てだ。許されることじゃない。


「死んでしまったのは、サザザが弱かったからだ。第一、ワタシは悪人を成敗しただけに過ぎない。サザザは無秩序に暴力をふるう悪であり、ワタシは秩序を守るために成敗した。先生、もう一度お聞きします。何か問題でも?」


 レッド君は、言い逃れようとしてるんじゃない。

 自分の正義を信じて疑わないんだ。

 先生は、苦い顔をしながらも声を絞り出す。


「……いいえ、問題ありません」


 先生!? 本気ですか!?

 サザザ君は、確かに悪かった。僕自身が被害を受けたんだし、憎いって思った。

 だからって、殺されてもいい人間じゃない。ちょっと暴力をふるっただけだ。


 意味もなく人を殺せば、この世界でも罪に問われる。貴族だって関係ない。

 なのに、先生は注意すら諦めて、教室を出て行った。

 残されたのは、僕とレッド君。

 レッド君は、貴公子にふさわしい笑みを浮かべながら、僕の肩を軽く叩く。


「よかったね、ロイサリス。君に暴力をふるった悪は倒された。だが、君も悪いのだよ。世の中は、善人ばかりとは限らない。話し合いに応じない野蛮人は、残念ながら存在するのだ。時にはやり返すことも必要になる」


 それは、正論だ。

 僕だって、全部が全部、話し合いで解決するなんて盲信はしてない。

 でも……


「た、助けてくれたのは嬉しいけど……人殺しはやり過ぎですよ。サザザ君がかわいそうだし、家族も悲しみます。レ、レッド君は、サザザ君の家族に、どうやって謝罪するの? どうやって罪を償うの?」


 僕としては、至極真っ当な発言をしたつもりだった。

 レッド君が、正義感に満ちた少年なのは理解するけど、殺人はやり過ぎ。

 他の人も同意してくれるんじゃないかな。

 誤算だったのは、レッド君が僕の言葉を聞き入れてくれる人間じゃないことだ。


「ふむ」


 レッド君が言ったのは、ただそれだけの短い言葉。

 僕には、それが非常に恐ろしかった。


 逆らってはいけない人に逆らってしまったような。

 触れてはならないものに触れてしまったような。


 いじめっ子は、もちろん怖い。いじめをするような人間は大嫌いだ。

 ただし、いじめっ子よりも怖いのは、正義に見せかけた独善じゃないかって。

 この時初めて、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ