四十三話 上辺だけの善意
座学はいまいち、実技もいまいち。
こんな僕だけど、諦めたわけじゃない。
中等学校での生活は始まったばかりだし、成長できると思ってる。
「ナモジア君、相手してくれない?」
武術の授業で、僕は一年生最強のナモジア君に挑んだ。
強い人と戦うのは成長につながるし、積極的に声をかけるようにしてる。
ナモジア君は嫌そうな顔だ。
「またかよ。お前と戦ってもつまらん」
「そこをなんとか」
「嫌だ」
「先生、僕はナモジア君に相手をしてもらってもいいですか?」
「おい!」
ナモジア君に言っても無理だし、先生を味方につける。
ナモジア君は強いけど、手加減をしない性格だから相手をしたがる子が少ない。
僕が立候補すれば、先生は認めてくれた。
あからさまに嫌がるナモジア君と模擬戦を行う。
で、ボッコボコにやられた。手も足も出ず、一方的に。
「弱いくせに、なんで俺に挑んでくるんだか」
「今日は自信あったのになあ……」
神様のご加護がなく、左腕も使えない僕は、どうすれば強くなれるか試行錯誤してる。
今日は戦い方を変えて、レイピアを使ってみたんだ。
右腕一本で扱えるし、ナモジア君がビビるかなって思って。
木剣で叩かれても打撲で済む。レイピアで突かれると、下手したら大怪我だ。
安全なように作ってあるし、僕に大怪我をさせるつもりはないけど、ナモジア君からしたら怖いだろう。
少しでも怖がってくれて、動きが鈍ればラッキー。
そう思ってたのに、全然怖がらないんだよ。
姑息な手段じゃ無理か。しっかり地力をつけなきゃいけないんだ。
「俺には、グレンガーの考えが理解できん」
「どこが?」
「俺は、強くなりたい。誰よりも、何よりも。世界一強くなりたいんだ。グレンガーはそうじゃないのに、なぜ俺に挑んでくる?」
「手段と目的の違いだよ」
「バカな俺にも理解できるように言え。小難しい話はするな」
難しいことを考えるのが苦手って自覚はあるんだ。
じゃあ、なるべく噛み砕いて。
「僕は、目的を成し遂げるために強くなりたいんだ。僕以外も、多くの人はそうだと思うよ。強くなって敵を倒したい、偉くなりたい、認められたい、称賛されたい。こういうのが目的で、強くなるのは目的を達成するための手段」
「……普通はそうなのか?」
「多分ね。大切な人を守るためとか、国を守るためとかもあるだろうけど、強くなるのは手段なんだ。ナモジア君は違うよね。強くなるのが目的だ」
「それではダメだと?」
「ダメじゃないよ。考え方は人それぞれだし、どんな目的だって構わない」
ナモジア君みたいな考えの人がいてもいい。
犯罪でもしでかしたら迷惑だけど、強くなりたいからなるってのは変じゃない。
「というか、僕の方が分からないよ。ナモジア君は、なんで中等学校に入ったの? 強くなりたいなら、中等学校はそぐわないでしょ?」
中等学校は勉強するところ。武術の授業は、どっちかというとおまけだ。
内容は厳しくても、毎日あるわけじゃない。
強くなるためなら、もっとふさわしい場所がある。
「冒険者学校や騎士養成所に通おうとは思わなかったの?」
「知らなかったんだ。中等学校は凄い場所だって聞いてて、俺は強いから入学させてくれるっつうし入った。中等学校なら、強い奴もたくさんいると思って」
「期待外れだった?」
「ああ。武神の加護を持つ奴もいるが、どいつも弱い。つまらん」
心底つまらなさそうに、ナモジア君は呟いた。
満足のいく勝負ができなくて、飽き飽きしてるんだ。
「なら、僕を強くしてよ」
「は?」
「僕が強くなれば、思う存分戦えるでしょ」
前世の有名なマンガで読んだことある。
戦うのが大好きな主人公が、弟子を育てて戦うんだ。
「僕は強くなれて嬉しい。ナモジア君も全力で戦えて嬉しい。どう?」
「なんで、そんな面倒な真似をしなきゃならん。強い奴は皇都にいくらでもいるんだ。そいつらに挑む方が早い」
「そりゃいるけど、戦ってはくれないよ。下手に挑めば、犯罪者として逮捕だ」
皇都には騎士もいるし、魔物ハンター、冒険者に探究者と、強い人は多い。
ただ、彼らにだって目的があるわけで、ナモジア君の勝負を受けてくれるとは思えない。
相手が望んでないのにケンカを吹っかければ、暴力沙汰になる。
やり過ぎたら捕まるし、誰も得をしない展開だ。
僕の提案に、ナモジア君は考え込んでた。
「加護すらないグレンガーが、強くなれるか?」
「なれないと思えば、見捨ててくれればいい。やれるだけやってみれば?」
「……面白い。後悔すんなよ」
よし、成功だ。
一人で試行錯誤するにも限界はあるから、ちょうどいい練習相手が欲しかったんだよ。
ナモジア君は、師匠としては不適格だと思う。人に教えるのに向いてない。
ユキをもっと極端にしたタイプだ。要するに、根っからの脳筋。
理屈じゃなくて感覚で動くから、理論立てて教えられないだろう。
バカにしてるわけじゃないよ。それだけ才能に恵まれてるってことだし。
手取り足取り教えてもらうんじゃなく、練習相手になってくれるだけでありがたいんだ。
言葉は悪いけど、僕のために利用させてもらう。
強くなれば、ナモジア君と戦うのも嘘じゃないし、いいよね。
武術の授業で、ナモジア君とよく話すようになった。
そしたら、差出人不明の手紙が僕の机の中に入ってて、放課後空き教室に呼び出されたんだ。
行ってみると、険しい顔をした子供が数人いて僕を取り囲み。
「グレンガー、お前に忠告しておくぞ」
そう前置いてから、こんなことを言われた。
「ナモジアとは関わるな。あいつは、栄えある皇国の学生としてふさわしくない。あいつに関われば、お前も敵とみなす」
忠告というか、脅しだよね、これ。
ナモジア君は嫌われてるのか。あの性格だし、嫌う人はとことん嫌いそうだ。
クラスにも友達はいないって噂を聞いてる。
ただ、仲間外れというよりは、好んで孤高を貫いてるように見えるけど。
僕のことも、ナモジア君は友達と思ってないだろう。彼はそれでいいんだ。
友情を押し付ける気はない。
だからって、彼らに指図されるいわれもないね。
「忠告はありがたいけど、関わるなってのは断るよ。ナモジア君の強さは尊敬してるんだ」
どこまでも純粋に強さを追い求め、結果を出してるナモジア君は凄いと思う。
「というか、なんで僕に言うの? ナモジア君に言えばいいのに」
「お前のためを思ってるんだぞ」
「単に、ナモジア君が怖くて、面と向かって言えないんでしょ? 皇国の学生としてふさわしくないと感じるなら、本人に直接注意すればいいのに」
ナモジア君が怖いから、代わりに僕を。
善意じゃないんだ。ナモジア君が気に入らなくて、親しくしてる僕も気に入らない。
せめて、本心で語ってくれればマシなんだけどね。
本心を隠して、上辺だけの善意で言わても、心には響かない。
「……所詮、お前も皇国の人間ではないか」
「そうだね。僕はスタニド王国の人間だ。みんな知ってる」
「……チッ」
この場でリンチでもされるかと思ったけど、子供たちは手を出すことなく、空き教室を出て行った。
一言、「覚えておけ」って言い残して。
さてさて、明日からどうなるか。またいじめられたりするのかな。
でも、今の僕は、いじめられて泣くだけの人間じゃないよ。