四十五話 理想の男性はロイサリス・グレンガー
少し揉めたものの、武術はナモジア君に練習相手になってもらってる。
次は座学だ。教えてくれる人がいないかな。
で、いい人がいる。コミス君が言ってたけど、アムア先輩だ。
何人かのクラスメイトを引き連れて、僕はアムア先輩の部屋を訪れた。
勉強を教えてもらうために。
最初は、僕とコミス君だけの予定だったのに、他の男子が抜け駆けは許さないって言ってついてきた。
僕を入れて五人もいる。アムア先輩に迷惑だと思うけど、無理なら無理って断ってもらおう。断られれば、他の人を探そうかな。
僕がアムア先輩の部屋の扉をノックすると、すぐに出てきた。
「グレンガー君? お友達も一緒に、どうしたの?」
初対面の時は僕に対して敬語だったけど、今はタメ口になってる。
先輩と後輩だし、後輩にタメ口なのは変じゃない。
「いきなりすみません。実は……」
アムア先輩に勉強を教えてもらいたいって話した。無理ならそう言ってくださいってことも。
「教えてあげたいんだけど、私もそこまで成績がいいわけじゃないからなあ。一人二人ならともかく、五人となると……」
「いえ、無理を言ったのは僕たちですし」
「うーん……あ、そうだ! いいこと思い付いた!」
渋っていたアムア先輩が、急に声を張り上げた。
「交換条件でどう? グレンガー君が私のお願いを聞いてくれたら、私も勉強を見てあげる。もちろん、みんなの分をね」
……なんだろ。シロツユメンナ様といいアムア先輩といい、僕にお願いするのがはやってるの?
シロツユメンナ様は、愛称で呼んでくださいってお願いだった。
アムア先輩も同じ?
レスティト・アムアだから、レスティとかティトとか?
でも、先輩のキャラっぽくないな。
どっちかっていうと、無茶な頼みをしてきそうなイメージがある。
「聞いてあげろよ。アムア先輩のお願いだぞ。俺が代わりたいくらいだ」
「……一応、内容を聞くだけ聞きます。無理ならやりませんよ」
「無理じゃないよ、無理じゃない。うししし」
嫌な笑い方をしながら、アムア先輩は僕を部屋に引き入れた。
友達には聞かせられない内容らしく、僕だけが入る。
僕だけってのが不安をあおるね。碌でもないことを考えてそうだ。
「そんなに警戒しないでよ。私、悲しいな」
「警戒しなくても大丈夫な内容なんですか?」
「むしろ、グレンガー君にとっては嬉しいと思うよ。あのね、私の理想の男性は、グレンガー君ってことにしたいの」
よく分からないな。
いや、言葉の意味は理解できるよ。なんでそんなことを頼むのかが分からない。
「私の理想が、顔がよくてお金持ちの男性なのは知ってるよね?」
「はい。先輩から直接聞きましたし」
「そしたらさ、本当に顔がよくてお金持ちの男性から言い寄られてるのよ。何度も断ってるんだけど、しつこくて」
「断ってるんですか? 理想通りなら、お付き合いすればいいのでは?」
顔がよくてお金持ちの男性が理想だって公言してた。
すると、理想通りの人から言い寄られた。
だったら、ラッキーって思って付き合うんじゃないの?
僕ならそうする。顔がよくてお金持ちの女性から言い寄られた場合だね。
マルネちゃんがいるから断るけど、そうじゃなかったら喜んで付き合うよ。男として、美少女は好きだし。
コミス君も美少女が好きだって言ってるし、美少女に言い寄られたら付き合うと思う。
なんで、アムア先輩は断るんだろ?
「その相手がねえ……三年のソンギ・クアニムって知ってる?」
「ソンギ・クアニム……クアニム?」
ソンギって名前は知らない。でも、クアニムなら知ってる。
おじいちゃん……ケノトゥムと同じだ。皇族の分家って意味。
「知ってるんだ。ちゃんと勉強してて偉いね」
「まあ……はい」
勉強っていうか、おじいちゃんがおじいちゃんだから、分家については覚えたんだ。全部じゃないけど。
ヴェノム皇国の頂点は皇族。分家はそれぞれ領地を持ってる。
ただし、全ての分家が領地を持つわけじゃない。中には平民と同じように生活してる家もある。
親族だけで国を治めるのは、よくないよね。絶対に腐敗するし、近親婚を繰り返せば血が濃くなる。
皇族の分家でも、能力の問題や犯罪をしでかしたりで、没落することはある。
逆に、平民でも成り上がれる。血筋の関係から皇族の仲間入りはできないけど、騎士になるとか官僚になるとか。
領地を与えられることだってあるし、出世できるんだ。
そして、くだんのクアニム家なんだけど、残念ながら没落してしまってる。
二代前だか三代前だかの当主が、領民に重税を課してたんだ。餓死するほど搾り取ってたんだって。
それがバレて、大人は全員縛り首に。子供だけはかろうじて罪を逃れた。
「ソンギ君は、クアニム家を再興したがってるの。お金が必要で、商売をして稼いでる。中等学校生なのに、かなり貯め込んでるって話。お金の次は妻だって」
「すみません、話が飛んでませんか? お金は分かります。妻はなんでですか?」
「偉い人って、何人も奥さん持ってるじゃない。だからよ」
う、うーん……なんか順番が逆のような気がする。
複数の奥さんを娶るから偉くなれるんじゃなく、偉いから複数の奥さんを娶るんだよね。
「順番が違いませんか?」
「私もそう思う。というかさ、女としては、アクセサリ感覚で侍らされるのは嫌なの。私だけを見て欲しいとは言わないけど、せめて愛してくれなきゃ」
「だから、顔とお金の条件は満たしてても、クアニム先輩は嫌だと?」
「そうそう。ただ、理由としては、そっちはおまけでね。商売の内容が……」
「詐欺でもしてます?」
「詐欺ならまだいいわよ……奴隷の売買だって噂」
「奴隷!?」
詐欺どころじゃない。詐欺も犯罪だけど、奴隷の売買ってなると桁が違う。
スタニド王国でもヴェノム皇国でも、奴隷は禁止されてる。他の国でもだ。
これは、国の法律でもあるけど、国際的な条約に近い。一国だけで禁止にするんじゃなく、周辺国が足並みをそろえて禁止にしましょうってことだ。
「私がクアニム君の妻になれば……分かるでしょ?」
「巻き添えを食らって処刑されますね」
本人はもちろん、関係者も全員殺される。確実に。
「ですが、奴隷の売買は事実なんですか? 一生徒のアムア先輩の元にまで噂が届いてるとなると、当然国にも捕捉されてるでしょう。とっくに調査され、事実だとすれば捕まってるのでは?」
「そこまでは知らないけど……噂の出所が学校内だからかな。クアニム君と親しくしてた生徒が、行方不明になってるのよ。それも、一人や二人じゃないの」
「行方不明になった原因が、奴隷として売られたから?」
「ていう噂ね。誰が言い出したのかまでは分からない」
奴隷売買が事実にしろ間違ってるにしろ、黒い噂がある人物なのは理解した。
「僕を理想の男性にするのは、なんでですか?」
「クアニム君は、私の理想を知ってる。知った上で、自分こそがふわさしいって言ってるの。だったら、誤解だってことにすればいいと思って」
「……つまり、僕には顔もお金もないから?」
酷い。事実かもしれないけど、あんまりだ。
僕だって、これから格好よくなるんだよ。まだ十歳だし、成長期もきてない。
僕には未来がある!
「拗ねないでよ。グレンガー君って、女顔で可愛いでしょ。例の噂もあったしさ。クアニム君は男らしくて、全然違うの。グレンガー君を好みにするってのは、そういうこと」
「フォローになってませんよ! 女装の話も嘘です! お断りします!」
女顔の男が理想ってことにすれば、大抵の男が対象外になる。
コミス君たちじゃなくて、僕に頼んだのも納得だ。僕が女顔だから。
理屈は分かっても、感情は別。真っ平ごめんだ。
「嫌なの?」
「いいと思える根拠を知りたいです。嫌に決まってるじゃないですか」
「私がクアニム君に捕まって、奴隷として売られてもいいの? 私は可愛いし、需要はいくらでもあるよね。変態男のおもちゃになって、あんなことやこんなことを……ああ、私って不幸……」
アムア先輩は、わざとらしく泣き崩れた。
わざとらしいけど、ないとは言い切れないのが怖い。本当に奴隷として売られちゃったら、僕も後悔する。
アムア先輩が一枚上手だった。こんなこと言われたら断り辛い。
「分かりましたよ。理想でもなんでも設定してください」
「さっすがグレンガー君。そうこなくっちゃ」
やっぱり嘘泣きだったか。アムア先輩、結構したたかだ。
「先輩の条件は飲みますから、勉強も教えてくださいね」
「任せて。一年生の内容なら、私でも教えられる……多分」
軽い気持ちで勉強を教わりにきたのに、厄介な事態になったな。