四十四話 薄っぺらな悪意
ナモジア君を嫌う生徒から、関わらないように忠告された。
善意の忠告……を騙った脅しだ。
善意を無視した僕に対して、どんな手を仕掛けてくるかと思いつつ登校すれば、なんともなかった。
いじめっ子が仕掛けてきそうな内容には、心当たりがある。いじめられ慣れてるからね。
自慢にもなんにもならないけど、とにかくあれこれ予想を立ててたのに手を出してこないものだから、逆に不気味だ。
レッド君がマルネちゃんを誘拐したように、僕の親しい人に手を出す?
でも、あれはレッド君だから可能だった芸当だ。
貴族の権力で他人を動かせて、いざとなっても自分は罪を逃れられるから。
普通だと、バレたら自分が破滅する。
僕なんかを潰すために、そこまでのリスクは背負わないだろう。
僕の周囲がターゲットになる可能性は低い。
じゃあ、僕に何かしてくるとして、一体何を?
警戒しつつ過ごしてると、呼び出された日から数日後にそれは起きた。
朝、いつものように学校に登校したら、僕の席の周辺にクラスメイトが集まってた。
「おはよう。みんな、どうしたの?」
僕が登校したことを知って、クラスメイトは一斉に僕を見た。
何人かが机の上を指差して「これ」って言う。
見てみると、紙切れが置かれれて。
『ヴェノム皇国に仇なす者は去れ』
と書かれてた。利き腕とは逆の手で書いたみたいな、歪な文字が並ぶ。
ちょっと怖いけど、こんなもの? なんか拍子抜けだ。
いやまあ、手酷いいじめを受けたいわけじゃないから、いいんだけどさ。
証拠になるかもしれないし、一応確保しとこうか。
「朝っぱらからごめんね。みんなは気にしなくていいから」
紙を片付けて、クラスメイトに謝った。
僕はたいしたダメージを受けてないからって、見ていて気分のいい物じゃない。
「グレンガー、先生に相談した方がいいんじゃないか?」
コミス君が言えば、他のみんなも口々に心配してくれた。
しばらく様子を見るつもりだったけど、報告だけはしておくかな。
先生に注意してもらって解決するためじゃない。
僕を脅してきた子供たちを罰してもらうためでもない。
保険のつもりだ。まずは僕が対応してみるけど、いざって時は先生にも協力してもらいたいから、そのための保険。
で、しばらくの間、地味な嫌がらせが続いた。
真面目というか根気強いというか、毎朝僕の机に脅迫状じみた物が置かれてる。
朝一で登校してるんだろうけど、頑張るよね。
僕の悪い噂を広められたりもした。
内容は……女装趣味があるって。ヴェノム皇国に移住したのも、女装趣味がバレたから。
誰が女装趣味だよ! 僕は変態じゃない!
無駄に効果的な噂を広めてくれたもんだ。中途半端に信憑性があるじゃないか。
クラスの友達なんかさ、「似合いそうだし、いいんじゃないか」だよ!
そんな理解のよさはいらないよ! 気持ち悪がってくれる方がマシだ!
ふふふふ……僕は温厚なつもりだったけど、さすがに怒った。
僕に女装趣味の変態野郎の汚名を着せるなんて。
静観するのは終わりだ。話し合いをしよう。あくまでも話し合いね。
もしかしたら、話し合い(物理)になるかもだけど、しょうがない。
放課後になって、脅してきた子供たちに接触する。
この前と同じ空き教室に移動して話し合いだ。
「音を上げるのが早かったな。ナモジアと縁を切る気になったか?」
とぼけるかと思ったけど、自分たちが嫌がらせをしてるって認めたに等しい。
「ねえ、なんでこんなことするの? 僕がナモジア君と縁を切ったところで、彼は痛くもかゆくもないよ」
ナモジア君は、僕なんかを必要としてない。彼は一人で十分なんだ。
クールでニヒルな孤高を気取りつつ、イエスマンだけを周囲に置くような痛々しい人間もいるけど、そういうタイプじゃない。
僕に嫌がらせをしたって、ナモジア君にはダメージがないと思う。
僕がぶつけた疑問に、一人の男子生徒が答えてくれる。
「皇国の学生として、ふさわしくない人間だからだ。俺たちは、国を守り発展させるべく、日々勉学に励んでいる。自分のためだけに力を求めるナモジアも、奴と親しくするお前も、学校に存在すること自体が許しがたい」
分かるような、分からないような。
多分、自分と異なる考えの人を認められないんだろうけど。
異なる考えを持つ人を排除するんじゃなく、不干渉にしとけばいいのに。
「国を守りたいって考えは立派だよ。だったら、他人に構ってないで、自分を磨けばいいのに」
彼らは悪人じゃない。国を守りたいって言葉に嘘はなさそうだし、立派な考えを持つ人たちだ。
立派だからこそ、嫌がらせなんかに労力を割くのがもったいない。
「こんな真似を繰り返すと、先生の印象も悪くなるし、進学にも影響する。僕は嫌がらせをされて不快な思いをするし、君たちも得をしない。いいことないよ」
「グレンガーが、ナモジアと縁を切れば済む話だ」
ああもう、話が噛み合わないな。どうやって説得しよう。
「……僕に音を上げさせたいなら、今のやり方はぬるいよ。僕はいじめられ慣れてるからね」
不幸自慢するようでダサいけど、これでいこう。
「スタニド王国の初等学校で、僕はずっといじめられてた。いじめの主犯格だった少年がやってたことに比べると、今の嫌がらせはぬるい」
レッド君の悪行の数々を話す。
取り巻きに僕をいじめさせてたとか、僕はリンチされて殺されかけたとか。
サザザ君を殺した件。マルネちゃんの誘拐。
武術大会で、事故を装って僕を殺そうとしたこと。
ラナーテルマちゃんが強姦されかけて、子供が七人も命を落とした事件の話もした。
並べてみると、悪質極まりない。
完全に犯罪者の所業なのに、レッド君自身は咎められてないのが余計に悪質だ。
「彼を認める気はさらさらないし、むしろ大嫌いだけど、自分を否定する人間をとことん叩き潰す姿勢は一貫してた。君たちにできる?」
「お、俺たちは……何もそこまで……」
「うん、知ってる。やるつもりなら、初めからやってるだろうし」
彼らの悪意は薄っぺらい。染まり切ってない今なら戻れる。
「僕を潰したいなら、もっと本気できて。その場合は――僕も反撃するけどね」
「う……」
よしよし、気圧されてるな。
半分本気、半分脅しだ。これで引き下がってくれればいい。
そういえば、あれもあったっけ。ついでだし、もうちょっと言っておこう。
「でさ、誰に女装趣味があるって? 変な噂を流してくれたせいで、友達に『似合いそう』とか言われたんだよ」
思い出してもムカつく。女装趣味は許せない。
心が狭い? 人間、これはだけは許せないってことはあるんだよ。
僕だって、格好よくなりたい。
イケメンになってからマルネちゃんを迎えに行ってさ、「あのロイ君が、こんなに格好よくなって……素敵!」とか。
言われたいに決まってるよね。男なんだし。
なのに、女装趣味? 格好よさとは対極に位置する趣味だ。
「ねえ、女装趣味がなんだって? ねえねえ」
「わ、悪かった……俺たちが悪かった……」
自分の顔は見れないけど、怖い顔にでもなってたのかな。
思った以上にビビらせちゃったみたいで、彼らは謝罪してくれた。
「否定してね。あの噂は間違ってたって」
「あ、ああ……」
ここまで言っておけば大丈夫かな。
あとは様子見だ。まだ嫌がらせとかしてくるなら、こっちも対処する。
ちょっとした余談。
僕への嫌がらせは終わって、女装趣味があるって噂も否定された。
僕自身も、全力で否定してたんだけど。
「強い否定は、時として肯定を意味する?」
「グレンガーって、やっぱり……」
「な、何があっても、俺たちは友達だ!」
噂は根強く残っちゃった。なんでこうなるの……




