六十四話 弟に先を越されました
ヴェノムオオヘビの件以降はこれといった事件もなく、僕は三年生に進級した。
同時に、父さんたちが皇都へ引っ越してきた。
父さん、母様、アミさん、リリ。
弟のカイセラス、シイソロス、ウイシミス。
そして、アミさんが産んだ妹のネイスアス。ネイちゃん。
もう一度言う。ネイちゃんだ。父さん待望の女の子。
もうね、プチ修羅場だったらしい。誰がって、母様とアミさんが。
「姉様は、愛する旦那様が望む女の子も産んであげられないの?」
「私は立派な男の子を四人も産んだわ! 無理矢理第二夫人の座に収まったあなたには、言われたくないわよ!」
「何よ姉様、やる気?」
「やりますとも!」
てね。姉妹仲は悪くないけど、父さんのこととなるとどっちも譲らない。
それはいいとして、八人での引っ越しだ。
おじいちゃんは、領主としての仕事があるから町を離れられず、おばあちゃんもおじいちゃんと一緒にいる。結果、父さんたちだけになった。
僕も含めて、家族九人がそろった。大家族だね。
ゴウザ・グレンガー。一家の大黒柱にして、僕の父さん。
ハナフミグサ・グレンガー。父さんの第一夫人にして、僕の母様。
アミレイジ・グレンガー。父さんの第二夫人にして、母様の実妹。
ロイサリス・グレンガー。これは僕だね。
カイセラス・グレンガー。僕の弟。次男。
シイソロス・グレンガー。僕の弟。三男。
ウイシミス・グレンガー。僕の弟。四男。
ネイスアス・グレンガー。僕の腹違いの妹。長女。
リリ・リロー。血はつながってないけど、家族同然で姉のような人。
以上、グレンガー一家、総勢九人だ。
みんなが引っ越してきた理由は、いくつかある。
僕が心配だからとか、皇都で仕事をしたいとか。
一番の理由は、次男のカイセラスだ。
カイセラス――カイは、僕の四つ下で八歳。七歳になってから初等学校に通ってたんだけど、凄く優秀だったらしい。
あまりにも優秀だし、皇都の初等学校に転校してエリート教育でも受けた方がいいんじゃないかってなった。
優秀でありながら、思い上がることもない自慢の弟なんだ。
兄として負けてられない。
家族が引っ越してきたんだし、僕は寮を出るかどうか悩んだ。
父さんや母様は、僕と一緒に暮らしたがってた。息子として、親孝行をしてもいいかなとも考えた。
でも、家族と一緒だと甘えちゃいそうだし、今も寮暮らしだ。
格好よく言うなら、あえて厳しい環境に自分を置くってね。
言うほど厳しくもないんだけど。寮生活は快適だし。
なのに、カイがキラキラした目で「兄ちゃん、すげえ!」って。
弟の無邪気な視線がプレッシャーだよ。中等学校の三年生になっても、ご加護すら授かれてないのに。
学校生活も残り一年を切った。ご加護は授かれるかな。
僕より先に、カイがご加護を授かったら……兄のプライドが……
カイは、「兄ちゃん」って呼んで、僕を慕ってくれてるんだ。
弟に失望されない兄になりたい。
で、もう一つ、カイに負けられないことがあってね。
父さんたちが住んでる家に顔を出しに行った時なんだけど……
ヴェノム皇国の皇都にある屋敷に、僕は足を運んでいる。
家族が引っ越してきて住むことになった家だ。
スタニド王国の村で住んでた家とは大違いの、立派なお屋敷。
おじいちゃんやシロツメの屋敷には及ばないものの、平民が住むには破格だ。
僕はリビングにいるけど、凄過ぎて居心地が悪い。
「父さん……これ、どうしたの?」
「ロイの爺さんは、子煩悩だということだ。ハナとアミがいるから、とな」
おじいちゃんが用意したのか。納得。
いい屋敷をもらえたにしては、父さんが落ち込んでるけど、どうしたんだろ。
「男のプライドが傷ついた?」
「お前、聞きにくいことをずばりと聞くな。それもあるが……俺が死ぬまでに返し切れるかどうか……」
ああ、タダじゃないんだ。父さんがお金を払うんだね。ローンみたいなものだ。
タダにもしてもらえそうだけど、それこそプライドの問題があったのかな。
「にしても、大きなお屋敷だよね。使用人を雇うの?」
「金がない。幸い、うちには女性陣が三人もいるから、家事はなんとかなる」
母様とアミさん、リリの三人か。
父さんはお金を稼がなきゃいけない。家族を養い、ローンを支払うために。
……過労死しない?
「ぼ、僕、進学をやめた方がいい?」
今日は、僕の進路について相談しにきたんだ。
スタニド王国の上級学校に進学したいって話は、前々からしてあった。僕も三年生になったし、本格的に決めたかったんだけど。
父さんの負担になるなら働こうかな。
マルネちゃんは諦めたくないから、一度スタニド王国に帰ってマルネちゃんに告白し、ヴェノム皇国にきてもらう。
告白っていうか、プロポーズになるね。「僕と一緒にきてください」って。
初等学校の先生になる夢も、ヴェノム皇国で叶えればいい。
「ロイは気にするな。進学したいならすればいい」
「お金は?」
「……オグレンナ様だな」
まあ、おじいちゃんになるよね。ない袖は振れないし。
僕と父さんが、そんな会話をしてた時だ。「ただいまー!」って声が聞こえた。
弟のカイだ。初等学校生だから寮暮らしだけど、ちょくちょく顔を出してる。
カイはお客さんを連れてきてた。カイと同年代の超美少女を。
カイと一緒にリビングにやってきた女の子は、ガッチガチに緊張してる。
「カイ、そちらは?」
「僕の恋人!」
父さんが質問すると、カイが元気一杯に答えた。
恋人? 八歳なのに? 兄の僕にすら、恋人はいないのに?
カイに続いて、女の子が挨拶する。
「わわわわたしは、ミキアノ・ケシィと申す者です! カイセラスさんとはよいお付き合いをさせていただきて申し……あうぅぅ」
ピシッと姿勢をただして名前を名乗ったんだけど、緊張してるせいか敬語がめちゃくちゃだ。最後まで言い切れず、涙目になってる。
可愛らしくて微笑ましい。カイの奴、こんな可愛い子を恋人にしたのか。
皇都に引っ越してきたばかりだよ。手が早い。
「こ、恋人か……まあ、ゆっくりしていきなさい。後でリリに菓子でも持って行かせる」
「ありがと、父さん!」
「ああありがたく存じ申し……」
やっぱり緊張するミキアノちゃんを連れて、カイは自室に向かって行った。
残った僕と父さんは呆然としてる。
「……父さん、カイの恋人だって」
「ああ……驚いたな」
「可愛い子だったよね」
「ああ……驚いたな」
父さんは同じセリフしか言わない。相当びっくりしたんだろう。
しばらく二人してぼけっとしてたんだけど、父さんがおもむろに僕を見る。
「順番としては、ロイが恋人を連れてくる方が先じゃないか?」
「言われたくないことを!」
分かってるよ、そんなの!
息子としては、父さんたちにマルネちゃんを恋人だって紹介したい。
兄としては、弟に先を越されて悔しい。
が、頑張らなきゃ。




