三十四話 自分の価値
本日二話目です。
父さんが新しい奥さんを娶ってたのは意外だったけど、みんな元気そうだった。
僕も安心して皇都に行ける。
「おじいちゃん、僕、主席で卒業したよ」
「聞いている。よく頑張ったな」
「うん。それで、これから皇都の中等学校に進学するんだけど、治療の件」
「リリから聞いたぞ」
「僕からも伝えたいんだ。僕の問題だからね。おじいちゃんの力を貸してください。皇女様に治療を依頼するために」
僕の左腕の治療について、リリが話を持ってきてくれた時は悩んだ。
おじいちゃんの権力を使ってもいいものかどうか。
考えた末に、自分を納得させられればいいってことにした。単なる自己満足だ。
皇女様っていう高貴な方から治療してもらえる価値が、僕にあるかどうか。
最低限、初等学校を優秀な成績で卒業して、皇都の中等学校に進学できなければ、その価値はないと思った。
自分に課した条件をクリアしたし、おじいちゃんに頼んだんだ。
「話は通しておく。皇女様も皇都の中等学校へ進学されるそうだし、ロイの同級生になる。治療もしやすいだろう。くれぐれも、ご無礼のないようにな」
「分かってるよ」
皇女様のお人柄を、僕はよく知らない。
おじいちゃんが言うには、穏やかな性格でお優しい人らしい。
優しいからって、無礼を働いてもいいわけじゃないから不安だ。
礼儀作法とかマナーとか、ちゃんとできるかな。
無礼な真似をして打ち首になったりしないよね?
……万が一そうなったら、恥も外聞もなく、おじいちゃんに泣きつこう。権力がどうとか言ってられない。
情けないことを考えてたら、父さんが質問する。
「ロイはいつまでこっちにいるんだ?」
「三日かな。せいぜい四日。あんまりゆっくりできないんだ」
「つまり……三日で俺の味方がいなくなるのか!? いなくならないでくれ!」
僕がおじいちゃんに泣きつく前に、父さんが僕に泣きついてきた。
父さん……
父さんに泣きつかれたからって、皇都行きを中止にできるわけもなく。
僕は予定通り、皇都へ出発することになった。
移動には乗合馬車を使う。子供の僕が一人旅なんかできないし、町から町へ運んでくれる乗合馬車は便利なんだ。
いくつもの町を経由して馬車を乗り換え、僕は皇都を目指す。
そういえば、ヴェノム皇国の皇都には名前がない。皇都とは唯一無二の存在であり、他と区別する必要がないからだ。
スタニド王国の王都はスタニドって名前だけど、こんな部分でも違ってる。
皇都までの旅は、問題も起きず順調だった。
盗賊の類もいるんだけど、運がよかったのか出くわさずに済んだ。
無事に到着しても、ゆっくりはできない。やることは山積してる。
中等学校の入学手続きを済ませ、寮に入って。
初等学校の時は、父さんや職員の人がやってくれたことを、今回は僕がやる。
やるべきことを終えた頃にはヘトヘトだった。
「つっかれたあ……」
寮の部屋に備え付けられたベッドにダイブし、僕は大の字になって寝ころんだ。
灰褐色の天井が目に飛び込んでくる。
中等学校に通う三年間、この部屋で生活するんだ。
スタニド王国で通ってた初等学校の寮よりも、倍以上の広さがある。それなのに、部屋の住人は僕一人だけ。
皇都の中等学校は一番のエリート校だから、ここまで優遇されてるんだ。
あとは、寮に入らない子供も多くて部屋が余ってるんで、贅沢に使える。
初等学校だと、寮生活も勉強のうちだから、家が近い子供も寮に入ってた。
レッド君だけは例外だったね。なんでも、町長がレッド君専用の豪邸を用意して、そこに住んでたとか。使用人もたくさんいて快適な生活だったらしい。
レッド君はいいとして、中等学校だと寮に入らなくてもよくなってる。
自宅から通う子とか、どこかに下宿させてもらう子とか。家を丸々一軒借りる子もいるんだって。
寮の部屋を広々と使えるのは嬉しいし、家具も備え付けられてて便利でもある。
でも、一人って寂しいな。ルームメイトとワイワイ騒ぐのは、楽しかったのに。
「……ふふっ」
一人でいきなり笑い出すなんてキモいね。
僕も変わったなって思ってさ。
昔の僕じゃ、あり得ない思考だ。一人よりも、友達と一緒がいいなんて。
よし、決めた。自分から行動してみよう。
ルームメイトはいなくても、お隣さんはいる。挨拶しに行って仲よくなろう。
悪い第一印象を与えないように、部屋にある姿見で身だしなみをチェック。
特に問題はない……んだけどさ。
鏡に映るのは、見慣れた自分の顔だ。十歳なのに、いまだに女の子っぽい顔。
なんか、どんどん母様に似ていってる気がする。
僕が女の子なら大歓迎だ。母様は美人だし、僕も美人に育つってことになる。
あいにく、男なんだよ。美人の男ってどうなんだろ。
日本なら、多分モテる。中性的で綺麗な顔立ちの男って、人気あるよね。
この世界だと、女性にモテるのは男らしい男だ。例えば父さんみたいな。
父さんの場合は強面だから、もう少し優しげな人がいいね。強くて男前で、そこに優しさも含んでれば完璧だ。
外見の理想は、癪だけどレッド君。あれはモテるに決まってるよ。
「……まだ十歳だし、これからだよね。背も低いけど、伸びるよね」
うん、大丈夫大丈夫。僕はこれからだ。
外見も格好よくなって、もちろん中身も成長して、その上でマルネちゃんを迎えに行くんだ。
悩んだところで容姿がよくなるわけでもないし、お隣さんに挨拶してこよう。
自分の部屋を出て、すぐ隣にある部屋の扉をノックする。
……誰も出ない。返事もないし、不在なのか、そもそも誰もいない部屋なのか。
しょうがない、じゃあ逆隣だ。
同じようにノックすると、今度は返事があった。
「はいはーい、どちら様ですかー?」
……あれ? 女の子の声?
扉を開けて顔を出したのは、確かに女の子だ。
これはちょっと、予想外だったな。今さら回れ右はできないし、挨拶しよう。
「今日から隣に住む、ロイサリス・グレンガーです。ご挨拶を、と思いまして」
「ご丁寧にありがとうございます。私、レスティト・アムアです」
「よろしくお願いします、アムアさん」
「こちらこそ。えっと、グレンガー……君?」
「どうして疑問形に?」
「いや、男の子ですよね? いまいち自信がなくて」
「男ですよ! 完璧に男です!」
酷いや。女顔ではあるけど、性別を間違えられるほどじゃないはずなのに。
「ごめんなさい。可愛い顔してるから」
ますます酷いや。
可愛いって言われて喜ぶ男は少ない。普通は格好いいって言われたい。
意趣返ししてやる。
「アムアさんも可愛いですね。桃色の髪が素敵ですよ。珍しい色だけど、アムアさんにはよく似合ってます」
決してお世辞じゃない。レスティト・アムアって名乗ったこの女の子は、本当に美少女なんだ。
僕よりも少し年上だろう。先輩かな。
年下に可愛いって言われて、恥ずかしい思いをすればいいんだ。
幼稚な意趣返しとか言わないように。やってから、自分でも思ったよ。
「よく言われます。だって私、可愛いですし」
あ、全然恥ずかしがってない。なんだか負けた気分だ。
「あてが外れたって顔してますね。私を照れさせようとしました?」
「……おっしゃる通りです。すみませんでした。でも、可愛いって思ったのは本心ですよ」
「変に誤魔化さないのはいいですね。可愛いと言ったこと、謝罪します。格好いいですよ、グレンガー君」
「……ありがとうございます」
ダメだこれ。完全に主導権を握られた。
まあ、悪い人じゃなさそうだから、よかったってことにしとこう。
「グレンガー君は新入生ですか?」
「はい、一年生です」
「私は三年です。分からないことがあれば聞いてくださいね。先輩として、後輩の面倒を見ますから。よかったですね。可愛い先輩と知り合えましたよ」
「よ、よろしくお願いします。じゃあ、僕はこれで。急に失礼しました」
今日のところは、軽く挨拶するだけにしておいて、僕は自室に戻った。
レスティト・アムアさんか。自分で自分を「可愛い」だなんて言う女性は、僕の周囲にいなかったタイプだな。面白そうな人だ。
あらかじめ言っておきます。
新キャラ、レスティト・アムアが登場していますが、彼女はヒロインではありません。
重要なことなので、もう一度。
ヒロインではありません。よって、主人公ともくっつきません。




