三十七話 皇女様のお屋敷へ
ちょっとした出会いを経験しつつ、中等学校の授業が始まった。
首席卒業なんて大口を叩いたんだし、勉強に励んでる。
初等学校は余裕だったのに、中等学校ともなると難しい。
今のところは遊ぶ余裕もなくて、寮と学校を往復するだけの生活だ。
寮には男子も女子も住んでる。じゃなきゃ、隣にアムア先輩がいるわけない。
美少女の先輩がお隣とか、羨ましいって思う男子も多いだろうね。
僕は、アムア先輩に手を出す気はさらさらない。
とはいえ、みんなが同じように思うわけではなく。
「グレンガー! 今日、お前の部屋に行ってもいいか!?」
「ずりい! 俺も行きたい!」
「俺も頼む!」
「ふむ、ぼくも付き合ってあげようか。やれやれ、仕方ないな」
中等学校に入学した僕は、仲のいいクラスメイトもできたんだけど。
こぞって僕の部屋にきたがるのは、僕の功績じゃない。隣の部屋にアムア先輩がいるからだ。
みんなのお目当ては、三年生で一番の美少女と言われるアムア先輩。僕の部屋に遊びにきたって口実で、あわよくばアムア先輩とお近付きにって考えてる。
男として、気持ちは分かるよ。アムア先輩は可愛いし、三年生で一番って言われるのも納得の美少女なんだ。
ただ、今日は都合が悪い。僕は僕で用事がある。
「ごめん、今日は無理。用事があるんだ」
僕が断れば、一斉に非難の声が上がった。
「僕を口実にしないでも、普通に話しかければいいじゃない。アムア先輩は気さくな人だし、邪険にしないと思うよ」
「できれば苦労してねえよ」
「他の先輩が怖いんだ。話しかけられるわけがない」
「一年が出しゃばらないよう、目を光らせてる男子の先輩も多いしな」
「ぼ、ぼくがアムアさんに直接……ふ、ふむ、今日は勘弁してあげようか」
うん、その気持ちもよく分かる。
分かるんだけどさ。
「……僕じゃなくてアムア先輩が目当てだってこと、少しは隠せば?」
「ははは、何を言ってるんだ。俺とグレンガーは親友じゃないか」
僕の肩に手を回して、ニカって白い歯を見せたのは、ユミル・コミス君。クラスのムード―メーカー的な立ち位置の男子だ。
爽やかなのに下心丸出しっていう、なかなか器用な表情だね。
「親友って言葉の意味を考えらせられるね。とにかく、今日は無理。今度にして」
しつこく食い下がってくる友達を放置して、僕は教室を出た。
そのまま学校も出て、普段なら寮に直帰するところだけど、今日は用事がある。
向かう先は、皇都でも指折りのお金持ちが住む区域だ。豪邸が立ち並んでる。
おじいちゃんの家もこんな感じだし、少しは慣れてるかな。
下手にビクビクしてると、かえって怪しく見えて捕まりそうだ。堂々と歩けばいい。やましいことをしてるわけじゃないんだから。
しばらく歩いて、一軒のお屋敷の前で立ち止まる。確かここのはずだ。
「すみません。ここは、シロツユメンナ・ヴェノム様のお屋敷でしょうか?」
守衛の人に声をかけたけど、不審者を見るような目をされてしまった。
先にこっちが名乗るべきだったかな。失敗だ。
「僕はロイサリス・グレンガーです。本日は、シロツユメンナ・ヴェノム様とお会いすることになっていまして……これ、紹介状です」
いきなり皇女様に会いたいなんて言っても、まず無理だ。
おじいちゃんに話を通してもらって、紹介状も書いてもらってる。
守衛の人に紹介状を渡せば、ざっと目を通して。
「……失礼しました。ロイサリス・グレンガー様。確かに、お話はうかがっております。少々お待ちください」
よかった、信じてもらえたみたいだ。
言われたように少し待つと、屋敷の中に入ってもいいって言われた。
で、中に入って驚いたよ。執事やメイドがずらっと並んで、最敬礼で迎えてくれたんだ。
仰々しい出迎えに、顔が引きつる。
オグレンナ・ケノトゥムの孫だからだろうね。僕自身はグレンガーを名乗ってるけど、名前がなんであれ、ここの人にとってはケノトゥムなんだ。
「ようこそいらっしゃいました、ロイサリス・グレンガー様」
「ど、どうも……」
なんて話していいか分からなくて、適当になっちゃった。
相手は、執事服を着こなした、老人って言っていい年齢の男性だ。六十歳は超えてると思う。
黒髪には白髪が多く交ざって、顔には深いしわが刻まれてる。
でも背筋はピンと伸び、老いを感じさせない。
外見からして、使用人の中でも偉い人なんだろう。
執事さんに案内されて屋敷の二階へ。小市民にはうまく表現できない内装だ。
あえて感想を述べるなら、「高そう」になるかな。広くて綺麗で洗練されてて、何もかもが高級品に見える。
さりげなく飾られてる絵画とかさ、平民の何年分の収入になるんだろうね。
おじいちゃんの屋敷も立派だったけど、ここまでじゃない。
さすが皇女様。凄いところに住んでるな。
気圧されつつ、執事さんについて歩く。
ある部屋の前で足を止めた執事さんは、扉を軽くノックする。
中から「どうぞ」って声が聞こえてから扉を開け。
瞬間、僕は目を奪われた。
部屋そのものは理解の範疇だ。天蓋つきのベッドとか初めて見たけど、些細な問題。
中にいる女性が凄い。マジで凄い。
頭の悪い表現になっちゃうほど美しい人なんだよ。
「爺、ご苦労様。そちらがロイサリス様ですか?」
うわ、ヤバい。頭が真っ白になっちゃって、礼儀作法とか吹っ飛んじゃった。
と、とりあえず名乗らないと。
「ロイサリス・グレンガーです。シロツユメンナ・ヴェノム様とこうしてお会いできこううぇい……」
噛んじゃった! ここで噛むか、普通!
シロツユメンナ様はクスクス笑ってるし、気分を害してはいないみたいだけど。
顔から火が出るほど恥ずかしい。




