五十六話 思いがけぬ再会
二年生に進級した僕は、仕事を始めた。
魔物を狩るハンター見習いとして登録したんだ。
「絶対に、ぜっったいに、無茶はしないでくださいね」
シロツメにはやけに心配されたけど、言われなくても無茶はしないよ。
十一歳で、ご加護もない僕が、強力な魔物相手に無双できるなんて考えてない。
さて、魔物とは何か。ハンターになるんだし、僕も勉強した。
魔法を使う動物って表現すればいいかな。
人間も魔法を使うけど、一部の動物も同様に使う。正確には、魔法を使えるように変質する。
魔法を使うなら魔物で、使わないなら動物。分かりやすい区分だね。
強さは関係なくて、魔法を使うか使わないかが基準になる。
もちろん、魔法を使える方が基本的に強いから、魔物は大概強いけど。
人間を襲う魔物もいれば、襲わない魔物もいる。
動物もそうだよね。熊や狼なんかは人間を襲うし、兎やリスなんかの小動物は襲わない。
熊の魔物は人間を襲う。兎の魔物は人間を襲わない。
ただし、人間を襲う襲わないに関係なく、魔物は例外なく退治される。
そして、魔物を退治するのがハンターの役目だ。
騎士も魔物退治はするけど、皇都の治安維持が優先だから魔物退治はハンターに任せることが多い。とんでもなく強い魔物でも出れば、その限りじゃないけど。
ハンターは、れっきとした職業として成立してる。誰でもなれるわけじゃなく、それなりの能力が必要だ。
中等学校の生徒なら、成績優秀者がハンターになって腕を磨くことがある。
子供だし、ハンター見習いだけど。
命を落とす可能性もある。死んだ場合は自己責任で、学校側は責任を負わない。
とはいえ、誰でも彼でもハンターにして死なれると、さすがに学校も無関係じゃいられなくなる。
実力はあるか、他のハンターとうまくやっていける協調性はあるか。
学校の審査に合格した子供が、ハンターになることを認められる。
分かりやすい例としては、ナモジア君だ。実力はあるのに、協調性の面で弾かれてた。
僕はギリギリだった。ギリギリでもなんでも、認められればこっちのもの。
魔物と戦って腕を磨け、ご加護を授かるための実績になり、報酬ももらえる。
一石三鳥のおいしい仕事だ。
特に、実績を積むにはうってつけ。成績も伸びてるし、殺人鬼を倒したって功績もあるから、あとちょっとで儀式を受けられそうなんだ。
そして今日は、初仕事の日。授業が優先だから、授業のない日に仕事をする。
ハンターギルドに行って、先輩ハンターに色々と教えてもらう。
いくらなんでも、中等学校の生徒を一人で行動させないってことだ。
僕の面倒を見てくれる人たちと顔合わせをしたんだけど、思いがけない再会が。
「お、おじさん?」
「あの時のガキじゃねえか。見習いになるロイサリス・グレンガーってのは……」
「僕です。改めて自己紹介を。ロイサリス・グレンガー。中等学校の二年生です」
一年前に出会ったおじさんと、まさかこんな場面で再会するなんて。
神様のご加護を授かってなくて、自暴自棄になってたおじさんだ。
ご加護がないから見下されてるし、碌な仕事もないって言ってた。ハンターになれたんだね。
「ジンフウ、知り合いか?」
「あ、ああ、昔ちょっとな」
おじさんの名前は、ジンフウさんっていうのか。
ジンフウさんを含み、男性二人と女性一人の合計三人で組んでる。この人たちのパーティーに僕も入るんだ。
「世間は狭いな。俺はコロアド・バルツだ。パーティーのリーダーをやってる」
「……ジンフウ・オジュエイ」
「メルティセナ・フルーンハットよ」
「バルツさんにオジュエイさん、フルーンハットさんですね。よろしくお願いします」
三人とも、三十歳前後かな。子供の僕が入ると、かなり違和感がある。
ハンターになる子供自体が少ないし、こんなものか。
「せっかくだし、個人名で呼んでくれ。俺たちはそうしてるんだ」
「えっと、コロアドさん、ジンフウさん、メルティセナさん、ですか?」
「一発で覚えたの? さすが中等学校に通うエリートね。あたしは、メルでいいわよ。メルティセナって長いでしょ」
「分かりました、メルさん」
名前を忘れないようにしなきゃ。メルさんは褒めてくれたけど、僕はそこまで記憶力がいい方じゃない。
リーダーの男性がコロアドさん。
一年前に会ったおじさんがジンフウさん。
紅一点がメルさん。
「そんじゃ、自己紹介も終わったし行こうか」
コロアドさんが先導して、僕たちはハンターギルドを出る。
皇都も出て、外へ。北へと伸びる街道を歩く。
普段は皇都の外になんか出ないし、新鮮だ。
今の季節はちょうどいい気候で、外を歩いてるだけでも気持ちいい。
もっとも、散歩気分じゃダメだ。ハンターの仕事なんだし。
「今日はどこへ行くんですか? 魔物を狩るんですよね?」
「いればな。まずは見回りだ」
コロアドさんが答えてくれた。
ハンターとはいえ、毎日魔物を狩るわけじゃない。
というか、皇都周辺なんて狩り尽くされてて魔物すらいない。
たまに出没するから見回りは必要になるし、魔物がいる森や洞窟もある。
今日は、僕が初めてだから様子見ってところか。
打ち解けないと連携に支障が出るし、覚えなきゃいけないこともある。色々と教わろう。
コロアドさんとメルさんは気さくな人で、打ち解けるのは簡単だった。
「しっかし、安心した。中等学校の子供の面倒を見ろって言われた時には、どんな生意気なガキがくるかと思ってたが」
「素直ないい子よね。弟ができたみたい」
「弟? 年齢的に息子だろ。サバ読むんじゃない」
「ああん、なんだって? あたしはそこまで年増じゃないよ」
「どうだか。ロイサリス、お前の母親はいくつだ?」
「母様ですか? 二十九歳ですね」
アラサーだけど、まだまだ若くて美人な、自慢の母様だ。
「くくくっ、ほれ見ろ。母親が二十九歳だとよ」
「あ、あたしは二十八歳よ! あたしの方が年下!」
「誤差じゃねえか。だから、俺で手を打っとけって。行き遅れでも、もらってやるから」
「コロアドなんかお断り。あたしは、もっといい男を捕まえるの」
「無理だと思うがな。若くもなく、美人でもないのに、高望みすんな」
コロアドさんとメルさんが、漫才みたいなやり取りをしてる。
一方で、ジンフウさんは無口だ。さっきから全然しゃべってない。
コロアドさんも気付いたみたいだ。
「どうした? 全然話さないが」
「……こんなところで再会するとは思わなかったんだよ。心の準備ができてねえ」
「そういや、知り合いなんだっけか?」
「知り合いっつうか……俺がやさぐれてた頃にな」
ジンフウさんは、僕と出会ったいきさつを話す。
あの後、どうなったか知らなかったし、僕も聞きたかった。
僕を殴ったジンフウさんだけど、たいした問題を起こしたわけでもなく、罰はちょっとした労働で済んだ。
それから、一念発起してハンターに。実力さえあればのし上がれると考えた。
最初は認められなかったけど、他のハンターに頼み込んで雇ってもらった。
やっぱり厳しかったみたいだ。ご加護がないから見下されるし、分け前も碌にもらえず雑用を押し付けられる毎日。
「それまでの俺なら、やってられっかって思って逃げただろうな。だが、俺が変わらなきゃ人生だって変わらねえと思った」
辛くても諦めず、ふてくされず。
辛抱を重ねてハンターとしての実力を磨いた。
少し前に正式なハンターとして認められ、コロアドさんやメルさんと組むようになった。
「ロイサリスはどうなんだ? 俺に、首席になるって大口叩いたが」
「ま、まだ首席にはなれていません……」
座学は、シロツメがずっと首席で、僕は次席が精一杯。
実技は、次席にもなれない。ナモジア君がいなくなっても、せいぜい十位だ。
これでも、入学当初から比べれば成長してるんだけど。
「今のところは、俺の勝ちだな。俺の方が先に立ち直ったぜ」
「どこがよ。将来有望な中等学校生と、ハンターになりたての男じゃ、雲泥の差じゃない」
「うっせえ」
メルさんがからかうように言って、ジンフウさんは突っ込みを入れた。
「いい仲間に巡り合えたんですね」
「おめえは俺の保護者か」
今度は、僕に突っ込んだ。少しは打ち解けたかな。
四人で笑い合えて嬉しい。