五十四話 リリの秘密
二年生に進級する前の長期休みに入った。
僕は、家族が待つ場所へ顔を出しに帰り、ゆっくり休んだ。
ちなみに、アミさんのお腹が大きくなってたよ。妊娠中なんだ。
腹違いの弟、もしくは妹が産まれる。僕が皇都に行った後だけど。
僕って、弟妹の出産時には、いつも不在だよね。立ち会ったところで何ができるわけでもないけど、産まれたばかりの赤ちゃんを見てみたいのに。
父さんが待ち望む女の子が産まれるかな。
こればかりは、神のみぞ知るってね。
妊娠はめでたいし、家でのんびりするのもいいとして、やりたいことがある。
リリからアーガヒラム体術を習いたいんだ。
皇都で購入した本を持ち帰り、リリに聞いてみた。
「ぼ、坊ちゃま……どこで?」
「皇都の本屋だけど」
「そうではなくてですね。どこで、アーガヒラム体術を知ったのですか?」
「どこって、リリが使ってたじゃない。レッド君を投げ飛ばしたよね。使ったのはあの一回きりだったけど、印象に残ってたんだ」
「……私、やっちゃってました?」
覚えてないのか。レッド君が不意打ちしたし、無意識だったのかな。
リリは頭を抱えて、過去の自分を罵る。「私のバカバカ」って。
「リリ、そろそろ教えてやればどうだ?」
僕とリリの会話に、父さんが入ってきた。
「アーガヒラム体術は、僕には教えられない技術なの?」
「そうではなくてですね」
また間違えた? 何があるの?
「言いにくいなら、俺が話すが?」
「……いえ、坊ちゃまには、私の口から」
妙に真剣な表情になって、リリは僕に向き直る。
「リリ・リロー……リローとは、母方の家名です。昔の私の名前は、リリ・アーガヒラム」
「アーガヒラム!? リリも母様と同じで、皇族の分家なの?」
「昔はそうでした。ただ……アーガヒラム家には、子供が多くてですね。現在の当主様、つまり私のお父様には、数十人もの妻と百人以上の子供がいるのです」
多っ! 奥さんが数十人!? 子供が百人以上!? なんだそれ!
父さんが二人の奥さんを娶って、現時点で子供が四人。アミさんが妊娠してるから、もうじき五人になる。
五人でも多いと思ったのに、文字通り桁が違う。
日本のマンガを思い出した。百人の子供を作ったお金持ちがいたっけ。
「とにかく女好きで、美人には見境がなく……立派な人ですが、女癖だけは悪いのです。子供が多過ぎるため、大半は養子に出されています。私も、母が病気で亡くなったのをきっかけに、オグレンナ様に拾っていただきました」
「ケノトゥム家の養子に?」
「養子ではありません。正直に言いますと、皇族とか分家とか、そういったものに嫌気が差していました。同じような身分にはなりたくなく、メイドに」
簡単に話してるけど、重い過去を背負ってるんだね。
そして、家族に恵まれてる僕は幸せなんだなって思う。
「アーガヒラム体術は、メイドになる前、リリ・アーガヒラムだった頃に習ったものです」
「そうなんだ……」
「隠していてすみません、坊ちゃま」
「いいよ。内容が内容だし」
幼い子供には話しいにくいだろう。
それに、リリの身の上話をしようとすれば、必然的に母様の身分とかも話さなきゃいけなくなる。
隠してたことを責める気はない。こういう話って、タイミングが難しいし。
僕が成長すれば、もしかしたら教えてくれたかもしれない。
「僕がアーガヒラム体術を習うのは、やめた方がいいかな? リリには辛い思い出だよね?」
「問題ありませんよ。坊ちゃまにもお教えしますね。坊ちゃまや私のように、体格に恵まれない人間こそ、アーガヒラム体術はうってつけです」
嬉しいけど、無理してないかな。
リリはいつもそうなんだ。自分よりも、必ず僕を優先する。
「辛いことを思い出すなら、無理しなくても……」
「今の私は、凄く幸せです。リリ・リローとして幸せになっています。辛くなんてありません」
無理はしてなさそうだ。本当に幸せそうにしてる。
グレてもおかしくないのに、重い過去を感じさせない明るさだ。
リリは、やっぱり凄いなあ。幸せでよかった。
「じゃあ、お願い」
「お任せください!」
僕は、リリからアーガヒラム体術を習うことになった。
でさ。思い知ったよ。
何をかって? マルネちゃんの凄さを。
マルネちゃん、よくもまあ、リリの弟子として半年も耐えたね。
僕なんか、二週間ほどなのに、何度もギブアップしかけた。
リリの訓練は、超厳しいんだ。
初等学校の先生になった時も、武術の授業は厳しかった。
特に、僕はやたらとしごかれてたけど、あんなの序の口。
「坊ちゃま! いつまで寝てるんですか! 立ってください!」
「ま、待って……少し休憩を……」
「甘えは許しません! 坊ちゃまが立たないなら……こうです!」
「うぎゃああああっ!」
リリの方針は、体で覚え込ませるみたい。
僕は何度も投げ飛ばされ、地面に転がされ、ボロボロに。
完治してない左腕は狙わないけど、他の部分が……
後遺症が残るようなヘマはしないよ。リリはさすがに手加減がうまい。
手加減がうまくても、キツイものはキツイんだ。
のんびりできたのは最初だけで、残りの休みは地獄の猛特訓になった。
やめとけばよかったよ。
「私に負けて悔しいなら、強くなってください! 恨みをぶつけてやるって思ってください! あんなこととかそんなこととかこんなことまで、なんでもやっていいですから! むしろ私は大歓迎です!」
「意味が分からないいぃぃいい!」
リリはドSなの? ドMなの?
とりあえず、教訓。
生半可な覚悟でリリに教わっちゃいけない。絶対に。
冗談抜きで、死ぬよ。




