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四十九話 猟奇殺人鬼の正体は

 昼食が済めば、買い物の続きだ。


「グレンガー君が買いたい物ってないの? 付き合うよ」

「僕は特にありません。アムア先輩の好きなお店に行ってください」

「そう? ならいいけど」


 正確には、ないわけじゃない。

 皇都はお店も多いし、色んな物も集まってる。見て回ってれば、欲しい物の一つや二つは見つかるんだ。


 旅行先で、普通なら買わない物を衝動的に買っちゃう行動に似てるのかな。

 あとになってから、なんでこんな物を買ったんだろうって後悔する。

 それも旅行の面白さかもね。ただ、お金に余裕があるならともかく、無駄遣いはよくない。


 僕は買い物をしなくてもいいと思ってたんだけど。

 アムア先輩が本屋に寄った時、見つけたんだよ。


「こ、これは!」


 思わず声に出すほど驚いた。この本、探してたんだ。


 アーガヒラム体術全集。


 アーガヒラムってのは、皇族の分家だ。

 これは、アーガヒラム家の人が考案した体術についてまとめた本。

 リリが使ってた合気道みたいなやつだよ。


 本になってるってことは知ってた。でも見つからなくて諦めてたのに。

 この本屋にも探しにきたけど、その時は置いてなかった。

 今日になって見つかるなんて、なんという偶然。なんという幸運。 


「グレンガー君、それ欲しいの? 変な趣味だね」

「いやいや、稀覯本(きこうぼん)なんですよ。知る人ぞ知るというか、マニア垂涎というか。そもそもですね……」

「う、うん、分かった。分かったから興奮しないで」


 いけない。アムア先輩に滔々(とうとう)と語りそうになった。

 とりあえず買おう。お金は……多分、足りると思う。食費を切り詰めてでも買うべき物だ。


「これください!」


 相当高価な品だったけど、僕は念願の本を入手した。

 これだけでも、アムア先輩に付き合った価値がある。


「先輩、ありがとうございます! この本屋に寄ってくれて!」

「うん……グレンガー君が喜んでくれるならいいんだけど……私と一緒にいるよりも本一冊で喜ばれちゃうのが……」


 いい買い物ができたな。早く帰って読みたい。

 本を読んだだけで会得できるとは思ってないけど、それでも嬉しいよ。


「聞いてないね……まあ、グレンガー君らしいかな」


 アムア先輩は、自分の読みたい本を探し始めた。

 待ってる間、アーガヒラム体術全集を開く。

 寮まで我慢できなかった。ちょっとだけ読ませて。


 アムア先輩の荷物を左腕で抱え、右手で本を持つ。

 シロツメの治療のおかげで、左腕がかなり使えるようになっててよかった。


 しばらく読みふけってると、アムア先輩も終わったみたいで本屋を出る。

 続きを読むのは帰ってからだね。


 本日最後の買い物に向かう。女性用の下着を売ってるお店に。

 ブラやショーツは高級品だ。平民には手が出せないほどじゃないけど、気軽に買える物でもない。


 高級品を扱うから、お店もいい場所にある。これまで回っていたお店と違って、ワンランク上というか。

 周辺を歩いてる人も身なりがいい。ただの買い物なのに、自分が偉くなったみたいに感じる。


 ちなみに、下着を恋人へのプレゼントにすると喜ばれるらしい。

 地球でも、昔はそうだったって聞いたことがある。日本じゃなくてヨーロッパの話だったかな。


 アムア先輩が恋人だったり、あるいは恋人になりたいと思ってたりするならプレゼントするところだけど。


「僕はここで待ってます。ゆっくり選んできてください」


 変な気持ちはないし、当初の予定通り外で待たせてもらう。


「本当にいいの? 今なら、グレンガー君好みの下着を着てあげるよ」

「いりません。大体、男が入っちゃまずいでしょ」


「恋人や奥さんと一緒に入る人もいるよ。私たちは恋人じゃないけど、黙ってれば気付かれないって。もしかして、グレンガー君も下着を買うって思われるかもね」

「先輩……さすがに僕も怒りますよ」


「怖い、怖い。じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 からかわないでもらいたい。僕が女性用の下着を買うわけがないじゃないか。

 アムア先輩がお店の中に入るのを見届けて、何をするでもなくぼけっと待つ。


 そういえば、殺人事件が起きたのはこの近くだったっけ。

 夜なら危険かもしれないけど、今の時間なら平気かな。まだ夕方前だ。

 人通りも多いし、事件があれば目立つ。犯人も、そこまで愚かじゃないだろう。


 行き交う人々の顔は、そこはかとなく不安そうだ。一人で歩いてる人もいない。

 だからだろうか。一人でアムア先輩を待ってる僕に、声をかけてきた人がいた。


「君、ここで何を? 一人でいると危険だよ」


 三十代半ばくらいの男性だ。

 顔や体型は、これといって特徴がない。ヴェノム皇国の人に多い黒目黒髪だし、イケメンでもなく不細工でもなく、背が高くもなく低くもなく。


 軽鎧を着て、帯剣もしてるのが特徴かな。

 巡回中の騎士の人だろう。お仕事、お疲れ様です。


「友人を待っているんです。今、このお店で買い物中なので」

「ここは……ああ、なるほど。男の子だし、入りにくいか」


 この騎士さん、いい人だ!

 僕を男扱いしてくれてる! 女性の下着を取り扱うお店に入り辛いって、分かってくれてる!


 だよね! 僕はちゃんと男なんだ! みんなの目が節穴なんだよ!

 感動した。お礼を言うのは変だけど、なんとかして感謝の気持ちを伝えたい。


「お兄さんは、巡回のお仕事中ですか? 皇都の安全を守ってくれて、ありがとうございます」


 僕を男扱いしてくれたことに対してじゃなく、仕事を頑張ってくれてることにお礼を言った。

 ちょっとだけお世辞として、「お兄さん」って呼んで。


 年齢的には「おじさん」になるかもだけど、「お兄さん」って呼ばれる方が嬉しいよね、きっと。

 僕がお礼を述べれば、騎士のお兄さんは照れたように頬をポリポリとかいた。


「改まって言われると、気恥ずかしいね」

「最近は怖い事件も起きてますし、巡回してくれていれば僕たちも安心できます」

「皇都の安全を守るのは、騎士の務めだからね……ところで」


 お兄さんが声を潜めた。どうしたんだろ?


「君も知っているようだけど、今は凶悪な男が皇都に潜伏しているんだ。ここに一人でいると危険だし、騎士の詰所で待てばどうかな?」

「詰所で? でも、友達が買い物中ですし」


 騎士と一緒なら、僕は安全になる。

 代わりにアムア先輩が一人になるし、それじゃ意味がない。

 今日の僕は、アムア先輩の護衛なんだ。彼女を一人にはできない。


「女性の買い物は長いよ。その間、ボクがここで君と話していてあげることもできない。詰所なら他の騎士もいて安全だ。場所は近いから、買い物が終わる頃に迎えにくればいいじゃないか」


 お店の中にいれば一人にはならないし、あとで迎えにくればってことか。

 僕が子供だから、ここまで心配してもらえるのかな。ありがたい。

 ただ、親切を無下にするようで気は引けるけど、やっぱり。


「お気持ちだけ受け取っておきます。僕はここで待ちますよ」

「危険だよ。君を放置したばかりに殺されでもしたら、ボクも寝覚めが悪い」


「何かあれば大声を出します」

「叫んだとしても、すぐに助けがくるわけじゃない。その前に、君が殺される。殺人鬼は、か弱い女性を狙う卑劣な男なんだ。子供の君も標的にされやすい」


 な、なんかこの人、妙にしつこいな。職務熱心なのかもしれないけど。

 僕だって、殺人鬼の男は怖いし、標的なんかにされたくない……


 殺人鬼の……()


 ちょっと待った。犯人は正体不明じゃなかったっけ?

 少なくとも、先生からはそう聞かされた。

 被害者が女性だからって、犯人が男とは限らない。性別に関係なく、怪しい人には注意しろって言われたんだ。


 騎士だから、僕らが知らない情報も知ってる? 新しい情報が見つかった?

 もしくは……


「どうしたんだい? ほら、ここは危険だから詰所に」


 僕を心配する声に、親切そうな顔。

 さっきまでと変わってない。変わってないのに……

 まさか、猟奇殺人鬼の正体は。

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