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三十六話 加護なき男の末路

「どいつもこいつも、俺を見ちゃいねえ。加護がないってだけでバカにしやがる。本当の俺はすげえのに……」


 一度話し出せば、おじさんの口からは次々と言葉が出てくる。


「まともな仕事もねえ。金も居場所もねえ。皇都なら仕事にありつけるかと思えば、クソみてえな汚れ仕事ばっかだ。一日中働いて、もらえる金もクソだ。やってられっか。加護がねえだけで、どうして俺がこんな目にあう」


 ご加護を授かれなかった人は、肩身の狭い生活を強いられるとは聞いてた。

 だから僕も、ご加護を授かろうと頑張ってるんだ。

 幸せになりたいし、好んで惨めな生活をしたいとは思わない。


 ただ、ご加護を授かれなかった人の実態を知ってたかというと、知らなかった。

 話に聞いて知った気持ちになってただけだ。

 当事者から話を聞くと、やけにリアリティがある。


「俺だって……俺だってやれるんだ。加護がなくたって、そこらの愚図より有能なんだ。だが、誰も認めてくれねえ。加護がねえってだけで下に見やがる」


 この人が有能かどうかは、僕は知らないけど。

 ご加護がなくて下に見られるのは、本当なんだろう。


「俺を見ろ! 加護じゃなくて俺を見ろ! 絶対神? 賢神? そんなんじゃねえ! 俺を見やがれクソがあっ!」


 感情が高ぶったおじさんは、地面を思い切り殴りつけた。

 石畳を殴ったせいで、皮膚が破れて血が流れる。

 それでもやめずに、何度も何度も。


 殴る手を止めた時には、おじさんの拳は血まみれだった。

 肩で息をしつつ、僕を見上げる。


「……ガキ、てめえの加護は?」

「まだ授かっていません」

「初等学校生か?」

「いいえ、初等学校は卒業しました。今度から皇都の中等学校に入学します」

「……あん? なら、なんで加護がねえ? 飛び級でもしたか?」


 まあ、普通はそう思うよね。

 初等学校を三年かけて卒業すれば、必然的に十歳になる。

 そしたらご加護を授かれるのに、僕はまだだ。


 考えられる線は、飛び級したせいで十歳になってないこと。

 飛び級はしたのはその通りでも、僕は十歳なんだよね。

 説明が難しいな。僕の話を長々と聞きたくないだろうし、簡潔に。


「僕は十歳です。でも、スタニド王国の人間なんですよ。わけあってヴェノム皇国に移住しましたが、そのためにご加護を授かる儀式を受けられていません」

「向こうで犯罪でも……いや、ねえな。前科持ちを受け入れるほど、皇都の中等学校は甘かねえ。移住した時期が遅かったのか」


 意外って言うとあれだけど、頭の回転が速い。

 有能だって豪語するのも、あながち間違ってないかもね。


「そうです。僕に課された条件は、皇都の中等学校に入学し、実績を積んで認められることになっています」

「ハッ、きっつい条件だな。遠回しに、加護を与えねえって言ってるようなもんじゃねえか。俺みてえな底辺の人生を送りやがれ」


 皇都の中等学校への入学は、条件として分かりやすい。疑問が入る余地はなく、明確になってる。

 実績を積んで認められるってのが分かりにくいんだ。


 何をどうすればいいのか、明確になってない。

 意地悪な条件だとは、僕も思う。


「だからって、諦めませんよ。難しいことは承知の上です」

「いつまでも強がっていられねえぜ。俺も昔はそうだったが、今はどうだ。惨めに這いずり回って生きてる。てめえはガキだから、世の中の理不尽さってもんを分かっちゃいねえんだ」


 世の中が理不尽なのは、その通りだと思う。レッド君なんかを見てたら、特に思うね。


 今の僕は恵まれてる方だけど、この先どうなるかなんて分からない。

 このおじさんみたいに、いつまでもご加護を授かれず、最底辺の人生になるかもしれない。


 前世でいじめられてて、スクールカースト最底辺だった。

 転生後は、学校どころか社会的にも最底辺か。僕ならなってもおかしくない。


「ご忠告いただき、恐縮です」

「ムカつくガキだぜ……俺の方がガキみてえじゃねえか」


 おじさんは、再びうつむいた。やがて。


「殴ってすまなかった」


 落ち着いてきたのか、僕に謝ってくれた。


「いいですよ。それよりも、拳から結構血が出てますし、手当てしないと」

「……そいつは無理だな。ほら、きやがった。おっせえご登場だぜ」


 おじさんが顎で示した先には、武装した兵士たちの姿があった。

 そりゃそうだ。白昼堂々、子供を襲ってる男がいれば、こうなるに決まってる。


「君、大丈夫かい?」


 一人が僕を心配してくれて、他の人はおじさんを取り押さえる。


「あの、僕は平気ですし、この人と話をしてただけなんですよ。ですから……」

「舐めんなっ!」


 僕はおじさんを庇おうとしたんだけど、そのおじさんが声を張り上げた。


「自分のケツは自分でふく。ガキに庇われるほど、俺はクズに成り下がらねえ」

「……すみません。出しゃばった真似をしました」

「ハッ、やっぱてめえはムカつくぜ」


 ムカつくって言ってても、顔は笑ってる。ほんの少しだけ、晴れやかな顔で。

 連行されてくおじさんは、僕に言い残す。


「頑張れ。俺みてえにはなるな」


 彼の言葉は、何を指してるんだろう。

 ご加護を授かれない人間にはなるな、なのか。

 ご加護を授かれなくても強く生きろ、なのか。

 どっちとも受け取れる言葉だ。まあ、どっちにしろ。


「頑張りますよ。なんでしたら、三年後には中等学校を首席で卒業してみせます」

「やってみろ」


 僕にしては珍しく、大言壮語を吐いたものだ。

 一歩間違えれば、僕もこのおじさんみたいになってた。助けてくれる人がいなかった場合の僕なんだ。


 いじめに屈して初等学校を中退し、心身共に成長しないまま年齢だけを無駄に重ねた僕の姿。

 いや、僕と同じにするのは、おじさんに対してあまりにも失礼だ。


 おじさんは、潔く自らの非を認めた。

 僕だったら認めてないね。全部を社会や国のせいにしてたはずだ。

 いじめられた僕は被害者なのに、ご加護を授かれないのはおかしいって。

 偉そうに言える立場じゃないけど、立ち直ってもらいたいと思った。

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