三十五話 皇都を散策していたら
中等学校の授業が始まるまでに、必要な物をそろえておかなきゃいけない。
皇都も散策しておきたいし、僕は色々見て回ることにした。
一人でね。
まだ入学前で、友達がいないんだよ。女性のアムア先輩は誘いにくいし。
皇都は、昼間なら子供が一人で出歩ける程度には平和だ。もちろん、場所によるけど。
スラムみたいな危険地帯に近付かなければいい。
屋台で肉の串焼きを買い、食べながら歩く。行儀悪くても、これが楽しいんだ。
串焼き一本じゃ足りないんで、次は肉や野菜をパンで挟んだ物を買って食べる。
要はサンドイッチだ。おいしい。
定番な物から変わり種まで、選択肢は多いけど、冒険する気にはなれなかった。
だって、緑色のお肉とか食べたい? 誰が買うの?
食べてばかりだと喉が渇くし、ミルクのスープらしき物も買う。
一口飲んで……うん、好きな人は好きかも。
まずいわけではないけど、おいしくもない。独特の味だ。
一言で言うと、甘苦酸っぱい。素直にジュースでも買っておけばよかった。
口直しに、今度は果実のジュースを買う。甘くておいしいね。
こんな感じでブラブラと。
……ただの買い食いになっちゃってる。真面目に必要な物を買わなきゃ。
でも、皇都は都会だし、面白い物がいっぱいあって目移りするんだよ。
僕がこれまで訪れた、どの町よりも大きい。さすがは皇都。
興味の赴くまま歩いていたせいで、前方不注意になってたのがいけなかった。
男性とぶつかっちゃったんだ。
「すみま……」
「どこ見て歩いてんだ、クソガキが!」
謝ろうとした僕の言葉を遮って、男性が口汚く罵った。
これにはムカッとした。前方不注意だった僕も悪いけど、この人もフラフラしてたのに。
多分、酔っぱらってるんだろう。赤ら顔で千鳥足だ。
昼間から飲酒? 仕事は?
こんなことを聞いたら怒らせるし、口には出さない。
「すみませんでした」
内心ではムカついてるけど、表向きは素直に謝罪する。
本音と建前ってやつだね。本音百パーセントじゃ、社会で生きていけない。
「チッ、どいつもこいつも愚図ばっかだ」
吐き捨てるように言ってから、男性は去って行った。
ケンカにならなくてよかった。皇都にやってきて早々、問題行動は起こせない。
なんとなく気になって、酔っ払いの男性を見てみる。
相変わらずの千鳥足だ。フラフラして危なっかしい。
周囲の人は迷惑そうな顔をしつつ、男性を避けてる。男性も、せめて道の端を歩けばいいものを、ど真ん中を突っ切ってるから迷惑だ。
皇都には多くの人が住んでるし、中にはああいう人もいるよね。
仕事をしてないのか、今日はたまたま休みなのか。
どちらにせよ、褒められた行動じゃない。
酒は飲んでも飲まれるな、だっけ? 日本にそんな言葉があった。
しかもさ、男性は結構いい歳だよ。父さんくらいの年齢のおじさんだ。
お酒を飲み慣れてない若者なら羽目を外すかもしれないけど、立派な大人がみっともない。
あれこれ思いつつ見てると、おじさんは別の人に絡み始めた。
若くて美人の女性だ。僕の位置だと声は聞こえない。ナンパでもしてるのかな。
女性は愛想笑いだ。穏便に済ませて逃げたがってるのが、表情から見て取れる。
助けた方がいいかな。
僕は歩き出そうとして、足を止めた。一人の青年が颯爽と現れたからだ。
イケメンの青年は、女性を守るように立ち、おじさんと何やら話してる。
青年は落ち着いてて、おじさんは興奮してる。今にも手を出しそうな雰囲気だ。
そして、実際に手を出した。
イケメン青年が。
おじさんの顔面を殴り、ひるんだところで首の後ろに手刀を落とす。
よろめいて地面に膝をつくおじさんに、とどめとばかりにもう一発手刀を。
おじさんは、今度こそ倒れた。
ら、乱暴だなあ。あそこまでしなくてもいいのに。
一応、青年をフォローしておくと、先に手を出したのはおじさん……と言えなくもない。
青年の肩に手を置いただけなのを、手を出したって言えれば。
声は聞こえないから僕のイメージになるけど、「どけや」とでも言ったのかな。
で、青年が殴った。
不埒なナンパ男を退治した青年に、女性はメロメロだ。
二言、三言会話をしてから、二人は仲睦まじく寄り添いながら立ち去った。
き、きっと、二人は知り合いだったんだよね。もしかしたら恋人だったかも。
青年が乱暴だったのも、「俺の女に手ぇ出すな!」って意味合いでさ。
知り合いでも恋人でもなくて、助けてくれたイケメンにコロッといっちゃったんじゃないよね。これから連れ込み宿でしっぽりと、とかないよね。
……なんか、倒れてるおじさんが、かわいそうになってきた。
美女を救った若いイケメンと、ぶっ飛ばされた冴えない中年の酔っ払い。
これ以上ない勝者と敗者の構図には、さすがに同情する。
周囲の人たちも見て見ぬふりだ。迷惑な酔っ払いだったし、青年が懲らしめてくれてざまあみろって感じなのかな。
誰にも見てもらえず、助けてももらえないおじさんの姿が、昔の僕に重なった。
ちょっと様子を見てこようか。偽善なのは百も承知。
倒れるおじさんに近寄って、声をかける。
「大丈夫ですか?」
僕が声をかけても、おじさんは反応してくれない。
気絶してるわけじゃない。意識はあるけど、心ここにあらずっていうか。
小声で、「チクショウ、チクショウ」って繰り返してる。
「あの……」
もう一度話しかけようとしたところで、おじさんが急に起き上がった。
僕をギロッって睨んでくる。イっちゃってる危ない目だ。
「バカにしやがって……本当の俺はこんなんじゃねえ。愚図どもとは違うんだ……」
負け惜しみにも聞こえる言葉を発してから。
「があっ!」
いきなり僕に殴りかかってきた。
避ける必要はない。酔っぱらってるせいか、それとも気が動転してるせいか、狙うこともままならないみたいだ。
おじさんの拳は、僕を捉えることなく、空を切った。
「お、落ち着いてください」
「があああっ!」
僕の声なんか聞こえちゃいない。無茶苦茶に拳を振り回して、殴ろうとしてる。
動きは悪いから、避けるのは簡単だけど。
変な人に関わっちゃったな。やめとけばよかった。
どうしよう。逃げるか、叩きのめすか。
……どっちでもないかな。
僕は、おじさんのパンチをわざと食らった。そのまま何発か殴られる。
腰の入ってない酔っ払いのパンチだ。たいして効かないけど、痛くないわけでもない。
あんまり続けられても困るし、そろそろか。
「気が済みました?」
僕の声に、おじさんは殴る手を止め、へたり込んだ。「クソ」とか「チクショウ」とか言ってる。
「ヤケになっても、いいことありませんよ。何があったか知りま……」
「てめえに何が分かるっ! 偉そうな説教はたくさんだ!」
確かに、この状態で人の言葉なんか聞きたくないか。
昔の僕もそうだった。いじめられてた頃に、「いじめから逃げるな」とかお説教されてもムカつくだけだ。
お説教なんか聞きたくない。そうじゃなくて、僕の気持ちを分かって欲しい。
僕には家族がいてくれた。家族が話を聞いてくれて、助けてくれた。
この人に家族がいるかどうか知らないけど、ここで話を聞けるのは僕だけだ。
初対面でも……いや、初対面だからこそ、溜まった鬱憤を吐き出せばいい。
「家族や友人には言えない愚痴でも不平不満でも、なんでも聞きますよ」
おじさんは無言でうつむく。子供に同情されて、プライドが傷ついたのかも。
話したいなら話せばいいし、嫌ならやめればいい。
僕からは、それ以上話しかけずに待ってると、おじさんが口を開く。
「違うんだ……俺は、本当はすげえんだ……加護さえ、加護さえあれば……」
神様のご加護を授かってない? 大人なのに?
条件を満たさなければ儀式は受けられないから、いても不思議じゃないけど。
実際に会うのは初めてだ。




