五十五話 自らの意思で
僕はリリのしごきから逃げ……もとい、学校が始まるから仕方なく皇都に戻った。
仕方ないなあ。もっと習いたかったのに、授業があるもんなあ。残念だなあ。
わざとらしい言い訳も完了したところで、僕は二年生に進級した。
進級して大きく変わった部分は、人間関係だろう。
アムア先輩が卒業していなくなった。一年間お世話になったから、やっぱり寂しい。
お隣さんだったアムア先輩の部屋が空室になると、なんとも言えない空虚感があった。もういないんだなって思い知らされたよ。
代わりに、逆側の部屋に新しい人が入った。
こっちは誰もいなかったんだけど、新入生の女子が住むようになったんだ。
僕は軽く挨拶だけして、「グレンガー先輩」って呼ばれた。
僕が先輩って違和感ある。
アムア先輩との別れ、新しい人との出会い。
そしてもう一人、僕の前から姿を消そうとしてる人がいる。
ナモジア君だ。
「た、退学? なんで?」
「飽きた」
僕の問いかけに、ナモジア君は簡潔に答えた。
飽きたって……そんな理由で退学するの?
「僕、結構強くなったよね? ナモジア君と互角とは言えなくても、いい勝負ができるようになってる」
「グレンガーには感謝してるぞ。最初はつまらなかったが、最近のお前と戦うのは楽しい。だが、学校生活に飽きたんだ。ここにいてもつまらんし、強くもなれん」
ナモジア君を嫌ってる子供がいるから、そのせいかとも思ったけど、違ったみたいだ。
自分の意思で学校をやめようとしてる。
「これからどうするの?」
「修行の旅だ。俺は強くなりたい。強い奴と戦いたい。学校じゃ望みは叶わん」
気持ちは固まってるか。
寂しいし残念だけど、僕に止められることじゃない。
ナモジア君の決断を尊重しよう。
「なんて言葉をかければいいか分からないけど……頑張って」
「言われるまでもない」
こうして、ナモジア君は中等学校を退学した。
最後に、もう一度だけ僕と戦ってもらって。
リリから習ったばかりのアーガヒラム体術も披露したけど、いつものように負けちゃった。
僕は結局、ナモジア君に勝てずじまいだったか。
一度くらいは勝ちたかったな。
「最強となる俺に負けたんだ。胸を張れ。お前は強い」
不覚にもグッときた。少しは認めてもらえたのかな。
これまでありがとう。また会えるといいね。
ナモジア君がいなくなったことで、二年生の間では色んな噂が飛び交った。
悪い噂も多い。学校に居づらくなって逃げたとか、問題を起こして退学処分になったとか。
ナモジア君を追い出してやったってうそぶく子供もいた。
追い出したって、バカバカしい。
ナモジア君は、「なんで俺がこんな目に!」みたいな弱音は吐かなかった。
退学したいから退学しただけだ。自らの意思だ。
「好き勝手言われてるよな」
「コミス君も、噂を信じてる?」
「俺は、ナモジアはあんまり好きじゃなかった。武術の授業で、何度か殴られてるからな。だが、あいつが『強い』ことは知ってる」
強い、か。
戦闘能力って意味もあるけど、他の意味も含んでる。
ナモジア君なら、悪い噂なんか気にしないだろう。勝手に言ってろって感じで無視する性格だ。
グチグチ文句を言いはしない。後悔もしない。
学校のことなんか忘れて、今頃は武者修行を楽しんでると思う。
ナモジア君は格好いい。性格に問題がないとは言わないけど、彼の生き様を僕は尊敬する。
リリなんかは真面目だし、話を聞けば渋い顔をするかな。
なぜ、力を求めるのか。その意味を考える性格だ。「強くなってどうするんですか? なんのために力を使うんですか?」って言いそう。
「あんな性格で、どうして強いんだろうな? いくら武神の加護だからって。俺も、低神じゃなく武神だったら、強くなれたのか?」
コミス君は低神のご加護だ。低神が九割以上なんだし、珍しくはない。
もしも武神なら、確かに強くはなれると思うけど。
コミス君の性格だと、ナモジア君みたいにはいかないんじゃないかな。
僕は、ずっと考えてることがある。
神様のご加護を授かるにあたり、基準は何か。同じご加護でも、ナモジア君のように強い人とそうじゃない人がいるのはなぜか。
研究はされてても、明確な答えはいまだに出ていない。
その中で、僕が面白いと思った説は、「神様の好き嫌い」だった。
神様は人間以上にわがままだ。
例えば、絶対神。これは、「自分自身を絶対だと信じ込む」ことが重要になる。
レッド君が絶対神のご加護を授かったのも当然だ。自分の正義を絶対と信じて疑わない独善的な性格は、絶対神にとって好ましく映る。
これって、意外と難しいんだよ。
成長すれば、善悪の判断は嫌でもできるようになる。
人を傷つけちゃいけない。人の物を奪っちゃいけない。
欲望に負ける人がいても、悪いと思ってないわけじゃない。頭では悪いことだって分かってて、でも事情があったり、やりたかったりするからやる。
人間社会では至極当然の感覚は、神様には邪魔なんだ。
俺は絶対だ。私は絶対だ。
心の底から思えなければ、絶対神のご加護は授かれない。
あとは、周囲の反応もあるんだろうね。
いくら自分で自分を絶対だと思っても、普通は周囲が認めてくれない。
レッド君なら認められる。大貴族の息子で天才だから。
武神なら、強さを徹底的に追い求める人が好ましい。
何かを成し遂げるために強さを欲するのは、強さに対して純粋じゃない。
強くなりたい。ただ、強くなりたい。それ以外の感情は夾雑物だ。
強くなるのが目的のナモジア君なら、武神も好むだろう。
同じ武神のご加護を持ってる人同士でも、ナモジア君の方がより強くなる。
もちろん、本人の努力もあるけどね。
「ご加護の研究成果が載ってる本があるけど、読む?」
「勘弁してくれ。学校の勉強以外で本なんか読みたくない。まあ、ナモジアはいいんだよ。あんな奴なんて気にしても仕方ない」
コミス君は、ナモジア君から別の人の話題に変える。
「アムア先輩がいなくなったのがなあ……先輩ぃ……」
「そこまで好きだったの? なら、告白でもすればよかったのに」
「したぞ。卒業する前にと思って告白したが、フラれたんだ」
嘘! 告白してたの!?
「ど、度胸あるね……」
「ダメ元だったからな。俺のことは、ただの後輩としか見てないのは知ってた。どうせフラれるとは思ってても、せめて気持ちを伝えたかったんだ」
コミス君も格好いい。失恋を経験して、少し成長したのかな。
人間、色んな経験をする方がいいよね。成功も失敗も含めて自分のためになる。
「アムア先輩がいなくなったから……次の女の子だ!」
「あ、あれ?」
「グレンガーの隣の部屋に、新入生の女子が入ったって情報は入手済みだ。さあ、俺に紹介しろ!」
ごめん、前言撤回する。あんまり格好よくないよ。
変に引きずるよりはいいのかもしれないけどさ。
二年生に進級して、変わった部分も多ければ変わらない部分もある。
また一年間、楽しい学校生活を送ろう。




