六十八話 皇女様と一緒
第3章開始です。
卒業した僕は、寮の部屋を引き払い、父さんの屋敷にいさせてもらってる。
長居はしないけどね。すぐに留学するし。
僕の留学には、リリもついてくることになってる。メイドとしてお世話をしてくれるんだ。
僕としては助かるからお願いしたけど、リリを随伴すると誤解されそうで怖い。
リリは、相変わらず十二歳くらいのロリっ子だ。
実年齢はいくつだっけ? 僕が十三歳になったし、リリは二十四歳?
身長だって、僕はリリを追い抜いてる。男としちゃ小柄な僕でも、リリと並べば同年代に見える。
自分と同年代の美少女をメイドに。誤解しか生まないね。
リリ曰く、「これから大きくなります」とのことらしい。
二十四歳になって成長するとは思えないけど、昔、「坊ちゃまが成長するまで、根性で老化を止めてみせます」とか言ってたから、いまいち冗談に聞こえない。
実際に、「坊ちゃまも成長されましたし、私もそろそろいいでしょう」なんてセリフも聞いた。
リリは何者?
そんなこんなで、スタニド王国へ出発する日になった。
絶対に忘れちゃいけないマルネちゃんへの贈り物も持ったし、準備は万全。
お小遣いで買っていい物じゃないから、アルバイトでお金を貯めて買ったんだ。
リリと一緒に、さあ出発だ……って思ったんだけどさ。
「あの、なんでシロツメが?」
「わたくしもご一緒させてください。目的地は同じですし、よろしいでしょう?」
シロツメは、わざわざ父さんの屋敷に足を運んで、一緒に行くって言ってる。
「そんな話、聞いてませんが」
「言いませんでしたからね。ロイサリス様は、わたくしがご一緒すると言えば、断るのではありませんか?」
「断りますね」
「ですから、今日まで隠していました。作戦成功、ですわね」
いたずらを成功させた子供みたいに、ペロッと舌を出し、茶目っ気のある顔で笑っていた。こんな一面もあるんだな。
「今日まで隠してたって、結果は同じですよ。ご自分で行ってください。シロツメなら、豪奢な馬車も凄腕の護衛も、いくらでも使えますよね? 僕と一緒で、もしものことがあったら、どうするんですか」
「残念ですけれど、ロイサリス様とご一緒するつもりで、馬車も護衛も準備しておりません。今からとなると、授業が始まるまでに間に合わないでしょう。わたくし、留学早々に欠席してしまうのでしょうか? よよよ……」
わざとらしい泣き真似だ。「よよよ」なんて泣く人がどこにいる。
さて、どうしよう。
父さんたちの意見も聞いてみようかと思ったものの、皇女様の突然のご来駕に及び腰だ。最初に挨拶したきりで、シロツメの相手を僕に任せてる。
ただ一人、リリだけはじっとシロツメを見上げてるけど。
そして、シロツメの視線もリリを捉えた。
視線を逸らせば負けと言わんばかりに、どちらも一歩も引かない。
あ、あれ? こういうの、見覚えあるぞ。
家庭内でよく見かける光景だ。具体的には、母様とアミさん。
……父さん、助けて!
父さんのところに逃げようとしたけど、父さんが先に逃げた! 脱兎のごとく、屋敷の中に!
酷い! 息子を見捨てるなんて!
「坊ちゃま、どちらへ行かれるのですか?」
ひいっ! リリに見咎められて、逃げられなくなった!
き、気のせいかな? リリの背後に龍の姿が見える。
「ロイサリス様」
シロツメもだ。背後に虎の姿が見える。
何、この状況? 龍虎相搏つ?
恐れおののく僕の隣で、二人は固い握手を交わしてた。
「お目にかかれて光栄です、泥棒ね……シロツユメンナ様。私、坊ちゃまのメイドを務めております、リリ・リローと申します。坊ちゃま専用の、坊ちゃまだけの、坊ちゃまに全てを捧げるメイドでございます」
ま、間違ってはないよ。留学中は、僕専用のメイドってことになる。
全てを捧げないで。お願いだから。
「ご丁寧にありがとうございます、貧にゅ……リリ様。わたくしは、シロツユメンナ・ヴェノム。ロイサリス様とは、学校でもプライベートでも親しくさせていただきました。わたくしがある行為をすれば、ロイサリスはいつも気持ちよくなってくださるみたいでして、それはもう濃密な時間でしたわ」
言い方に悪意を感じる! 治療だよね! ただの治療!
ダメだ。仲よくしようって言い出せる空気じゃない。
一見すると、にこやかに握手してるんだけど、その裏でバチバチと火花を散らしてる。
なんでこうなるの? 助けて、マルネちゃん。
結局、シロツメの同行を認めて、三人でスタニド王国へ向かうことになった。
移動は馬車を使う。徒歩だとさすがに辛いからね。
御者をしてくれてるのはリリだ。僕とシロツメは、馬車の中で二人きり。
「シロツメは、なんでこんなことをしたんですか?」
「ロイサリス様とご一緒したかったのです」
それだけならいいんだよ。他にも理由はあるんじゃないの?
シロツメは、僕を諦めてないんじゃないかなって思う。
「王都に向かう前に、僕はある町に立ち寄る予定です。そこには、僕の好きな人が待っているはずです。再会したら告白します」
「成功を祈っております」
「……告白が成功するにせよ失敗するにせよ、シロツメとは付き合いません」
自意識過剰かもしれないけど、ここは言っておくべきだと判断した。
諦めてないなら、無駄だって言っておきたいんだ。
僕は、四年以上マルネちゃんと会ってない。
これだけの時間があれば、マルネちゃんに恋人ができてても不思議じゃないし、結婚してる可能性すらある。
僕のことは思い出としておき、他の男性を好きになって幸せに。
想像するだけでムカつくけど、マルネちゃんが選んだのなら仕方ない。
僕はそれまでの男だったってだけだ。
素直に祝福できるかどうかはともかく、選ばれなかったら身を引くさ。
シロツメは、僕がフラれる可能性を考えてるんじゃないかな。
フラれて落ち込む僕を慰めて、あわよくば自分が。
僕ならそうする。マルネちゃんが他の男にフラれたら、ここぞとばかりに慰めて自分をアピールする。
それで僕を選んでもらえれば万々歳って。
自分がこんな人間だからって、シロツメまで同じと考えるのは失礼だ。
純粋に僕を応戦してくれてて、僕に同行してるのも他意はないかもしれない。
ただ、もしも何か企んでるなら、無駄だって言いたかった。
「はっきりとおっしゃいますのね。わたくしのこと、お嫌いですか?」
「好きですよ。好きですけど、マルネちゃんがダメだからシロツメをってのは、いくらなんでも不誠実でしょう。皇女様を都合のいい女扱いはできません」
「わたくしが皇女である点は、お気になさらなくて結構です。皇族は大勢いますし、女には皇位継承権がありません。婚姻も比較的自由がききます」
「そう……なんですか? てっきり、婚約者とかがいるのかと」
「婚約者がいれば、ロイサリス様に告白しませんでした」
そりゃそうか。シロツメもそこまで無責任じゃない。
って、そうじゃなくて。
この言い方だと、本当に僕を諦めてないの?
「ロイサリス様を応援しているのは本心です。大切な人に幸せになっていただきたいと思うのは、おかしなことでしょうか?」
「……おかしくありません」
読めない。シロツメの行動が、全然読めない。
本妻はマルネちゃんに譲って、自分は妾になるとか?
皇女のプライドも何もかも捨てて、そこまでする?
まさかと思うけど、マルネちゃんを亡き者にしようなんて……
「亡き者になどしませんわ」
「相変わらず、僕の心を読むんですね」
こっちは全然読めないのに、なんか理不尽だ。




