四十話 敗北を糧に
中等学校にも武術の授業は存在する。
ただし、初等学校とはかなり異なって、本格的な訓練だ。
初等学校の場合は、体力作りと最低限の基礎を身に着けるための授業で。
中等学校の場合は、戦いを生業にすることを視野に入れる子供が受ける授業。
戦闘能力が要求される職業には、国の騎士、傭兵、魔物を狩るハンターなんかがある。
大きな商会やお金持ちの家の守衛を任されるにも、力が必要だ。
シロツユメンナ様のお屋敷にいたけど、あの人も結構な腕だよ。皇女様のお屋敷の守衛をしてるんだし。
非合法の組織で、用心棒とか暗殺者なんてのもあるらしいね。さすがに、先生が生徒に対してそれになれとは言わないけど、みんな知ってる。
とにかく、本格的な訓練なだけあって、強制参加じゃない。
武術に参加しない子は体育に参加する。こっちは、初等学校と同じで体力作りをしつつ、スポーツなんかで楽しく遊ぶ。
人数の割合は、武術が三割、体育が七割くらいかな。
一クラスだと人数が少ないし、複数のクラスが合同で授業を行う。
僕はどっちに参加してるかっていうと、もちろん武術の方なんだけど。
「それまで! 勝者、エイヴス・ワード!」
模擬戦が終わって、先生が勝者を告げた。
勝者であるワード君は、大きく拳を突き上げてガッツポーズ。
敗者――僕は、悔しくてうつむいてる。
負けた……同じ十歳の子供に完敗した。
「ありがとう……ございました」
「ありがとうございました!」
いくら悔しくても、礼儀を忘れちゃいけない。
僕がお礼を言えば、ワード君も元気に返してくれた。
そのまま二人とも下がって、たった今行われた模擬戦を振り返る。
「グレンガー君は、敗因に気付いてる?」
「一応ね。言い訳みたいだけど、左腕が使えないせいだよ」
右腕一本だと木剣を扱いにくいし、力も入れにくい。何よりも。
「動作範囲が限定されるからね。ワード君からは、攻めるポイントが丸分かりだったんじゃないかな?」
めちゃくちゃに振り回すだけなら、右腕一本でどうにでもできる。
型に則って、力を入れやすい動きを考えると、範囲が凄く狭いんだ。
「理解してるなら早いね。何か考えないと、俺だけじゃなく誰にも勝てないよ」
「耳が痛いよ……アドバイス、ありがとう」
スタニド王国では、初等学校の武術大会で優勝した。
ゴロツキとの命懸けの戦闘も経験した。
でも、今の僕はこんなにも弱い。
今思えば、ゴロツキは僕が左腕を使えないことを知らなかったよね。戦闘中も冷静じゃなかったし、頭が回らなかったのかもしれない。だから勝てた。
弱点を知られちゃうと、僕は同い年の子供に完敗する。
武器を変えるべきかな。片手でも扱える武器、例えばレイピアとか。
自分に合う武器を模索してみよう。左腕さえ治れば剣が一番なんだけどね。
自分のことばっかり考えててもダメだ。
アドバイスをもらったし、ワード君にも返さないと。
「ワード君は、ちょっと慎重過ぎない? もっと攻めてもよかったと思う」
「あ、やっぱり? 先生にもよく注意されるよ。俺、武術以外もこうなんだ。筆記試験でもさ、慎重に問題を解き過ぎて時間切れになるとか」
ワード君とはクラスが違うし、普段の彼がどうなのかは知らない。
自分の性格を自覚してるなら、改善もしやすいだろう。
「慎重なのは悪いことじゃないけどね。ただ、実際の戦闘中にチャンスなんてなかなかないし、機会を逃すのはよくないかな」
「分かってはいるんだけどねえ……」
お互いに悪い部分を指摘し合いながら、他の戦いも見学する。
みんな強い。十歳から十二歳くらいなのに。
そして、一際目立ってる子が数人いる。
武神のご加護を授かってる子供たちだ。動きの質が、明らかに僕らとは違う。
僕は、ご加護もないからなあ。
このハンディキャップは、想像以上に大きいぞ。生半可な努力じゃ覆せない。
リリは凄かったんだなって思い知らされる。低神のご加護なのに、あんなにも強かったし。
「……そっか、リリだ」
「グレンガー君、何か言った?」
「ごめん、こっちの話」
リリが合気道みたいな技術を使ってたのを思い出したんだ。
あれは、今の僕に合ってるかもしれない。リリも僕も、小柄で腕力に劣るし。
しまったな。リリに習っておけばよかった。
教えてもらうために、皇都まで足を運んでもらう?
リリなら、頼めば嫌とは言わないだろう。むしろ、嬉々としてやってきそうだ。
「坊ちゃまのお願いとあらば、どこへでも馳せ参じますとも!」なんて声が脳内で再生できる。
リリに頼るのもいいけど、まずは自分でやってみよう。無理そうならお願いするってことにして。
図書室の本で調べてみるか。皇都の本屋さんを巡ってみてもいい。
ワード君に、練習に付き合ってもらったり。クラスメイトのコミス君でも……
「ユミル!」
「おい、ユミル! しっかりしろ!」
僕がコミス君のことを考えてたからじゃないと思うけど、子供たちがコミス君を心配する声が聞こえた。
ユミルってのは、コミス君の個人名の方だね。コミスは家名。
なんだか、ただならぬ様子だ。
どうすれば強くなれるか考えてたせいで、見てなかった。何があったんだろ。
「ワード君、何があったか分かる?」
「……ナモジアだよ。あいつ、寸止めできたはずなのに、コミス君を木剣で殴ったんだ。それも、かなり強く」
ナモジア君か。彼ともクラスが違うけど、悪い話だけはよく聞く。
武神のご加護を授かってて、一年生最強の呼び声高い男子生徒だ。
最強はいいとして、ナモジア君の欠点は強さこそ全てと考えるところだ。
戦闘狂とでも言えばいいのか。とにかく、強ければ偉いって考え方なんだよ。
座学の方はてんでダメらしい。皇都の中等学校に入学できる成績じゃない。
それ以前に、よく初等学校を卒業できたなってレベルだ。
だけど、戦闘能力はピカイチ。その力を評価されて、特別に中等学校への入学を許されたって聞いてる。
入学については、不正じゃないだろうしいいんだ。性格がちょっと。
僕が出会ったいじめっ子に比べれば、筋は通ってるよ。少なくとも、ナモジア君がいじめをしてるって話は聞かない。
ナモジア君の理念は至極単純。強さこそ全て。
戦いの場では、年齢も性別も関係ない。手加減も不要。
覚悟のない奴が、武術の授業になんか参加するな。
間違ってはないよね。ちょっと極端なだけで。
極端だからこそ強いとも言える。躊躇も葛藤もなくて、ただ強さを追い求める。
どこの戦闘民族かな。
こんな性格だから、先生にお説教されてる今も聞いてない。
反省するどころか、周囲を見渡して次の対戦相手を探してる。
あ、目が合っちゃった。
「グレンガー! 俺と殺ろうぜ!」
……「やろうぜ」の言い方、変じゃなかった? 気のせい?
「グレンガー君、行く必要ないよ。無視すればいいんだ」
ワード君は、僕に忠告してくれた。
これはナモジア君の暴走だし、僕が拒否すれば先生も止めてくれるだろう。
でも、武神のご加護を授かった最強の力、体験してみたくもある。
「僕、行ってくるよ」
「やめなよ。俺にも勝てないのに、ナモジアに勝てるわけない」
ワード君に完敗する僕じゃ、確かに勝ち目はゼロだ。
勝ち負けじゃないんだよ。ナモジア君と戦うことで、僕の成長につなげたい。
敗北を糧に、僕は強くなる。
て言い方をすると、ちょっと格好いい?