三十一話 飛び級
僕は九歳になり、初等学校に入学した。
おじいちゃんが治める町じゃなくて、別の町の初等学校だ。
ケノトゥム領にいたら、おじいちゃんとの関係は隠し切れないからね。僕のことを知る人がいない町で心機一転だ。
おじいちゃんは寂しそうだった。せっかく会えた孫と、数ヶ月でお別れになったから。
まあ、カイとシイがいるし、もうじき四人目も産まれる。孫が三人もいれば、僕がいなくても大丈夫だろう。
十年ぶりに帰ってきた母様に、リリもいる。父さんは……うん、あれだけど。
さて、家族と離れて初等学校に入学した僕だけど、教育方針はスタニド王国と全然違うってことを知った。
「飛び級、ですか? 三年生に?」
僕は先生から呼び出されてる。
何を言われるのかと思えば、三年生に飛び級しないか、だってさ。
「グレンガーの成績では、一年にいても学ぶことがないだろう。座学はもちろん、実技も優秀と聞いている。右腕一本で、クラスメイトを全滅させたんだって?」
「全滅って、人聞き悪いですよ……負けなしなのは事実ですけど」
「成績は優秀、授業態度も真面目、多くの友人に慕われる人間性。飛び級させない理由がないな」
昔の僕じゃ考えられない評価だ。
特に三つ目、多くの友人って部分が。
入学してから二ヶ月ちょっと。新しい学校で、僕はうまくやれてる。
毎日楽しくて、充実した学校生活を送らせてもらってるよ。ありがたい話だ。
だからって、飛び級ね。これも、ありがたい話ではあるんだけど。
「僕は、スタニド王国の人間ですよ?」
「だからどうした?」
「どうしたって……外聞が悪いでしょう」
自国の人間を差し置いて他国の人間を重用するのは、あまりよくないと思う。
初等学校レベルなら、あまり気にしなくてもいいのかな。ただの飛び級だし。
でもなあ……
「僕が知る限り、飛び級するほど優秀ってなると、中等学校への進学に有利になりますよね。狙ってる人も多いんじゃないですか?」
ヴェノム皇国は、初等学校、中等学校、上級学校ってある。
スタニド王国は、初等学校と上級学校だったね。
魔法学校や商業学校もあるから、二種類だけじゃないんだけど、それはいいや。
同じ初等学校でも両国は結構違って、スタニド王国には飛び級制度なんてないのにこっちはある。
飛び級だけじゃなくて、成績が悪ければ留年もするし卒業できないこともある。
加護の儀式を受けるために初等学校に通っとけ、って方針だったスタニド王国とは別物なんだ。
初めて知った時は、かなりカルチャーショックだった。
隣国でここまで違うのかって。
「僕は、スタニド王国の初等学校を退学し、こちらにきました。一年生の授業が簡単なのは、一度習ってるんですから当然です。なのに飛び級してしまうと、同じ真似をする人が増えるのでは?」
これって、かなりずるいと思うんだよ。
一度習ってから入学し直せば、授業が簡単なのは当然。成績優秀なのも当然。
歴史なんかの授業は違うけど、それでも相当優位に立ってる。
それで飛び級を認めちゃって、進学に有利になると、真面目に頑張ってる子がバカみたいだ。
法律で禁止されてるわけじゃないけど、法の抜け穴を突くというか。
いまいち受け入れにくい。
「グレンガーは、変に真面目だな。長所でもあるが、短所でもある」
「真面目でしょうか? 当たり前のことしか言っていないと思いますけど」
「当たり前だが、普通はそこまで考えん。喜び勇んで受け入れるもんだ。だがまあ、俺たちもその辺の事情を考慮しなかったわけじゃない。考慮した上でなお、グレンガーは飛び級にふさわしいと判断した」
そこまで評価してもらえてるんだ。
おじいちゃん……は多分無関係だよね。僕がケノトゥムの関係者だって事実は知られてないと思う。
事情があって、スタニド王国からヴェノム皇国にやってきたとだけ伝えてある。
素性の怪しい人間の入学を認めてくれただけでも寛容なのに、飛び級まで。
「本音を言うとな、グレンガーが一年にいてもらっては困るというのもある」
「僕、悪いことしました?」
「そうじゃない。優秀だが、だからこそ他の子供が自信をなくすんだ」
「……そこまでは考えが及んでいませんでした。ですが、みんなも僕が一度退学してることは知ってるはずなんですけど」
「知っていても割り切れんのだろう。とにかく、学校側としては、グレンガーを飛び級させたい。強制ではないが、考えてもらえないか?」
三年生に飛び級できれば、遅れがなくなる。
正直、一度習った部分を二年近くも復習し続けるのは、無駄だと思ってた。
僕の目的を果たすためには、飛び級は願ったり叶ったりだし……
「分かりました。飛び級のお話、喜んで受けさせてもらいます。僕を評価していただき、ありがとうございます」
「こっちこそ、無理を言ってすまんな」
話はまとまった。
僕は、入学後たったの二ヶ月で、三年生に飛び級することになったんだ。
僕の目的は何か。
先々まで見据えるといっぱいあるけど、直近では二つだ。
左腕を治療する。
神様のご加護を授かる。
まず一つ目。ヴェノム皇国にきたのに、治療が遅々として進んでない。
普通にしてる分には痛くないけど、まともに動かないんだ。
骨が変なくっつき方をしちゃって、歪になってる。無理に動かそうとすれば痛いし。
普通のお医者様には治せなかった。名医と呼ばれる人でもだ。
治せる可能性があるとすれば、治癒魔法だって言われた。
異世界なだけあって、魔法なんて技能が存在する。それを使えば、あるいは治るかもって。
もっとも、ゲームであるように魔法を一度唱えて完治、とはいかない。医学や薬学と併用して、地道な治療が必要になる。
治癒魔法を使えて、かつ医者としても優れてる人となると、数は少ない。
僕がこの町の初等学校を選んだのも、腕のいい治癒魔法の使い手がいるって聞いたからだ。
現在は、そのお医者様に診てもらってる。
なかなか治らなくてじれったいけど、頑張るしかない。
そして二つ目。神様のご加護だ。
レッド君との試合で、一度は破壊神のご加護を授かった。
でも僕は拒否したし、今はご加護がない状態だ。
一生このままってわけにはいかない。ご加護がない人間が肩身の狭い思いをするのは、スタニド王国でもヴェノム皇国でも同じだ。
僕の都合で拒否したり欲したりとわがままな話だけど、ご加護を授かりたい。
スタニド王国では、初等学校を卒業して十歳になれば、儀式を受けてご加護を授かれる。
ヴェノム皇国も基本は同じ。ただ、初等学校卒業って条件がスタニド王国よりも難しいから、卒業してなくても理由次第では儀式を受けられる。
じゃあ、スタニド王国からヴェノム皇国にきた僕はどうなるのか。
これがちょっとややこしくて、移住の理由や犯罪歴、年齢なんかを基準に決定される。儀式を受けられなくはないけど、ハードルが上がるんだ。
僕は、皇都の中等学校に進学し、実績を積んで認められることが条件になる。
これさ、おじいちゃんからサラッと言われたんだけど、きっついよ。
皇都の中等学校に進学するのも大変だし、そこで実績を積むのも大変だ。
中等学校に通う年齢の子供なら、みんなご加護を授かってるのに、僕だけない。ハンデを背負った状態で頑張らないといけないんだ。
左腕が治ってればいいけど、もし治らなかったら片腕のハンデもある。
難しいことはおじいちゃんも分かってて、僕に聞いてきた。ケノトゥムの力を使うかって。
断ったけど……実はちょっと後悔してる。
今さら撤回するのも格好悪いし、やれるだけやろうか。