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六十七話 卒業

第2章最終話です。

「――卒業生を代表して答辞とさせていただきます。卒業生代表、ロイサリス・グレンガー」


 僕が答辞の言葉を述べれば、続いて閉式宣言があって式が終わった。

 今日は、僕たちの卒業式だ。ヴェノム皇国にある中等学校を卒業し、それぞれの進路を歩んでゆく。


 さて、これで卒業式の第一部が終わりだ。

 先生や来賓の人から、ありがたいお言葉を頂戴した堅苦しい式の次は、立食形式のパーティーになる。


 卒業生にとっては、この第二部のパーティーこそが楽しみなんだ。

 普段はなかなか食べられないごちそうが並ぶし、お酒まで提供される。


 卒業生たちが、ぞろぞろとパーティー会場へ移動する。

 映画とかで見たような広い会場は、大理石の床に緋色のカーペットが敷き詰められてて、頭上にはシャンデリアがきらめく。


 そこでは、タキシードやドレスに身を包んだ卒業生たちが、思い思いに談笑しながら食事に舌鼓を打つ。

 僕も仲のいい友達三人とだべってるんだけど、タキシードが窮屈だ。


「しっかし、グレンガーはもったいないよな。なんで、交換留学になんか」

「ほんとだよ。グレンガー君は首席だし、試験なしで上級学校に進学できるよね? 交換留学なんて罰ゲームに応募しなくてもさ」


 ネクタイで絞めつけられてる首元をこっそりと緩めてたら、コミス君とワード君が口々に言った。

 さらに、もう一人の友達も。


「ふむ、嫌味かい? 試験なしでも進学できるのにしないなんて。ぼくが上級学校の入学試験に合格するのは……やれやれ、本当に大変だった」

「ご、ごめん……」

「ふむ、冗談だよ。やれやれ、本気にしないでくれないか」


 彼はトシェ君。一年の時のクラスメイトで、口癖は「ふむ」と「やれやれ」だ。

 ただの口癖で悪気はない。でも、僕のやったことが嫌味と思われても仕方ない。

 上級学校への進学率は低いし、入学試験も難関を極める。進学したくてもできない人が多いのに、僕はあえて蹴ったんだから。


 少し空気が悪くなったのを察したのか、コミス君がおちゃらける。

 ムード―メーカーの彼は、こういう時に頼りになるんだ。


「トシェは受かっただけいいだろ。俺なんか落ちたぜ。はは、笑うしかないな」


 空気を読んでくれたのはいいけど、笑いにくい自虐ネタだ。


「コミス君はどうするの? 働く? 一年後にもう一回受ける?」

「親父には、働けって言われてる。さてさて、どうすっかな」


 まだ決めてないのか。呑気というかなんというか。

 ここにいる四人の進路は、全員別々だ。

 僕は、彼らが言ってるように、スタニド王国の上級学校へ交換留学する。

 スタニド王国とヴェノム皇国は同盟国だから、交換留学制度があるんだ。


 こうやって、学校生活を振り返ったり、将来のことを話したりするのは楽しい。

 だけど、他にも話をしたい人がいるんだよね。


 シロツメだ。ご加護を授かった翌日から、何度か話しかけようとしたのに、チャンスがなかった。なんか忙しそうにしてて、避けられたんだ。


 今日が最後のチャンスだし、話をしたい。

 こっそりとシロツメを探すけど、皇女様だから大人気だ。

 大勢の生徒に囲まれてて、僕が割り込める余地はない。

 しばらく待ってようと思って、みんなと話してたら。


「お、演奏が始まったな。こうしちゃいられない」


 楽団の生演奏が始まった。ダンスの時間だ。

 コミス君は、女子をダンスに誘おうと意気込んで、行動を開始する。


「ワード君とトシェ君は行かないの?」

「俺はいいよ。ダンスなんて踊れない」

「ぼ、ぼくは……ふ、ふむ、今日は勘弁してあげようか」


 トシェ君のセリフが、なんだか懐かしい。昔から変わらないね。

 僕もダンスは踊れないし、二人と一緒に見学しよう。

 踊らない生徒も結構多い。踊ってるのが半分、見学が半分くらいだ。

 僕はずっと見学してるつもりだったんだけど。


「ご歓談中、失礼します」

「シ、シロツユメンナ様!?」

「うわ……うわあ……」


 シロツメの登場で、ワード君とトシェ君は浮足立った。

 会場内で一番目立ってるのは、間違いなく彼女だ。特に男子なんか、ダンスに誘おうとして取り囲んでた。

 その包囲網を抜けてまで、僕たちになんの用事かというと。


「ロイサリス様、わたくしと一曲踊っていただけませんか?」


 ダンスのお誘いでした。しかも、僕を名指しでだ。

 シロツメ直々のお誘いは光栄だけど、ダンスなんかできないよ。


「申し訳ありませんが、僕は踊れなくて……」

「わたくしがリードいたします。皇族のたしなみとして、ダンスは得意なのです」

「シロツユメンナ様に、そこまでさせるわけには……」


 ダンスは、男性がリードするって相場が決まってる。まともにリードもできない男性がダンスに誘うのは、女性に対して失礼だ。


「女性の誘いを断るのも、恥をかかせて失礼になりますわよ」

「サラッと心を読まないでくださいよ」

「読みやすいのです。それで、踊っていただけますか?」

「……はひ」


 あ、噛んじゃった。押しの強いシロツメに、たじたじになってしまう。

 告白を断って以来、ずっと気まずかったのに、今日に限っては告白前と同じような気さくさだし。

 最後だからかな。僕もシロツメとは話したかったし、ぜひ踊ってもらおう。


「シロツユメンナ様、僕と踊っていただけますか?」

「はい、喜んで」


 男性から誘うのがマナーだったはずだし、改めて僕から誘った。

 ワード君とトシェ君の視線が痛い。

 他の人からの嫉妬も浴びつつ、僕とシロツメはダンスを披露する。

 自分で得意と豪語するだけあって、素人の僕でも踊りやすかった。


「夢のようです。ロイサリス様と、こうして踊れるなんて」

「大げさですよ。僕も、シロツメと踊れて光栄です」


 踊りながら、小声で会話する。


「僕、神様のご加護を授かったんです。シロツメが色々と助けてくれたおかげです。三年間、本当にありがとうございました」

「わたくしの方こそ、非常に有意義な時間を過ごさせていただきました」


 これまでの気まずさはどこへやら。シロツメと普通に話せてびっくりだ。

 よかった。思い残すことがなくなったよ。

 ゆったりとダンスを楽しんでから、僕はシロツメと別れて友達のところに戻る。

 シロツメと踊りたがってる人は多いし、独占しちゃ悪い。


「お帰り、色男」

「色男って……」

「シロツユメンナ様から誘われたんだし、色男だよね。羨ましい」


 ワード君からは、嫉妬の言葉があった。


「ふ、ふむ、グレンガーが踊れるなら、ぼくも誘え……るわけない!」


 トシェ君は、シロツメをダンスに誘おうとして断念してた。

 気持ちは分かる。僕だって、自分からは誘えなかった。

 ダンスで疲れたし、ジュースを飲んで休んでると。


「ねえ、グレンガー君って、シロツユメンナ様と交際してるの?」


 ワード君が変なことを言い出したせいで、吹き出しそうになった。

 なんとかこらえて、ジュースを飲み込んでから答える。


「し、してないよ」

「そうなの? でも、ダンスに誘われてたし、交換留学の件もあるし」

「交換留学?」


 ダンスに誘われたから、ただならぬ関係なんじゃないかって推測するのはいい。

 交換留学がどう関係してるの?


「知らないの? シロツユメンナ様も交換留学するんだよ」

「知らないよ! 初めて聞いた! 本当に!?」


 思わず声が大きくなっちゃったけど、楽団が二曲目の演奏をしてるから、注目されずに済んだ。

 ダンスに興じる人たちを横目に、今の話を詳しく聞かせてもらう。


「通例として、交換留学生は男女一人ずつが選ばれる。これは知ってるよね?」

「知ってる。男子は僕で、女子が誰になったのかは聞いてなかった」

「シロツユメンナ様なんだよ。いつもは、立候補者がいなくて人選に苦慮するのに、シロツユメンナ様が名乗り出たって話。立候補したのも異例なら、皇族が留学するのも異例だね」


 立候補者がいない理由は、さっきの会話にもあったように罰ゲームだからだ。

 スタニド王国の上級学校は、ヴェノム皇国では評判が悪い。


 僕は、スタニド王国に帰りたいって気持ちがあったから立候補した。

 さらに、交換留学だと学費がヴェノム皇国持ちになる。

 学費がタダだよ、タダ。おじいちゃんに頼らずに済むし、逃す手はない。


 打算があった僕はともかく、本来なら押し付け合いになる。

 まさに、罰ゲームって言葉がピッタリだ。

 ヴェノム皇国での出世を目指すなら、留学は足枷にしかならない。


「なんで、シロツユメンナ様が?」

「だから、グレンガー君のためじゃないかと思ったんだよ。恋人と一緒にいたいのかなって。本当に交際してないの?」

「してない」


 告白はされたけど。

 いくらなんでも、こんなことは吹聴できない。


 それにしても、シロツメはどういうつもりだろ? まさか、本当に僕のため?

 本心は分からないけど、シロツメとは今後も付き合ってくってことは分かった。

 やられたね。さすが皇女様、なのかな。

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