四十一話 中の上
ナモジア君との模擬戦の結果? もちろん負けたよ。
今の僕じゃ、勝てるわけない。百回やって百回負ける。
僕にご加護があれば、あるいは勝てるかもしれない。
ご加護なしでも、もうちょいやれると思ってたのに、現実は厳しいね。
武術の授業で結果を出せない僕に、次なる苦難が。
「うーん……」
この前あった筆記試験の結果が返ってきたのに、成績がふるわなかった。
平均よりも少し上。中の上ってところだ。
不出来だって嘆くほどじゃないけど、胸を張れる成績でもない。
初等学校時代は、前世の記憶のおかげでアドバンテージがあった。
算術は楽勝だし、地理や歴史なんかは通用しないけど覚え方を知ってる。年号の語呂合わせとかさ。
中等学校に進学すると、内容も難しくなってだんだん通じなくなってきた。
で、中の上の成績。これじゃあ困るんだよね。
「難しい顔してるが、どうした?」
教室で悩んでたら、クラスメイトのコミス君が声をかけてきた。
授業が終わって放課後になったし、みんなは帰宅してるのに、席から立とうともせずにうなってたらこうなるよね。
「これ見てどう思う?」
「グレンガーの成績か? どれどれ、この俺が見てやろうじゃないか」
なんで上から目線? ただの冗談だろうけどさ。
僕の成績表を見せれば、彼はなんとも言えない顔になった。
「反応に困るな。『こんなもん見せやがって嫌味か!』とも言えず、『うわ、ダッサ』とバカにもできず」
「嫌味でも自虐でもなくて、もうちょっと成績伸ばしたいなって」
「今でも悪くはないと思うが」
「普通ならね。僕はほら、ご加護がさ」
「なるほど」
僕の事情は、クラスメイトならあらかた知ってる。
スタニド王国出身で、わけあってヴェノム皇国に引っ越してきたこと。
そのせいで、神様のご加護を授かる儀式を受けられてないこと。
儀式を受けるには、皇都の中等学校で実績を積み認められなければいけないこと。
中の上の成績じゃ、認められるわけがない。
とあるおじさんに、首席で卒業するなんて大見得を切ったにも関わらず、この体たらく。
満足のいく成績とはほど遠い。
「この成績で無理ってのも、ひでえ話だな。俺のを見ろよ」
コミス君から渡された成績表を見てみる。
……下から数えた方が早いね。僕が中の上なら、彼は下の下だ。
「もうちょっと頑張った方がいいんじゃない? 余計なお世話かもだけど」
「頑張るべきなのはその通りだと思う。親父にこんなもん見せたら、間違いなくぶっ飛ばされるぞ。学校に通う価値もないし、やめろって言われるかもしれん」
「僕がお父さんの立場なら、言うかもね。だけどさ、中等学校ならまだ大丈夫じゃない? 上級学校にでも通ってるなら大問題だけど」
「実は俺、上級学校への進学を目指してるんだ」
「正気?」
「ひっでえ言い草だな。まあ、この成績だと正気を疑われても仕方ないか」
中等学校への進学率も低いけど、上級学校になると本当に一握りだ。
それこそ、エリート中のエリート。能力だけじゃなく、人格や心構えの面でも優れてる。
ただなんとなく進学します、なんて意識の低い人は面接で弾かれる。
何も考えず、気の合う友人とつるんでワイワイ楽しむだけの人間は不要だ。
一切遊ぶな、とは言わない。友人とつるむな、とも言わない。
上級学校生は学ぶことが最優先なんだ。
中等学校なら、まだしも大目に見てもらえるけど、上級学校に進学したいんだったらコミス君の成績はまずい。
「僕と一緒に勉強する?」
「マジか!? 俺から頼もうと思ってたんだよ! 持つべきものは親友だぜ!」
コミス君は、やけにハイテンションになって喜んでた。
なんかおかしいな。僕と一緒に勉強するだけで、ここまで喜ぶ人じゃない。
「何を企んでるのさ?」
「企むとは人聞き悪い。グレンガーも、俺につきっきりになるわけにもいかんし、家庭教師が必要だよな。優しい先輩に、手取り足取り教えてもらうべきだよな」
「うん、把握した。アムア先輩に頼もうってことだね」
「ぐへへへ」
僕のお隣さんがアムア先輩だって知った時から、コミス君は頻繁に遊びにきてる。アムア先輩目当てでね。
狙い通り、知り合いにはなれたけど、現状知り合い止まりだ。
コミス君以外のクラスメイトも、何人かアムア先輩と知り合いになってるし、彼だけが優位に立ってるわけじゃない。
勉強を教えてもらう口実で、もう一歩関係を進めようって魂胆か。
友達として、恋路を応援したい気持ちはあるんだけどさ。
「アムア先輩は強敵だよ。やめといた方が賢明だと思うな」
「ふん、ライバルを減らそうったって、そうはいかんぞ」
「そんなつもりじゃなくて……アムア先輩の男性の好み、知ってる?」
「知らん。グレンガーは知ってるのか? なら教えてくれ!」
「顔がよくてお金持ちの人」
「……聞かなきゃよかった」
夢を壊しちゃったかな。
でも、僕は悪くないよね。教えてくれって言われたから教えただけだし。
アムア先輩は三年生だから、十二歳だ。十二歳にしては、えらく現実的というか。
コミス君、なんかガチへこみしてるし、援護しておこう。
「本気で言ったとは限らないけどね。アムア先輩って可愛いし、寄ってくる男も多いと思うんだ。そういう人たちを牽制する意味があるんじゃないかな」
顔とお金しか見てないのは、男としては悲しい。
やっぱり、自分ってものを見てもらいたいだろう。
そしたら、いくらアムア先輩が可愛くたって、付き合いたいとは思わなくなる。
まあ、全部僕の勝手な推測だけどね。
「だ、だよな! 先輩みたいに素敵な人が、そんなこと言うはずないもんな! よし、先輩に勉強を教えてもらいに行こう!」
コミス君は、善は急げとばかりに僕を引っ張って行こうとしたけど。
「ごめん、無理」
「なんだよ、また例の用事ってやつか? 左腕の治療だったか?」
「うん」
コミス君もだし、他の人にも左腕の治療をしてるとだけ話してある。
まさか、皇女様のことは言えないし。
そういえば、ちょっと気になったので聞いてみよう。
「コミス君ってさ、アムア先輩が好きなんだよね?」
「お、おう……まあ、好きというかなんというか……可愛いしな」
「確かにアムア先輩は可愛いけど、もっと可愛い人がいるじゃない。皇女様が」
アムア先輩は可愛い。ただし、あくまでも三年生で一番だ。
二年生にも可愛い人はいるし、何より一年生にはシロツユメンナ様がいる。
そして、シロツユメンナ様こそが学校一の美少女だろう。
美少女が好きな割に、コミス君はシロツユメンナ様の名前を出さないんだ。
そこが気になった。
「お前、バカだろ」
ちょっとした疑問をぶつけただけなのに、心底呆れられてしまった。
「なんでバカ?」
「皇女様だぞ。俺なんかがお近づきになれるわけがないだろうが」
「コミス君でも気にするんだ。『可愛ければそれでよし!』かと思ってた」
「限度がある。皇女様は無理だ。俺も身の程は知ってる」
ムードメーカーで、誰とでも打ち解けて友達になりそうな性格のコミス君でも尻込みするんだ。
相手は皇女様だし、そんなものかな。
僕が治療してもらってるって事実は、絶対に言えないね。
「じゃあ、僕は行くね」
「おう。先輩との勉強会の約束、忘れんなよ」
コミス君と別れて、シロツユメンナ様の屋敷に向かうのだった。