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二十九話 母様は想像以上のお嬢様でした

第二章開始です。

 僕の左腕を治療するため、家族そろってヴェノム皇国へ引っ越すことに。

 長旅を終えた僕たち家族は、ヴェノム皇国のとある町に到着した。


 オグレンナ・ケノトゥムという人が治める町。

 僕が住んでた村よりも、初等学校がある町よりも大きく、活気がある。

 町に到着するなり、僕は乗ってた馬車から飛び降りた。初めて目にする町だし、歩きながら色々見てみたいんだ。


 母様とリリは、馬車の中でカイやシイの面倒を見てる。

 父さんは、御者として馬車をゆっくり走らせてるんだけど。

 なんか、妙に暗い顔をしてる。

 町に近付くにつれて、父さんのテンションがだだ下がりになってるんだ。


「父さん、どうかしたの?」

「う、うむ……いや、なんだ。ハナの両親と会うのが……な」


 そういえば、父さんと母様は駆け落ちしたんだっけ。

 母様の両親は、怒ってるに決まってるよね。大事な娘をかっさらったんだし。

 なのに、のこのこ帰ってきて、頼ろうとしてる。


「土下座でもする?」

「……しなければならんかもな」


 冗談で聞いたのに、父さんは真剣だ。そこまでしなきゃいけない相手なのか。


「母様の両親って、怖い人なの?」


 僕にとって祖父母にあたる人たちのことは、あまり聞かされてない。

 母様はお嬢様だし、大商人とかかな。


 ヴェノム皇国は、スタニド王国と違って貴族制じゃない。

 身分の差がないわけじゃないよ。

 皇国って名前なだけあって、国のトップは皇族だ。皇族を頂点に、それに連なる家が貴族みたいなもの。侯爵とか伯爵とかって身分がないだけ。


 だから僕は、お嬢様イコール大商人って考えたんだ。


「怖い人ではない。が、身分は高いな」

「ヴェノム皇国に、貴族はいないんでしょ?」

「皇族はいる。この町は、皇族の分家であるケノトゥム家の領地だ。治めているのは、オグレンナ・ケノトゥム様。子煩悩でもあってな。娘を溺愛してるんだ」


 父さんの口ぶりが不穏だ。まさかと思うけど。


「……ね、ねえ、父さん。母様って」

「ケノトゥム家の令嬢だな」


 いいところのお嬢様だったとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。


「つまり、母様は皇族の一員?」

「いや、少し違うな。皇族とは直系だけを指す。あくまでも、『皇族の血を引く分家』であって、皇族ではない」


 違いが分かるような、分からないような。

 母様が想像以上のお嬢様なのは理解したけどね。

 スタニド王国でなら貴族令嬢だ。蝶よ花よと育てられ、優雅に暮らせる身分の人。


 それが、田舎の村で家事や育児に追われる生活をして。

 身重の体でデモに参加もしたし。

 今だって、妊娠中で辛いだろうに、弱音一つ吐かずに長旅をしてきた。


 強いなあ。父さんとは違った意味の強さだ。

 美人で強い、自慢の母様。


 たださ、父さんは超お嬢様の母様と駆け落ちしたの?

 怖いもの知らずっていうかなんていうか。


「よく無事だったね。スタニド王国に逃げたのも、そのため?」

「そっちは別だな。俺としては、ハナの両親に認められるまで、ヴェノム皇国にいてもいいと考えてた。だが……色々とな。あれから何年もたっているし、おそらく平気だとは思うが」


 言葉を濁すのは、僕には聞かせられない内容なのかな。

 おじいちゃんとおばあちゃんに会うのが楽しみだったんだけど、ちょっと不安になってきたよ。町を見る気分でもなくなった。

 僕、大丈夫かな?





 重苦しい沈黙が続いてる。

 ケノトゥム家の屋敷に着いた僕たちは、応接室へと通されたんだけど……

 しかめっ面をした男性が、ソファに腰を下ろしながら、父さんを睨んでるんだ。

 父さんは直立不動で睨み返してる……ように見えて、これはビビってるね。


 父さんとにらめっこをしてるのは、オグレンナ・ケノトゥム。

 母様のお父さんで、僕のおじいちゃん。

 おじいちゃんって言っても、年齢は四十六歳だから、日本でイメージするよりもずっと若い。


 ただし、迫力は日本の四十代とは段違いだ。

 体はさほど大きくない。父さんの方が遥かに大きいね。

 中年太りとは縁のない、引き締まった体をしてるんだけど、これも父さんの方が強そうに見える。


 なのに、不思議と迫力がある。

 人生を積み重ねた人だけが持ちうる、独特の空気だ。


 おじいちゃんの隣には、おばあちゃんが座ってる。

 ヒトハ・ケノトゥム。四十三歳。

 外見も雰囲気も、母様に似てる。母娘なんだし当然だけど。


 おじいちゃんとおばあちゃんは座ってて、父さん、母様、僕の三人は立たされてる。

 リリは、カイとシイと一緒に馬車で待機中だ。

 できれば、僕もそっちがよかったな。この空気の中にはいたくないよ。

 学校で悪さをして、先生に立たされてる子供みたい。


 父さんが事情を説明してから、おじいちゃんはずっと無言なんだ。

 何十分、沈黙が続いただろう。ようやく、おじいちゃんが反応を示した。

 深々とため息をついて、声を発する。


「随分と虫のよい話だな。駆け落ちした奴らが、今さら助けてもらいたいとは」


 重低音のバリトンボイス。思わず背筋が伸びる、威厳のある声だ。

 なんというか、さすが皇族に連なる偉い人って感じ。陳腐な表現で申し訳ない。


 偉い男性といえば、キルブレオ様を思い出す。武術大会で演説をしてたけど、あっちは高めの声だった。

 男としては、おじいちゃんみたいな渋い声に憧れるな。

 まあ、僕の好みはどうでもよくて。


「なんだ? 孫には罪がないとでも言いたいのか? 孫を盾にすれば、俺が助けるとでも? 舐められたものだ」

「それは……」


 父さんは反論しようとして、できなかった。

 移住を決めたのは、僕の左腕を治療するためだ。


 父さんや母様にその気があったかは知らないけど、僕は確かに思ってた。

 祖父母は孫が可愛いものだ。きっと僕の力になってくれるって。

 けど、通じないか。甘い考えなんか見透かされてるんだね。


「ふぅ……お前たちの望みを叶えるかどうかは別として、話をまとめるぞ。目的は、ロイサリスの左腕の治療。そして、初等学校への入学。相違ないか?」

「間違いありません」

「ならば、ロイサリスと話をさせてもらおう。本人の問題だからな。ハナとゴウザは、一度外へ出ろ」


 うえぇっ! おじいちゃんと二人きりで!?

 おばあちゃんも同席してくれるのかもしれないけど、それでも怖いよ。


「何も、取って食おうというわけではない」


 ……仕方ないか。おじいちゃんの言う通り、僕の問題だもんね。


「父さん、母様、おじいちゃんと話をさせて」

「……ロイ、何かあったら大声で叫べ」

「大丈夫よ、ロイ。お父様はこう見えて……こう見えて……」


 母様、嘘でもいいから安心させてよ。「こう見えて」の続きは?


「お前らは、俺をなんだと思っているんだ」


 おじいちゃんのセリフに、おばあちゃんが小さく吹き出してた。

 なんか、意外と大丈夫そうかも。


 おじいちゃんは、厳しい人だとは思う。でも、理不尽な厳しさじゃない気がする。

 だって、母様のお父さんだし。

 そう考えると気が楽になった。おじいちゃんと話してみよう。

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