表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/125

四十話 敗北を糧に

 中等学校にも武術の授業は存在する。

 ただし、初等学校とはかなり異なって、本格的な訓練だ。


 初等学校の場合は、体力作りと最低限の基礎を身に着けるための授業で。

 中等学校の場合は、戦いを生業にすることを視野に入れる子供が受ける授業。


 戦闘能力が要求される職業には、国の騎士、傭兵、魔物を狩るハンターなんかがある。

 大きな商会やお金持ちの家の守衛を任されるにも、力が必要だ。


 シロツユメンナ様のお屋敷にいたけど、あの人も結構な腕だよ。皇女様のお屋敷の守衛をしてるんだし。

 非合法の組織で、用心棒とか暗殺者なんてのもあるらしいね。さすがに、先生が生徒に対してそれになれとは言わないけど、みんな知ってる。


 とにかく、本格的な訓練なだけあって、強制参加じゃない。

 武術に参加しない子は体育に参加する。こっちは、初等学校と同じで体力作りをしつつ、スポーツなんかで楽しく遊ぶ。


 人数の割合は、武術が三割、体育が七割くらいかな。

 一クラスだと人数が少ないし、複数のクラスが合同で授業を行う。

 僕はどっちに参加してるかっていうと、もちろん武術の方なんだけど。


「それまで! 勝者、エイヴス・ワード!」


 模擬戦が終わって、先生が勝者を告げた。

 勝者であるワード君は、大きく拳を突き上げてガッツポーズ。


 敗者――僕は、悔しくてうつむいてる。

 負けた……同じ十歳の子供に完敗した。


「ありがとう……ございました」

「ありがとうございました!」


 いくら悔しくても、礼儀を忘れちゃいけない。

 僕がお礼を言えば、ワード君も元気に返してくれた。

 そのまま二人とも下がって、たった今行われた模擬戦を振り返る。


「グレンガー君は、敗因に気付いてる?」

「一応ね。言い訳みたいだけど、左腕が使えないせいだよ」


 右腕一本だと木剣を扱いにくいし、力も入れにくい。何よりも。


「動作範囲が限定されるからね。ワード君からは、攻めるポイントが丸分かりだったんじゃないかな?」


 めちゃくちゃに振り回すだけなら、右腕一本でどうにでもできる。

 型に則って、力を入れやすい動きを考えると、範囲が凄く狭いんだ。


「理解してるなら早いね。何か考えないと、俺だけじゃなく誰にも勝てないよ」

「耳が痛いよ……アドバイス、ありがとう」


 スタニド王国では、初等学校の武術大会で優勝した。

 ゴロツキとの命懸けの戦闘も経験した。

 でも、今の僕はこんなにも弱い。


 今思えば、ゴロツキは僕が左腕を使えないことを知らなかったよね。戦闘中も冷静じゃなかったし、頭が回らなかったのかもしれない。だから勝てた。

 弱点を知られちゃうと、僕は同い年の子供に完敗する。


 武器を変えるべきかな。片手でも扱える武器、例えばレイピアとか。

 自分に合う武器を模索してみよう。左腕さえ治れば剣が一番なんだけどね。


 自分のことばっかり考えててもダメだ。

 アドバイスをもらったし、ワード君にも返さないと。


「ワード君は、ちょっと慎重過ぎない? もっと攻めてもよかったと思う」

「あ、やっぱり? 先生にもよく注意されるよ。俺、武術以外もこうなんだ。筆記試験でもさ、慎重に問題を解き過ぎて時間切れになるとか」


 ワード君とはクラスが違うし、普段の彼がどうなのかは知らない。

 自分の性格を自覚してるなら、改善もしやすいだろう。


「慎重なのは悪いことじゃないけどね。ただ、実際の戦闘中にチャンスなんてなかなかないし、機会を逃すのはよくないかな」

「分かってはいるんだけどねえ……」


 お互いに悪い部分を指摘し合いながら、他の戦いも見学する。

 みんな強い。十歳から十二歳くらいなのに。


 そして、一際目立ってる子が数人いる。

 武神のご加護を授かってる子供たちだ。動きの質が、明らかに僕らとは違う。


 僕は、ご加護もないからなあ。

 このハンディキャップは、想像以上に大きいぞ。生半可な努力じゃ覆せない。

 リリは凄かったんだなって思い知らされる。低神のご加護なのに、あんなにも強かったし。


「……そっか、リリだ」

「グレンガー君、何か言った?」

「ごめん、こっちの話」


 リリが合気道みたいな技術を使ってたのを思い出したんだ。

 あれは、今の僕に合ってるかもしれない。リリも僕も、小柄で腕力に劣るし。

 しまったな。リリに習っておけばよかった。


 教えてもらうために、皇都まで足を運んでもらう?

 リリなら、頼めば嫌とは言わないだろう。むしろ、嬉々としてやってきそうだ。


「坊ちゃまのお願いとあらば、どこへでも馳せ参じますとも!」なんて声が脳内で再生できる。

 リリに頼るのもいいけど、まずは自分でやってみよう。無理そうならお願いするってことにして。


 図書室の本で調べてみるか。皇都の本屋さんを巡ってみてもいい。

 ワード君に、練習に付き合ってもらったり。クラスメイトのコミス君でも……


「ユミル!」

「おい、ユミル! しっかりしろ!」


 僕がコミス君のことを考えてたからじゃないと思うけど、子供たちがコミス君を心配する声が聞こえた。

 ユミルってのは、コミス君の個人名の方だね。コミスは家名。


 なんだか、ただならぬ様子だ。

 どうすれば強くなれるか考えてたせいで、見てなかった。何があったんだろ。


「ワード君、何があったか分かる?」

「……ナモジアだよ。あいつ、寸止めできたはずなのに、コミス君を木剣で殴ったんだ。それも、かなり強く」


 ナモジア君か。彼ともクラスが違うけど、悪い話だけはよく聞く。

 武神のご加護を授かってて、一年生最強の呼び声高い男子生徒だ。


 最強はいいとして、ナモジア君の欠点は強さこそ全てと考えるところだ。

 戦闘狂とでも言えばいいのか。とにかく、強ければ偉いって考え方なんだよ。


 座学の方はてんでダメらしい。皇都の中等学校に入学できる成績じゃない。

 それ以前に、よく初等学校を卒業できたなってレベルだ。


 だけど、戦闘能力はピカイチ。その力を評価されて、特別に中等学校への入学を許されたって聞いてる。

 入学については、不正じゃないだろうしいいんだ。性格がちょっと。


 僕が出会ったいじめっ子に比べれば、筋は通ってるよ。少なくとも、ナモジア君がいじめをしてるって話は聞かない。

 ナモジア君の理念は至極単純。強さこそ全て。


 戦いの場では、年齢も性別も関係ない。手加減も不要。

 覚悟のない奴が、武術の授業になんか参加するな。


 間違ってはないよね。ちょっと極端なだけで。

 極端だからこそ強いとも言える。躊躇も葛藤もなくて、ただ強さを追い求める。

 どこの戦闘民族かな。


 こんな性格だから、先生にお説教されてる今も聞いてない。

 反省するどころか、周囲を見渡して次の対戦相手を探してる。

 あ、目が合っちゃった。


「グレンガー! 俺と()ろうぜ!」


 ……「やろうぜ」の言い方、変じゃなかった? 気のせい?


「グレンガー君、行く必要ないよ。無視すればいいんだ」


 ワード君は、僕に忠告してくれた。

 これはナモジア君の暴走だし、僕が拒否すれば先生も止めてくれるだろう。

 でも、武神のご加護を授かった最強の力、体験してみたくもある。


「僕、行ってくるよ」

「やめなよ。俺にも勝てないのに、ナモジアに勝てるわけない」


 ワード君に完敗する僕じゃ、確かに勝ち目はゼロだ。

 勝ち負けじゃないんだよ。ナモジア君と戦うことで、僕の成長につなげたい。


 敗北を糧に、僕は強くなる。

 て言い方をすると、ちょっと格好いい?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ