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五十三話 贅沢な報酬

 猟奇殺人鬼が捕まった。そして、ソンギ・クアニム先輩も。

 中等学校の三年生で、奴隷の売買をしてるんじゃないかって言われてた人だ。


 商売の内容は、奴隷売買ではなかった。

 生贄の売買、とでも言えばいいのかな。クアニム先輩は買わないから、販売か。


 皇都には大勢の人間が集まってる。すると、多種多様な嗜好を持つ人もいる。

 中には、おぞましい嗜好の人もね。


 人を殺したい。できるだけ残忍に、凄惨に、むごたらしく殺したい。

 他ならぬ、クアニム先輩自身がそういう嗜好を持っていた。


 クアニム先輩が産まれた頃には、クアニム家は没落してた。

 自分には罪がないのに、先祖のせいで。そう思ってるうちに性格が歪んじゃって、弱い人間をむごたらしく殺すのが好きになったとか。


 そこから商売を思いついたのは、ある意味凄いのかな。

 普通は、思いついてもやらないけどね。


 類は友を呼ぶというか、同好の士の存在も把握でき、生贄を売ってたんだ。

 例の殺人鬼も、クアニム先輩の顧客の一人。


 やり方はこうだ。

 中等学校で親しくなった女子と遊びに行く約束を交わす。

 クアニム先輩は、待ち合わせ場所には行かない。あらかじめ、「遅れるかもしれない。その場合は、伝言のために人を向かわせる」とでも言っておく。


 そして、殺人鬼みたいな人間が近付き、女子(えもの)を連れ出して……

 あとは分かるよね。


 この方法で荒稼ぎしたクアニム先輩だけど、奴隷売買の噂が立ったから、商売を自重してた。お金も結構貯まったし、そのままやめてもいいと思ってたんだって。


 やめられなかったのは、顧客の方だ。

 獲物の供給が中断されたせいで、欲求は溜まる一方。これまでは我慢できてたのに、一度味を覚えちゃったら我慢が利かなくなった。


 供給してもらえないなら、自分の手で。

 結果、猟奇殺人事件を起こし、成り行きで僕に負けて捕まった。

 そこから芋づる式に、クアニム先輩や関係者たちも。


 以上が事件の顛末だ。


「なんか、納得いかない」

「何がですか?」


 せっかく事件が解決したってのに、アムア先輩は不満があるみたい。

 アムア先輩も狙われてたし、安全になって喜ばしいはずなのに、わざわざ僕の部屋にきてまで愚痴ってる。


「グレンガー君だよ。一番の功労者でしょ。なのに、ほとんど評価されてない」

「一番は言い過ぎです。猟奇殺人鬼は倒しましたけど、肝心のクアニム先輩は逃がしてしまいました。罪を暴き、捕まえたのは、皇女様や騎士たちです」


「でもさ、グレンガー君がいなかったら暴けなかったんだよ。クアニム君のは穴の多いやり口だし、なんとかなりそうなのに、皇女様もたいしたことないよね」

「さすがに不敬ですよ」


 僕以外は聞いてなくてよかった。シロツメなら怒らないだろうけどね。


 さて、猟奇殺人鬼を倒した僕は、最初は称賛された。

 みんなから「凄い凄い」って褒めてもらえたし、自慢に思ったものだ。

 でも、すぐに鎮静化した。もっと大きな話題にかっさらわれちゃったんだ。


 女子を生贄にしてたクアニム先輩、実際に殺してた犯人、あとは死体の処理をしてた人とか。大勢の犯罪者が一斉逮捕された。

 それを成し遂げた騎士や、早い段階から調査してたシロツメの評価が上がって、僕はほどほど。評価はされてるけど、ちょっと頑張ったねって程度だ。


 アムア先輩は、僕が正当に評価されてないって怒ってくれてるみたい。


「これでいいんですよ。僕が殺人鬼を倒したのは偶然ですから」


 僕だって、評価されたい、認めてもらいたいって欲求は持ってる。

 だけど、これでいいとも思う。たまたま巻き込まれただけの僕よりも、普段から働いてた人たちが評価される方がいいって。


 結果論になるけど、アムア先輩を守れたから満足してるのもある。

 僕は僕の望むことをやれた。加えて、称賛や評価なんかの副次的なものまで欲するのは、ちょっと格好悪い。


 普段は情けないんだし、たまには格好つけないと。

 事件よりも、別の話をしよう。


「それよりも、ご卒業おめでとうございます。少し気は早いですけど」

「うん、ありがと」


 アムア先輩は、中等学校の卒業試験に無事合格し、卒業を決めた。

 数日後に卒業式があって、式が終わればお別れだ。


 人気者のアムア先輩は、卒業式当日は人に囲まれると思う。今のうちに「おめでとうございます」って言っておきたかった。


「三年かあ……長いようで短かったなあ」


 思い出を振り返るように、アムア先輩は遠い目をした。


「私、実は留年しようかとも思ってたのよね」

「留年……しよう? わざわざですか?」


「だって、グレンガー君が入学してからの一年は、楽しかったし。もうちょっと学校にいたかったよ」

「そんな理由で留年しないでください」


「私もそう思って、真面目に卒業試験を受けたの。落ちてもいいと思うと気が楽になったから受かったんだけど、いいのか悪いのか」

「いいに決まってます」


 卒業できて悪いわけがない。

 アムア先輩は十三歳になったばかり。若くて可愛くて、皇都の中等学校を卒業した才女だ。幸せな未来が待ってるだろう。


「……いつでもいいからさ、私の実家に顔を出してくれない? グレンガー君みたいに素敵な旦那様と、可愛い子供を紹介するから」

「はい。いつか、必ず」


 僕は快諾したんだけど、アムア先輩は寂しそうだ。

 卒業だし、センチメンタルなのかな。僕もアムア先輩と別れるのは寂しい。

 でも、先輩の門出なのに暗い顔しちゃダメだ。しっかりと祝おう。





 アムア先輩の卒業を祝った次は、怪我の治療だ。

 いつものようにシロツメの屋敷を訪れて、診てもらってる。


「お背中は問題なさそうです。すぐに治るでしょう。左腕も、あと少しですわね」

「あと少し……やっとここまできたんですね。シロツメのおかげですよ。ありがとうございます」


 左腕の治療は長引いたもんだ。

 レッド君との試合で怪我をしてから、二年以上経過してる。

 ここまで付き合ってくれたシロツメには感謝だ。


「お礼の言葉は、完治してからで結構です。治りかけているからといって、無茶はしないでくださいね。ここまでやってきたことが無駄になってしまいます」

「無茶はしませんよ。殺人鬼と戦ったのは成り行きですし」


 僕が殺人鬼の話題を出すと、シロツメは沈んだ表情になった。


「本当によろしかったのですか? わたくしが推薦すれば、勲章を授けることだってできましたのに」


 その件か。まだ気にしてたんだ。

 僕が殺人鬼を倒したのに、シロツメたちが手柄を持っていった形になって、気に病んでるみたいなんだ。


 シロツメは、何か勲章を授けるとも言ってくれたんだけど、丁重にお断りした。


「殺人鬼を倒したのが僕以外だったら、シロツメは同じようにしましたか?」

「……しないでしょうね。素晴らしい功績だとは思いますけれど、素晴らしいと思うだけです」

「だったら、僕だけを特別扱いはいけませんよ。シロツメの名前に傷がつきます」


 皇女様が、友人を優遇したなんて噂が立つと、僕が嫌だ。

 恩人を不利な立場にしたくない。


 何ももらえなかったわけじゃなく、報酬を少しもらったから十分だよ。

 日本円換算で五万円くらいかな。妥当なところだと思う。


 極端な話、世界を滅ぼそうとしてる魔王でも倒せば、もっともらっても納得できる。まあ、そんなのはいないけどね。


 殺人鬼一人を倒しただけなら、五万円が妥当だ。

 この世界は、日本に比べると人の命が軽いし、凶悪事件も多い。僕の功績で大々的に評価してもらえるなら、他の人も同じじゃなきゃおかしいんだ。


「勲章は結構です。この前、プリンをごちそうになりましたしね」

「プリンだけでは……」

「じゃあ、今日も勉強を教えてください」

「無欲ですわね。では、わたくしにできることで報いたく思います」


 入学以来、ずっと座学主席を維持してるシロツメが、直々に教えてくれる。

 無欲なんかじゃない。これが一番、贅沢な報酬なんだよ。

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