六十五話 愛しております
三年生になった僕だけど、シロツメに治療してもらうのはとっくに終わってる。
そこで関係が途切れず、今でも仲よくさせてもらえてるのがありがたい。
用事がないから、シロツメの屋敷に行くことはなくなったものの、約束した通り遊びに行った。
また、学校で勉強もしてる。
今日も、放課後に図書室で勉強中だ。シロツメもいるし、他の友達もいる。
最初は黙々と勉強して、しばらくすれば休憩がてら雑談に花を咲かせる。
僕の話のネタは、弟のカイと恋人のミキアノちゃんだ。
「てな感じで、弟が恋人を連れてきてさ。家族はびっくりだったよ」
幼いけれど仲睦まじい恋人同士だった二人の様子を話した。
すると、コミス君が僕をからかう。
「兄なのに、弟に先を越されたのか?」
「言わないでよ。自分でも気にしてるんだ」
カイに先を越されるとは思ってなかったからね。八歳なのにませてる。
この世界だと、割と普通なのかな?
身分の高い人は、もっと早くに婚約者を見つける場合もあるし。
「恋人作らないの? なんなら、あたしがなってあげよっか?」
友達の一人である女の子にまでからかわれた。
万が一、本気だったとしても、申し訳ないけどごめんなさいだ。
「気持ちだけ受け取っておく。恋人を作るのは、スタニド王国に帰ってからかな」
「相手がいるの?」
「相手っていうか、昔仲よくしてた子なら」
「今頃、恋人作って幸せになってるかもよ?」
「……考えたくない」
なんで、みんなして僕の心をえぐってくるのさ。
弟に先を越されたとか、マルネちゃんに恋人ができてるかもとか。
言われたくないことばっかりだ。
「あ、落ち込んじゃった」
「なあなあ、こんな薄情な奴じゃなく、俺と恋人にならね?」
「コミス君は……ないかな」
「なぜゆえに!?」
「だって、可愛い子には必ず声をかけてるでしょ。誠実さがないよ、誠実さが」
「グレンガーだって一緒だろうが! いつの間にか皇女様と仲よくなってて、昔はアムア先輩もいたし、今は寮の隣の子とか! メイドのリローさんにもこの前会ったが、可愛かったぞ!」
コミス君の突っ込みが、さらに僕の心をえぐった。
僕には、異性の友人が結構多い。同級生も後輩も。
ただの友人ならいいんだよ。
でもさ、男として思っちゃう。あの子、可愛いなって。
シロツメなんか特にそうだ。二年前に出会った時から抜群の美少女だったけど、十四歳の今はさらに磨きがかかってる。男子の憧れの的だ。
これがねえ……なんか、不誠実な気がするんだよ。
好きな子がいるのに、別の子にデレデレしちゃうのが。可愛いとかおっぱい大きいとか思っちゃうのが。
僕が自己嫌悪に陥ってると、シロツメが話しかけてくる。
「ロイサリス様と仲よくしていたお相手とは、どのような人なのですか?」
「どのような? 改めて説明しようとすると、難しいですね」
初めての友達で、初恋の人。
これをはっきり告げるのは気恥ずかしい。
「まあ、可愛い子ですよ。男子にも人気ありました。一年遅れて初等学校に入学してたんで、同級生でも年齢は僕の一つ上ですね」
「どのように過ごされていたか、お聞きしても?」
「一緒に勉強したり、ご飯食べに行ったり」
これといって変わったことはしてない。
恋人じゃなかったし、そもそも僕たちはいじめられてた。
楽しい学校生活を送るなんて夢のまた夢。
「負けてはいないはず……ですわよね」
シロツメがポツリと呟いたけど、それ以上は何も言わない。
休憩はここまでにして、僕たちは再び勉強に戻った。
しばらくは平穏な日々が続き。
ある日、僕はシロツメに呼び出された。久しぶりに、シロツメの屋敷に行く。
すっかり顔馴染みになった使用人の人たちに挨拶してから、執事さんに案内されてシロツメの部屋へ。
「突然呼び出してしまい、申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ」
なんの用事かは教えてもらえなかったけど、シロツメに呼ばれたら飛んでくる。
お世話になりっぱなしなんだ。恩を返さないとね。
「それで、用件とは?」
「少々お待ちください。爺」
シロツメが声をかけたら、執事さんは静かに退出した。
執事さんを部屋から出すってことは、聞かせられない内容なの? なんだろ?
「まずは、お座りください」
「では、失礼します」
シロツメに促されて、僕は椅子に腰かける。
シロツメも座り、向かい合う形だ。治療してもらってた頃と同じ。
「ロイサリス様」
「はい」
シロツメは、いつになく真剣な表情だ。どこか緊張した面持ちになってる。
少しの間、あちこちに視線をさまよわせてから、僕と目を合わせる。
そして。
「愛しております」
短く、だけどはっきりと告げた。
……愛して? おります?
「わたくしは、ロイサリス様が好きです。愛しております。わたくしとお付き合いしていただけませんでしょうか?」
え……これってまさか?
告白?
「えええええええええええええええええええええっ!?」
大音量で叫んじゃったけど、これは叫ぶよ。
シロツメが僕を好き? なんで? なんでなんで?
逆なら分かる。僕がシロツメを好きになるなら。というか、好きだし。
シロツメは超絶美少女で、スタイルも抜群。性格だってよくて皇女様だ。
これ以上の女性なんて、僕には思い当たらない。
おまけに、僕にとっては大恩人だ。女神様みたいって思ってた……いや、今でも思ってる。
好きか嫌いかで言うなら、間違いなく好き。悩む必要なく答えられる。友人としてじゃなく、女の子として好き。
マルネちゃんも好きなくせに気が多くて最低だけど、僕の偽らざる感情だ。
だけど……なんでシロツメまで?
そりゃあ、親しくはさせてもらってたよ。
医者と患者としても、普通の友人としても。
シロツメに好かれるような真似した? 記憶にない。
悪質な冗談を言う性格でもないし、本気なんだろうけど……
僕の脳内には、「なんで?」って単語ばかりが並ぶ。
言葉にならない僕の代わりに、シロツメが。
「お返事を、お聞かせ願えませんでしょうか?」
表情は硬いし、体も強張ってる。
告白したんだから当然か。勇気のいる行動だ。
シロツメに好かれるのは嬉しい。心が揺れ動かないわけでもない。
大恩人からの告白なら、恩返しの意味も込めて付き合ってあげても……
それは、ないな。感謝の気持ちや恩返しを理由に付き合うのは、ない。
僕は誰が好き? そう問いかけた時、真っ先に浮かぶのはマルネちゃんの顔だ。
「申し訳ありません。シロツメとは付き合えません。僕には好きな人がいます」
「そう……ですか……」
重苦しい沈黙が流れた。
僕もシロツメも、声を出せないでいる。
多分、数分程度だろうけど、何時間にも感じられる沈黙が続いて。
シロツメが声を絞り出す。
「負けていない。そう、思っていたのですけれど……」
「負けていない?」
「この前、ロイサリス様は話を聞かせてくれました。相手の女性は一つ年上で、男子に人気の可愛い子で、一緒に勉強したりご飯を食べに行ったり」
「確かに、言いましたけど……」
「ロイサリス様は、年上でも構わないご様子。手前味噌になりますけれど、わたくしも容姿には自信があります。何より、この二年少々、わたくしも同じような時間を過ごしました。ロイサリス様とご一緒に勉学に励み、遊びにも行き……ですので、負けていないと」
要素だけ抜き出してみれば、確かにその通りだ。
負けてないどころじゃない。客観的に見れば、シロツメの方が上だろう。
マルネちゃんも可愛いけど、シロツメはさらに上をいく。過ごした時間だってシロツメの方が長い。
「それでも、僕はシロツメとは付き合えません。あの子が好きなんです」
「……分かりました」
シロツメは気丈に振る舞ってるけど、今にも泣きそうだ。
どうすればよかったんだろ? 告白を受け入れればよかった?
答えは出ないまま、今日はお暇させてもらうのだった。




