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三十八話 ヴェノム皇国皇女、シロツユメンナ・ヴェノム

 シロツユメンナ・ヴェノム様。ヴェノム皇国の皇女様で、御年十二歳。

 僕より年上だけど、中等学校の一年生だから学年は一緒だ。

 お体が弱いんだって。今はかなりよくなったらしいけど、幼少期はしょっちゅう体調を崩して、死にかけたことも一度や二度じゃないとか。


 そのせいで、一年遅れで初等学校に入学した。入学後も病欠が多くて、一度留年してる。

 結局は二年遅れで今に至る、と。


 ただし、お体が弱い代わりに頭脳明晰で、治癒魔法の才能まで持ってる。

 初等学校卒業後にご加護を授かったんだけど、大方の予想通り賢神のご加護だった。


 僕が聞いてたのって、こういう話ばっかりだったんだ。

 つまり、とびきりの美少女だなんて話はあまり聞かなかった。

 もちろん、噂話程度なら耳に入ってくるよ。クラスは違うけど僕の同級生なんだし、皇女様がいるとなるとみんなが噂する。


 それは、話半分に聞き流してたんだよね。

 (はす)に構えるというかひねくれてるというか、「はいはい、美少女美少女」みたいな気持ちだった。

 まさか、ここまでだったなんて……


「痛みはありますか?」

「だ、大丈夫です」

「では、これは?」

「……少し痛みます」


 僕は、シロツユメンナ様のお部屋で椅子に座ってる。

 向かい側に座ったシロツユメンナ様は、僕の左腕を触ったり動かしたり。

 ほんのりあったかいのは、多分魔法を使ってるんだろうけど、シロツユメンナ様の体温でもあるはずだ。


 白魚のような指が、僕の肌に……

 緊張するよ。

 ただの治療だと、頭では理解してるんだ。

 僕がシロツユメンナ様に会いにきたのは、左腕の治療のため。男女の仲になるためじゃないし、エッチな真似をするためでもない。


 そもそも、僕はマルネちゃんが好きだ。

 好きなのに……ごめんなさい、マルネちゃん。どうか許して。


 言い訳するなら、シロツユメンナ様は本っ当に美少女なんだ。

 僕の周囲に可愛い子は何人もいた。マルネちゃんもそうだし、ユキやリリとか。

 最近知り合ったアムア先輩も美少女だね。

 母様やアミさんも綺麗な人だ。

 性格を横に置くなら、ラナーテルマちゃんも顔だけは可愛かった。


 シロツユメンナ様は、その誰よりもお美しい。

 十二歳だから幼さは残ってるけど、顔は可愛いしスタイルもいいし。

 これで意識するなってのが無理な相談だ。


 ましてや、ここはシロツユメンナ様のお部屋だよ。

 皇女様の自室に通されるとは思ってなかった。

 執事さんが控えてるとはいえ、無心でいられるほど僕は人間ができてない。


 触診を終えたシロツユメンナ様は、髪をすっとかきあげた。その仕草が、また色っぽい。

 黒髪のロングってのがいいよね。ヴェノム皇国には黒髪の人が多いけど、シロツユメンナ様の髪は特に綺麗でサラサラだ。


 治療の邪魔になるって判断したのか、ヘアゴムで後ろに束ねる。

 そして、真剣な眼差しで僕を見た。


 ……スケベな妄想ばかりしてる場合じゃない。真面目に治療してくれてるシロツユメンナ様に失礼だ。


「治療方針について、簡単にご説明しますわね。ロイサリス様の左腕は、骨が歪になっている上、神経も傷ついております。これを一気に治すのは不可能ですわ。時間をかけて、少しずつ治していきます。長期間にわたるでしょう」

「分かりました」


「最初にはっきりと申し上げておきます。絶対に治る、とは確約できません。むしろ、治らない可能性の方が高いと思われます」

「覚悟の上です」


 これは、お医者様なら言っちゃダメなことだろう。

 僕もそんなに知識があるわけじゃないけど、日本のお医者様で患者に対して「治らない」なんて言う人はいないはずだ。

 嘘をつくのもダメだから、玉虫色な言葉でお茶を濁すんじゃないかな。


 シロツユメンナ様はお医者様じゃないし、誠意を持って告げてくれたんだ。

 治らなくたって、恨んだりはしない。


「では、始めますわね。体を楽にしてください」


 シロツユメンナ様は、再び僕の左腕に触れた。

 触れ合ってる箇所を通じて、わずかな震えが伝わってくる。表情も不安そうだ。

 治療される側の僕が不安になるならともかく、シロツユメンナ様が?


「皇女様、緊張されていますか?」

「……お恥ずかしながら。書物等で知識は得ていますけれど、わたくしはご加護を授かったばかりの未熟者です。ロイサリス様のお怪我を治療するどころか、かえって悪化させてしまえば取り返しがつきません」


 誠意はあるけど、これも普通なら言わないセリフだ。

 お医者様が不安になってたら、患者にまで伝播しかねない。


「えっと、大丈夫ですよ。こう言っちゃなんですけど、誰も治せなかったんですし、皇女様の手に負えなかったとしても仕方ありません」


 我ながら失礼な言い草だとは思う。

 でも、リリも言ってたようにダメ元なんだ。


 色んな人に診てもらえば、中には相性のいい人もいるかもしれない。

 シロツユメンナ様は、可能性がありそうだからお願いした。

 お願いしたのはこっちなんだし、シロツユメンナ様が責任を感じる必要はない。


「ですが……」

「思い切ってやっちゃってください。どうせまともに動かない腕です。千切れようと腐り落ちようと構いませんよ」


 冗談めかして言えば、シロツユメンナ様は小さく笑ってくれた。


「そうそう、その調子です。僕だけじゃなく、皇女様も楽にしてください。緊張してたら実力も発揮できませんよ」

「本当にお恥ずかしい。本来であれば、わたくしがロイサリス様を勇気づけなければならないのに、逆に勇気づけられましたわね」


「偉そうなことを言ってしまって、すみません。とりあえず、僕なら平気ってことです。人体実験のつもりで、煮るなり焼くなり、お好きなようにどうぞ」

「ふふふ。ではお言葉に甘えまして、わたくしの腕試しをさせていただきます」


 軽口を叩ける程度には、リラックスできたみたいだ。

 シロツユメンナ様は静かに目を閉じた。触れられてる左腕が、内側から温かくなってくる。


 うあぁぁ……これ、気持ちいいや。声が出そう。

 エッチな意味じゃなくてね。心地よいって表現する方がいいかな。

 別の人にも治癒魔法をかけてもらってたけど、こんな風にはならなかった。


 シロツユメンナ様の腕がいいのか。

 あるいは、相性ってこういうこと?


 マッサージでも受けてるみたいな心地よさで、ずっと浸っていたいと思う。

 なんか眠くなってきた。さすがに寝るのは失礼だし、我慢しよう。

 ふと、扉が開く音がした。見守ってた執事さんが出て行ったんだ。


 シロツユメンナ様と二人きりになれば、さっきまでの僕ならエッチな妄想をするんだろうけど、今は平気だ。


 心は落ち着いてるし、左腕は気持ちいいし、控えめに言って最高だね。

 極楽、極楽。

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