六十話 ヴェノムオオヘビの魔物
道中はベイさんのワンマンショー。ミコトさんに自分の話ばかりしてる。
ミコトさんは、まあまあ可愛い。男子に大人気になるほどの美少女じゃないけど、素朴な可愛さがあるっていうか。
可愛い女の子だからベイさんも声をかけたし、自慢話もする。
こんな感じで、問題だらけのパーティーは魔物がいる森へとやってきた。
大荷物を担いだミコトさんの足に合わせてたから、結構時間がかかった。
もう少し減らしてもよかったと思うけど、いざとなれば荷物を捨てて逃げればいいし、多めに準備しておくのは悪くない。
さて、魔物の森だけど、実はたいした数はいないんだ。
広大な森林が広がってるから、いかにもって感じがするのにね。
僕たちみたいな初心者にはちょうどいい。
小休止を挟んでから森の中に侵入すると、濃い自然の匂いが鼻腔をくすぐった。
緑の隙間にある獣道を歩けば、虫の声が耳朶を打つ。
視界の隅を小動物が駆けて行ったり、陽だまりで日向ぼっこしてたり。
森林浴でもしてるみたいで、ほっこりした気持ちになる。
僕たちも森林浴を楽しみたいところだけど、魔物に注意しないといけない。
枝葉の隙間から木漏れ日が差し込んでるおかげで、暗くはない。慎重に進めば魔物にも気付ける。
「ベイさん、歩くのが少し速いです。慎重に進みましょう」
「臆病だな。たいした魔物なんかいやしない。サクサク狩って帰る方が効率的だ」
「絶対にいないと決まったわけじゃありません。強力な魔物に襲われたら、僕たちじゃ対処できませんよ。慎重に進み、危険そうなら逃げる方がいいです」
三人分の命がかかってるんで、ここは僕も引けない。
ベイさんに食い下がって、慎重になってもらおうとする。
「あ、あの……わたしもちょっと速いかなって……」
休憩したばかりなのに息を切らしてるミコトさんが言えば、ベイさんは少し速度を落とした。
これで一安心……かと思えば、ベイさんは急に駆け出した。
魔物を見つけたみたいだ。小型の魔物を狩って得意満面になってる。
「魔法さえ使わせなきゃ楽勝だぜ。これが本職ハンターの腕だ」
逆に言うと、魔法を使われてたら怪我してたけどね。
人間を襲わない魔物でも、こっちが襲えば身を守るためにやり返してくる。油断はできない。
危なっかしくても、結果オーライ……かなあ。僕が慎重過ぎる?
僕だって見習いだし、ああだこうだ指示を出せるほどの経験はない。
経験ってことならベイさんの方が上だ。
魔物を狩ったベイさんは、気をよくしてどんどん奥に進んで行く。
その後ろをミコトさんが続き、僕は最後尾で警戒する。
魔物はほとんど姿を見せない。そしたら、ベイさんはもっと奥へ。
「もう帰りましょう。あまり奥へ進むと危険です」
「まだ、たいして狩ってないんだぞ。帰れるか」
バカにされたくないから、成果が少ないのは嫌ってことか。
「わたしも、もう体力が……」
「お金を稼ぐためだし、辛抱してくれよ。カナちゃんのためにもなるんだ」
ミコトさんの言葉ですら止められない。
ベイさんについて進んで行けば、異変が生じていた。
青々と茂っていた草木が、緑を失い枯葉色となってる。
それも、汚染されたような薄気味悪さを覚える色だ。秋に目にするような、哀愁漂うもののどこか優しさを感じる枯葉じゃない。
樹木の幹はねじくれて、隣接する木と絡み合ってる。
「様子がおかしいです。引き返しましょう」
「……確かに、これは変だな」
ベイさんも異変には気付いてるみたいで、珍しく僕の意見に同意してくれた。
「引き返すか……だが、ここまできておきながら収穫なしなのも……」
「お金よりも、命の方が大事ですよ。ミコトさんもいるんです」
僕やベイさんなら、いざとなれば全速力で逃げられる。
ミコトさんは女の子だし、体力もない。今の時点でも疲弊してるのに、逃げられるかどうか怪しい。
「……しょうがない。ロイサリスがビビッて逃げたがってるし、帰るとするか。俺はもっと狩りたいんだが、ロイサリスがそこまで言うんじゃな」
はいはい、僕のため僕のため。なんでいちいち、こんな言い方するんだろ。
まあ、帰る気になってくれたのはありがたい。さっさと帰ろう。
そこで、ミコトさんが何かを見つけた。
「あれはなんでしょう? 卵?」
大木の根元に隠れるように、卵がいくつかあった。
鶏卵よりも一回り大きく、直径七、八センチくらいかな。
殻は赤みがかった黄色で、黒点がぽつぽつ浮いてる。なんか不気味だ。
「気味悪いが、食えるのか? 一応、持ち帰ってみるか」
魔物を碌に狩れなかったため、ベイさんは卵を持ってくつもりだった。
僕もミコトさんも反対しない。重い物でもないし、持ち帰るのは簡単だからね。割れないように注意する必要はあるけど。
多少の稼ぎになればよし、ダメでも構わない。
ベイさんが卵を拾い上げて、今度こそ帰ろうとし。
いきなり大地震が起きた。
隕石でも落下したような轟音と衝撃。とても立っていられず、転んでしまう。
混乱する僕の目に飛び込んできたのは。
黒い壁――いや、黒い鱗を持つ巨大な、非常に巨大なヘビだった。
長さは何メートルあるんだろ。四十? 五十?
バカでかいヘビが、周囲の木々をなぎ倒しながら鎌首をもたげる。
この巨大なヘビの話を、僕は聞いたことがある。話に聞いてたよりもでかいけど、間違ってないはずだ。
「……ヴェノムオオヘビ」
体重一トンは軽く超えてるヘビが、大木の上から落ちてきたのか。
そりゃあ、大地震に匹敵する衝撃になるわけ……って言ってる場合じゃない!
「卵を返してください! それはあいつの、ヴェノムオオヘビの卵です!」
「ヴェ、ヴェノムオオヘビの卵? あの超高級食材か?」
シロツメの屋敷で食べさせてもらったプリン。それに使われてたのが、ヴェノムオオヘビの卵だった。
滅多に出回らないのは、卵を守るヴェノムオオヘビが厄介だからだ。
卵を確保するのも一苦労なんだ。
自分の持つ物がお金になるって知ったベイさんは、目の色を変えてる。
まさか、持ち逃げするつもりじゃ!?
「ベイさん! 早く!」
僕が叫ぶけど、ベイさんが卵を返すよりも先にヴェノムオオヘビが動く。
口を大きく開け、毒腺から毒液を飛ばした。
なぜか、空に向けて。
それは毒の雨となり、頭上から降り注ぐ。
「うああああっ!」
僕は悲鳴を上げて逃げ惑った。
ベイさんとミコトさんも、地面を転がるように逃げてる。
この辺の環境がおかしくなってたのは、こいつのせいか!
だけど変だ。確かにヴェノムオオヘビは毒を持ってるけど、こんな攻撃をした?
体もやけにでかいし、ただのヴェノムオオヘビじゃない?
考えられる線は……
「こいつ、魔物化してます! 魔物のヴェノムオオヘビです!」
ただでさえ厄介なヴェノムオオヘビが魔物になった。
これ、卵を返しても無駄かもしれない。
僕と同じことをベイさんも思い、どうせ襲われるなら卵を確保したかったのか。
もしくは、精神が錯乱したがゆえなのか。
卵を返さないまま、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
僕とミコトさんを置き去りにして。
あいつ……リーダーぶってたくせにこれか。
「ミコトさんも逃げてください!」
本当は僕だって逃げたい。ミコトさんを囮にして逃げれば、僕は助かるだろう。
でも、ここで逃げたら一生後悔する。
ミコトさんを見捨てたって罪を背負いながら、苦しんで生きることになる。
もしかしたら、家族や友人は慰めてくれるかもしれない。
あれは仕方なかった。自分の命を優先するのは悪くない。真っ先に逃げ出したベイさんが悪い。
その気遣いが余計に罪悪感と惨めさを増幅し、誰にも顔を合わせられなくなる。
逃げるなら、ミコトさんが逃げた後だ。
「こ、腰が抜けて……」
ミコトさんは、地面に転がったまま立ち上がれないでいる。
ヴェノムオオヘビに毒の雨とくれば、十歳の女の子じゃ仕方ないか。
「這いずってでもいいです! とにかく少しでも遠くへ!」
ミコトさんが逃げるまで、僕が時間を稼ぐ。
ヴェノムオオヘビを倒すのは無理だ。僕の装備は普通の剣一本だし、まともに攻撃が通らない。
倒せなくても、注意を引きつけるくらいなら。
身軽になるために、荷物を放り投げる。
頼りない剣一本だけで、ヴェノムオオヘビに挑む。
「こっちだ! こっちにこい!」
ヴェノムオオヘビの生態なんて知らないから、視力や聴力があるかどうかも知らない。
なんでもいいから引きつけたくて、大声を張り上げつつ剣を振り回してみた。
効果はあったみたいで、僕の方を向いてくれた。
鎌首をもたげてる状態なのに、顔の位置は僕の遥か頭上にある。
黒と黄色の入り混じった丸い眼球に、射抜かれそうになる。まさしく、蛇に睨まれたカエルって言葉がピッタリだ。
まったく、こんな化け物と戦おうなんて、正気の沙汰じゃないね。
生きて帰れるかな。




