四話 七歳になりました
本日二話目です。
なぜ、父さんや母様は、僕を学校に通わせたがるのか。
初等学校を卒業しておかないと、一人前とは認められず、肩身の狭い生活を強いられるからだ。
この世界の人々は、儀式を行うことで、神様のご加護を授かれる。
神様なんて胡散臭いけど、実際にあるんだから認めるしかない。
で、僕が住む国は、儀式を行うのに条件がある。
『初等学校で三年間学び、卒業して、十歳になった人間』
これが条件だ。学のない、無知蒙昧な輩に加護を授けると、トラブルになるって考えられてるんだね。
最低限の教育を受けないと、儀式も受けられないし、加護も授かれない。
だから、学校が嫌だって言っても、通わなくていいとはならない。
僕は、せめてできる限りの対策をしておこうと考えた。
父さんに言われたからでもある。
僕が、「いじめられたらどうしよう」って弱音を漏らせば、脳筋の父さんらしく「ぶっ飛ばせ」って言い切った。
父さんみたいに軽く考えられれば、僕も楽に生きられるんだけどね。
なにせ、前世のいじめのせいで、怖くて仕方ないんだ。
とはいえ、いじめっ子をぶっ飛ばすのは、悪い意見じゃない。
強くなれば、相手だっていじめようと思わないはずだ。
変な話、父さんがいじめられる姿は想像できない。極悪人みたいな外見で、腕っぷしも飛び抜けてるのに、わざわざケンカを売ろうとする酔狂な人はいない。
僕は、どっちかっていうと母様似だ。
黒目黒髪で、男なのに女の子みたいに可愛いって言われる。
年齢を考えても女顔だ。父さんみたいな迫力は皆無。
外見は変えられなくても、だったら強くなればいいじゃん。
いじめに脅える弱い心を克服するつもりで、僕は父さんから剣の稽古をつけてもらった。
元々、剣は好きだった。父さんから剣を習うのが楽しかった。
記憶が戻っても、趣味嗜好までは変わらず、僕は一層稽古に明け暮れた。
母様とリリは、心配してたけどね。僕が暴力的な人間に育って、周囲の子供を次々とぶっ飛ばしてくのは嫌なんだ。
こっちにとっては深刻な問題だから、気にせず稽古した。
僕だって、誰彼構わず暴力をふるおうとは思ってない。護身のためだ。
目的があると、稽古にも身が入る。
学校に通う頃には、父さんからお墨付きをもらえるほどになっていた。
子供にしては強いって程度だから、自惚れるなって釘を刺されたけど。
今日は、七歳になった僕が、学校のある町に行く日だ。
母様、リリ、カイの三人が見送ってくれる。父さんは、僕と一緒に町まで行く。
ちなみに、母様は三人目の子供を妊娠中だ。
僕は出産の場にいられないけど、長期休みに帰ってくる時には産まれてる。
父さんは、女の子を欲しがってた。女の子を望むのは、昔からなんだそうだ。
「ハナの娘だぞ。絶対に美人に育つに決まってる。女の子が産まれて欲しい。三人目こそは、女の子になる気がする」
これが父さんの口癖。僕やカイはもちろん好きでも、女の子がいいんだって。
母様似の僕に、女の子の格好をさせようとしたこともあったとか。
母様に止められて、自重したんだってさ。
話を聞いた時は、母様に感謝した。ありがとう。本当にありがとう。
子供とはいえ、女装したなんてなったら、黒歴史だ。
僕が無理と知った父さんは、次はカイに目をつけてる。カイも母様似だからね。
諦めが悪い。弟よ、強く生きろ。お兄ちゃんは逃げるから。
まだ見ぬ弟、もしくは妹よ。お兄ちゃんが魔窟から無事に帰れることを祈っててくれ。
ああ、怖い。不安だ。行きたくない。
いくら嘆いても中止にはできないんで、僕は父さんと一緒に学校に向かう。
学校がある町までは、村から徒歩で一日。朝早く出発すれば、夕方に到着する。
大人の足で一日だし、子供の僕ならもう少しかかってもおかしくない。
だけど、父さんの稽古で体力がついてるおかげで、一日でたどり着けた。
「よく頑張ったな。まさか、最後まで俺の足についてくるとは思わなかったぞ。日が沈み切る前に到着したかったので、急いだのだが」
父さんは、いつも通り僕の頭をワシャワシャって撫でてくれた。
褒める時は、大概これだ。逆に、叱る時は拳骨。豪快なんだよね。
褒めてもらえるのは嬉しいけど、僕は疲労困憊だ。
大柄な父さんと子供の僕じゃ、歩幅も全然違うから、ずっと早歩きだった。
さすがに疲れて、荒い息をついてる。
すると、父さんは僕を抱き上げて、肩車してくれた。
「と、父さん?」
「しばらくお別れだから、最後くらいはな。俺に目いっぱい甘えておけ」
「う、うん……」
父さん、それ、微妙に死亡フラグです……
本当に死ぬとは思えなくても、少し不安になった。
僕を肩車したままで、父さんは町を歩く。
まさかと思うけど、人さらいと誤解されないよね。父さん、見た目がアレだし。
ってのは杞憂だった。
父さんは、仕事でこの町をよく訪れてるから、顔見知りが多い。
歩いてると、色んな人に声をかけられてた。
顔の広い父さんは、多くの人に慕われてて誇らしいのに、息子ときたら。
自分が情けなくなると、肩車も恥ずかしく感じる。
父さんに頼んで、降ろしてもらった。
ちょうどその時、一人の女性が父さんを呼び止めた。
「あらぁ、ゴウちゃんじゃないのぉ」
間延びした口調の、化粧の濃い女性だ。
結構美人でスタイルもいいんだけど、なにせ化粧が濃過ぎる。
香水の匂いもきついし、もったいない。普通にしてても綺麗だろうに。
けばい女性を見て、父さんは小さく「げっ」って漏らした。
小声でも相手に聞こえてて、怒られてしまう。
「げって何よぉ、げってぇ。失礼しちゃうわぁ」
「どこのどなたか存じませぬが、それがしは急いでおりますゆえ……」
何、そのしゃべり方。それがしなんて一人称、初めて聞いたよ。
「父さん? どうしたの?」
「父さん……あぁ、ゴウちゃんの息子さんねぇ。うわぁ、可愛いぃ」
「ええい、寄るなミカゲ。俺の息子に手を出したら、タダじゃ済まさんぞ」
ミカゲってのが、女性の名前みたい。
化粧で分かりにくいけど、母様と同い年くらいかな。
父さんとはどんな関係だろ。まさか、浮気相手とか言わないよね。
僕が考えてると、ミカゲさんは僕に挨拶をする。
「はじめましてぇ。わたしぃ、ミカゲ・クナっていうのぉ。ぼくの名前はぁ?」
「ロ、ロイサリス・グレンガー……です」
「挨拶できてぇ、偉いわねぇ。お姉さんはぁ、ゴウちゃんの愛人さんなのぉ」
「子供に何を吹き込んでるんだ、お前は! 誤解を与えるだろうが!」
ああ、びっくりした。誤解ってことは、愛人じゃないんだ。
「ごめんねぇ。ちょぉっとぉ、間違えちゃったわぁ。正確にはぁ、未亡人のお姉さんがぁ、ゴウちゃんを狙ってるのよねぇ」
「だから! 子供に変な話を吹き込むな!」
「将を射止めるためにはぁ、子供を味方にしないとねぇ」
「ダメだこいつ。人の話を聞いてねえ……」
父さんがぼやいたけど、脳筋の父さんが呆れるって相当だよ。
ミカゲさんは、父さんと浮気してるわけじゃなくても、問題がある人っぽい。
悪い人じゃないんだろうけどね。
父さんも、僕に忠告する。
「ロイ、ミカゲにはなるべく近寄るなよ。危険人物だ」
「危険じゃないわよぉ。ロイ君もぉ、お姉さんとぉ、仲よくしてねぇ。七歳ならぁ、学校にぃ、通うんでしょぉ? だったらぁ、町に住むわよねぇ」
「……待て、なんでお前が、ロイの年齢を知ってる? 俺は教えてないぞ」
「うふふふぅ、わたしぃ、独自の情報網をぉ、持ってるのよぉ。全部お見通しぃ」
「怖えよ!」
僕のことを調べるくらい、ミカゲさんは父さんが好きなのか。
父さんってモテるんだな。ここも、息子の僕とは違う。
「まぁ、わたしの娘もぉ、学校に通うからねぇ。有体に言っちゃうとぉ、ロイ君がぁ、娘のイイ人になってぇ、くれないかなぁってぇ、ちょぉっと思ってたりぃ」
娘さんが、僕と同い年なんだ。
それにしたって、いい人ってのはいくらなんでも……
どっちも七歳だよ。前世の記憶がある僕はともかく、普通は恋愛の機微なんて理解できない年齢だ。
まあ、仲よくするのはやぶさかじゃないけど。
女の子なら、僕をいじめる可能性は低い。前世でも、僕をいじめてたのは男だ。
女子からもキモいってバカにされてたけど、僕が不細工だったのは事実だから、そのくらいなら我慢できる。
男の子よりは、女の子の方が友達になれるかもね。だから僕は、こう答える。
「うん、仲よくするよ」
「お、おい!」
「うわぁ、ロイ君はぁ、いい子ねぇ。娘とぉ、仲よくしてねぇ。ロイ君がぁ、守ってくれればぁ、安心できるわぁ。それに比べてぇ、ゴウちゃんはぁ、息子さんにぃ、女の子をいじめるぅ、男になれってぇ、言うのぉ?」
「くっ……き、きたねえ。ロイ、いいか。ミカゲの娘と親しくする分には構わんが、ミカゲには気を許すなよ。取って食われるぞ」
「ゴウちゃんもぉ、子供にぃ、変な話をぉ、吹き込んでるじゃないのぉ」
まったくだね。取って食われるって、七歳の子供にする注意じゃない。
ひとしきり話したミカゲさんは、立ち去って行った。
変わった人と知り合った僕は、父さんと一緒に学校に行く。
早くしないと、今日中に入学手続きができない。